stray notes

氷砂糖

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あいかわらず
2003年05月13日(火)

明日はもう前回の続きが見られるのね、と思うと、1週間て早いんだなーという気がします。水曜に目当てのドラマがある、というのは週半ばにお楽しみがある、ということなので、いいかも。いつもいつもそういうのがあるわけでもないから、あらかじめ自分で水曜に何かイベントを入れておくと、週にめりはりがつくかな。でもふだんは、そのときどき気の向くままに生きてるので、ちょっとしたイベント設定って意外と難しい。

* * *

職場では相変わらず、世間話でつっかえてます。なんというか、わたしは仕事の内容(好きなことではあるし、そんなに難しくもない)とか人間関係(職場柄だいたい皆優しい)とか環境(とくに希望はない)とかで困る、嫌気が差す、ということはほとんどなくて。いつでもわたしを困らせるのは、自分のコミュニケーション能力や事務能力や生活能力の低さなのです。そしてそれはほかのひとが悪いとかひとの何がよくないとかでなく、つきつめると「わたしがわたしでつらいなぁ」ということなのです。

たとえば。食べ物の話が出て、このあたりには美味しい店が沢山あるから食べ歩きに行こう、という話題が出たとき。楽しそうな皆の中で、(うわー面倒くさい……)と思ってしまうのがわたしなのです。食べることはわたしにとって、生命維持のための栄養補給だから、一日3粒の錠剤ですむならそれでもいいやというものなんです。美味しければそれは嬉しいけれど、不味くなければ、食べられればそれでいいし。時間やお金をかけてまで、追究したいとは思わない。なにかもっとべつなことに、時間やお金や気力体力を使いたい。

人生の楽しみを知らない、という言い方もありますが……。そうでもないと思います。本を読まない人、映画を見ない人、ネットをしない人、文を書かない人。べつにそのひとたちだって、人生の楽しみを知らない、わけでないように。ひとそれぞれ、好きなことや楽しいことはそれぞれであって、必ずしもわかりあったりわかちあえなかったりしても、それはそれでいいのでは? と思うのです。走ることを心地いいと思う人もいれば、苦しいと思う人がいるように。ぼーっとするのがしあわせです、というひともいれば、忙しくしてるのがしあわせです、というひともいるように。

ただ、皆が楽しそうに盛り上がってるときに、正直に「いやー食べ物あんまり興味ないんで」というと、雰囲気ぶち壊しかなーと思うので黙ってますが(自分のこういうところ、100%いい、と思ってるわけではなくて。食べ物に興味があるほうが健康そうだし、ひととして気持ちがいいだろうな、とは思うし)。かといって一緒について行って楽しいかっていったらおそらく楽しめないだろうしな……。わたしは美味しそうに食べる人を見るのが好きですが、わたしはあまりものをおいしそうには食べてないと思うので。あまり親しくない人と行くと、ひとの楽しみに水を指しそうな……でもそういうのは付き合いであって、皆が皆心底楽しんでるわけでなくてもついていくべきなのかな……とまあ相変わらず、くだらないところからつっかえてます。




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