umityanの日記
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2005年06月15日(水) 田植えが真っ盛りだ。

田植えが真っ盛り。機械がものの見事に苗を植えつけていく。便利になったものだ。人手もほとんどいらない。人間の英知に脱帽。

そういえば、僕も学生の頃、い草刈りのアルバイトをしたことがある。畳表になるやつだ。寒い時に植えて、田植えの前に刈り取る。その刈り取りをはじめ、一連の作業を経験した。一家総出でも人が足りず、僕みたいな未経験者でも、若い労働力として重宝された。中腰になり、慣れない手つきで、い草を「バッサ、バッサ」と切っていく。腰が痛いのなんのって。たまったものじゃない。切るだけなら、面白みもあるが、それだけではない。

当時は、い草をきった後、薬が入っているような泥水に浸す。十分、液がしみこむように、両足で揉む。マッサージの揉み揉みとは大違いだ。その後、あぜ道に並べて乾燥させていた。今は乾燥釜みたいなものがあるので、道端に乾すことはしないようだ。乾しあがった後、今度はそれを回収する。まあ、ここまでが一連の流れと言うことになるか?。

僕は毎日実家から自転車で通勤だ。朝6時くらいから夕方の6時頃まで、フルに働いた。美貌の顔も泥だらけになり、作業着も泥と汗で真っ黒。最初の二日間は、それはもう、くたくた。バイトの職種を間違えたかと後悔もした。ただ、一度やったからには、笑い者になりたくない。「なさねばならぬ」と、心に鞭打って一週間の作業工程をクリアした。無事に終った時、もう二度と、このアルバイトはすまいと思った。農業ってほんまにたいへんだばい。嫁っ子も来ないわけだ。

そんな僕の心も知らず、更なる労働の要請がーーー。「今度は田植えになるから、引き続きしないか?」と言われた。「とんでもありません」と丁寧に断り、ほうほうの体で逃げ帰った。母は、にやにやと笑いながら、一応満足そうだった。

        車で通る田んぼ道。
        今はなき人の輪。
        ただ、ガチャン、ガチャンと、
        機械手だけが孤独に動く。

        父母の姿もみえじ、田んぼ道。
        おらべども応えるものなし。
        いかに、世の中が移ろいても、
        早苗は大地に根をおろす。

        わらんべ帰る田んぼ道。
        今、通るは田植え機械。
        人、いずこに去りぬ。
        早苗のみぞ、それを知る。

田植えが終ると、緑のじゅうたんが目を楽しませてくれる。日ごとに成長し、秋にはたわわな稲穂に変わる。自然の営みはなんと素敵なことか。僕も、実り豊かに成長したいものだ。かく言いながら、日々、懺悔の繰り返しでは、しめしもつかないか?。
       
        
        
        


          


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