あたしはふたつ、つまり2種類の煙草を持っている。 最近はほとんど吸うことは無いけど。 ひとつはメンソール。 salem。 もうひとつは普通の…て何ていうの?(笑) PHILIP。
あたしに煙草を教えてくれたのは、いっこ上の先輩。 凄く慕ってた先輩。 中1の時、学校にも行かなくて、毎日ひとりきりの家で。 ずっとひとりで居た。 身体の中の時間が違ったから、誰とも(母親とも妹とも)会うことはない。 静かで壊れた毎日。 初めて吸った煙草は苦いだけだったけど、嫌じゃなかったし。 家の傍の(その頃は23時過ぎても自販機は使えた)自販機で。 夜中、深夜番組に飽きた頃に出向いて買ったのはしょっちゅうだった。 母親は小学校で保険医をしていて、不登校児の事をたくさん調べていた。 だけどあたしには…執濃いほど愚痴って来た上で(笑)御察し頂けると思いますが。 煙草を吸っていても、 「火事になるから隠れて吸うのだけは止めて」 と云うくらいで、他は何でもなかった。 だから、煙草を吸うことは悪いことじゃないし、そんなことどうでも構わなかった。
雪の日にベランダで吸う煙草は綺麗よ。 ささやかに赤くて、温い存在で、あたしをおかしくする。 冷えきった身体をその場所に落としてく。 ひとりきり行き場の無いあたしは真っ黒な鉄格子と今にも割れそうな板だけの歩き場。 靴下を履いて、学校用のコートを着て。 幾ら怒られても家の中には入らなかった。 ぽっけに煙草とライターだけ入れて、あたしは夜中までそこに在た。 とても愛していた家だった。
その家から離れることになった。 引っ越しが済んだ最期の夜、誰もいない間に家に誰も入れない、と思って。 家の鍵も、窓も、全部ガムテープでぐるぐる巻にした。 あたしが中3になる春の頃だったと思う。 考えが幼すぎて、今考えると笑えるけど。
すぐに過ぎる夜は朝が怖い。 あたしは眠らない分、毎日色んな歌を歌った。 ひとりで大好きなベランダ脚を放って。 鮮やかな青空を仰いだ。 カーテンは広がり、あたしは昼間の間、ずっと眠り続けた。 明るい場所は酷く怖かった。 だから黒い猫は死んだのかな。 ダンボールの中は土の中みたいに温かくて優しかった? あたしは青空を何度も見たけれど、思えば今、それは只の傷になって。 あたしの腕を赤くする。 それしか出来ないあたしの腕は何も夢見ない。 ずっと眠り続けたあたしの代わりに、鮮やかな空を仰いだのは誰だったのだろう。
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