umityanの日記
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春一番に乾杯だ。 at 2004 02/15 17:19 編集
昨日は、全国的に春一番が吹き荒れた。我が家の庭も例外にもれず、見渡す限り葉っぱのジュウタンだった。「わおーーーつ、掃除が大変だあーーー」と、思っていたら、何のことはない。なすに任せていたところ、風がくるくる舞って、葉っぱを巻き込み、一所に集塵してくれた。僕がそこを見逃すはずもない。すかさず、ちりとりで一網打尽。ほとんど、労力を使わず、庭の清掃が終わった。春一番も、さるもの、ひっかくものだ。
それにしても、自然は正直だ。今年は、春一番の来訪が少し早かったらしいが、毎年、忘れずにやってくる。律儀なものだ。 人間もこのくらい律儀であってもいいのかもしれない。いつも、裏切ったり裏切られたり。
誰かが歌っていた。「もうすぐ春ですねーーー。なんんとか、なんんとか」ってね。 若かりし頃(今も若いつもりだが)、春はなんとなく嫌いだった。世の中があわただしく、人は皆、歌のように浮かれ気味。彼女もいず、灰色の青春だった僕にとっては、春がやってきても、「一体どこがそんなに面白いのか?」と、やや厭世的になったものだ。物憂くて、けだるくて、悶悶としていた日々。 まあ、今思えば、にきびと同じく、それが青春のシンボルだったのかもしれないが。
しかるに、齢を重ねて、娑婆世界にどっぷりと浸かってしまうと、巡り、巡ってくる春が待ち遠しくなる。身も心もリフレッシュする時期が春なんだと思う。こう、思えるようになったのは人生に対する諦念の気持ちが強くなったからなんだろうか?。
確かに、一面ではそうかもしれない。もう、後戻りは出来ないわけだ。時々思うが、今の状態で、二十歳前後だったらさぞかしいいだろうなああと。それはかなわぬ夢。逆立ちしたって、そういうことにはならない。気持ちは二十歳前後でも、いかんんせん、体は中高年真っ盛り。したがって、諦念ということになるか。
と、同時に、最近、日々の時間がえらく短く感じられる。友人達と杯を交わしているときなんか、あっと言う間に6時間や7時間が過ぎてしまう。「えええっつ、もうこんな時間・・・?」と、しぶしぶ重い腰を上げるわけだ。子供の頃は、時間が経つのがあまりに遅く、「いつになったら、大人になれるんだろうか?」と、気がせいたものだ。 大人になってみると、「ああああつ、子供の頃に戻りたい」と思う。人間って、なんと現金な動物なんだろう。
とりもなおさず、借金がないだけでもましか。今年も春一番が吹いて、巡りめぐって春が来る。春に乾杯だ。花見にはちょっと早いが。
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