umityanの日記
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| 2003年10月13日(月) |
秋、祭り、稲刈り、遊び、山の音楽家。 |
秋、祭り、稲刈り、遊び、山の音楽家。 at 2003 10/13 08:02 編集
やや暑いが、秋たけなわといったところだ。田舎では、あちことで、秋祭りが催されている。豊作を感謝して神仏に米とか五穀を奉納するわけだ。今年は必ずしも豊作ではなかったようだ。それでも、こういう伝統的な行事は、昨今、規模が小さくなったとはいえ、和というか、地縁のつながりを大事にする日本人にとっては、大事なものに思える。
今、田んぼでは、たわわに実った米の刈り取りが行われている。昔みたいに手作業ではないため、その作業が早いこと、早いこと。見る見る間に、田んぼは切り株のオンパレードとなる。脱穀がおわった藁をトラックに山のように、積み重ね、農道を走っている姿にでくわす。時折、風で、藁の小枝が、後ろを走る僕の車のフロントガラスに当たる。「ありゃりゃ」と思うが、まああ、仕方がない。
やがて、北風が吹きはじめると、田んぼは寒い冬のイメージに様変わりしていく。あぜ道を吹き抜ける北風の冷たいこと。昔、鼻水をたらしながら、せっせと学校へ通っていたことを思い出した。学校が終わると、こんな田んぼの中で、わらんべたちが、凧揚げやら、ちゃんばらごっこをして遊んでいたわけだ。今はとんと見かけない風景。
時代は変わった。少子化の影響や、外遊びは危ないと言うこともあってか、最近は、野良の子供達をほとんど見かけない。僕の小さい頃は、お天道様が登って、西の空に沈むまで、外で泥んこになって遊ぶことが常だった。家に帰っても、「宿題しなさい、しなさい」と、口すっぱく言われるので、外で遊んでいたほうが楽しかった。というより、家の中には遊ぶ道具もなかった。今は、パソコンやらゲームが部屋の中で出来るので、外で遊ぶ必要もない。 まさに、時代は変わったわけだ。
話は変わるが、先日、山の音楽家と称されている夫婦の演奏を聴いた。夫はギターを爪弾き、妻はオカリナを吹く。いやあああ、実にすばらしかった。特にアンデス地方の民俗音楽は、雄大で、浪々としていて、賑やかでかつロマンチックで・・・・・・、どう表現したらいいのだろう。その音楽が深く心に突き刺さった。日本の民謡と言うか、フォークというか、これもまた、オカリナで吹くと、美しく、清らかで、埃をたっぷりまとった僕にはまぶしくさえ思えた。
この夫婦は、都会の喧騒からのがれて、山奥の自然の中で、庵を建て、そこを拠点に活動を行っている。山奥は不便な点も多々あるが、それでも、おつりが出るくらいに豊かなのだ。自然は決して裏切らない。傲慢さもない。ただあるは自然そのものだ。あるときは優しく、またあるときは厳しい自然。そんな自然はまさに、生の原点なのだ。、夫婦ともども、そう考えたのだろう。僕もそう思う。うらやましい限りである。
その夫婦が最初のレコードを出した。もち、僕は買ったね。今、車のなかで聴いている。その音楽を聴くと、心が豊かになり、心も大きくなるようだ。割り込みたい車があると、「はい、いいよ。どうぞ」と、気持ちよく入れて上げられる。
まあ、これも、度がすぎてはいけないが、心だけはいつも豊かに生きたいものだ。
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