stray notes

氷砂糖

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いくら制服が好きだったといっても
2004年05月17日(月)

11日の文が少し変なので、少し軌道を修正したい。

最近急に暑くなったり妙に涼しかったりと気温がよく変わる。天気予報を見ながら、毎日のように悩む。
「一体何を着ればいいんだー?」
考えるのが面倒になり、結局適当な服を着る。服を着ながら、中学高校はラクだったよなーと思う。どちらも普通の公立校だったのでごく普通の制服があり、毎日それさえ着ていけばOKだったなんて夢のようだ。

服を買うより本を買うほうが楽しい子供だったうえ、家がさして豊かでもなかったので、私服は家で着るいい加減な服ばかりだった。たまに遊びにいくためのそこそこましな服も数着あったが、制服でいけるところはできるだけ制服で行っていた。当時から考えるのが面倒だったのだろう。お洒落心もほとんどなく、スカートを短くしたり上着のすそをつめたり(一応わたしの時代にもいたのです)は当然しなかった。使えると思っていたわりに大事にしていたわけではない。制服のリボンやネクタイを後輩にねだられたとき(色が年によって違うので綺麗なら再利用できたのです)、あまりにぼろくて申し訳なく、断らざるをえなかったから。

企業によっては制服があるのだろうけれど、そういった職についたことがないのでよくわからない。でも通勤は私服なんですよね? とするとやはりあれは中学高校の特権だったんだなぁ。一日中着ていていい。体を動かす場合ジャージや体操服がある。決まっている、ということは、考えなくていい、ということだ。わたしはデザインや色をイヤだと思ったことはない。機能的で落ち着いててラッキー、と思っていた。

そう、昔はそれでよかったのだけれど……。わたしがどうも無難な服ばかり着てしまうのは、制服に安穏としていたからかもしれない。紺とか白とか黒とか灰とか、気がつけば学校で許されていた色ばかりが集まっている。デザインもシンプルでプレーンなものばかり。そりゃあ飽きるって。勿論多少はピンクとか水色とかもあるけれど、仕事に着ていくには向かないかな? と家用になってしまったりする。

何より、柄物がとりいれられない。チェックやストライプ、ボーダー程度はあるが、ドットや花柄やジオメトリックなどはいいなーと思っても、自分が着ているイメージがわかない。フリルやりぼんやギャザーなどにも強い憧れがあるが、自分のキャラクターに合うかと考えれば即座にNoと言える。若いうちに楽しんでおくべきだったかなーとも思うが、もう中学高校のころにはけっこう身長が高かったので、当時もそんなに似合わなかったに違いない。第一顔は同じなのだ。

まあいいか、見るだけでも。妙に制服っぽい組み合わせを着ている悲しげな顔の大柄な女性がウインドウショッピングしていたら、それはわたしかもしれません。

* * *

……なんかやっぱり文が変かも。



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