| 2002年03月15日(金) |
竹下節子「不思議の国サウジアラビア(パラドクス・パラダイス)」(文春新書2001.7.30)を36ページまで読んでみた。 |
竹下節子「不思議の国サウジアラビア(パラドクス・パラダイス)」(文春新書2001.7.30)を36ページまで読んでみた。 かつてないほど大量の新書が毎月どこからか吐き出されるように出版されている。否定的な側面があると同時に肯定的に考えられる側面もある。 とりあえずは未知の著者との邂逅である。 何であれ普段頼りにしているのは既知の情報である。安定した生活にこれは欠かせない。時に安定を打ち破りたくなる。 小説類だと情報が多すぎる。売れそうな本についても同様だ。文庫本もかつての評判作だった。 新たな探検の裾野は新書から始まっている。目をつぶって最初に触れた物を買って読み始める。聞いたことのない著者が一番良い。 未知の著者とその著書との思いがけない出会いが既知の自分を打ち破る契機となることがあるから。 この著者は一人の立派なチャレンジャーである。 冒頭はこう始まる
「サウジアラビアには行ったこともないし、知り合いもいないよ」 突如としてサウジアラビアに行ってみたくなったのは兄のこんな言葉を聞いてからだ。(5ページ) この兄とはイスラム思想の研究者で日本では第一人者らしい。その兄の言葉によって、普通なら逆の反応になるはずのところをその妹たる著者はサウジアラビア行きを楽しみにしかつ決意するのである。 この著者自身がまずパラドキシカルな人間のようで面白い。 そんな著者のサウジアラビア紀行文集である。 日本人の常識から桁外れに遠い国サウジアラビアの不思議さ、面白さ、意外さ、平凡さなどを具体的に語り、返す刀で日本を切る豪快な本である。
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