風の行方...深真珠

 

 

音の記憶(全8回) <1> 4つのスピーカー - 2002年09月25日(水)

この部屋は音楽で溢れている。
トイレにいてもかすかに聞こえるようにスピーカーの位置を工夫しているし、
風呂場にいるときはいい感じにエコーのかかった鼻歌が休むことなく流れている。
僕はよく音楽のすばらしさについて自問自答することがある。
朝、目覚めるときのクラシックや、酒を飲みながらのJAZZなんかは、
最高の組み合わせだと思っていて、
お天気お姉さんのマメ知識聞きながらみそ汁をすすりたくないし、
政治家の汚職のニュースを聞きながら女性とイチャイチャしたくなんてないのだ。
高校のとき好きな人に告白してフラれた時も、大学に合格した時も、
一人暮らしを始めて少し寂しかった時も、
朝起きたら、コンパの時左側にいた女性が裸で、僕の左側で寝ていたときも、
いつも音楽は僕と一緒にいてくれたし、一度も裏切らなかった。
だから、僕も音楽を裏切ったりはしない。
高校1年生の時、僕はすばらしい音楽と出会うことが出来た。
もちろんそれまでも音楽は聞いていたのだけど、
それはすべてブラウン管を通して耳に入ってくる、
非常に視覚的に印象の強い「流行り」の曲で、
それらのどれも僕の心をどこへも導いてくれなかった。
実はその後、音楽に興味を持ちギターやピアノを弾けるようになりたくて
練習したこともあったのだけど、
しばらくして「自分はやはり聞く側の人間だ」と確信した。
高校のときは両親と暮らしていたせいで、
音楽で溢れるような生活はどうしても叶わなかったので、
都内の大学に合格して一人暮らしの準備を始めたとき、
コンポだけはかなりのこだわりをもってちょっと高めのやつを買ってもらった。
それだけはゆずれなかった。
4万3千という都内では安い家賃の部屋(その分ボロかったが)を選んだし、
小物類はすべて100円ショップで済ませた。
スピーカーをあと2つ付け足したせいで全部で8万以上払ったけれど、
音楽を聴く環境を整えるためにはそれだけだしても惜しくはなかったし、
自分が経済的に自立できれば、もっと良質のオーディオにしたいと思っていた。
家にくる友達は驚くほど質素な部屋に不釣合いなコンポに最初は驚いたが、
流れてくる曲の良さと妙に居心地のいい部屋の雰囲気に感心し、
週に一度必ず寄っていく奴もいた。
それに僕には彼女という存在はいなかったけど、
この部屋に女性がくるとなぜだかものすごく僕と寝たいと思わせるみたいで、
一ヶ月の内の何度かは甘い夜を過ごすことも出来たのだった。
それが一夜限りの恋であってもかまわなかった。
もともと僕は、女性が寝たいと思わせる魅力など持ち合わせていないのだ。
内向的だし存在感があるわけでもない。
ましてや、女性がときめくようなキザなセリフを言えるヤローでもなかった。
この部屋の中にいる僕は輝いて見えて、
顔が生き生きしているみたいで不思議と魅力的に映ると、
ある朝、僕の隣で寝ていた女性が言っていた。名前は忘れてしまった。
それはすべて音楽のおかげだと思っている。
悪くない生活だった。
きっと男と女というのはそういうものなのだろう。たぶん、そういうものなのだ。


...




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