| 2002年05月03日(金) |
佐伯泰英「妖怪狩り(夏目影二郎始末旅)」(光文社時代小説文庫2001.11.20)をとうとう読了する。 |
佐伯泰英「妖怪狩り(夏目影二郎始末旅)」(光文社時代小説文庫2001.11.20)をとうとう読了する。 その強烈な仕事ぶりから妖怪と呼ばれ恐懼されている御目付鳥居耀蔵が今回の敵である。毎回見事にその敵を狩って大団円を迎えていたが、今回は次巻に続くような終わり方だった。妖怪の下に連なる者たちはほぼ討ち果たし事件そのものは解決させたものの、超大物たる妖怪を斬るところまでには至らなかったのは、背景の政治的陰謀の奥深さによるものである。 時代劇といっても時代は爆発寸前いや幕末寸前ともいうべき千八百三十九年に設定されているので、シリーズ第五作は「幕府狩り」しかない。 それとも「水野狩り」? 「古着屋総兵衛」「金杉惣三郎」「夏目影二郎」と続けて読んできた。どれも読み出したら止められない面白さである。 その共通性の中で「狩り」シリーズが歴史小説に近づきながら同時に時代冒険小説であり続けるという至難のことをなし遂げつつある。立場のはっきりしている総兵衛や惣三郎と異なり影二郎は二面性を持っており微妙である。幕府の高官たる父親の庇護の下で今のところは動いているにしても、そこから抜け出る自由は影二郎にはある。 このあたりがもしかしたら著者の数あるシリーズの中で見過ごすことのできないものになる可能性の源に、きっとなる。 それにしても大事にとっておいた三冊なのにもう読んでしまった。 自分が何か事故にあったり、事故を起こしたりしたらこんな贅沢な時間は過ごせないのだからまあこれはこれでいいのだが。 突然失明したら大事に取っておく事はすべて無意味になるし。 大病をして・・・ 自動車には毎日乗っているのだから・・・ 考え出すと・・・
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