花の名前をつらつらと挙げていくことが出来るのは存外に気持ちいい。
勤めはじめて二週間が過ぎようとしている。
だいぶ馴れてきた。
帰るとすぐ眠ってしまうのが玉に瑕だが、
気持ちいい仕事だ、
汗を流して働くのは。
冷え性に苦しむことも無い。
人間関係は複雑ではなく、
頭の中にモヤモヤしたものを
抱え込むことも無い。
昼過ぎの住宅街は
とてもヒッソリしている。
僕はそこに佇むわけでもないのだけれど、
僕はそこを通り過ぎる。
匂いすら感じない。
トラックの幌の中で眠り込んでしまいそうになる。
かすみ草の匂いに緊張しながら。
帰ると、仕入れから帰ってきた社長が新しい花の水揚げに掛かっている。
昨日はスターアイズという名前だったかな?
星型をしたベルベットみたいな花を見つけた。
素敵な花だ。
どこに持っていくわけでもないのだけど。
時間が経てば、それは遠い記憶にでもなるのかもしれない。
花の名前を数え上げているうちに
ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』を思い出した。
それ自体に特に感銘は無かったのだけれど、
僕はそれを大学の授業で紹介された。
若い講師で、幻想文学について、東洋と西洋に分けて紹介していた。
おもしろい講義だったので、僕は毎回出ていたが、
『薔薇の名前』は、そこで二回に分けて講義があった。
簡単な感想文まで書かされたくらいだ。
その他にガルシア・マルケスの百年の孤独、
アントニオ・タブッキのインド夜想曲、
レイ・ブラッドベリのタンポポのお酒が続いた。
レイ・ブラッドベリ以外の二つは、今も僕の嗜好の傾向を決定づけている。
というより、それにマヌエル・プイグの名前を足せば、
僕の信条たるや終わってしまうかもしれない。
マヌエル・プイグもその講義で知ったのだから、
残る僕の傾向はブコウスキーぐらいということになる。
これは全く異質といえる。
ブコウスキーの何が凄いって、
あれだけのボキャブラリーで
ちゃんと小説になっちゃうところだ。
しかもちゃんと説得力がある。
それはともかく自分の好みの大半があのとき決まっていたとは驚きだ。
あの先生は今、何してんだろう・・・
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