カウントシープ
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山登りをする人が話してくれた話。
山に登るとき、それは綿密に計画を立てたことを実行することである。適当にぶらぶらと歩いていいほど山は易しくない。一歩間違えば返ってこれなくなるような危険を背中にしょって、クライマー達は歩いているのだ。
山を、目的の地点までひたすら歩いていき、そして目的地に着くと、そこで初めて緊張の荷を降ろす。趣味で登る山登りならば、ここでは目的地は山小屋だ。山小屋には、別のパーティもいる。どのルートを通ってきたか、もうすでに山を降りてきた人ならば、この先の様子はどうか?同じ山を登ってきたものたちは、他人ではない。
山小屋に辿り着いて、次の出発までに時間があれば、その辺りを散策できる。それは、順調に辿り着いたときの楽しみであり、鳥や小動物を探して歩いたり、植物を見たりする。
天候に邪魔されて先に進めなくても致し方ない。ここは山であり、今自分達は大きな自然の中にいて、その大きな力を前に、いかに人間は無力であり、抗うような相手ではないと、身をもって知っている連中ばかりだ。
今までにも山の話をちょくちょく聞いていたけれど、ボクのイメージは、美しい山の景色に誘われるように歩く、もっと無防備な世界だった。しかし、それでは魂が還ってこれない。山に登る時には、意識をしっかりと保っていかねばならないのだと知った。
この話をするとき、いつも苦しそうなその人に僅かな間笑顔が戻ってくる。その人は、「山小屋に行きたい」と言う。もちろん、人生という山の「山小屋」だ。山小屋とは何か、よく解らないボクは、その人の瞳の先にある山小屋を想像するしかないけれど、
きちんと辿り着けるようにルートを歩き、そしてそこで疲れを取り戻し、また歩いていけるならば、人生も安心できるものになるだろうな、と思い、実際の人生は時には安全ではなく、山小屋にあたる場所も見つけられないかもしれない、人生もまた山登り的なのかもしれない、と思った。
ロビン
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