umityanの日記
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| 2002年12月10日(火) |
もち」がぷーーーっつとふくれた。 |
「もち」がぷーーーっつとふくれた。 at 2002 12/10 12:19 編集
今日は、久しぶりに寒いと感じた。今にも雪が降りそうな気配だ。こうやって、ぬくぬくと、あったかい部屋の中にいられるって本当に幸せなことだ。文明の利器さまさまである。「エアコンちゃん、もう、あなたなしでは生きられない」と心が叫んでいる。人間って、豊かさや便利さに触れてしまうと、もう過去にはもどれないんだなああと、つくずく思う。ふと、我が家の暖房の歴史をたどってみたくなった。、今はエアコン、その前はコタツ、またその前は、火鉢だった。そういえば火鉢には色んな思い出がある。正月になると、火鉢の炭火の上に網をすいて、家族皆で、手を暖めながら、もちを焼いたものだ。父がよく言っていた。「もちは、いやしんぼに焼かせたが、一番良く焼けるぞ」と。その意味がよく分からなかったので、「どうしてなの?」とたずねると、「いやしんぼ」は、はやく食べたい衝動が強いので、「もち」をよくさわり、こなすのだそうだ。そうすれば、きれいに、早く、「もち」が焼けるって寸法。な・る・ほ・ど・と思った。いやしんぼの僕は金属製の「ひばし」を器用に操りながら、「もち」を何度も何度も、ひっくり返しながら焼いたものだ。時々、金属のひばしが熱くて、もちを灰の中に「ぽとり」と。家族の顰蹙をかうことはもちろん。兄から、「それみろ。貸してみい」と、ひばしを取り上げられたこともたびたび。僕は苦虫をつぶしながら、しぶしぶ従ったものだ。そうこうしていると、もちのお腹が「ぷーーーーっつ」とふくれて、ふぐのおなかみたいになる。ひばしでつつくと、お腹がぺちゃんこになる。その格好がおかしくて、家族皆で笑った。もう今は、そんな風景も見られないだろう。最近よく思う。「文明の利器が家族の団欒を奪ってしまった」と。家族の団欒は、やはり、一つのものや、一つのことを分け合うことの中にあるように思える。今はエアコンだって、テレビだって、部屋だって各人ひとつずつだ。分け合うことも少なくなった。まあ、これを嘆いても仕方がないが、今日の寒さに触れたとき、ぬくぬくと暖房に浸って仕事をしている自分が、幸せでもあり、ちょっぴり悲しくもある。正月近くなると、今は亡き、父や家族との団欒の思い出が頭をよぎるからだ。正月までは、まだ三週間。センチメンタルにひたるのは早すぎるようだ。ささあああ仕事だ仕事だ。
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