umityanの日記
DiaryINDEX|past|will
| 2003年10月09日(木) |
すがすがしい秋。窓辺で、ひとり思うこと。 |
すがすがしい秋。窓辺で、ひとり思うこと。 at 2003 10/09 11:34 編集
秋もいよいよたけなわだ。あの猛暑はどこへいったのだろう?と、ふと、そのころが懐かしくさえ思える今日この頃。本当に人間って、のど元過ぎれば、痛みをわすれて、自分の都合ばかりで、物事を考えるから現金なものだ。
この、すがすがしい秋に僕は何をやっていたのだろう?。日記も書かないで、夜の巷をさまよっていたのだろうか?。うんんん、幾分かは当たっている。が、そうばかりではなく、結構、行事が目白押しで、その対応で追われていた。まだまだ、こういう状態が続きそうだ。商売にはならないが右往左往の毎日。はたして、これでいいものやら?、いけないものやら?。 ただ、なんやらかんやらと言っても、人生は百年。後悔のない生き方が出来れば、損得を抜きにして、それで吉と思わなければなるまい。
そういえば、最近、若い人たちの犯罪が増えているようだ。少女を監禁したり、連れまわしたり。又、セクハラをおこしたり。はたまた、強盗やら殺人やら。怖い世の中になったという印象を免れない。
一体、世の中はどうなっているんだろうか。「日本人の心」という本を書かれた先生がいるが、今の日本の現状をみられたら、きっと、悲しまれるに違いない。
社会のいろんな犯罪をみていて、ふっと気がついたことがある。犯罪の一つは金銭を目的にしたもの、そしてもう一つは、性にからむ犯罪である。
金銭目的の犯罪は、「富と貧」の存在に起因しているような気がする。富と貧はいつの時代にもあった。人類が欲を持つようになって以来、富と貧は存在したわけだ。貧であれば、なんとか努力して、そこから脱しようとする。これは人間、だれもが思うこと。ただ、貧を、脱しようとしても、それを阻むものがある。それは偏見と差別かもしれない。耐えることに、疲れた心は、しらず、罪という道を選択してしまうのだろう。偏見と差別は人間がうみだした最も憎むべきものである。
社会は、偏見と差別をなくそうと、法律を作るが、法で人を規制するのではなく、人が人たるべき教育、差別と偏見のない社会の構築。いわゆる人間教育にもっと、力を入れるべきだ。愛と慈悲に満ち満ちた教育こそ、犯罪を救う一番の近道だ。
もう一つの犯罪。いわゆる、性がらみの犯罪。これも、昔からあったことかもしれないが、今は、あまりに陰湿で露骨過ぎる。この犯罪にも金銭が絡むこともあるが、本質はもっと別のところにあるように思える。 先日、テレビである評論家が言っていた。 「セクハラにしろ、少女監禁にせよ、犯罪の一端を担っているのは、男のみではなく、女にもその原因がある」と。そう、指摘していた。そして、性犯罪を助長させているのは「女は、自分が商品価値のある、いわゆる、商品として売れる存在である」ということを、成長過程のなかで認識してしまう。そこに、問題があるというわけだ。
週刊誌には堂々と若い女性の「局部ヘアー」が登場している。男は喜び女は、至って平然としている。男性のヘアーだったら、誰も、見ないだろう。
女は意識的か無意識的か分からないが、高価なアクセサリーで、身を包み、セックスアピールで男の目を引こうとする。男のかたを持つわけではないが、女の色香に惑ってしまった男がかわいそうだ。自制心を失い、思わず罪を犯してしまう。
質素と謙虚。これが、女性の最大の武器であると言いたいが、「あんた、古い、古い、」と笑われそうだ。
女のことを厳しく書いたが、もちろん、男にも非はある。「あんたは犯罪者たちのかたをもつのか」と、叱られそうだが、そうではなくて、そういう現象にきずいていながら、それを放置している親、社会に問題がありはしないかと、言いたいだけだ。
おやおや、今日は評論家みたいな事を書いてしまった。僕自身も、清廉潔白な青年、おっと、間違い。清廉潔白な中年君子ではない。ただ、日ごろ思うことは、偏見と差別をなくし、女性にはいつも優しい男でありたいと思っている、一介の小市民である。 決して、女性のことを偏見の目で書いたつもりはないので、もしそうとられたのなら、この書面で深くお詫びします。
|