SA◎駄記録集
〜脱力万歳〜

2002年06月19日(水) 消化

あーお腹いっぱい☆

実をゆーと、バリーが亡くなってからとゆーものの毎日泣いてた。
2週間位は何を見ても涙の嵐。
それから1ヶ月は思い出す度に涙が出て仕方なかった。
二ヶ月たったら大分落ち着いて。
それでも夜、眠る前に必ず思い出して涙が出た。
今、5ヶ月経って、驚くほど鮮明な記憶が残りつつ。
整理がついてきました。

悲しいという感情。
後悔と罪悪感。
聞こえない呼吸。熱。匂い。
居ないという存在。
自分では重すぎて、押しつぶされそうだった。

私という人間の罪と業を
小さな身体に一身に背負って犠牲になった。
何も残さず何も伝えず、消えていった可愛い子。
・・・そういうふうにしか考えられなかった。情けないことに。

私よりももっと若い頃に大切なものをなくした母に聞いてみた。
「いつまで悲しいって思ってていいの?」

「悲しい気持ちは飴玉と一緒。好きなときに思い出せばいいの」

初七日とか四十九日とか一周忌とか。
区切りをつけなければいけないのかと思ってたけれど、ほっとした。
そんなのただの目安じゃん。
いつでも好きな時に思い出して、悲しい気持ちになっていいのね。
安心して浸りました。

そして辿り着いた私の悲しみの正体は
同じ家に居ながら最期を看取れなかったことです。
バリーはたった独りで、死んでいったかと思うと悲しい。
同じ家に居るんだからちょっと鳴いたらすぐに駆けつけたのに。
一晩中でも一日中でもずーっとずっと抱きしめていてあげたのに。

けれど。
バリーが鳴かなかった理由。
私と家族を呼ばなかった理由。
苦しまなかった理由。やっとわかりました。

必要なかったんだわ。きっと。

目の前に居なくても、側にいることを知ってたのね。
呼ばなくても、ずっとバリーのことを考えてるってわかってたのね。
目に見える救いが必要ない程、満ち足りた最期だったんだ。
ちっとも怖くなかったのね。
安心して眠れたんだね。
なんて立派なのかしら。
さすが私の犬!!アッパレ♪

あー気付くのが遅いね。いや、早い方かな?
死ぬって結局そーゆーこと。
生きるって多分そーゆーこと。
尊敬してるよ、バリーv誇りに思う。偉かったね。
お疲れ様〜っv
祝福を捧げます。世界中に感謝。幸せです。

さて、今度は
味わい尽くした悲しみを、ようやく消化したとゆー満足感に浸ることにします。


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