![]() |
![]() |
毎日暑いですね。暑いと考える事がだんだん身も蓋もなくなってきます。 あー、どうせ見るならやっぱり醜女より美人だよなー、とか。夏は顔がたいしたことなくても、ナイスバディだったらそれだけで鑑賞にたえうるなー、とか。若い女の子は、存在自体可愛いけど、中身はさらに可愛いんだな、とか。 ……脳もだいぶばててる気がします。あるいはただれてる……? 職場になかなか綺麗な同僚がいて、彼女はメイク雑誌に出てる人で言うと、田中マヤというモデルさんに目が似ていて、全体の顔の雰囲気はあゆを庶民的にしたような風情で、声も話し方も動作も非常に愛らしくて、一緒に仕事をしてると妙に癒されます。オアシス、という非現実的な言葉が浮かぶくらいに。 「うん、なんかわたしあの笑顔で頼まれたら、自分に不都合なことでも引き受けちゃいそうだよー」と夫に言ったら、 「あのう、それって普通男性の感覚なのでは……」と言われましたが。そう? あと、去年度新卒で入った(つまり今年社会人2年目の)子と話してたら、なんだかしみじみと、あー、可愛いなーと思ったり。勿論肌とか髪とか、生物として若いという輝きもさることながら。にじみ出る人柄がとても微笑ましいのです。 自分が汚れてる、とまでは思わないけれど、こんなにピュアなレベルには絶対戻れないなーと感じます。くすんだり濁ったりしてなくて、でも純白ほどに強張ってなくて、気遣いできる柔らかさもあり。うんうん女の子がいるってよいねぇ、と(たしかになんかオヤジっぽいかも……)。 しかしこの、自分を切り離して遠くから女性を眺めてる感覚って、どこかで覚えがあるなー……とぼんやりさかのぼると。高校のとき、いきなり周りがお嬢様だらけになり、そのひとたちの育ちのよさや立ち居振舞いの美しさに唖然としたことや。大学に入って、校内にいる同年代の女性たちが、本当に花のように華やかで、うーんわたしって壁のシミみたいだよなぁ(今よりさらに地味だったので)、とナチュラルに圧倒されていた記憶が甦りました。ひとはそのひとにあった人生を生きるのだから、自分は自分でいいのだとわかってはいても。 まあわたしも道行くひとがふりかえるほど美人ではなくとも、とりあえず道行く人が思わず目を奪われるほど激しく見た目に問題があるわけではないらしいので、それなりに(外に出る礼儀として)頑張っておかなくちゃなーとは思うものの……こう暑いと、もとがたいしたことないのに頑張ってもなぁ、という気分になったり、します(もとがいいひとは何しても素敵だから、力をいれるとさらに魅力的になるのだと思いますが)。 じゃあせめてできるだけ感じのいいひとでいられるよう、愛想よくしたいなとこころがけてはいるのですが、どうも体に力が入らず、「なんかへらへらしたひと」になってるような気がする今日この頃です。
|
![]() |
![]() |