セクサロイドは眠らない

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2004年09月16日(木) 泣くものかと思って、今日までを生きて来た。私は、首一つで転がって、今、夜空を眺めている。

そこは、どこか見知らぬ家庭だった。

それは、食卓の上に載せられ、家族の話題の中心となっていた。

「マサル。お前がやったのか。」
「やったってさあ。俺、拾っただけだよ。」
「どこで?」
「そこの空き地さ。石ころみたいに転がっててさ。俺もびっくりしたよ。」
「こんなもの拾って、厄介なことに巻き込まれたらどうするんだ?」
「だってさー。放っておけるかよ。オヤジなら、知らん顔して通り過ぎるわけ?」

母親らしき女性が口を挟む。
「マサルを責めないでちょうだいよ。こんなに綺麗なんですもの。私だって、もし見つけたら持って帰るわよ。」
「そうよねえ。すごく綺麗。あー。見てるだけでうっとりしちゃう。ここまで綺麗だと、はなから張り合う気にもならないぐらい。」
相槌を打っているのは娘のようだ。

「しかしなあ。一体どこに置くつもりだよ。誰か来て見つけてみろ。大騒ぎだぞ。」
「そうよねえ。どこかいい場所を探しましょう。」
「とりあえず、俺の部屋ってのはどう?」
「あ。ずるい。お兄ちゃんたら。」
「だって、お前の部屋なんかしょっちゅう友達が遊びに来てんじゃん。」
「だったら、お兄ちゃんの部屋だって友達くるじゃない。」
「駄目よ。あなたたちの部屋なんて。」
「じゃあ、どこに置くんだよ。」
「床の間ってわけにもいかないしねえ。でも、パパとママの寝室なら、普段は誰も入らないから。ね。いいんじゃないかしら。」
「そんなの駄目よ。」
「あら。どうして?」

くだらない会話が延々と続く。

「しっかし、一体誰が置いてったのかな。絶対に犯罪がらみだよなあ。」
「そうよねえ。」

母親はその瞬間考える。こんな美しい顔が自分のものになったら、パート先の青年ともっと親しくなれるんじゃないかしら。

「あー。でも、俺、ちょっと友達に自慢したいかも。」
「駄目よ。お兄ちゃんの友達なんかの手に渡ったら何に使われるか分かったもんじゃないわ。」

その時、長男も考える。陶器のように滑らかな肌触り。見ているだけで時を忘れそうだ。男なら誰でも自分のものにしたいと思うような美女。

「あたし、こんな顔になりたーい。」
「お前の体にこんな綺麗な顔は不似合いだって。」

妹も考える。この綺麗な顔なら、私、女優にだってなれるかもしれない。ずっとずっと憧れだったもの。そうよ。この顔が私の夢をかなえるの。

「おいおい。お前達、変なこと考えるんじゃないぞ。これはな、一時的にうちで預かるだけだ。ちゃんと警察に届けなくては。」
「あら。お父さんだって、最初はブツブツ言ってたくせに、すっかり鼻の下伸ばしちゃって。」

父親も考えていた。懐かしい感情が込み上げて来る。恋よりももっとはかない感情。壊れてしまうから、触れないほうがいいと悟った、あの頃の記憶。心が震える。

彼女はただ、じっと目を閉じたまま会話を聞いている。

「しかしなあ。空き地にこんな綺麗な女の生首ってのは、誰も気付かなかったのかなあ。」
「気付いてたら、やっぱりあたし達みたいに自分の物にしたくなるんじゃないかしら。」
「母さん、このところ女のバラバラ死体とか、そういうニュースはなかったかな。」
「このあたりじゃ、何もなかったんじゃないかしら。」
「とっても顔が小さいわよね。睫毛がすごく長い。目を開けたら、お人形さんみたいだわ。」
「お前と正反対だよなあ。」
「うるさいなあ。もう。お兄ちゃんなんか、スケベ心起こして拾って来たんでしょ。いやらしいわよね。」
「これ。喧嘩はやめなさい。」
「とにかく、今日はもう寝ましょうよ。」

食卓の電灯が消え、彼女は一人。

--

翌朝も慌しく始まり、家族はみな、彼女のことを気にしつつ出掛けて行った。母親だけが家に残り、彼女の髪をなでたりブラシで梳かしたり、何やら独り言をささやいたり。

そのうち、母親は彼女のそばから離れ、洗濯物を干しに二階のベランダに行ってしまう。

だが、ほっとしているのも束の間、彼女の顔に熱い息が掛かる。犬だ。どこから入ってきたのか。彼女の顔を嗅ぎまわし、そのうち、彼女はずるずると引きずられ、食卓から引きずり降ろされた。

野良犬に連れられて、どこに連れて行かれるのか。

彼女は、固く目をつぶったまま。

地面を引きずられても、彼女の美しい顔は傷一つつかない。

--

もう慣れていた。美しいが故に、嫌な目に沢山遭ってきた。同級生からはいじめられ、母親からは妬まれ、父親は娘にしてはいけないことをした。成長してからも、それは変わらなかった。職場の同僚とは馴染めず、いつも一人ぽっちだった。唯一やさしい笑顔を見せてくれた男がいた。彼女は初めて誰かに愛されたと思った。だが、男が彼女に暴力をふるうようになるのに時間はかからなかった。

挙句、別れ話を持ち出したらこの有り様だ。男は、私をメッタ刺しにし、息絶えた私を抱いて泣いた。彼は私の顔が好きだった。いつだって、顔を眺めていた。どうやら、私の顔にはそんな力があるようだ。みな、私の顔に特別な感情を抱く。男は私の首から上を切り離し、抱いて逃げた。だが、どこでどうなったか。気付いたら、見知らぬ土地の荒れた空き地に転がっていた。

野良犬は、しばらく私の顔で遊んでいたが、飽きたようだ。私を置いたままどこかに行ってしまった。不思議なことに、動物達にも私の顔を見ると何かを感じるのか、噛み付いたりされることはなかった。

私は泣いたことがない。泣くものかと思って、今日までを生きて来た。私は、首一つで転がって、今、夜空を眺めている。

--

誰かが私を拾い上げた。いつものように、私は目を閉じたままだ。

その人は、私の顔の泥を払い、両手に抱えて車に乗り込んだ。高級な車なのだろう。ゆったりと走り出す間、その人は私の顔をじっと抱いたまま。

いつもと違う。欲望が伝わってこない。ただ、傷付いた動物を抱くように、私の頭を抱いている。

車が止まると、その人は、私をバスルームに連れて行き、きれいに洗い、柔らかいタオルで拭いてくれた。それから、私は再び抱えられて、幾つもの乗り物を乗り継いだ。どこに行くのだろう。長い旅。

気持ち良くて眠った。夢の中で、私は幼い少女だった。明るく笑っていた。誰かが私を抱き上げてくれた。その手は、大きくて柔らかだった。

「着いたよ。」
静かな声が響いた。

どこ?

潮の香り。

私はそっと目を開けた。

「私の島だよ。」
彼は、教えてくれた。

小高い丘からは海が見える。

「ここには人はいない。私が連れて来た動物ばかりだ。私は動物を扱う仕事をしていてね。時折、傷付いた動物に出会うとここに連れてくるんだ。」

気持ちのよい風が吹いている。

「ここにいるといい。私の可愛い動物達がお前と一緒にいてくれる。私はたまにしかここに来ない。ここは私以外誰も来ないんだ。あなたは人が怖いのだろう。ここは大丈夫だ。」

私は、もう、声も出せないけれど、口の形でありがとう、と。

顔は見えない。彼の手の感触だけ。

私は泣いていた。生まれて初めて。

「私は目が見えないんだ。その分、手の感触で分かる。傷付いていたり、苦しんでいたりすることがね。」

彼は私が泣く間、じっと待っていてくれた。

彼の手が離れた。
「そろそろ、行かなくては。仕事ばかりの人生でね。たまにここに来るのが楽しみなんだ。」

さようなら。

白髪の男性の背中が遠ざかって行くのを眺めた。

これでやっと、知ることができた。それを知るためだけに、私は長い間耐えてきた。

幸福というのはどんな感情か。ずっと知りたかった。それは、生きていてもいいという、力強い感情だった。

私の魂は今、やっとこの忌まわしい顔を離れ、今、天へ。


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