umityanの日記
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| 2003年10月01日(水) |
つつがなく過ぎた僕の誕生日おやおや |
つつがなく過ぎた僕の誕生日おやおや at 2003 10/01 00:10 編集
僕のマルマル才の誕生日もつつがなく過ぎ去った。うれしや悲しやである。
まず、嬉しかったこと。あちこちから、「おめでとう」といわれたこと。さらに、プレゼントをもらったことである。プレゼントといっても、品物だけではない。ちょっと、かわったものと言えば、さる小料理屋で、ワイン二本と、尾頭付きのタイや、刺身を、まさに、ロハでいただいたことである。人から見れば、「なあんだーー」と言うことになるが、僕にとっては、嬉しい限りである。
「ええつ、タダでいいの」と僕が言ったところ、ママから返って来た言葉が憎いじゃありませんか。「次回以降の飲み代に少しずつ、上乗せしとくからね」ときた。「さもありなん」と、思ったが、今日は僕の 誕生日。僕も素直に、「そうだねーー」と、ひきつった顔で答えた次第。
ワインはママや、美人カウンターレディーの奈美ちゃんたちと乾杯して、ごくごく飲んだ。男、僕一人では間が持たないと言うことで、早速、後輩にテル。しばらくして彼がやって来た。更に乾杯、乾杯で大いに盛り上がった。やはり、何歳になっても、人から祝ってもらうことは嬉しいものだ。
実は後輩からは、イタリア製のマフラーなんかもらって、痛く恐縮した次第。アル・カポネみたいに、ハットをかぶり、スーツの下に、このマフラーを忍ばせれば、そりゃああ、人が避けて通ること間違いなしだ。込み合った繁華街をあるいても、僕の前に障害物はなく、後ろにもない。と言うことは、僕は孤独だ。これでいいんだろうか?。淋しいぜーーーーーー。と言うのはちょっと冗談が効きすぎたようだ。
逆に、悲しいことと言えば、「ところで、何歳になったの?」と、しょっちゅう聞かれることだ。「もう、いい加減にしてくれ」と言いたくなる。そういうけで、面倒くさいから、多いときは、20歳上にさばを読んで、少ないときも10歳はさばを読んでいる。いやああ、これが意外と真実のように受け止められてしまうから不思議だ。ようするに、人の年齢なんて、いかに、当てにならないかということだ。
あるときは、とっちゃん坊や。又あるときは青年貴公子、またまたあるときは、白髪のロマンスグレー。「一体本物はどれよ」と聞かれれば、全部本物と答えるしかない。
もう一つ悲しいことと言えば、死の旅路へ一歩近くなったということだろうか。まだまだ、若いもんにゃ負けないと思っていても、確かに20代のころの元気は、もうない。理論的には150才以上いきられはしても、なんといっても、健康で生きていてこそ価値がある。果たして、僕にそれだけの生命力があるのか不安だ。
最近悲しい死があった。まだ、65歳なのに、一人暮らしだったために、一月以上も後になって発見されて、正確な死亡年月日さえわからず、親族は大変だったらしい。 時々、孤独なお年寄りの死を耳にすることがあるが、やはり、核家族化が進行したことの弊害かもしれない。やはり、大家族で暮らすほうがいいのかもしれない。僕もそれが出来ればとっくにやっているところなんだが・・・・・・。こういう事態を防ぐためにも、介護保険の制度が出来たわけだが、まだまだ充分ではないようだ。
誕生日の話しが思わぬところへいってしまった。おやっつ、もう10月1日だ。いよいよ秋本番だ。正月まで三ヶ月。そろそろ2003年を反省する時期にさしかかってきた。振り返ってみれば、9ヶ月間は、可もなく不可もなしってところか。さああ、残りの日月を心してかからなくちゃ。
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