携帯を、置いて行こうとした。 でもコレは、時計でもありメモ帳でもある。そう考えて、自分で自分を弁解し、私はそれをバッグに突っ込んだ。電源を切ったまま。 ペガサスの理解しがたい性格が、更に私を矛盾させる。 『鍵かけて行ってね。』 口々に彼らは言った。母、姉、祖父母。いっこうに動こうとしない私を、彼らはどのように思っただろう。 そして誰もいなくなった、やけに大きく不格好な家の中で、私は一人、保険証を探し始めた。 あるべき場所にみつからない。ただ苛々し、軽く絶望した。きっと父親がまだ持っているのだ。先週、耳の調子が悪いと言って耳鼻科へ行った時から。 『あと半年くらい頑張れよ。』 最近、父は顔を合わせると同じ事ばかり言う。その決まった台詞が、何故か今私を責め立てた。 『あと半年』『あと半年』そう言われるたび、私はいつも私の中の声を抑えるので精一杯になる。 あと半年後、私はもう存在しないのではないかという漠然とした希望。決して不安になるわけじゃない。存在しないのだと、自分の中で決めつけたりもした。期待しているのだ。 普通であることを拒否した時から、私は未来に色を持たせることが出来なくなったから。
財布に、手持ちのお金を詰め込んだ。病院の名前を頭の中で何度も呟く。 消えかけた傷痕を指でなぞった。消えればいい。早く消えてしまえば良いのだ。 心を落ち着かせて、耳鳴りが止むのを待って、私は自転車にまたがった。ゆっくりと。 真っ白に広がった空の隙間で、灰雲に囲まれた綺麗な青空が見えた。 ただ、途方に暮れた。
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