umityanの日記
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2003年12月15日(月) 雑感ー僕も罪深い男か?

雑感ー僕も罪深い男か?
at 2003 12/15 13:46 編集

今日は赤穂浪士の討ち入りが終わった翌日、15日。
そういえば、サダム・フセインが一昨日、捕獲された。ニュースを聞いたのが昨夜だったので、赤穂浪士の討ち入りと重なって、何だか、因縁めいたものを感じた。もちろん、何の因果関係もないわけだが。

権力者、独裁者がその地位から転落したとき、その姿はあまりに惨めなものである。
猿の社会でも、ボスの座をめぐって、雄同士が激しく戦う。強い子孫を残さんがための、儀式なのかも知れないが、ボスの座を追われた猿はやはり、かわいそうに思える。それを静かに眺めているメスは、なんとも、憎くさえ思える。とはいっても、メスはやはり強いボスの子孫を残したいわけだ。
まあ、これは、自然社会での本能がなせること。人間社会の出来ごととは、区別して考えねばならないだろう。なぜなら、人間社会は、もっと、もっと、高度な能力、すなわち、考える能力を持っているからである。

その、能力がいけないのだろうか?。人間社会の争いは、もっと醜く、もっと、陰湿で、欲ふかく、打算的である。名誉欲、金銭欲。独占欲、・・・・・・・。尽きない欲・欲。よくよく考えてみると、くだらない物である。くだらなくても、人間はそういうものがほしいのだ。僕だって、まったく無縁ではない。自ら欲しなくても、あって邪魔になるものでもないなら、どんとやってこいだ。お金なら、拒むことはない。

時々思うが、生きとしいけるものは、そういう業を持つように生かされているのだろうか?。僕は断じてそんなことはないと思っている。業とか因縁は、人間が自ら作り出した、虚構である。僕たちはその虚構に踊らされて生きているのかもしれない。

平均寿命は延びた。とはいえ、健康で、長生きできる時間はそう長くはない。間違った虚構にとらわれることなく、ただひたすら、のびのびと、自然に即して生きられたら、どんなにいいかと思う。

これも、僕の今年の反省であり、来年への、課題でもある。。




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