春夏秋冬の他に二十四節季(にじゅうしせっき)という季節を表す言葉が日本にはあります。 もともと漢字が好きで、日本人の季節に対する敏感な感受性が何より好きな管理人は、季節毎の過ごし方に関する様々な先人達の習慣や知恵に触れる時、「日本人に生まれてきて良かった」と心底思う瞬間だったりします。
一月 小寒 大寒 二月 立春 雨水 三月 啓蟄 春分 四月 清明 穀雨 五月 立夏 小満 六月 芒種 夏至 七月 小暑 大暑 八月 立秋 処暑 九月 白露 秋分 十月 寒露 霜降 十一月 立冬 小雪 十二月 大雪 冬至
その漢字が表す意味を知るだけで、美しい日本の風景が浮かびます。 ただ風景が浮かぶだけでなく、そうした自然に寄りそう人の暮らしや、季節の移り変わりを「100倍」楽しむ方法を昔の人は知っていたんだなァ…と。
七月七日の七夕はちょうどニ十四節季の『小暑』本格的な暑さはこれからです。 あちこちで夏祭りの笛や鐘の音が響く季節になりました。
(…といつも言えたらどんなにいいでしょう。。。熱さの苦手な私は文明の利器に頼ってしまう自分が悲しいのです。)
| 2003年06月29日(日) |
瀬戸大樹五段解説デビュー♪ |
日曜朝6:30から第2期テレビ大阪杯 関西女流囲碁トーナメントという番組が今年4月から放映されていたらしい…。
気付いたのは今朝で偶然、瀬戸大樹五段の初解説のお仕事の回でした。 瀬戸大樹五段はプロ4年目の十九歳。流石にまだ子供っぽくて、囲碁の世界ってやっぱり特殊な世界だなァ…と実感。 最初、緊張の為か、オドオドした感じで、聞き手の芦田六段にリードされてスタート。 対局が始まり碁の手筋、手順の話になると流石はプロ。水を得た魚とばかりに、すらすら解説を。(もちろん、芦田六段の引き出し方の上手さに助けられて…という感じは否めませんが。笑)
コミ6目半になってから、白の方が持ちやすくなったという瀬戸五段はじっくりした碁が、お好きなようです。
結局、前編も、後編も見ませんでした。 周りは廉価版のタイタニックのビデオ持ってる人もいて、貸してあげるよといわれているのに、どうにも食指が動きません。 ケルト風の音楽も好きだし、CGのスゴイのも見て見たい。なにより、タイタニック号自体にはとっても関心があるのだけれど、メインがラブストーリーというのが、どうにも飛びつきにくいのでした。 もちろん、タイタニックでパニック・ドキュメント見たいな映画を作ったら、これほどの大ヒットはしなかっただろうとは思うのだけれど、私個人としては、そういう方が見て見たいのでありました。
診察室にいる間に、新しい予約をいれたらしい患者さんが、時間になっても来ない。子供さんの事だから、病院に行くとわかって急に『嫌だ』と“ダダ”をコネだしたのか…くらいに思って予約表をパラパラ見ていたら、その父親である方の予約が、1時間後に入っていたのを見つけた。 きっと一緒に来るつもりなのだろう…と思っていたら再び電話。
その時受け付けにいた私が電話を取った。
「主人が病院に運ばれて、今からその病院に行くので、そちらには行けません」
取り乱した声。明かに動揺している事がわかる不安げな声。
「わかりました。お大事に。」 そう言って電話を切ったものの、もう少し気の聞いた事が言えなかったんだろうかと凹む。 事故なのか、急病なのか、全く状態がわからない。また、どうでしたか?様子を尋ねる為に個人的に電話をかけられるような立場にもいない。 けれど、時々顔を合わすご家族の突然の出来事に、激しい動揺を覚える。
個人的な付き合いなんて一切ない、ただ職場で時々顔を合わすだけの他人なのに、徒事でない不安を感じる。 ―――ああ、人は人との繋がりを無視できない。――――つくづくそう思う。
どうか、どうか、無事でありますように。
| 2003年06月26日(木) |
張栩八段タイトル奪取か〜〜〜っ?! |
本日第58期本因坊戦第5局を勝って、3勝2敗とタイトル奪取に王手をかけた張栩八段。
う・わぁ〜〜〜っ!もうほんとに心臓に悪いです〜〜。どっきん、どっきんです!
もしですよ、もし、このまま次の第6局(7月10、11日)で張栩八段が本因坊タイトル奪取したら、マジで山下棋聖VS張本因坊戦の対局を名人戦リーグで見られるわけですよ!!! きゃあ☆きゃあ☆うっそ〜〜!!(もうミーハーの限りを尽くして叫んでます。) なあ〜〜〜んて、なんてドラマチックなの〜〜♪
いやいや、でもでも、加藤本因坊は追い詰められてからが強いです〜。 何度も苦境を跳ね返してきたかたですからねぇ〜〜。 このままじゃ終わらなさそうです!
ほ〜〜〜んと、今年の七月程燃える夏はありません!
音楽は大抵なんでも喜んで聴く人間ですが、体系だのうん蓄だのにはトンと疎い人間です。ジャズファン、クラシックファンから邪道と呼ばれるクロス・オーバーも何でそう呼ばれるんだかサッパリ?で、タンゴのアルゼンチンと、コンチネンタルの違いもサッパリ?です。
クラシックも、これこれが好きだと、数少ないタイトルを並べ上げると、クラッシクの詳しい人に言わせれば、どうやら私の趣味は、「バロック(前期?後期?)が苦手で、ラテン系が好き」だと分析されてしまいました。訳わからなくても、耳はなんとなく自分の嗜好を聞き分けてるらしいです。(笑)
で、ラベルのボレロが大好きで(王道過ぎて笑われるんだけど。苦笑。)ある時、N響のボレロしか持ってなかった頃、職場にボレロのテープを発見。しかも、マゼール指揮のシカゴ・フィル、カラヤン指揮のパリ管、モスクワ国立管弦楽(指揮者不明)、ニューヨーク・フィルと4本も。 「聴き比べると面白いよ」といわれ、同じ曲だろう?と思いながら聞いた時のショックは大きかった。スコアは同じ筈なのに、全然違う曲か?と思うほど、音の“色”が違う! 特に、カラヤン指揮のパリ管のボレロは、絢爛豪華で、透過光・逆行バリバリ、眩しいほど「ベルサイユへいらっしゃい!」の『ボレロ』で、一方モスクワ国立管弦楽のボレロは、花吹雪舞い散る桜の木の下、紅の毛氈に突立てられた抜き身に映る天女の姿かと思うくらい、渋〜くて日本人好みの風景が…♪ (カラヤンが日本人にとても人気のある偉大な指揮者だと言うのは後から教えられたけど。笑) ボレロのお陰で、クラシックの指揮者にファンが付くのがナゼかを理解出来たのでした。それ以来、同じお気に入りの曲を、違う指揮者、異なるオーケストラを聞き比べるという楽しみ方を覚えました。 だからと言って、その指揮者について何らかのコメントが出きるほど、クラシックに詳しくなった訳ではないので、突っ込まないで下さいネ〜♪
一面TOPの本因坊戦を〜〜とおもったら、20面に釘付けでした。
NHK教育テレビの「トップランナー」という番組に、
山下敬吾棋聖が出演されます。
しかも、しかも、客席からの質問コーナーで出てくる質問の一つに
「プライベートで四天王(山下敬吾、羽根直樹、高尾紳路、張栩)の付き合いは?」
と言うものがあるんです!!
なんて素敵な質問をしてくれるんだいっっ!!(≧∇≦) これは絶対見なければっ!
7月10日夜12:00からNHK教育テレビですよ〜〜〜!!! 皆さん!お見逃しなく〜〜〜!!
| 2003年06月23日(月) |
佐為をなくしたヒカルの罪悪感。 |
突然気になりはじめたのが、佐為をなくした後のヒカルの抱える罪悪感。 元気がよすぎて、あまり周りへの配慮の出来ない、やんちゃで純粋な男の子って、見てるだけでしんどくなってしまう人も多いかも知れない。
物語の前半であまり評価の芳しくなかったヒカルが、佐為をなくして罪悪感を抱え込んだ途端、評価が上がったのは何故だろう?
子供の時から漠然とした“罪悪感”めいたモノを抱えて生きてきた。 自分が存在してはいけないんじゃないだろうかという、全く何の根拠もない空虚感。 親に愛されていない、もしくは愛される資格がないと信じこんで、自分自身も親にさえ愛情を感じない酷い人間だという罪悪感。 逃れる方法はなく、小二の時にそれでかなりまいってしまって、疲れ切っていた事がある。
そんな事を感じる子供は自分だけだろうと思いながら、見つけた本の中に、自分と同じ感覚を持っている子供がいる事を知って救われた事があった。
それから逃れられるようになったのは、『何かを創る』という事に目を向けてからだった。没頭して、何かを書(描)いてる時だけは、その罪悪感と不安と、焦燥感から逃げる事が出来た。
自分だけじゃないのかもしれない。 ヒカルが抱えた「自分が思うままに振舞ったら、大切な人は二度と戻ってこない」という罪悪感は、いつか、何処かで、誰もが経験する感覚なのかもしれない。
黒岩重吾の藤原不比等を扱った小説「天風の彩王」の中で、 不比等の甥に当る人物に、佐為王という名前を発見。 もう、名前が似てるってだけで買っちゃいましたよ。 今読み始めたばかりですが、本編に出てくるのかな…佐為王。
ああ、こう言う史実があるなんて…。 もう平安時代の佐為の話しが書きたいなぁ〜〜。 でも、平安時代の事はあんまりよくわかってなかったり。 また勉強し直しですぅ。
| 2003年06月21日(土) |
記憶の底を引っ掻き回したら…。 |
原体験もどきに遭遇してしまった。
「ヒカルの碁」の主人公ヒカル少年が、棋聖佐為と出会い、その心の片隅に佐為を住まわせる。
元気でヤンチャな少年漫画の主人公って大抵ダメなんだけど、な〜んでヒカルがしょっぱなから好きなのか、その原因が過去に読んだ本の主人公とリンクしてた事が判明。そのままそっくりって訳ではないんだけれど、微妙に似てるかな? ヒカルの方がゼゼ(主人公の少年)よりずっと幸福だけど。
ジョゼ・マウロ・デ・ヴァスコンセロス作の「わんぱく天使」(原題「スウィート・オレンジの木」)と「続・わんぱく天使」(原題「太陽を暖めよう」)。 ヴァスコンセロスの自伝的小説で、空想好きで過ぎるほど感受性強いの男の子が、一人のポルトガル人とのふれあいを描いた第1作と、『アダム』というヒキガエルが胸の中に入ってくるという第2作がある。佐為=ヒキガエルの図は、佐為が心底嫌がりそう。でも知的で真摯なヒキガエルだし。(笑)
後、前にも少し書いたリチャード・バックの「イリュージョン」。 この主人公リチャードとドナルド・シモダという『救世主』との関係も、ヒカルと佐為の関係に似てたりするかもです。
興味のある方、どうぞご一読を。
| 2003年06月20日(金) |
ペンタブレットって…(‐_‐;) |
某電気屋の広告でペンタブレットが半額近くで掲載されていたので、イソイソと買いに行ってみた。
実物の大きさってのは、広告の写真ではわからないものだ。 (Kサツ側発表みたいなタバコや10円玉置いてとってくれないかね?)
こんな小さいのでみんな絵描いてるのか?!!
…っと咄嗟に仰天仕切り。―――――後で冷静に考えたら、マウスで絵描いてるのだって面積対して違わない事に気付く。
で、さすがに不安になって倍の値段のタブレットの方を買おうとして、スペック読むのも面倒なんで、「これってどれくらいのスペックですか?」と聞いた。 「機種はなんですか?」とにこやかに答える店員。 「98です。」 「………。」 店員の兄ちゃんはフリーズしてしまった。
その後延々と「XP仕様がどうの」、「ソフトがこれだけありますからね(えっへんモード)」の話しが続き、結局、「パソ本体を買い換えてからにしろよ」との言外の言葉を慇懃な態度の端々から漲らせて、こちらも“大人”とにこやかに軽やかに、「じゃあ、また今度♪」とハートマークまで残して帰ってきてやった♪
失礼しちゃうわ。
関西の買い物はこう言う会話だけでも結構楽しかったりする。悪趣味〜♪(^∇^)
梅雨の時期ってこんなに台風ってやってきましたっけ?
なんだか、変な感じがして仕方ないです。
雨の降り方もなんだか情緒がないような。
もともと湿度の高い日本じゃ、しとしと霧雨って訳には、なかなかいかないのかも知れないけど、バケツをひっくり返したような降り方っていうのは、真夏の夕立だけでいいです。(夕立は好きです。)
う〜ん…。日本人の感覚って日本の気候風土によって育まれたものなのに、こうまで気候が荒れてくると、人も荒れてしまうのも、無理がないような…。
どうでもいい事ですが、阪神強過ぎです。 (ペナントレースが面白くな〜〜い!!横浜も巨人もちったぁ、気合入れろ!)
家は阪神ファン。で、家の中は阪神一色。
まあ、大阪の経済効果が上がるのはいい事ですが、ワインに虎のシールとか、 御中元に応援セットとかはやめてくれ〜。 特に黄色と黒の縞縞のネクタイ!それって、アキラ王子、ご愛用のネクタイではないですか! なんかもう、日高姫の台詞じゃないけど「くそばかっ」状態ですぅ。(T-T)
うわ〜〜〜ん。なんか感動ですぅ〜〜〜っ!
琵琶湖ホテルでの第四局、張栩プロが勝って2勝2敗のイーブンに。 ああ、やはりさすがの加藤本因坊と栩ッくんです。カッコイイです。 (火曜日の大盤解説、仕事休んででも行けばよかったぁ…。くすん。)
本当に、期待通りの展開というか、ドラマでも、ヒカ碁の漫画でも、出てきそうもないシーソー展開な筋書きで、面白すぎです。 次の第5局で、どうしても王手をかけたいであろう両者の対局はかなり白熱しそうです。ここまできたら、勝ち負けより、思いっきり納得のいく良い碁を打って頂きたいです。
ああ、どっちも勝って欲しい。 いやもう、加藤本因坊も大好きなのですよ〜〜っ
でも栩っくんにもタイトルを取ってもらいたい。タイトルをとって、7月の名人戦リーグで山下棋聖対張栩本因坊戦が見たいです。(いきなり『頂上決戦』のような…って書くと他のリーグ戦参加者に申し訳ないのですが。)
タイトルの肩書きがどうの…って訳じゃないんですけどね…。 ――――実力があって、何度もリーグ優勝を果しながら頂点を極められず、『無冠の闘将』と呼ばれた元近鉄バッファローズの西本監督も本当にカッコイイとは思うんです。 でも〜〜〜っ!!
強い若手棋士が育つこと、古豪の棋士が活躍すること、どちらも囲碁ファンを楽しませてくれます。
大企業の不正を看過できず、内部告発した経営者の企業が廃業寸前に。
未成年の万引を看過できずにいた、店長が店を止めた。
『正義』は諸手を上げて歓迎された時代などなかったのかもしれない。
声高に宣伝される『正義』の影で、泣く人が多いのかもしれない。
「不正を告発する事は正しいのか、正しくないのか?」
「未成年の犯罪を止めさせようとするのが正しいのか、正しくないのか?」
その問いも、すり替えられ、ゆがめられ、二者択一の答えが出ない。
とても明確で、単純な問いのはずなのに、利害、しがらみの為に答えられない。
「考たらんと欲すれば、忠ならず、忠たらんと欲すれば考ならず」。
「正しい事」が天下の往来を行きすぎる歪んだ歴史を知っている。
「正しい事」の基準があいまい過ぎる時代にいる事も。
それでも、「正しい」と信じる事を行動に表すのは、
とても勇気が必要なことだという事も、嫌という程思い知っている。
だから、その『勇気』だけは後悔して欲しくはない。
第16回世界選手権 富士通杯の準々決勝に依田名人が残りました。 おめでとうございます〜〜♪(ドンドン、♪ぱふぱふ♪)
CSK杯団体戦で優勝した日本に、雪辱戦の様相の韓国勢の鼻息は相当なものでしょうが、その中で勝ち進む。 カッコ良いです。やはりプロの世界、勝負の世界は“強さ”が最大の魅力ですもの。
囲碁ファンは俄然当然、『CSK杯で優勝』した日本勢にかける期待は大きいわけで、大盤解説会場は過去最高の人数で満員。(やっぱり勝たなきゃ♪って事ですね。) 棋士達の応援、検討にも余念がなく、小林棋聖、王王座、本因坊戦最中の加藤本因坊、張栩八段、あの呉清源九段もかけつけたというのだから、その控室だけ見てもスゴイですっ!
(本因坊戦対局前の写真からずっと思ってたんですけど、やっぱり、加藤本因坊と栩っくんって仲が良いんでしょうか?なんだか微笑ましいです。)
「勝てば官軍」――― 囲碁界に今勢いがあります。そうしたところに人も集まってくる。
依田名人頑張ってください。
たくさんの人の意見が溢れるネット。
意見の交換は良いとは思うけど、自分と異なる意見や、拙いと思われる意見を攻撃するのを見るのはうっとおしい。
攻撃された側は酷く傷つくし、逆に反論すると、もう最初の論題から離れて相手の個人攻撃にまで……。
ネットがヒステリー状態で、人間の『攻撃性』の大宣伝だったりするともうホント……苦笑してしまう。
『児童ポルノ禁止法改正案』 今後しばらくこの話題で、同人系サイトさんは沸騰の渦に巻き込まれかねません。
大変だなァ…。(他人事?)
子供の時から大好きで、無意識でフト気付くと口ずさんでいたり…。 何十回、何百回聞いても、聞くたびに鮮やかにその歌の風景が目の前に浮かび、 たまらなく胸がいっぱいになって、自分では最後まで歌えなくなってしまったり。
そんな歌があります。
感動させられる歌が生まれてくる背景には、感動的なドラマが幾つも、幾つも緻密なモザイクのように重なっていたり…。
そうした「歌の誕生」エピソードを紐解くのも、歌の世界を深く知る一つの方法ではあるのですが、そんな事知らなくたって、良い歌は良い歌。
その「作品」の存在が「全て」を“語る”と思うのです。
「赤とんぼ」
「赤い花白い花」
「小さな木の実」
「花のメルヘン」
この4曲、フルスコアでフルオケで演奏されるのを生で聞けたらどんなに素敵だろう……。
いえ、さっきNHKで「小さな木の実」の誕生秘話やってたんです。 そんなもの知らなくたって、「小さな木の実」をはじめて知った時、涙が止まらなくて、最後までまともに歌えなかった程に感動したんですよ。 学校では習う事も、演奏された事もなく、誰かが歌ってるのを聞いたり、レコードやラジオやテレビで聞いたのでもなく、音のない「楽譜」と印刷された文字の「歌詞」という形で出会いました。
自分で演奏して、自分で歌詞を口ずさんだ途端、歌の中の物語の世界がまるで映画のように、それこそ台詞も、登場人物の姿までもが、目に浮かびました。 そして、ぼろぼろ…ぼろぼろ…。震えも涙も止まらなくて、「音楽ってスゴイ!、歌ってスゴイ!」と思ったのでした。思えばあの時中学生…感受性も豊だったのですね。しみじみ……。
「スパイ・ゾルゲ」の映画が公開される。 篠田正浩監督が「最後の作品」と呼ぶ映画。 氏は自分が生まれ、目の当たりにしてきた昭和史を、時代の証人としてフィルムとして残しておきたいという強い願いを持っておられた様だ。 メイキングの番組が放映されて、デジタルCGを駆使して作られる画像の美しさと精密さは相当なものだという事が伺える。 「ゾルゲ」自身に興味もあるので、是非とも見に行こうと思う。 篠田監督作品について書くつもりだったが、他のお話し。
ハリウッド・スター グレゴリ―・ペック氏(87)が亡くなられた。 死因は明らかにされていないというのが、謎めいている。
G・ペックといえば、誰もが思い浮かべるのはオードリー・ヘプバーンと共演した名画「ローマの休日」(1953年)端正で上品な身のこなしの紳士俳優と『妖精』とたたえられた少女女優の共演は、どのカットを見ても全てが美しい絵のようだ。
へプバーンが晩年、スクリーンから姿を消し、ユニセフ親善大使として活躍されていた事は有名だが、一度だけスクリーンに登場したことがある。 「オールウェイズ」というタイトルの映画だ。 リチャード・ドレイファス演じる飛行機乗りの主役が、事故で亡くなり、その魂を迎えに来る「ハップ」という名の天使役だった。 「ローマ」のイメージの強い人々にとって、『妖精』の老いた姿にショックを受けた人もいるかも知れない。 確かにその微笑は『妖精』の時と同じではない。それでも、深く、美しく歳を重ねられたのだと、胸をうたれた。
そのへプバーンが亡くなった時、側にいたのはG・ペック氏だったという。へプバーンの遺体を自家用飛行機で永世中立国のスイスまで運んだとニュースで報道されていた。 映画「オールウェイズ」のように死後も人の命がのこるとしたら………
G・ペックの魂を迎えにきたのは「天使」だったのだろうか?
―――――――――――それとも「妖精」だったのだろうか?
読売新聞6月9日(月)の夕刊に“面白い”記事があった。 「底辺拡大も指導者の務め」と題されたコラムで、坂じゅんいち氏(大阪府高校囲碁連盟副会長)が書かれた記事である。
平成7年、大阪府の高校生囲碁大会の会場には現れた参加者は事前に申し込みのあった3名だけだったという。 当時、それまでも減少傾向があった事も、事前の参加申し込みが3名しかないという事もわかっていながら、当日の飛び入り参加に期待していた当時の役員一同は当日になってうろたえ、言葉を失い、深刻に受け止めたという。 これが切っ掛けで中学生の囲碁人口を調べると、なんと(おそらく府下で)たった一人だけだと判明。
昭和48年の学習指導要領改訂で学校の授業に必修倶楽部として導入され“囲碁部活”が盛んになった時期があったらしい。 「実はこの間、趣味の多様化などによって、子供の囲碁人口は減りつづけていた。ところが私達指導者は底辺拡大より、全国大会を目指して、囲碁の強い生徒を育てる事ばかりに気を取られていた。」 そうしてはじめて着手したのが、大会に参加しやすくするための制度導入云々が述べられ最後に「『ヒカルの碁』も後押ししてくれた。」と付け足されていた。
………………………。
昭和48年から平成7年までの22年間、価値観の多様化を知っていながら 大会参加人数が3人になるまで何もしなかったと?
囲碁の教育を学校の囲碁好きの先生の趣味にお任せしっぱなしってことですか?
平成7年(8年前)から大会のルール変えて、それで増えたと?
平成11年から始まった「ヒカルの碁」はあくまでも囲碁連盟の努力の後押しだと?
……………大阪弁で言う所の「アホか……。」である。
ダメだよ〜。そんな事言ってたら。 ヒカルの碁はアニメも連載ももう終わったんだよ? 囲碁はこんなに夢中になれる楽しいゲームだよって教えてくれる素敵な指導者(佐為やヒカル達)は子供達の目の前に姿を現す機会は確実に減っていくんだよ?
ああ、またぞろ今後の囲碁界が不安になる発言である。
| 2003年06月11日(水) |
臓器提供意思表示カード |
以前から関心があって、アチラこちら調べていたのだけれど、ヨソさまの日記でも話題に出てたので少し。
臓器提供意思表示カードというものを所持しようと言われはじめたのが6年くらい前。脳死からの移植が一時期話題になり、報道も熱心だったが、日本人の感覚からすると、なかなか馴染みにくいのか、なんとなく馴染んだ宗教観からなのか、好意的な見解というより、倫理的問題の方に重きが置かれていたような気がする。 (あれでは提供者も、移植を受ける方も、かなりダウナーな気分にさせられる。) 実際、未だに臓器提供意思表示カードを持っている人は少ないし、ましてドナー登録にいたる人となると欧米に比べて相当低い率になる。
臓器提供、もしくは血液バンクに登録する条件の中に輸血をした事のない人、貧血でない人(Hb11・5以上)というのがあり、輸血経験者で、常時貧血なので基本的に臓器提供どころか、献血さえお断りされてしまうので、可能なのは眼球の提供くらい。 アイバンクの登録の際、何かの理由で急遽角膜提供を拒否されてもかまわない旨がかかれてあった。 また、アイバンクに登録するしないも云々も、他の臓器と違って血液を伴なわず、拒否反応の少ない移植手術である為、前もって登録していなくても、提供者本人が医者に自分の眼球を提供したいとの意思表示を示し、家族がそれを承認し尊重されればその場で提供できるとあった。(お手軽である。) つまりは他の臓器提供者も同様、ドナーの意思が最も尊重されるのだろう。
臓器提供を待つ患者と臓器提供者の間には“生と死”に関する感じ方考え方に深い溝がある。厳かな死を前にした者と微かな希望に生きる望みを託す者…。 二者の間で双方の感情面にまで考慮しなければならない立場に立つ時、厳正中立で冷静に事に当らなければならない医療従事者のストレスは大きい。
関心のある方はこちらを↓
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| 2003年06月10日(火) |
予知夢? or デジャ・ヴュ? |
夢を見た。
御世話になった懐かしい人とひょんなところでバッタリ逢う夢。 普段は忘れているようでも、無意識下で気にしていたのかもしれない。
…でも、こういう夢は予知夢じゃない。
相手が誰か顔もハッキリしていて、夢の中でどんな事を話したかまで 覚えている夢は現実には起きない。
時々、妙に光量の多い空間の夢を見る。 夢の中で見ている風景が、なんとなく白い“もや”が漂い、空気事態が光ってるような空間。 場所は記憶にない所だが、建物の構造や、自分の立ち位置、周りの机や備品がハっきり見えて、ただ相手の顔だけがわからない。 性別もわかる。その同じ空間に居る人の人数も。 会話もうつろに記憶に残る。ただそれには“音”がない。 そして思う。 ――――「ああ、またこういう状況で、同じ会話する事になる…。」 そして、何年もたってから、必ずそうなる。 一瞬、デジャ・ヴュか?と思うが良く考えたら、以前見た夢だ…と。
デジャ・ヴュも一時期良く経験していた事がって、以前、知人の一人に、デジャ・ヴュは精神錯乱を起こす予備軍だと言われたことがあった。 モノカキの言う事だから、何処かで聞きかじった情報で、臨床上の裏打ちがあっての発言かどうかは疑わしいが、酷い貧血と、睡眠不足が続いて脳がつかれているときにデジャ・ヴュを良く起こしていたような気がする。
脳の疲労、精神錯乱の予備軍………「デジャ・ヴュ」という言葉から受けるロマンティックさから程遠い、現実である。
九九の3×1の話ではありません。
サブイチといえば、「佐武と市捕物控」。 (いや、ここに来る殆どの人は知らないかも知れません。汗っ)
某ヒカルサイトでまさかこの佐武やんと市やんのイラストにお目に掛かれるとは…。 そのショックで、今頭の中は石森ワールドの江戸時代に飛んでいます。
石森章太郎氏原作の「佐武と市捕物控」は、“石森節”と呼ばれるほど、画面から溢れ出す“匂い”があります。
下っ引きの佐武と目の見えない座頭の市とのコンビの掛け合いは、なんとも人情味があって絶妙。 彼らの生きている『江戸』は、何処までも深い夜と、凍りついたような濃密な時間が、静かに流れいて、一度見たらその独特の時間と空間の虜になってしまいます。
昭和43年にモノクロでアニメ化。大人も楽しめるアニメという当時早過ぎたコンセプトで製作された作品でした。 学生の頃「レインボー戦隊ロビン」と「佐武と市」の上映会に行った事があります。(当時、版権の問題かなにかで、一般公開での上映がもうできなくなるとの事で、これを逃したらもう二度とお目にかかれないと思って見に行った覚えがあります。) 「ロビン」の内容はもう忘れましたが(笑)「佐武市」のタイトルは「氷の朔(ついたち)」。 市やんが目の名医に出会い、手術を受け見えるようになるかもしれないという話でした。(これが泣けるンだ。。。また。)
音楽はあの山下毅雄氏。「大岡越前」、初代「ルパン三世」、「ガンバの冒険」の作曲家さんです。もう大好きな作曲家です。
何年か前にも三浦友一氏、梅宮辰夫氏でドラマも撮られてます。 (市やんが梅宮辰夫というのにブーイングの人もいたのでは……苦笑。)
「男の色気」とか「友情」とか、「人情」とかジンワリと響く名作です。 原作はもちろんの事、再放送なり、DVD化される機会があれば必見です!
(文章中、「石ノ森」氏ではなく、「石森」氏と表記しています。)
******************
スミマセン。今「TSUTAYA」さんのHPで、DVDが出ているのを確認しました。 さあ、ヒカ碁の次は「佐武市」を買うぞ〜〜〜!
手塚治虫文化賞の審査員のお一人であるいしかわじゅん氏のサイトで、連載が終わったのは、噂とは異なり「原作者が力尽きたようだ」と。そして小畑先生はまだやりたかったようだとのコメントがありました。
ヒカルの碁連載終了ヒステリー・パニック・ショックの後遺症で、この手の情報には本当に話半分で接する事にしていますし、ネット上の情報は鵜呑みにできないという大前提での話なのですが、これが本当なら、ある意味救われたような気がします。
何の圧力も、軋轢も関係なく、原作者のほった先生が「ヒカルの碁」を通して書きたいものがもうない所まで描ききってくださったというのが本当のところであって欲しいと思っていたからです。
もちろん、連載終了という喪失感はこれまでのどの作品よりも強くある作品で、もしまた連載される事があれば、どんな形であれ読んでみたいとは思うのですが、ただ、ファンの要望にこたえてとか、編集部の意向で連載を再開するというのも、『ちょっと違うんじゃないか』と…。
プロの書き手である以上、ある程度読み手のニーズに応えるという事と、自分が書きたいと思うものとの折り合いなどもあるのでしょうが、とにかくほった先生の意思でちゃんと物語にエンドマークがつけられたのだと思いたいのです。
| 2003年06月07日(土) |
第58期本因坊戦 第4局 |
6月16,17日に行われれる第58期本因坊戦 第4局の開催場所は、滋賀県琵琶湖ホテル。 大阪在住の人間としては、タイトル戦が開催されるホテルで最も近い場所がこの琵琶湖ホテル。 行く行かないはとりあえず置いといて、タイトル戦が行われる会場で一般の参加があるのかどうか、後学の為にも…と、とりあえず問い合わせてみた。
対局は琵琶湖ホテル5階「唐崎」という会場で行われるらしい。 一般の対局観戦はないらしいが、6月15日(日)に加藤本因坊、張栩八段を迎えて行われる前夜祭と、6月17日(火)に行われる大盤解説会には参加が可能だそうだ。
【前夜祭−予約制】 <日時>6月15日(日) 18:00〜19:30(受付17:30〜) <会場>2階 ローズルーム <料金>お一人様 ¥10,000−(税金・サービス料込) ※ブッフェ料理・ドリンク・記念扇子付 【大盤解説会】 <日時>6月17日(火) 14:00〜終局まで(受付13:30〜) <会場>3階 瑠璃 <料金>お一人様 ¥2,500-(税金・サービス料込) ※ドリンク付
問い合わせ先:Tel 077-524-1511
いってみたいけど…どんなんだろう。オジさんたちが多いんだろうな……。 でも、生加藤本因坊と生栩うっくん(笑)が側で見られるかもしれないと思うともう、キャ――(///)である。(笑)
| 2003年06月06日(金) |
「慣れてゆくのね…。」 |
「慣れてゆくのね…。自分でもわかる」(byセイラ・マス)
最初居たたまれないほど、恥ずかしくて仕方なかった駄文ですが、書いてる内にだんだんそういうのがなくなってきました。 もうこれは、慣れの為に冷静な判断も、その危険性にも気付かないで起こしてしまう『臨界事故』寸前の状態です。(はた迷惑?苦笑。)
プロの脚本家の方の『書き方』とか作品のできるまでの過程なんかを見ると本当に大変だなぁ…と思ってしまいます。 徒然にいい加減な青写真(プロット)だけでトロトロ書くのとは大違いです。
プロットの段階で大風呂敷を広げると、細々とした設定をリアルにする為の 資料探しだの、正確な情報に基づいての内容の変更だので、膨大な資料に 埋もれて物語を作る事になりかねません。 (まあ、どんな場合でも本当はそうなのでしょうけど。笑)
この間、NHK教育テレビで天才といわれる物理学者8人についての放送が されていたらしく、最終回のゲルマンの回だけ見ることができたのですが、 彼が興味深い事を言っていたので「う〜ん」と唸りました。
理論を考える時に必要なのは、紙とエンピツだという言葉に対して、彼は もう一つ大事なものがあると。それは『ゴミ箱』だと言ったそうです。
いつまでも、前の理論にへばりついて考えるのではなく、 一度紙を丸めて捨てて一から考えなおす。
―――――――潔いです。
捨てられないエピソードの紙くずの中で、大して整理能力のない腕で アレもコレも入れようと欲張ると、結局何が言いたいのか わからなくなってしまう…………(心当たりがありすぎて大笑いさ。フッ。)
こうして反省の日々は続く……。(少しは進歩しろよ、自分。)
| 2003年06月05日(木) |
ヒカルの碁 22巻 その�◆� |
ジャンプのHPで22巻の表紙を見た時点で、「なんかカッコイイなァ…。熱闘甲子園みたいな感じだァ〜」と、大して意味もなく思ってたら、実際の帯に『熱闘北斗杯!!』の文字が入ってました。(笑) いえ、それ以外ないほど熱い、闘志の伝わってくる絵なんですが、半分洒落でそう言ってたのもので、ちょっとコソバゆい感じだったんです。
コミックとWJ連載とで見るのとでは、やはりかなり印象が変わります。 連載では気付かなかったキャラの無言の表情や、同じ台詞の響きがこうも変わるものかと読む度に新しい発見があり、いつも新鮮です。
それで面白いのが、やはり韓国勢。 見逃してましたけど(笑)、安太善も、林日煥もすごく素敵です。 容姿で言うなら、“美形”の高永夏よりの林日煥の方が好き。カッコイイです。ダンディだし、妙に色気のあるキャラです。
安太善の事、“トッちゃん坊や”って言ってたんですが、訂正と反省。 彼もやはりプロの棋士。勝負師ですね。台詞やエピソードでなく、たった一コマでそれを表現なさったほった先生の演出力と、それに答え応じる小畑先生の凄さを感じます。 圧倒的な印象深い重要なシーンはもちろんスゴイのですが、さりげない“間”や“呼吸”がしっかり描かれていて、そういうコマにキャラの本質とかが表れていたりします。(それを見つけるのがドキドキして楽しいのです。ヒカ碁は。)
高永夏もやっとキャラが理解できました。いやあ、カワイイよ、高永夏。 で、洪秀英がやはり一番大人だなと思いましたです。
連載WJでも立ち読みで終わったり、買いそびれたりで(ファンの風上にも置けませんが。汗)高永夏をキチンと把握できてなかったなぁ…と。 ほぼ間違いなく輪郭は捉えていたのですが、彼の「芯」みたいなものがやっと飲み込めて、動いてくれるようになりました。(笑)
今まで輪郭だけふわふわと漂ってる感じで、消化不良を起こしていたんです。 (やはり推測と妄想だけではダメ。正確な情報と量は必要だわ。)
そしてGCのヒカルの碁3……欲しいです。 あのCMの佐為が…緒方先生が、OPに映ってるかも知れないと思うだけでもうたまりません。 ああ〜〜見たい。見たい。見たい〜〜〜〜っ。
| 2003年06月04日(水) |
ヒカルの碁 22巻。 |
発売予定の前日に必ず新刊を並べてくれる近所のTSUTAYAさん。
6月3日の20:45(笑)、ワクワク、イソイソと仕事帰りによってGET! 夕食も食べずにそのまま読みふけりました。
WJ買ったのってホントに連載終了前の二ヶ月ほどで、 コミック21巻までと177局以降の間(175局と176局)は、 読んでなかったんですよ。 どれだけ22巻を待ち焦がれていた事か…。
いやあ、こんなにオイシイシーンが目白押しの回だったとは! 楽平ネタとか、倉田さんと楊海さんの絡みのシーンがこんなにあったとは! ず〜とこの二人イイコンビだなァ…と思っていたんですけど、 ちゃんとその雰囲気を原作で書いておられたんですねぇ…。 さすがは両先生!(T-T)
『ヒカルの碁 ちょっと一言』で韓国語と中国語の事が少し書かれていました。 ほった先生、広東語を話されるんですね。広東語は北京語よりも難しいと 香港に長期ステイしていた知人に聞いた事があります。 韓国語は日本と文法が同じなので、単語と発音さえ数をこなして覚えれば 直にでも話せるそうですが、中国語は文法も異なり、発音も難しいらしいです。
中国は漢字による「筆談」もできるのですが、日本での漢字の意味と 中国での漢字の意味とは、かなり違うものもあって、結構トンチンカンな 事になったり。 前々から興味のあった韓国語ですが、ヒカルの碁を読んでますます韓国語を 学びたいと思ったのでした。
(語学の得意な楊海さん、両国語を学び始めたアキラ王子の影響です。)
職場へ向う途中、地元私鉄の線路沿いをいつも通る。
各駅停車しか止まらない小さな駅なので、駅を挿んで100m前後の踏切が同時に下りると大抵「急行」か「快速」が走る。 「急行」や「快速」は小さい駅をすっ飛ばして、早く遠くへ人を運ぶ為の電車だから、京都、奈良の観光名所のイメージイラストや、沿線のテーマパークのキャラクターが、宣伝を兼ねて、車体全体に書きこまれたモノも走る。
《デコトラならぬデコトレ(デコレーション・トレイン)と呼んでいる。》
いよいよ梅雨到来の天気予報の次の日にもかかわらず、晴天で風も気持ちイイ。 機嫌よく鼻歌混じりで、自転車をこいでいると、5、60m程先の踏切の 遮断機が下りる「カンカン…」という音が、上昇し広がるように響く。
すると隣を青いものが走り去って行く。 見たことのない車体…。でも青い物体は何処かで……。
――――――『ドラえもん』だった。
沢山の大きな丸いドラえもんが、何人も何人もニコニコ笑いながら、私の自転車の横を摺りぬけていった………。
夢 に 見 そ う だ ………。
| 2003年06月02日(月) |
今週の週刊碁 4 ?!(笑) |
昼休みに家に戻って週刊碁を広げ、張栩プロの本因坊戦一勝目の記事に目を通し、そそくさと、パソコンにスイッチを……。今、本因坊戦第三局のライブ(パンダネット)見ながら書いてます。(笑) 第一局本因坊、第二局張栩挑戦者、一勝一敗での第三局です。
当然、毎日Interactveの解説読みながらなのですが、そこで、スゴイ大発見をしてしまいました。 「栩っくん(張栩八段のニックネーム)らしい手。」の文字に目が釘つけに!
「 栩 っ く ん 」 ですよ!
「 栩 っ く ん 」 っ ! !
なんかとても嬉しくなってしまいました。
これから張栩プロのこと『張栩八段』じゃなくて、『栩っくんv』って呼ぶことにしようっ!
――――心の中でダケ…………。(///)。」
(――ああ、ニックネームを知っただけでうろたえる私って……バカ。)
週間碁では第2局を負けてしまった加藤本因坊が、その日の夜、関係者達と行ったスナックで「少年時代」を気持ち良く歌っておられたとか。
聞いてみたい〜〜〜〜っ!!!!
幕末つながりで山本周五郎さんの「天地静大」という作品をとある掲示板にお薦めの言葉を書きこんできました。 群雄割拠の時代、坂本竜馬、新撰組、西郷隆盛、桂小五郎、等など主役に置いて不足ない面白い人物が山とある素材でありながら、敢えて“英雄”を描かない山本周五郎氏。 「天地静大」に限らず、氏の作品に出てくる主人公達は、皆何処か弱さを抱え、悩み、女にだらしなかったり、何を考えているのかわからない、傍から見てると煮え切らない、なんともカッコ良くはない人物が登場するんですが、物語が進むにつれて、その『カッコ良くない主人公』の『カッコ悪さ』こそが『カッコ良く』見えてくる。 それがとても心地良い。魔法を掛けられ野獣になった王子が真の姿をやがて現すような、爽快感があります。(う〜ん、表現に問題ありか?笑) 山本周五郎作品の主人公に共通する点があるとしたら、『優しさと潔さのダンディズム』なのだろうと思うのです。
そう言えば「カッコ悪さの美学」と銘打って、なかにしれい氏が俳優市村正親氏の為に詩を書き、それがアルバム化された事がありました。それも『優しさ』が突き詰められた内容でした。(ちょっとこれはマニアック過ぎてお薦めして良いのかどうか疑問なのですが…爆!)
「カッコイイとはこういう事さ――――。」 『紅の豚』ポルコ(マルコ)は最初から、最後までカッコ良かったよね。『優しさと潔さのダンディズム』が正面から描かれていていました。
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