最近、頓に喉が乾く。 砂漠症候群だ…(謎)。
何も考えられない。 毎日何も感じない。 どうでも良いことばかりだからか、それとも。 身体が覚えた以上の、変化有る生活に飢えているからか。 何かないかなー。 生きててもしょうがないじゃん。 つまんない。
昔の話しをしようか。
母親が出ていく前も、あたしはばぁちゃんコで。 毎晩眠る前に、『金のオノと銀のオノ』という話しをしてくれた。 あたしはその話しが特に好きで、布団に入ると必ず催促した。 うとうとしながらも、その話しを聞いて。 布団の中で、腕枕で眠る。 うで。 何故かあたしは子供の頃、『死』と云うものをとても恐れていて。 隣で眠るじいちゃんとばあちゃんが死んでしまうことが、実感が薄くも。 居なくなってしまう…ということが酷く怖かった。 欠けることが怖かった。 優しい声でばあちゃんが歌う子守唄を聞くのが、とても嫌だった。 とても悲しい歌で、あたしは泣きそうになる。 とてもとても嫌だったの。
あたしが中3の時、じいちゃんが死んだ。 朝早くに父親から電話があり、母親の家に居候していたあたしは起こされて。 少し前から検査入院をしていたじいちゃんは、その朝。 ひとりの部屋で、ひとりきりで、息を引きとったそうだ。 誰も気付かないひとり、ふわり、と魂を落とした。 春で、あたしは3年生になったばかりの頃。 「お前にじいちゃんは殺されたんだよ」 穏やかに、きちがいじみた口調で、あたしはばあちゃんに云われた。 「学校にも行かないで、苦労させた所為で」 何も感じなかった。 ただ、あたしがじいちゃんを殺した現実があたしの記憶に成った。 あたしはじいちゃんを殺したの。 あたしは人を不幸にする。 だから、在ないほうがいい、と思った。
あたしは御葬式で泣かなかった。 他人様から見れば”じいちゃんの「死」に対してはなむけのそれさえ無い事”はおかしなことだったらしい。 気持ちの悪い顔が、揃ってあたしを見ていた。 あたしは、死を理解出来ない。 誰かが死んだら泣かなきゃいけない、それは義務的なことなの。 あたしには分からなかった。 『死』は怖い事であって、『死』は…ナニ。
その時、あたしの中に残ったのは、じいちゃんを殺したのはあたしだという罪悪感。 あたしの所為で彼は死んだし、回りの全てはあたしの所為で泣いている。 あたしが居なければ良かったのにね。 ばあちゃんが、じいちゃんの話しをするたびに罪悪感は蘇る。
あたしが死んで、償いましょうか。
貴方はきっと忘れてしまった、あたしの柵、その言葉。
あたしに報いの道は、ひとつだけ。
きっと、それだけ。
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