| 哈台、日々の記録 |
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| 2005年03月20日(日) 天安門、故宮博物館・万里の長城 <天安門> 今日は星期天(日曜)。世界だけでなく中国各地からおのぼりさんも観光 してごったがえしてます。 (でも、土曜の夜の渋谷駅前の方が人が多いし、たいしたことありません。) ここが、あの惨劇の場所かぁ・・なんて思っていたのは私だけかな。 10万人収容っていわれても、まぁそうかなと。 ハノイのホーチミン氏が独立宣言した広場の方が荘厳で、粛々とした気持ちに なれましたわ。 <故宮博物館> 天安門広場の奥にある。知らなかったが、紫禁城が今、故宮博物館と言われて いるそうだ。しかし、博物館というから、中の宝物をてっきり見れると思ったの だがそーいうのは一切無し。 やっぱり蒋介石(国民党)があらかた台湾に持って逃げたというのは正解か。 見せられたのは、紫禁城としての建物の説明。(ここが執務してたとこ、ここが 住居・・など)休憩するところに統一(台湾企業)提供のベンチがあった。 ここもすすけきってます。保存状態がイマイチ。補修に着手してました。 <万里の長城> 八達嶺というところだけが、観光客に開放されている。 昔行った人の話を聞くと、中国人の習慣であるタンやつば吐きでかなり路面が 汚いという話だったがそうでもなかった。今はそういう悪習を止めるように スローガンでも打ち出されているのかしら。 ガイドさん曰くあの悪名高いトイレも5年前に全部無くなったそうです。 ちと残念? ここでのフリータイムは1時間。 入り口から長城が緩いほう(女坂)と急な方(男坂)とに分かれており 私は女坂を希望。でもこれも結構場所によっては胸を突くような坂で手すり (かなり低い位置にあった)がないとかなり怖い。 外人が「terrible」(怖い、辛い、大変)いうてた。ほんまや。 しかしダンナが持ってきた双眼鏡で急な坂の方面を見ると、さすがに世界遺産。 なんかロープウェイもあるみたい。 今回付いたガイド(女20代前半)が 「月から見える唯一の人工物です。」(ガセビア)を言っていたけど、 それ訂正するの面倒くさかった。こんな細いもの見えるわけないやん。 それやったらロッキー山脈位太さないと無理やわ。 しかし、みんな釘状のもので世界遺産に名前をびっちり彫り付けている。 なんだかなぁ・・。 ++++ 観光より、みやげ物行く時間の方が長い・・。 安いツアーやし仕方ないけどねぇ。くたくた。 夜は歩いて、三里屯というちょっとした繁華街に出かけた。 上島珈琲(UCC)の喫茶店で上島冰珈琲(UCCアイス珈琲)26元。 中国役の雑誌マリクレールなどを読む。 この店、北京に来て初めて「歓迎光臨」(いらっしゃいませ) いうてくれた。土産モノ屋でも絶対言わないしー。 おタバコをお吸いになりますか?という中国語が聞き取れてうれしい。 禁煙席は2Fだったのでー。 帰りも、「慢走」(おきをつけて)って微笑みの小姐がいうてくれた。 こういう普通のことがいちいち嬉しいのぅ。 帰りに大使館前(薄暗い)に居た北京の治安を守ってる軍隊?の男の子に 「あなたたちどこいくの?」 「我去飯店」(わたしらホテルに行く) 「去」(行く)じゃなく「回」(戻る)といえばよかったんだけど。 とっさで 「どこのホテル?」 「長城飯店」(シェラトン) でも、「長城」が発音難しいし分かって貰えず。しかたなくペンで書く。 「君ら中国人?」(暗かったから身なり分からなかったのか?ちゅーか こんな会話が本当に必要な場面ってあるんですなー。) 「ちがう。私ら日本人。中国語は3か月習ってる。」 「けっこう上手いよ。」 「ほんと?ありがとう。」 ここで初めて男の子たちの顔をみるが、20歳位の純朴そうな男の子たちだった。 じゃーバイバイ。身振りでホテルはあっちだよと教えてくれて、彼らは10人ほど で市内パトロール(行進)に出発した。 ところが、なぜか私たちと同じ方向にずっと行進してくれたのでおかげで ホテルまで安全に帰ることが出来た。(なんか私らが付いてきてるかちらちら 振り返ってくれていたから) この夜は、まー良い気分だったのだが・・。 |