| 2004年07月02日(金) |
台湾料理のご飯やさん �� |
メシ喰らい中にて、思考ベクトルが 海鮮丼を味わう事に向ききった頭の余隅に、 「商売の神様か、はたまた台所の神様か」 などと浮かんでくる。
台湾から日本にやって来て、 商売をするにあたり 「どうか神様、商売が上手く行きますように」 との想いが込められているのか。
はたまた 「神様がココントコにおわして下されば何も怖いもんはない」 との意志の現れか。
いずれにせよ、 なんらかの事を為す際、己の力だけでなく、 ソコココにいらっしゃる神様を信じ、 彼女達にとり、目に見えずともその存在が当り前で、 「神様方のお蔭で事が運ぶ」、 と言った、謙虚な心持ちの現れであるように思う。
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こういった彫り物が好きだ。
そうした彫り物を飾る事によって、 目に見えない神に対し、 敬意を払っている感覚は日本人にもあるのと同じ。
神様とか言っても、宗教など信じる気は毛頭ない。 が、そんなふうに 「見えない何かのお蔭で」といった感覚。
そんな感覚を大切にしたい。
その中には、すでに在るものとしての 自然と共存し、生活している といった意識が存在するようで。
元々自然界に存在するモノ、 としてのオーガニックを大切にしたい。
この感じは普通に生活して、実感。 食べてみたら美味しくて身体が喜ぶ。 触ってみたらとても感触が良く身体が喜ぶ。 使ってみたら環境によく身体が喜ぶ。 and so on・・・.
いろんなモノを人工的に作り出してしまった社会で 生活している今だからこそ、大切な感覚のように思う。 本来はそれが当り前、ただの当然の事だったのに。 そんな当り前を求めたら、時間とお金がかかるだなんて。 時間はともかく、高くつく事が多いのが謎。 不思議な世の中だよ、全く。
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http://www.arieldiner.com/nagafusa/acoustica.htm ↑サブリミナルリンク・・・怪しいページじゃないよ。 私の食べ物イラストが見られるのです。 そうしてリンクしてないし。アドレス紹介ですな。 コピー&ペーストで翔んでみて見て。
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あ、そんでも一般的にそうした中に入るとされる慣習に、 感覚的に私には合わないモノもあります。
身体感覚は動物的ですが、 思考感覚が途轍もなく人間的なもんで。 そういうのが平気なのって、 吐きそうなくらいイヤな慣習。
さて。 なんでしょう。
続きません。
| 2004年07月01日(木) |
台湾料理のご飯やさん �� |
横長の四角い透かし木彫りが、 奥まった壁の天辺に飾ってあった。
真中に鳥居が構えられ、 その両脇には兵士だろう、 武装した人物が馬に乗り散りばめ彫られている。
横から見ると3cm程度の厚みで 馬に乗った人物が 手前に奥にと配置されている。
どうにも気になり 店を仕切っている女性に尋ねてみる。
なんでも社長が家から持ってきたもので、 百年は経っているモノだという。
昔はどこの家にもあったが 最近は余り見かけなくなったのだそうだ。
他の壁の天辺にも、神社の柱から チョコチョコ三角に飛び出している 彫りのようなのや、 先に気になったのと同じく 横長の透かし彫りで比較的新しそうなのもある。
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こういった彫り物が好きだ。
台湾に限らずこうした彫り物には、 大概、神様が宿っているとされ、 ソコココの生活に当たり前に在る。
宗教家ではないが、信仰のような感覚がある。
それは言ってみれば、自然信仰とでもいうような。
・・・ちょっと違うな・・・。
既存信仰・・・とでも言うべきか。
話がそれたな。
いつもの事か(苦笑)。
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