| 今日もよくダレてます | |||||
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| 2010年01月18日(月) |
| オレまで頭がおかしくなりそう とこないだメールでhiroから言われた。 「まで」 に敏感に反応して、自粛した。 つまり、私は頭がおかしいのは理解してるらしくて だが、自分は普通だから、ということなんだろう。 うつのことを自ら勉強してくれるよな感覚はなかったけれど hiroにとっては私は「頭のおかしい」人間だという確信はあるみたい。 先日難聴の男の子と知り合って mixiの日記にうちの息子のことを書いた。 難聴は見た目が普通なために、誤解されやすいとろがある。 無視しているなんて話はざらにある。 その子からメッセージをもらって、少しでも理解してる人がいるとうれしいし、自分もがんばって仕事しますと書いてあった。 この子は健常者と同じく働いてる。耳が聞こえないゆえに悩むことも多々あったそうで。うちの息子と重ね合わせてしまった。 補聴器をしたらメガネをしたようにクリアに聞こえると普通の人は思っている。が、これはまったく間違い。私も試しに補聴器をしたけれど、雑音ばかり集音され、肝心の言葉が不明瞭で、しないよりはいくらかマシ程度なのだけれど、世の中の知らない人は補聴器をすれば健常者と同等に聞こえるとおもってる。このことも日記に書いた。 私が発信する言葉なんて、ほんの少しの人の目にしか止まらないし、さらにその中の何人かは読んだ後に忘れ去ってしまうだろうけれど、発信することに意義があると思ってる。 同様に精神疾患についても軽症のものをのぞいて、その苦しみもそうだし、治療、病状、薬、医者との付き合い、リハビリなどなど、こちらはもっと偏見が大きいので(軽症でないから)メールやメッセージで相談を受けてる。 知りえた情報、経験は惜しみなく提供する。 今日はhiroが遅いというので自宅で勉強していたら一本のメール。 障害年金に詳しい社労士を知りませんか?とのといかけだった。 確か去年の暮れに障害年金の申請ができそうです、と、やっと、落ち着いた朗報をもらったところだった。彼はそううつ。かなり上下が激しく、数年の付き合いになるのか、回り道をしていてき転んでいるような生活で、私は医者をかえたほうがいいのではないか?とつねづね言っていた。 その時の病名は「社会不安SAD」だった。 けれど彼の言動行動、生い立ち、オトナになってからの話、どれを聞いてもそれだけはすまされない何かがあると思ってた。 精神科を掲げられるお医者さんならよいけれど、それだけではない心療内科も多数ある。それにプラス自費でカウンセリングを受けていたが、お門違いのことを言われてその通りにするも、安定しない状況。 やっと医者をかえ、精神科へ行き、今までのことを話して入院も少ししたらしいが、そううつだったそうだ。 彼の状態ではとても普通のフルタイムで働くことはムリそうなので、年金を薦めてた。彼のような人にこそ必要なものだ。 だが、長いひきこもりや勤めては辞めての繰り返しで、年金を支払っていなかったという。猶予ももらっていなかった。成人になる前に発病していればいいはずだと言っておいたら、今日のメール。 20年前と30年前に通院したことがあるという。 その診断書、合計4件分が必要だが、PSWいわく、自分ではムリだから社労士を探せと。 そんな上等なことができるなら今までやってるのに、と、pswにムッとした。やまほどそんなケースを抱えてるはずだ。社労士の一人や二人紹介してもいいんじゃないか。そう思って、病院から紹介してもらいなさいよと返事した。 返信は、医者とPSWからそれぐらい自分でやりなさいと言われてるとのこと。 どれだけ労力のいることか。 医者が言うということは、その中にリハビリも入ってると考えても、その指導はどうなんだ、彼ぐらいの重症にはちょっと難しい仕事だと思った。 近くなら、私が手助けできるのに。 社会保険事務所でも病院でも行って上げられるのに。 はがゆかった。 彼は東京。 PSWが言われた、それだけでそのことだけが頭がいっぱいになってる状態の彼。何ヶ月も前にもう申請してると思ってたら、いまだここだったかと、はがゆくてしょうがなかった。 30年も前ということは彼がまだ小学生ではないか。 その頃から発症したのかどうかわからないけれど、診察に行くほどの病状があったのに。その頃に手当てしておけばさほど重くならずにすんだかもしれないのに。彼の父親の話も聞いていたので切なくなった。 彼は釣りがすきである。 なぜなら、彼が父親と外出するときに、渡し舟に一人で乗せられて、一人で釣りをしていたから。父親はそうやって子供を連れているからと母親にみせかけて、自分はギャンブルをしていたのだそうだ。 家庭では当然虐待を受けていた。 そんな背景もあるからこそ、なぜもっと早く診断がおりなかったのかと私が悔やんでもしょうがないけれど、やりきれない思いになる。 そして私もいやな思いをした看板だけの「心療内科」のことをますます嫌いになる。 私は頭が「おかしい」のだから。 師匠と話していて老後の話題になった。 おそらく最後は一人になるだろうと。 今の家はいらない、息子は戻らないだろうしと言ってた。 どんな生活をするのかわからないけれど、今は自分から死んではいけないのだと心にブレーキをかけている。死ぬ日を待ってる。 そんな私にふさわしい、こじんまりした、古いアパートに一人住まいを早くしたいな、と、そう思った。 家自体が私には負担だ。 早く死ねれば本望だし、それまでは自分のできる範囲でスキルアップははかるつもり。hiroの奥さんのように大学を出てお弁当屋さんのパートで終わりたくない。 仕事は私の友達でもある。どうせやるからにはだ。 まあ、また病状が悪化すればそれはそれりに生きるしかないけれど。 |