風の行方...深真珠

 

 

例えば、僕が、この世に、存在、しないと、して・・・ - 2002年08月08日(木)

僕が過去にいじめられたときに「自殺したい」と思わなかったのは、
間違いなく母親のおかげだと思う。
「(少なくとも)母親には愛されている。」
「僕が死ねば母親だけは泣いてくれる。」
そう思えた。

今日の親は非常に気分が高揚していて、
一度スイッチが入ると手がつけられない状況になる。
おまけに時間帯によっては(と言ってもほとんどだけど)、
僕のことすらわからなくて、
僕が目の前にいても僕のはるか後ろの景色を見ているような感じだった。

僕にはそれが絶えられない。
なんか絶望的な気分になる。

母親だけは僕のことを見てくれていると信じているので、
「母親に僕が見えないわけがない。」と思って、
と、いうことは、本当は僕はここにいないんじゃないか?と思うようになってしまう。

そのうえ、例えば、日ごろは何気なくすれ違う看護士。
その看護士と目が合わないだけで、僕は見えていないではないかと思ってしまう。
本当は僕はここにいないんじゃないか?


そうして、僕はすごく曖昧になる。
自分の腕の長さをよく把握できてなくて、
遠くのものを掴もうとしたり、近くのものに手をだせなかったりするし、
歩いていると、意識が体から離れて先を歩いているような気になる。

僕の考えすぎですか?
僕があほなだけですか?

部屋にひとりでいると、余計自分が存在しないんじゃないかと思うようになってしまう。
そこに痛みが走れば、自分は存在するんだと確信する。

自傷しているわけではありません。
僕は痛いのが嫌いなので、傷つける勇気がないのです。
精神的に、頭のなかで、思考回路で、僕は左腕を見つめて
刃を当ててす〜っと引いてみる。
すると、赤い血がにじんできて、感じるはずのない痛みをほんの少し感じてしまう気になる。
そういう馬鹿馬鹿しい妄想をくり返して、
僕は少しずつ自分を自分になじませていく。

僕は愚かですか?
僕がバカなだけですか?

ほんの少し自傷へのあこがれがあるのかもしれない。
(まぁ、勇気がなくてなにもできないのが落ちでしょうけど)

親が今日の昼間みたいに精神的に調子が悪い(大声を出す、僕を認識できない、幻覚を見ている)
そういうときは僕も調子が悪くて、
家に帰ってから、さらにどっと疲れることが多い。
大抵の場合、心の底から隣にいれくれる誰かを求めているのに、
それ以上に誰も寄せ付けない雰囲気をだして、
僕は独りになって、ドライブしたり想い出の公園へ行ったりするわけです。


「アンタのお母さんはアンタに甘えすぎている」
と周りの人間は僕に言う。
でも、僕自身が親に甘えているんじゃないかと思う。



もう親が入院して、8ヶ月半。
僕が毎日病院に通って、8ヵ月半。

明日は病室で、ポテチでも食べよう。


...




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