stray notes

氷砂糖

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夏の花(旧エッセイより・加筆訂正)
2002年08月01日(木)

夏の花、と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、ひまわり。光に向かって咲くという、太陽を思いおこさせる花。昔学校の花壇にあって、種を収穫した記憶があります。咲いてるとき、夏そのもののイメージがあるせいか、しおれると妙に疲れてみえ、なんとなく「終り」を実感させられました。

次に朝顔。昔宿題にあったので、早起きして観察日記を書かなくてはいけないような気持ちになるけれど、そのせいか比較的すがすがしい印象が残っています。庭にはやまゆりがありました。スケッチの宿題が出ると、画用紙に何枚も書いていました。やまぶきは、残暑見舞いを書かなくちゃ..というときに見ていた記憶があります。

校庭や街中でみかける夾竹桃は、ピンクの花より白い花の方が好き。排気ガスにも強そうで、毒ももっているという木だけれど。どんな毒なのかな、と思います。葉を食べると死んじゃうとかでしょうか? どことなく木の下には、絵的に小さい子が似合う気がします。むくげも好き。誰かを待っている女の人の姿を連想してしまいます。何かを待つような風情があって、優しい感じだから。

夕方目に付くおしろいばな。種をわって、白い粉を見たけれど、実際には使えないんじゃないかな、と思った小さい頃。今見ても、ほのかに懐かしい気がします。いくつか違う色があるのが好きです。こう考えてみると、どれも悪くない感じ。

でももっと思い出すと、夏はよく体を壊していたし、あまり外に出たくもなかったから、花にもそんなに思いいれはなかったはず..。いつも夏が早く終わってほしいと願っているわりに、花に夏の終りを感じると、淋しくなってしまうので。そのせいで、咲いている姿が愛しく思えたのかもしれません。

夏に咲く花は、だいたい来年まで会えないものが多いようです。枯れてしまうと、おいいていかれるような、取り残されるような気持ちになるのは、有意義に過ごしましょう、というあのフレーズが効いてるのでしょうか。宿題はもうないけれど、花はまた同じように咲くけれど、年を経ても、成長していない自分を感じるのです。



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