カウントシープ
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2005年08月15日(月) 喪の喪失

終戦記念日だろうがお盆だろうがごくごく普通に仕事の月曜日。ボクは一週間で最も月曜日が忙しいので、その忙しさも手伝ってますますお盆ムードは零だった。
ボクは、もう軽く10年はお墓参りに行ったことがない。両方の祖父母も、育ててくれた親代わりの叔父さんも、何処に眠っているかも知らないのだ。ごく小さな頃に母方の祖母のお墓参りをしたことはあったが、母親が祖父を避けるようになってからはそれもなくなってしまった。

父方の祖父が死んだとき、せめで祖母には生きているうちに会っておきたいと、会わせてくれるように頼んだけれど、「会ってもどうせ覚えていない」と言われ、とうとう死ぬまで会えなかったし、葬式にも連れて行ってもらえなかった。

死んで一ヶ月くらいたってから、「そういえば死んだよ」と一言言われただけだった。

別に特別祖父や祖母のことが好きだったわけじゃない。好きだと感じるほど近くに居なかったし、両親もお互いの親のことなど殆ど話したりしないから、ボクの心の中にはちっともイメージができないままだったのだ。それでも、毎年クリスマスに送られてくる祖母からのプレゼントには、祖母らしいオシャレな西洋の木で出来たオモチャや絵本が詰められていて、嬉しかったし、達筆すぎて詠みづらかった手紙の中に、ボクの名前があるのは嬉しかった。

多分、大切なことを忘れてきているのだと思う。ボクは、人が死んだときの悲しみが、未だによく解らないままなのだから。相方がこのまま死んじゃったら、きっと悲しいと思うけれど、それすらもまだ解らないと思うときがあるくらい、ボクの心はどこか欠けている。


ロビン