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その、優しい声の先には
仕事帰り、バスに乗っていた。あー疲れたーお腹すいたー夕飯何にしようかなー等、あれこれ考えながら席に座っていた。そのとき、斜め後ろから携帯の着信音が鳴った。音が消えると、女性の話し声が聞こえてきた。日本語ではなく、英語でもなそうな外国語だ。なんとなく声の方向を見ると、浅黒い肌で、彫りの深い顔だちをした、黒髪で巻き毛の女性だった。年齢は、30代前半くらいだろうか。
その女性は、とても優しい声で、愛しげな表情で、電話の向こうに何か話しかけていた。日本語だと、それがプライベートな電話かそうでないか、友人と話しているか親と話しているかなど、どことなく見当がついてしまうものだが。彼女の場合、雰囲気だけではよくわからなかった。仕事の電話か、子供に対してか、友人に対してか、親に対してか、恋人に対してか。どれでもありそうだし、どれとも特定できない。彼女は短時間で話し終えると、微笑を浮かべて携帯電話を眺めていた。
..世の中には、優しい声で嫌味をいうひともいるし、職業柄、営業として優しい声で応対する人もいると思う。でも、たぶん、彼女は違うと思う。あの、優しい声の先に、誰がいたかはわからないけれど。でも、ああいう声を出せる人、ああいう声を聞ける人って気持ちいいだろうな..と、ぼんやりわたしは思っていた。
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