umityanの日記
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2004年08月25日(水) 「やれば出来るんだ。

オリンピックも佳境を過ぎて、中だるみの状況。それでも、開幕以来、今日まで、日本人選手達の活躍は目を見張るものがあった。選手の皆さんに心からおめでとう、お疲れ様という言葉を捧げたい。

今日、テレビで面白いことを言っていた。日本人で、メダルを取った人たちのほとんどが個人で、団体の競技では、メダル獲得が少ないそうな。このことは何を物語っているか?。個々人の力は格段に伸びているが、団体戦となると、まだまだ、戦力のアップや、勝利の方程式みたいに、勝つための研究が必要と言うことかもしれない。
ま、何はともあれ、観戦者たる我々に、いろんな場面で、「やれば出来るんだ」という希望や夢を与えてくれた功績と、世界平和への一翼を担ったという功績は大きいだろう。

スポーツのみならず、「やれば出来るんだ」と言う考えは、いろんな面で通用する。仕事もしかり。遊びもしかり、恋もしかりである。おっと、恋はあきらめも肝心な場合もある。執拗に追い求めると、ストーカーみたいになって、自己を見失うことがあるからだ。その点、僕は単純明快、臆病者。「去る者、追わず、来る者、拒まず」である。かっこいいことを言っているが、本当は、これじゃあ、いつまでたっても本質をつかめない。得られるものまで、つかみ損なってしまうことも多い。僕は一体、何度、絶世の美女、運命の美女の愛を逃してきたのだろうか??。後悔先に立たずだ・・・・。「えええつ、そんなこと、あったの?」という、疑問の声が聞こえそうだ。

やはり、納得のいくまで、本質を追い求めることは大切なことである。やれば出来るんだ。かないそうでない愛や恋だって、成就することもあるんだ。そう、思って努力せねばなるまい。要は、結果が出ても、後悔と遺恨を残さず、新たなる旅立ちに、心をいち早く切り替えることが肝要だろう。これが出来そうで、なかなか出来ないんだよなーーー。僕は単細胞で、あきらめも早く、結果が出る前に、すべてが終わってきたような。もちろん、愛や恋にかぎってのことではあるが・・・・・。弁解はいらないなーーー。これじゃあー、いけないよなーーーー。

話がちょっと、ずれてしまうが、昔、亀井勝一郎先生が言っていた言葉を思い出す。「まさかの友こそ本当の友であり、まさかの愛こそ本当の愛」であると。うんんん、これこそ愛の本質を突いた言葉だろう。ただ、「まさか」が、いつ何時なのか分からないことがある。また、「まさか」が多すぎても、体が持たないだろう。「まさか」とは、構えて待つものではなく、突然やってくることが多い。その前兆がある場合もある。そんな時、どう自分が行動に出るか、どう考えるかが問われるのだろう。

生死をかけた、まさかのとき、母親が子供をかばうのは、本能的行動である。当然と言えば当然。しからば、一般的に、二者択一、三者択一などのまさかの場合に、自分を犠牲にして相手をかばえるか?。これが問題だよなあ・・・・。これも、出来そうでできないんだよなーーー。

友人や恋人を置き去りにして、とっとと、尻尾を巻いて逃げ出す者。言葉の上では「卑怯者」、「人間の風上にも置けない奴」ということになるかも知れないが、わが身の生存欲もまた本能なのだ。どう、行動するかは、まさにケースバイケース。その場の咄嗟の判断なのだ。

時間があれば、恐らくは、理性と本能が戦うことになるのだろう。時間がなければ咄嗟に行動する。咄嗟の行動ともなれば、その場面に遭遇しなければ、誰も、なんとも言えないだろう。結論的には、身を挺した行動こそ、「真のもの、真の愛」と言うことになるのか?。いまだ、そういう経験に僕は遭遇していない。なんとも言えない。

願わくば、悪い面での、「まさか」という事態には遭遇したくないものだ。誰でも、そうであると思うが、未来のことは分からない。僕にとっては、平々凡々、飄々と生きることが性に合っているようだ。ただ、「やれば出来るんだ」と言う気持は決して失ってはいけないだろう。「去る者、追わず」ではなくて、やればできるんだ。少しは追ってみることにしよう。





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