2004年02月17日(火) |
僕と彼女と彼女の生きる道 7話 |
やさしいキスをして
PVを見ました。ドラマが先だったせいか中居ファンだからなのか とても違和感があった。ドラマ仕立てのPVだったけれど あきらかに「和賀さん」などいなかった。 目を閉じて聴く事にしよう。
いいとも
真っ白いスキーヤーさんが今日も寝起きのお顔でいらっしゃいました。 最後は横に寝て‘おしまい’でございます。お疲れさま。
僕と彼女と彼女の生きる道 7話
人は何かが起こってから何かに気づかされる。
それは こしあんではなくつぶあんだったこと 誰かがいれてくれたココアのおいしさ 一緒に作ったジュースの楽しさ 強い人の弱さを見たとき 人を見下す人に出会ったとき シクラメンのかおり 禁煙のマーク 眠れない夜を共に過ごしたとき この世に生まれてきてくれた奇跡に 心が通えない夜 焦げたお鍋 仕事を失ったとき
・・・そして愛する人を失うとき
人を愛したからこそ今まで知らなかった哀しみを知るのだろう。 でもたとえどんなに哀しくてもその人を愛する事は変らないだろう。
徹朗と凛ちゃん、そしてゆらと可奈子。 これからどんな道が待っているのだろう。
「3人でやり直そう」か。 徹朗さんは冷静な答えね。自分の中に芽生えた気持ちなど「娘の母親」という 存在のために消せるなんて。
さて、 今週はスマさん3人連続のベットシーンでした。 私は徹朗と凛ちゃんのベットシーンが一番色っぽかったと思いました。 父親と娘ですから「先」などないのですけれど抱きしめたその2人の色っぽさは ジェラシーを感じるほど。 そこには愛する人を思う気持ちが、ただ愛する気持ちだけがあったから。
キスなどしなくても肌など見せなくても激しい描写がなくても ピアノを弾く和賀、抱きしめる徹朗 それだけで「その先」「そのあと」を感じさせる。 「そのあいだ」は私たちが感じればいい。 なんて色っぽいのか。
私は凛ちゃんよりずーっとずーっと上ですからあんな風に徹朗さんに抱きしめられたら 「どうにでもしてください」と思ってしまうけれど ただ抱きしめられるだけでも自分はなんて幸せなんだろうかと感じていただろう。 自分が生まれてきたことに幸せを感じてくれている人に自分は想像以上の 幸せを感じるだろう。
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