umityanの日記
DiaryINDEXpastwill


2003年06月28日(土) もし、僕とそっくりの人間がいたら。

もし、僕とそっくりの人間がいたら。
at 2003 06/28 22:46 編集

いよいよ六月も終わりを迎えようとしている。今日は夕方から仕事が一つ入っていたが、それ以外は何もなかったので、昨夜というか、今日というか、久しぶりに午前2時近くまで起きていた。

何気なしに、テレビのスイッチを入れると、NHKで、面白いドラマをやっていた。題名は忘れた。なんでも、自分とそっくりの人間と、偶然か必然化分からないが、出会い、驚き、しかも名前まで同じで、更に驚く。一卵性双生児でもなく、いわゆる、今流に言えば、自分とそっくりのアバターということか、はたまた幽霊と言うことか?。更に言えば、自分の心の願望が生み出した虚像なのか、夢を見ているのかだろう。
「僕にはわかんなーーーーい」。

そのそっくさんが、それぞれ、夫婦交換をして、夫の反応を見ようというわけだ?。
これは愛すればこその所業なんだろうか?
またしても、「僕にはわかんなーーーい」である。ドラマでは、一方は夫婦円満、かたや夫婦崩壊の危機にある。果たして、妻が入れ替わり、夫は気付かないのだろうか?。それほど、そっくりなら、気付かないこともあるかもしれない。「どうも、変だなああー?」と」思って、よく観察してみても、「うんんんん、やはり妻か???顔がまったく同じだ」と、思ってしまう。ただ、「それにしては、随分と優しくなったもんだ???。これは何かあるぞ?」と、いぶかるに違いない。

なんでも、世界中を探せば、自分とそっくりの人間が三人はいるという。僕はまだ出会ったことがない。出会えたらきっと楽しいだろう。そうは言っても、ドラマのように、瓜二つというわけにも行かないのでは。やはり、どこかが違っているはずだ。考え方も、生活のありようもそうだ。

恐らく、遠くから見ると、歩き方や、背たけなんかが似ていて、顔見知りの人が間違えることがある。その程度かもしれない。現実はドラマのようには行かないだろう。

思うに、ドラマのように、ほとんど完璧に近いぐらい似ていたら、僕はきっと、その人間を好きになるに違いない。なぜなら、ひょっとすれば僕だからかもしれないからだ。相手が落ちぶれていたら、助けてあげたいと思うし、僕が落ちぶれていたら、相手もそうしてくれるだろう。一心同体みたいなものだ。ドラマは、恐らくそういう方向に展開するに違いない。そして、最後は両家族ともにハッピーエンドに終わる。めでたし、めでたし。

ところで、やはり、現実にはありえないことなのだ。ここで、結論らしい言葉を述べるならば、何かに強く迷ったとき、両方とも選択したいという極めて強い願望が、虚像の人間を作り出す。そういうことかもしれない。心理学的にもあるそうだ。人間の怨念は怖いというが、まさにそんな感じだ。

よくばあやが、幽霊みたいな格好をして言っていた。「お坊ちゃま、一番怖いのは、幽霊じゃなくて、生きている人間のおんねんですがなも」。うんんんん、僕もこの言葉には反論が出来ない。やはり、生きているときに善行を積む。これが怨念をはらう最良の良薬かもしれない。

ここまで考えると、どうもドラマの続きを見たくなくなってくる。いかがしたものだろう?。おっと、ここで迷ってはいけないのだ。見るもよし、見ずともよし。時の流れに身を任せてではないが、日々、平常心これ吉である。



umityan |MAILHomePage

My追加