武ニュースDiary
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2008年07月27日(日)
美麗佳人(marie claire)��(更新)
眠くてなかなか先に進めない…… 続きです。後1回。更新、完結しました。 21:0011年前に戻ったら 彼は役の本質の把握が的確だ。可愛く、聡明で反応の早い俳優だ。 ――ジョン・ウー、金城武を語る 1997年、東京の喫茶店で、ジョン・ウーと金城武は初めて会った。 このとき、ジョン・ウーはハリウッド進出第1作「フェイス・オフ」の上映を控えて、 わざわざ東京にプロモーションに来ていたのだ。 ちょうど少し時間ができたので、友人のつてをたどって、金城武と短い時間、話をした。 その日、ウー監督は、彼にどんな映画が好きかと尋ねた。 金城武は少しも考えずに答えた、「コメディーです」。 後になってスタッフや友人たちは誰もが笑って言った。 「頼むよ、アクション映画だって答えなくちゃ」。 しかし、正式の一緒の仕事はかなり遅くなった。 10年後、金城武が「投名状」の撮影を間もなく終えようとしていた時になって、 やっとウー監督が電話をかけてきて、 「赤壁」に出てみる気はないかと尋ねたことから、 ようやく彼ら2人の正式のコラボが実現したのである。 彼は言う。 「監督の頭の中にはたくさんの情景があって、 それを少しずつ試してはほしいものにたどりつくんです。 そしてこう言う、『そう! それだよ!』。 それからそういうのをつないでいく。 初めから終わりまで同じやり方しかないのではないんです」 新聞雑誌は、「赤壁」撮影の終わりごろ金城武とジョン・ウー監督の関係が 悪くなったと書きたてたものだが、 事実は、2人は諸葛亮という役について何度も話し合っていた。 羽根扇をどう持ったらいいか、どのくらい高く持つべきか、どんなふうに振り、 指し、ちょっと動かし、あおいだらよいか。 それは師でもあり友でもあるような関係だった。1994年に戻ったら そのころ、ちょうど金城武を「恋する惑星」に起用した。 みな、金城武は基本的に野心がなく、ぼうっとしていると言った。 私は彼は本当は多くを持っている、 つまり、すごくきれいなので、みんな彼を美男だとしか思ってないが、 実はいろんな芝居ができる。 ――ウォン・カーウァイ、中央電視台の番組で金城武を語る 1994年、金城武はおそらく「恋する惑星」の撮影所にいたと思う。 かたわらにはウォン・カーウァイ、クリストファー・ドイル、ブリジット・リンもいた。 これが彼にとって初めて脚本を手にしなかった映画である。 普通映画を撮るときは、脚本が支給されるが、 今回もらったのは、いくつか文字の書いてある紙1枚きりだった。 金城武の心に、いったいこれはどういうことだと疑問がわき起こり、 こらえきれずにドイルを見ると、ドイルは何でもないように水を絶えず飲んでいるだけだった。 ドイルに次は何をやるのかと聞くと、彼はごくんと水を飲み、肩をそびやかせて言った。 「俺も知らないんだ」 即興演出という状況のもとでは、誰も何をやっているのかわからない。 金城武はこう言う。 「そのころ、演技しても感情のことは何も考えなかった、 あるいは、感情というのがどういうものであるべきかも知らなかった。 ただ、みんなとても楽しんでいるなと思った」 そのときから、ウォン・カーウァイの弾力性のある撮影方法の影響を受け、 彼は映像制作はまだまだこんなに多くのことができるのだ、 無数の撮影方法があるのだ、ということに気付いたのである。 その後、1995年に「天使の涙」を撮ったとき、 彼は夜中になると肉を売り始める男になることができたし、 大きな母豚の背に飛び乗ってマッサージをすることもできた。 「その時思ったんです、もし演技を続けることができるなら、しっかり俳優をやろう。 俳優はたくさんの違った撮影方法を見ることができるのだから。 歌はやめたほうがいい、おしまいにしよう――」と金城武は語る。1992年に戻ったら 私が台湾で仕事をしていたころ、彼はフーロンに入ったばかりだった。 ちょっと内向的で、気分に左右されやすく、とうとうとしゃべり続けるることもあれば、 一言も発しないときもあるという具合だった。 ――葉錦添の見た金城武 このころ、金城武はファーストアルバム「分手的夜裡」を出したばかりだった。 葛さんに見いだされてまだ3年だったが、 その濃い眉と大きな目のおかげで、早くも少女たちの人気者になっていた。 現実には、当時の彼はまだ少年で、歌が好きだった。 だが、その歌を歌うのは、みんなとカラオケに行って思う存分楽しく歌う、というのではなく、 ほとんどは1人録音室の中で、そこにいるのはマイクと自分だけ、 ガラスと黒いカーテンの向こう側には大勢の、彼よりも5歳、10歳、 なかには20歳も年の離れたスタッフたちだけという中でだったのだ。 金城武は当時の自分を振り返って、こう語る。 「あのころは映像制作というのはとても面白いなと思っていました。 CD制作と比べると、CDはどちらかというとアイドル商品のようです。 ぼくは自分の考えを詞や曲にできるだけ盛り込みたいと努力したけれど、 その創作の仕事に、もちろん、誰もが注意をむけてくれるわけではありませんでした。 それに、音楽作りの環境は、どちらかというと、 チームの人たちと一緒に室内にこもってやる創作、という感じがする。 映画はそれと違い、1人1人がそれぞれ互いに働きかけあうことができるという感じです。 それはCD制作では感じられないものでした」今、この1秒間 この業界で、こういう芸能人に出会うことができたのは 非常に得難い、貴重なことだと思っています。 彼は……とてもいい人で、親孝行で、物事に対し、全然功利的なところがない。 一緒に仕事ができて、とても幸せだと思わせてくれます。 ――金城武と長年仕事をしてきたスタッフが語る金城武 金城武が撮影を終え、試着室に戻っている間、 私の前で煙草に火をつけ、吸って吐きだす間、 私は、この1秒間の彼は、本当の彼自身であり、 ネット上に記された、あの無数の単なる名前なんかではないと感じた。 彼は途切れなく話し始めた。 「本当は、人がスターだと言っているだけで、 ぼくは、ただ映像の仕事に興味があるだけなんです。 創作に、少なくとも俳優という立場で参加することができます。 毎日違う人と仕事をするのも1つの勉強ですから。 違う国の人、違う監督、違うカメラマン、違う技巧、どれも勉強になります。 それが物を作り出すことの最大の面白さです。 褒められることは、もちろん誰でも好きですよ。 恋愛物、あるいはコメディーを問わず、 観客が見て気に入る、共感してくれる、それは1つの慰めですね。 しかし、仕事を続けられるのは、映像制作が好きだからこそです」 「以前、写真を始めたころは、何枚も何枚も撮っていました。 でも今は、撮ってもそれで何をするんだ、と思ってしまう。 それでも、撮影や映画製作にはやっぱり興味はあります。 視覚、色彩、表現された画面が組み合わさって、とても面白いものになりますから。 俳優がやりたいと思う映画と、 監督が撮りたいと思う映画は別のものでありうる。 時には、自分がどう演じたいかなんか、全然重要じゃないこともあるかもしれない。 というのは、映画が、第三者の目にどう映るかの方が、多分大事なんですだから。 けれども、この四角い画面は、監督が掌握するもので、 上から撮るか、別の角度から撮るか、すべて監督が決定します。 角度も1つの芸術なんです。 角度が異なれば俳優の演技に60%くらい影響します。 だから視覚というものは、まだまだいろいろ面白いことができるんですよ」 映像制作の話になると、また、うれしくてたまらないという表情になる。 彼は途切れなく語った。 「最近よく思うのは、なんで毎日出番があるのかということ。 普通映画は何日かすると自分の出番はなくなるのに、 どうしてぼくはこんなに毎日毎日撮影所にいるんだろうってね」 彼はまだ話していた。声が流れ続ける。 しかし、私は目の前のこの人を見ながら、 精力的で、まるでデビューの頃のまま年齢が永遠に止まってしまった人間のようだと、 いやおうなしに思い始めていた。 ひょっとして、あまりに早くブラウン管に出始めてしまったため、変わることなく、 依然として少年に特有のある雰囲気を持ち続けているのかもしれない。 かつて南極で潜水し、氷山のかけらを持ち帰ってウィスキーに入れよう、 と言っていたみたいに。 話はいつも短く、しかし好きな話題になると、 「恋する惑星」の何志武のように、1人とめどなく語り始めるのだ。 ただ、より多くの時間は、彼はあまりにも早く隔離されてしまった子供のように、 いくつもの異なる部屋を順繰りに移動しているだけなのかもしれないと思う。 私たちは彼の美しさを見る。 しかし、彼の部屋の内には、閉じ込められていることへの、 ちくちくとした淡い悲しみがあるのかもしれない。金城武の諸葛亮について ジョン・ウー夫人、金城武扮する諸葛亮を語る 諸葛亮は西暦208年、有名な赤壁の戦いに勝利したとき、わずか27歳だった。 身長6尺、端正な容貌の男で、劉備の三顧の礼を受けて蜀の国の軍師に招かれた。 金城武本人は、魅力とユーモアと知恵を兼ね備えた特徴を持ち、 この役は彼にあてて書かれたかのようである。葉錦添、金城武の衣装をどのようにデザインしたか、語る 「赤壁」の諸葛亮は若く策略を秘めた軍事家で、独特な言語能力があり、 思考は綿密、自然現象を理解し超人的な機知がある。 我々は以前、この役をどう造形するか綿密な討論を行なった。 高い冠をかぶり、ひげをひねっているステレオタイプの諸葛亮は、後世の作りごと。 我々は金城武という俳優に諸葛亮を体現させるため、 その若さゆえのはやる気持ちや上品さに重きを置いた。 私は当時のもっとも優雅な装いを採用し、映画全体で彼だけが純白の服を着ている。 その仙人っぽさを表現するためだ。金城武、諸葛亮を語る 監督の望んでいるのは、若い諸葛亮で、 用意周到、重苦しい諸葛亮ではありませんでした。 そこで、表情も少し穏やかにし、 無邪気で子供のような、はつらつとした面を表現するようにしました。 (完) BBS ネタバレDiary 1:15
2008年07月25日(金)
美麗佳人(marie claire)��
続きです。 8カ月前に戻ると このアジアの人気俳優は、今まさに真の世界のスターになろうとしている ――「ニューズウィーク」より もしかしたら、中国大陸と東京を往復する飛行機のファーストクラスで、 眠りこけている金城武を目撃した人がいるかもしれない。 スーツケースは、パソコンとゲーム機と本と防寒下着と即席めんなど 必需品で満杯だ。 これらは撮影の合間の時間のために必要な物なのである。 このころ、彼は「赤壁」のほか、「死神の精度」の撮影にも忙しかった。 諸葛亮の小さなひげこそ、変身のカギだった。 河北では、彼はひげをはやした孔明だ。 東京へ飛ぶと、ひげのない死神・千葉である。 ここ数年の金城武は、このようなあちこちと渡り歩く生活を送っていた。 大作「赤壁」の撮影に入ると、一気に5か月という月日が過ぎ去り、 一息入れるひまは全くなかった。 彼は言う。 「一度仕事に入ると5カ月かかる。だから自分の家がどこかもわからず、 いつもスーツケースをぶら下げて行ったり来たり。 どこの人間だろうと思うこともあるし、両親が寂しがっていると耳にすることもある。 でも、どうしようもない、これがぼくの仕事なんだ」 時には台湾の牛肉めんやルーウェイ、屋台、 あの熱い湯気が立ち上り、遠くから漂ってくるにおいが恋しくなる。 だが、仕事が終われば、少なくとも故郷、台北に帰ることはできると彼は知っている。11カ月前に戻ると 考えるのは仕事のことだけ、他の人がどう考えるかは気にしません。 一番心配なのはそれらしく演じられるかどうかではなく、 その役が見る人の心に残るかということです ――「赤壁」北京記者会見にて、諸葛亮について金城武語る このころ、金城武は「赤壁」の撮影の真っ最中だった。 毎日早朝5時に起き、10数人の俳優たちと化粧室で、メイクの順番を待つ。 朝暗い内に目をさまし、まだぼうっとしている内にそこに来て、 メイク係が1、2時間かけてメイクする間、ただじっとしている。 だが、この撮影チームが作り上げる小集落は、 アクション班、ドラマ班、道具班、CG班、俳優班、エキストラ班、 さらには馬たちまで、同じように早朝から仕事の準備に入るのである。 「仕方ないですよ、この映画は英雄がたくさんいるし、兵隊も大勢いますから。 主な出演者だけで10数人。 だからすごく早いうちから作業を始めなくちゃいけないんです」 と彼は言った。 金城武が演じるのも、その英雄たちの1人だ。筆と口の立つ諸葛亮である。 ジョン・ウーは彼にこう言ったことがある。 周瑜と諸葛亮を「英雄、英雄を惜しむ」という感じにしたい。 競り合って活気のなくなった様子ではなく、 若く、溌剌として団結した、夢を持った英雄たちにしたいのだと。 そこで、金城武は大陸のテレビドラマ「三国演義」を通して見、 たくさんの違った諸葛亮像があることを知った。 孔明を道士と考える者もいれば、読書人と思う者もいる。 演じるにあたって、彼はいくらか折衷を行い、道士のような仙人っぽさと、 ジョン・ウーが求める才能豊かな若者としての個性を取り入れ、 これまでと異なった孔明を演じだしたいと思った。 撮影初日、それこそ諸葛亮の最も有名な場面――「舌戦群儒」だった。 彼はこう語る。 「初日のセリフは長いことかかって覚えました。 あの日、ぼくがひたすらしゃべり、他の人はずっとぼくが話すのを見ていました。 諸葛亮の道士の雰囲気をつかむため努力が必要でした。 ウー監督もそばで指導していて、ものすごい緊張でしたね」 そのシーンでは、彼が扮する諸葛亮は孫権の陣営に行き、 巧妙かつ、やや饒舌な弁論で孫権の家臣の張昭や魯粛らを説得し、 呉軍が劉備と手を結んで曹操に当たるようにしなければならないのだ。 だが、「舌戦群儒」にとどまらない。 金城武はさらに、諸葛亮が農村の出身というバックグラウンドにも 挑戦しなければならなかった。馬のお産の世話だ。 「脚本に書いてある通りにやるんです、 例えば母馬の足を結えて、それから仔馬をとりあげるというように」(注・映画では仔馬の足を結えていたと記憶しますが) 生身の動物にこんなに触れることは、彼にはあまりない経験だった。 このほか、「草船借箭」も大がかりな場面だ。 無数の船、無数の矢、それはめったにない大シーンの1つで、 金城武は諸葛亮の才気と知恵を把握し、趣深くこの場面で表現した。 ただ、細かいところは 「すべて、スクリーンで見てください」と、彼は謎めいて言うのである。 (続く) BBS ネタバレDiary 23:50
2008年07月24日(木)
美麗佳人(marie claire)��
「marie claire」台湾版7月号の記事です。 始まりがこんななので、ん……と最初は思いましたが、結構面白い内容です。 少しずつ。 Sorrowful Splendor 謎様金城武 「赤壁」の諸葛亮を演じるために、 彼はすべての三国志大好き中国人のいばらの批判を引き受けた。 最愛の作品に出るため、1年の内8か月を国外で過ごした。 美貌の俳優であるが、映像のクリエイターと呼ばれるほうを好む。 彼、それは金城武。 こ のネットの発達した世界では、探せば400〜500万の金城武を見つけられる。 もし、「Takeshi」で検索したら、 2004年に彼が「鬼武者」3のイメージキャラクターになったニュースが見つかるし、 3年前、オフィシャルサイトで日記を書いていたのを知ることができるし、 2008年には「赤壁」に出演したことがわかる。 もし、「金城武」で検索するなら、おそらく408万本の、 この179センチの身長で、10月11日生まれ、「分手的夜裡」を歌い、 プラダとエンポリオ・アルマーニのキャラクターを務めた男に関する基本資料にヒットする。 さらには、例えば「金城武の頬骨は左が右より高い」とか 「金城武に似た強盗が銀行から30万元を奪って逃げた」といった、 大したことないニュースまで目に入ってくる。 彼はミステリアスで追いかけようのない男だ。 私が彼のいるところとつながった空間に1歩踏み入れたとき、 そこにいる誰もが絶えず彼の名を口にしていた。 「金城武は部屋で着替え中です」「金城武はメイク師と一緒に部屋で食事中」 「この服は換えてもいいね、部屋に行って金城武にいいかどうかきてもらおう」 だが、この空間に踏み入れてから1856秒間、コーヒーを1杯飲み、 レコーダー用の電池を買って帰ってきても、まだ彼は姿を現さず、 私と彼とを1枚の扉が依然として隔てていた。 1859秒たった時、つまり、その3秒後、ようやくその神秘の門は開いて、 伝説の179センチの男性が、白いスーツに包まれ、 部屋の白熱灯の逆光の中を歩いてきた。 その1秒間、現場の23人の46の目が、すべて同じ方向を向き、彼に注がれた。 ネット上の幾百万の資料の見出しの名前が、 すべてこの世界に2人といない人間――金城武、を指しているのとそっくりに。 話を聞くために彼と一緒に腰を下ろすとき、 実は彼が何もかもは話してくれないことがわかっていた。 彼は私生活や過去や人間関係や、恋愛は話してくれない。 かくも長いことスターであり続けたので、すでに垣根を作り終え、あの更衣室のように、 プライベートな自分とマスコミに対する自分とを切り離してしまっているのだ。 今の頭の中は話してくれない、しかし、それなら、もし過去に遡ったら、 私たちに心を開いて何か話してくれるだろうか? (続く) BBS ネタバレDiary 1:40
2008年07月22日(火)
主播會客室のインタビュー��
続きです。 陸浩明 (インタビュアー) 心を本当に動かされた人はいますか?ケリー・チャン 金城武ね。陸 そうなんですか?ケリー ええ。陸 どうして?ケリー 本当にハンサムなの。――私たちの番組で、以前ケリー・チャンのインタビューをしたことがあるんです。 彼女は大勢のクールな男性たちと共演してきました。 もちろん、あなたとも。 それで、彼女が映画デビュー以降、、たった1人だけ、心を動かされ頭が真っ白になった人は、 それはあなただと(笑)。 武 どうして?(笑) ――あなたに聞いたらわかるかと。私も知りたいの(笑)。 武 彼女に聞かなくちゃだめだよ、ぼくじゃなくて(笑) 。――何をしたら彼女がぼうっとしてしまったのか知りたい。 武 ぼくらは何本も一緒に映画を撮ったでしょう。 それで、どれも……どう言ったらいいのかな、初めは互いによく知らなかったんだけど…… そのあと、2本目、3本目と共演するにつれ、 どんどん彼女がどんな人かわかるようになった。 で、彼女もたぶん少しずつ、ぼくがどんな人間かわかって、 しゃべったり笑ったりするようになったんですよ。 いい感情を持つようになって。 ある映画のときはフランスに行かなくちゃならなくて、撮影班も全部行ったり来たり。 ベトナムにも行った。で、たぶん親友という感じだと思う。――彼女がそんなふうにボッと来るのははすごく珍しいことよね。 知ってるでしょ、彼女は絶縁体で、全然浮いた噂がないこと。 武 ほんとに知らないよ(笑) 。――無意識に彼女を引き付けてたってわけ?(笑) 武 そう? そんなことないよ。たくさん共演したから。――あなたは大勢の女優と共演していますけど、 なかでは誰とよく心が通じてたと思います? 武 どの人ともそうでしたよ。映画の内容が違うから。 ケリーとぼくもラブシーンがだんだん多くなった。 確か、最初はなくて、お互い知らない同士という感じだった。 その後の映画では恋があって、彼女は可笑しな面もあり、 実際、とても天真爛漫で可愛いんです。そういう彼女の一面が見られましたよ。――恋愛映画に何度も出て、大勢の女優と共演してるのに、噂がすごく少ない。 女優と共演してカメラの前では愛を語り、終わったら完全に離れられる? どういうふうにやっているの? 武 ぼくは……何て言ったらいいんだろう。 映画のストーリーの中の男女の愛は、ぼくが見る立場だったら、 彼らと同じようには考えないかもしれない。 でも、いったん恋愛の芝居を始めたら、実はそれは仕事に過ぎないから、 百パーセント主人公と同じ気持かと言えば、たぶんそうではない。 でも、撮影のときにはそうなんです。それは一種の訓練ですね。 だから、仕事の時はできるだけ努力する、うん、 この主人公はこんなふうに彼女を抱くはずだとか、こんなふうに向き合うはずだとか、 接するはずだとか、そういうふうにやります。 けれども、カメラが止まれば、それはなくなる。 それは物語だからで、ぼく自身は違うんです。――自分自身の恋愛経験は多いの? どうやってなりきるのかしら? 武 ぼくは、映画の中のヒロインに対して、映画の中ほど簡単には好きにならないですね。 そんな簡単に惚れない、共演してるときは。――なぜ? 武 それは仕事だから。――でも、その後も連絡を取り合ったりします? 武 ある、ある、やっぱりありますよ。でも、ときどき、 「やっ、いけない、いけない、これ以上続けたら、好きになっちゃうかもしれない」(笑) ということもある。 自分でわかるから、やっぱりありますよね。――そういうような経験、あったの?(武うなずく) それは誰? 武 君には言わない。(2人大笑い) だけど、自分でストップをかけるのは難しいことだと思う。――コントロールできるの? すごいわ。 トニー・レオン オフでも親友です。ですから、共演はすごく気持ちがよく通じ合いました。ジョウ・シュン 彼がとても映画を愛しているのがわかりました。ジャン・レノ 前途あり、才能もある俳優と競演できて実にうれしく思います。――やってみたい役はあります? 武 「如果・愛(ウィンター・ソング) 」が終わってから、恋愛映画が1本もないんです。 兄弟の情ばっかり(笑)。男同士の情を描くものばかりなんですよ。――もし、選ぶなら、男同士の情の物語より、恋愛映画のほうが好き? 武 「如果・愛」のとき、ピーター・チャンに言ったんです、もう恋愛映画はいい、って。――なぜなの? 武 わからない。そのときは急にこう……わからないけど、 ぼくはまだ何かをやれるのかと考えてた。 今は恋愛映画がやりたい、兄弟の情義はもういい(笑) 。――監督になりたいと思ったことはありますか? 大監督と大勢一緒に仕事をしてきたでしょう、 だからひそかに学ぶものはあったんじゃないんですか。 武 前はやりたいと思ってました。後になって、監督のやることを見たら、 大作の撮影を見たら、思いましたよ、「アイヤー、監督はやめだ、すごく疲れる」(笑)――俳優のほうがまだいい。 武 とてもしんどい。現場で、監督がすごく大変なのに落ち着いてあそこで座って、 自分のやりたいことを追求しているのを感じました。すごく敬服します。――資料を見てみたら、デビューのころは創作的な仕事もしていたんですよね、 曲を作ったり、詞を書いたり。 映画のほうでもこんなの、撮ってみたいというのありますか?考えたことはない? 武 考えましたよ。全部、断片ですけど。全部、断片だけ。 でも、ぼくはコメディを撮ってみたいです。――コメディは難しいわよ。 武 難しい。コメディが一番難しいと思ってるんですよ。――他人を笑わせるのは、泣かせるよりもっと難しいわよね。 武 そう、だから試してみたい。コメディを。 メッセージのあるのもやってみたい。でも、メッセージ物は難しい。 人によって考えが違うから。――たくさん恋愛映画に出たでしょう、どの映画が一番心に残ってます? あるいは、どれが一番あなたの恋愛観に近い? 私は「心動(君のいた永遠)」が大好きなの。 武 ああー、「心動」、「心動」ね。ぼくも大好きですよ。――名作よね。 武 「心動」は、シルビア・チャンの脚本がいいし、監督としての力もすごくある。 雰囲気全体がいいですよね。――あれはすごく悲しい物語ね。 武 多分、悲劇だから、普通のハッピーエンディングじゃないから、 だから特別なものに感じるのかも知れないですね。――みんなも、心残りがあるからこそ美しいのだと思ってるわね。 武 大切なものを学ぶという感じ。――相当心に残ります。 武 そうですね。「日本×台湾+中国香港=金城武」 ――みんな、あなたのことを、日本人で、台湾人みたいでもあり、 香港によくいるから中国人のようでもあると思ってるけど、 あなたは自分はどこの人だと思ってますか? 私も、どこにいても受け入れられてない感じがするの。 武 今は、どこの人だとか考えない。 聞かれたら、台湾育ちだと言うでしょう。それは事実だから。――そうね。 武 (ふっと笑う) 台湾育ちで、でも仕事は香港とか日本とか、全部よその国で、うん。――情を感じるのはどの地方? 台湾? 武 台湾なのはどうしようもないですよね、そこで育ったんだから。 母も台湾人だし。ぼくが最初に話せるようになった言葉は台湾語なんです。――台湾語なの?(笑) 武 はい。台湾語が一番うまく話せると思いますよ(笑) 。――そうなの?(笑) でも、あなたが台湾語話しているのは合わないわね(2人笑う)。 武 近所隣や遊び相手が全部台湾人で台湾語を話してましたからね。 それから……父親が日本人だったので……学校に行って日本語を学んで。 学校では日本語だったので。 家に帰るとやっぱり台湾語を話して、北京語を話す場所がない。 その後仕事を初めて北京語を話して、その間に英語もちょっと勉強して、 香港に行ったら今度は広東語。――あなたの語学の才能はすごい。 武 そんなことないですよ。広東語はやらなくちゃ…… こうした言葉は、みんな、使わなくちゃいけなかったんです。 (広東語で)話さなかったら、出ていけない。 だから、しばらく話して何とかできるようになった。 それからまた日本で撮影があって、日本で撮影してた頃は、 実は日本語をしばらく使ってなかったので、 本当はちょっと練習しなくちゃいけなかったんです。 日本で仕事を始めた時は、初めはぼくの日本語は多分十分じゃなかったと思う。 で、どこに行ってもよくわかってないよなあと思いました(笑)。――そうね、私も、どの土地も少し知ってる、けど、どの土地にも完全な帰属感がないと感じます。 だから、もし、ずっとずっと後になって引退することがあったら、 でなければゆっくりするときが来たら、その場所はどこにします? 武 台湾でしょうね。あるいは……――でなければ、知らない人ばかりのところとか。完全にリラックスできるでしょう。 引退したら、楽しい小さな家庭を持てるわよ。 武 友達や家族も必要なんですよ。でないと寂しいよ。――だから、やっぱり台湾を選ぶと。 武 前に1人で知らない人ばかりのことろに行ったことがあるんですよ、本当に快適だった。 でも、1、2日したら、誰も話す相手がいないのに気がついた(笑) 。――それは退屈だわ(笑)。 武 で、ちょっとつまらないと思った。――それで、やっぱり台湾なのね。 武 そうですね。そうでなければ台湾の近く。 親しい友達のいるところの近くに。比較的楽に訪ねられるように。――でも、あまり外出しないで家にいるんでしょ。 武 そうとは限らないよ。今はマスコミの状況がこんなだけど、どう変わるか、 あるいは個人や社会の考え方がどう変わるかわからないから。 「天王級身分 平民式生活」 ――いろんなブランドのイメージキャラクターをしていますね。 きれいな服を着て、いい品を使って。 実際のあなたはそういう面の要求は高いですか? 武 高いものもあれば、低いものもあります。いろいろ。――普段外に出るときはパリッとした装いで行きますか、それとも…… 武 いいえ。――適当な服装で? 武 そう、適当な。――それで、みんなが外であなたを見かけたら、錯覚か幻覚と思うかも。 だって、あなたは本当に神秘的で、ベールを隔てているみたいだから。 武 それは仕事だと思ってる。宣伝や、プレミアやイベントに出席したり。 多分、その仕事を大事にするから、もちろんちょっときちんとする。 そうでないといけないと思います。――次の日本の仕事は何かあるんですか? 武 まだ決まってないんです。今はまだ交渉中で。 ここ数カ月はプロモーションが忙しいはずですよ。 「赤壁」の宣伝であちこち行かなくちゃいけないし、日本でもあるでしょう。 日本映画も次に宣伝が控えてるし。――松たか子との映画の撮影は終わったのですか? 武 そうそう、これから宣伝です。――それで次もあちこちへ宣伝に。 武 はい、宣伝が割に中心ですね。――今日はお疲れさまでした。 武 とんでもない……――健康に気を付けてください。 武 ありがとうございます。――ありがとうございました。(両手握手) お疲れさま。 (完) BBS ネタバレDiary 1:00
2008年07月21日(月)
主播會客室のインタビュー��
香港でおなじみの陳貝児(ジャニス・チャン)による楽しいインタビューです。 で、今回、何が珍しいって、ほとんどプライベートな話題で通してること。 ジャニスはカナダ生まれなんでしょうかねえ、わかりませんが、 カナダの大学を出ているそうで、やはり、あちこちで暮らした経験があるということなのでしょう、 そうした発言が出てきます。 長いけど、一度に――と思ったら、やはり長すぎるとはねられました……… (黒白画面で)陳貝児 今日のゲストは、なかなかご登場いただけない、非常に謎めいた方です。 金城武 (広東語) それは私、金城武です。(ナレーション)金城武は1990年代の初めから、台湾でCMに出演、 CDを出し、「分手的夜裡」で香港に進出しました。 当時はニッキー・ウー、ジミー・リン、スー・ヨウポンと共に、 「小四大天王」と並び称せられましたが、今は映画を中心の活動をしています。 ――金城さんとは何度もお会いしてますよね。 私がこの仕事をするようになってから、何度も映画のことでインタビューをしました。 この部屋でインタビューしたこともあったの覚えてます? 武 (広東語) そうでしたっけ?――そうですよ、「ターンレフトターンライト」のとき。 でも何度もお会いしてるけど、いつも映画の話ばかり。 視聴者のみなさんがあなたを知るのは、ほとんど映画のことでなんですよ。 あなたが四小天王だったころから、ずっと一緒に成長してきたことになるけれど、 あなたのことはあまり知りません。 あなたは自分を出さない人で、何度インタビューしても、 ちょっと見せただけでやめてしまうでしょ、トンボが水面をかすめるみたいに。 武 ん〜(笑) 、実はぼくは……なんて言ったらいいのかな、 デビューしたころは、たぶんぼくの答えはもっと短かったと思いますよ。 イエスかノーか聞いているんだと思ってたから、ノーと言えばいいと考えてた。 それで、答えは終わったと思っていたので、なぜノーなのかといわれても、ノーなんだからと。 なぜかは説明できなかったんですよ。 でも、みんな、なぜそう言うのか知りたがる。――そうよ。 武 で、スタッフみんなから、もっと話しなさいと言われて、もう少し話すようにしました。 しばらくして、自分でしゃべりすぎてるなと思うようになった。 仕事だから話すので、材料をたくさん与えたいと思って。 でも、後になって、自分でも何を話しているかわからなくなって。 つまり、言っていることは本当じゃないと、 ぼくは、本当の答えというのは、そんなに長いものじゃないんじゃないかと思うんです。 それと、たぶん言葉が、中国語で話すのと、日本語で話すのとでは また違うなじゃないか、そう思うんですよ。――それで、あなたのことをみんなあまり知らないのね。 例えば私は何度も会っているのに、個人的な質問は少しだけで、 あなたはいつもあまり答えたがらない。 本当のところ、答えたくないの? それとも意識的に秘密の部分を残しておこうとしているのかしら? 武 違いますよ。みんなぼくのことを謎だと言うけど、 多分今は映画に集中しているから、映画をちゃんとやらなくちゃいけない、 それから宣伝をして、他の仕事はやってない。 CDも出さないし、それで、CDを出さないと人の前に出ることはすごく少ないでしょう。 何かするのは映画関係が多いから、 ぼくが実生活で何をしているかわからないと思うんじゃないかな。 あまりしゃべりたくないというんじゃなくて、特別じゃないことは話さないだけなんですよ。――今はマスコミの追及ってすごいけど、それでもあなたの盗み撮りはめったにないのよ。 お家が大きくてきれいで、何でもそろっているから外に出ないでもすむし、 快適で外出する必要がないのかしら? 武 実際、十分ですよ、テレビが見られて、コンピュータがあってネットができて、 友達が訪ねてこられて、家族も近くにいれば、それでいいんですから。――あなたは自分のこと、とても運のいい俳優だと思っています? なぜなら、才能があるし、監督にも好かれて、かわいがられてるでしょう。 素晴らしいキャリアで、資料を見ると、中国香港台湾日本、世界中で映画に出ている。 武 そうですね……。――本当にもう、最高のところにいる。 武 この仕事を始めた最初から、幸運だと思ってます。 縁だとも思う。だって、子どものころからそうなりたいと夢見てきたわけじゃないから。――前は何をしたいと思っていたの? 武 考えたことなかった(笑) 。まだ考えもしないうちに、チャンスがあって、 人と知り合ったり、いっしょにやったり、試してみたり。 ずっととても幸運だったと思います。 ずっとたくさんのいい人たちに出会って、いっしょに仕事をできて、とても幸運だったと思う。――デビューのときも、他の人から声がかかって、順調に芸能界に入ったのよね。 振り返ってみて、もし本当に選べるなら、今までしてきたことを振り返ってみて、 ほかの新しいことをしたいと思う? それとも自分は芸能人が合っていると思う? 武 後悔していることはないか、聞かれることがあるんですよ。 いつに戻ってやり直したいかって。 ぼくはそういうことはない。 もし、もう一度やりなおすとしても、同じようなことをやると思う。 ただ、前にやったことをもうちょっとよくやりたい。――例えば? 武 演技に限らないけど、演技は、 今ならあの芝居はまずかったとわかる(笑)から、もう少しよくできる。 あるいは人間関係でもいいけど、あのときはあんなにきつく言うべきじゃなかった、 もうちょっと良くしてあげればよかったとか。 でも、やっぱり同じ道を選ぶんでしょうね、 だって、そういうことがあったから、今の自分なのだから。害怕照鏡的帥哥 (鏡が怖いハンサム君) ――小さい時からハンサムだって言われてました?(笑) 武 そんなこと考えたことない(笑) 。――いつから、自分がすごくハンサムだって気がついた? ずっと小さい時にわかってたでしょう、昔の写真を見たけれど…… 武 いやいやいや。――そうなの? 武 子供の頃は鏡が見られなかった。――どうして? 武 わからない、恥ずかしかった(笑) 。――なんてもったいない。 武 鏡が見られなったんですよ。――ありえないわ。 武 だって、内気だから。―― そうなの? 武 父も母もいい顔だと思う、正直に言うと。 ぼくはみんながいいと言うんだから、まあ、いいんでしょう(笑) 。 そんな最高にハンサムだなんて思わない、 だって、人によって美の基準はみんな違うし、好みが違うから、 3人の人が、君はこういう人だと言ったからって、 自分のことをそういう人間だと思うなんてありえないです。 そんなことはないと思う。――でも、それは1つの有利な点でしょう。 あなたの外見は、芸能界でやっていく過程においては。 武 そうかもしれない。外観に限らず、演技がうまいのでもいいし、 歌がうまいのでもいいし、あるいは踊りが上手なのでもいい、 芸術の仕事はパフォーマンスだから、なんでも有利な武器になりうる。 でも、それをずっと維持していくのは難しいって、わかったんです。――あなたの周りにはきっと大勢恋人や、クラスメートの女の人たちがいたでしょう? それですごく自信になりました? 武 現実はね、女の人に会うと、「すてきだわあ〜、すてきだわ〜」って言うんですよ。 ぼくは心で思ってる、「それで?」。 彼女らはその後を言わない(笑) 。 ぼくを見てやってくると、2つのことだけを質問するんです。――何を聞くの? 武 サインしてくれますか? 写真を撮ってもいいですか? で、ぼくが「あー、すごくきれいな人だな」と思ったとする、 でも、それだけ聞き終わったら、彼女たちは行ってしまうんですよ。 で、「あー、それでおしまいか」って思う(笑) 。――私の周りにもとてもきれいな女の友達がいるの。 彼女らは、でも逆に恋人がなかなか見つからない。 彼女たちは、周りの若い男はみんな自分の容貌が好きなんだと思ってるので、 かえって相手の本当の心が理解できないの。 武 うん、もちろんそういうことある。 マスコミや出ている作品で、先にその人のことを知っているけど、 その人がどんな人かということは知らない。 もしぼくが本当にみんなが言うようにミステリアスだとしたら、 相手の人はぼくがどういう人間か知るのは難しいよね。――逆に障害になるのね。 武 本当に知る機会があったら、たぶん、こんな人だったのかと思うかもしれない。――夢が破れる(武、笑う)。ゲームとネットしかやらないやつだったのか。 武 きっと、美人が好きな人もいれば、違うタイプが好きな人もいると思う。 でも知る時間が十分ありさえすれば、必ずしも外見がいいのが一番じゃなく、 中身のほうがもっと大切かもしれないとわかるんじゃないか。 相手の違う面の長所や欠点がわかってくるよね。――もしも恋人を選ぶとしたら? 武 外見がいいのはやっぱり惹かれるけれど、 でも時間がたつと、いいところ悪いところが見えてくるし、 いい感じ、いやな感じを感じてくると思う。 それに年齢が変われば、いい感じと嫌な感じも違ってくると思う。――ええ、とても抽象的ね(武笑う)。今、恋をしている? 武 あー、してるとは言えない……ただ、いいなと思う人はいますよ。 でも、仕事のせいで、付き合いたいと思っても難しい。 去年なんか、8か月以上大陸にいたんですから、 そのほかの時間で知り合うのは難しいです。 一番多く会うのは仕事関係の人ですよ。――もし、本当にいいと思う人に出会ったら、どうやって接近する? ネットでチャットとか?(笑) 武 わー、手段は選ばないでしょ(笑) 。――ほんと? 武 いや。もし本当に知りあいたいなら、 率直に近づきになりたいとか、付き合いたいとか言いますよ。――こういうのもいいわよ。 私たちはあなたのこと、もう満点の男性だと思っているから、 ひょっとして大勢女性のほうから接近してきて、あなたはただ座って選ぶだけでいい。 武 ない、ない……信じてよ。――もし本当に誰かと付き合っても、絶対に言わないんでしょ。 武 誰が言ったの?――知らせるの?(笑) 武 うん、それでもいい。もちろん限界はやっぱりありますよ。 だって、もし本当にl公開したら、彼女が不快になることもある。――今、仕事がとても成功してるけど、いつ結婚して子供を持つかって考えたことは? 武 恋愛はまず難しいでしょ。自分に時間がないのが分かっているから。 母もとても寂しがってる。 彼女もぼくと会いたいと思うでしょう、でも新しい仕事が決まった、 チャンスがあれば新しいことを試してみたいと彼女に言って、 それで、時間があり、縁があって出会ったら、ゆっくりとなんとかやっていけるかもしれない。 もしチャンスがあったら。――だから、今は急いでないのね。家族からプレッシャーはない? 武 ないですね、母からはないですよ。――それで今はやっぱり仕事に専念する。 武 うん。 (続く) BBS ネタバレDiary 23:55
行ってまいりました、「赤壁」の台湾。 といっても、映画は1回見ただけですが。 13日の日曜日の20:50の回を西門町で見ました。満員でした〜。 先に台湾入り(戻り?)していたMihikaさんが前もって券を買ってくださっていたので、 幸い、見やすいいい場所で見られました。 西門町で映画を見るのは初めてですが、「赤壁」をやっていない映画館はないらしく、 映画館の集中した通りでは、赤壁の門ができていたり、 街灯に赤壁のフラッグがずっと取り付けてあったり、 大看板がかかっていたりと、赤壁尽くし。 映画館ごとに看板なども違い、ただただ、「わ〜すごい」の繰り返し。 もっとも、ここに集中し、他の地域にはほとんどないようです。 様子の一部はフォトアルバムをご覧下さい。 台北駅だけでもいくつもの電光看板がありました。 Click! 満員の映画館で気がついたのは、男子率の高さ! 台湾の武映画で、こんなに男性ばかりなのは初めてです。 年齢も、若い男の子たちから、青年男子、年配者までさまざま。 カップルも多いのですが、男同士のグループが結構目立ち、面白かったです。 さて、映画ですが、まもなく日本でも公開なので、ネタバレは避けて言うと、 面白かったですよ。 2時間25分の長尺ながら、ずっと集中して見られ、「続く」の画面になったときは、 「あ〜、もう?」という気持ちになりました。 上質のエンタテイメントだと思いました。 同じ戦争を扱った大作映画でも、「投名状」とは、別のタイプの映画。 楽しむ映画ですね。 戦いの場面が多く、確かに見所です。人がたくさん死にます。 でも、そうでないシーンに笑えるところが多く、 観客の気持ちをちょっと軽くしてくれるようになってます。 主要登場人物が多いですが、見かけも性格付けもはっきりして、それぞれに見せ場があり、 混乱せず、人物が頭に入ってきました。 もちろん、三国とは何か、君主と主だった家臣には誰がいるか、ぐらいは予習していきましたが、 ああ、これがその人ね、とわかりやすいのです。 うまいんだな、と思います。 お目当ての諸葛孔明ですが、新しい解釈の印象的な孔明になってました。 周ユがメインの主人公で、ラブシーンあり、文武両面に抜きんでていることの描写あり、 かっこよく、立派な武将ですが、役としては、諸葛亮の方が、絶対おいしいと思います。 ものすごく緊張していたそうだし、ものすごく暑かったそうですが、 全然そんなこと感じさせない、涼しげで美しいたたずまいの孔明でした。 しかも、可愛い。 向こうでの観客の評にも「可愛い」という言葉が頻出しますが、そうなんです。 スチールがネットにいっぱい出ていますが、見てもそんなに影響ないかも。 動作とか、セリフとかが面白いので、私もさんざん見ましたが、関係なく楽しめました。 笑い声も何度も上がっていました。 娘の隣に座った若い男性は、コールドストーンのアイスクリームを持ち込んできましたが、 映画の間、画面に見入ってしまい、時々思い出してはアイスを食べていたそうです。 最後はいいところで終わります。 しかし、人気のあるせいでしょうか、「赤壁」関係のチラシ(リーフレット)の類はほとんどなく、 写真入りポップコーンの箱も、前日まであったそうですが、 私達が行った時には、品切れで普通の何の変哲もない箱になっていました。 見終わったときは、流石に長い映画ですし、戦争場面が多いから、 11月の日本公開まで見なくていいや、と思っていたのですが、 日が経つうちに、もう、試写会に行きたいな、気分になっています。 BBS ネタバレDiary 23:40
ここ数日、更新できていません。 職場の部署が変わって、連日何かとあわただしい中、 これでもか、といわんばかりの怒涛の武関連情報。 帰宅後、駆け足であちらのニュースサイトを駆けめぐり、 膨大なニュースを品定めし、保存、プリントアウト。 一方、次々に刊行される雑誌…… 動画情報もふくめ、ほとんど目を通してはいるのです。 でも、選んで、さあ、訳してみよう、という頃には、猛烈な睡魔が……。 なので、材料がいくつもありながら、更新まで至らず。 一方、10日の公開後、様々なレポや感想や批評やどっと出てきましたが、 特に大陸では、けなすのが趣味なのでしょうか、 まともに読むべきか疑問に思う記事も非常に多く、 映画としてきちんと見てからでないと、どうにもしようがない、という感じです。 香港、台湾の記事では評判はいいようですし、武ファンからも、いいと (特に武が)いう声が聞こえてきていますけど。 、 明日から台湾に行ってきます。字幕が難しいと思うけれど、 この目で見てから、改めて、たまった情報、これから出る記事など、 見なおし、整理したいと思います。 というわけで、16日まで、留守のため更新はお休みです。 BBS ネタバレDiary 21:30
2008年07月10日(木)
「赤壁」の役者評(武部分)●日本に戻る●北京での台上個別インタビュー
早くも今日(9日)の昼、日本に戻る金城武。ここ 。 あちらのファンの検索の助けも借りなければ、とてもニュースは追い切れない。 それにしても、公開されていない段階でのうるさい記事も多いし、 全体を見ての感想でも(少ないが)、どうもみな、 これまでの三国志の人物イメージにとらわれて観ている気がする。 で、これはどこで教えてもらったページか、わからなくなってしまいました。 台湾のニュースサイトです。 全編鑑賞しての評ですが、他の人については、映画を見ないうちは知ってもしょうがないので、 武に関する部分だけ、抜き書きします。 ジ ョン・ウーの「赤壁」は、果たして重量級の大作であった。 ドラマ部分がアクションシーンより、なお精彩があり、いくつかのキーとなるドラマシーンにおいて、 主要人物たちの個性と関係が正確に伝えられる。 金城武の造型が最も際立っており、演技も良い(たとえ吹き替えでも損なわれていない)。(中略) 金城武の諸葛亮は美しく飄々として、髭がその超人的な機知と策略を浮き彫りにし、 手に揺らめく羽扇はさらに垢ぬけ、際立って成功した造型である。 金城武の目、気品、肢体、さらには口元にこぼれる笑み、穏やかさが、 孔明のよく働く知恵と落ち着きを表現している。 軽快で心地よく響く吹き替えの声も、プラスに働いている。 もちろん、役者は自身で声を入れるべきだろうが、 私は金城武の声を知っており(「如果・愛」「投名状」)、 彼の諸葛亮の解釈の仕方を見れば、 自身で声をあてても、さほど効果に違いはないはずだ。(麦若愚・文) ●日本に戻る 8:40台湾でのプロモーションを終えた「赤壁」一行は、 夜、チャン・チェンが出資しているパブでお疲れさま会を開いたそうですが、 金城武はこれには同席しなかったそうです。 以下、聯合報の記事、後半。 金 城武は一昨日の夜は、「操場」(店の名) での打ち上げには行かず、ホテルで休息、 事務所のスタッフが買ってきた麺など、大好きな台湾の屋台料理を食べ、 パパラッチにわずらわされずに楽しむことができた。 昨日正午、彼は先に台湾を離れた。 日本に戻った後は、すぐに日本映画「K−20:怪人二十面相」の 残りの仕事に入らなければならないので、 体力を養っておく必要があり、「赤壁」の仲間との夜更かしを避けざるを得なかったのである。 ただ、今月末には再び日本での「赤壁」プロモーションが予定されており、 そのときには、ホストとなって、みんなを招待することができるだろう。(以下略) (聯合報 2008.7.10) ●北京での台上個別インタビュー 1人ずつ前に出て受けたインタビューだと思います。 聞いてる他の人たちが写ってる。 BBS ネタバレDiary 1:00
2008年07月09日(水)
台湾プレミア(更新)●プレミア動画●明報周刊●康煕来了(追記あり)
2000人もの人が集まったそうです。 Derrickのサイトで早くもニュースと写真をアップしてくれてます。こちら 大勢の人を見て、武は、 「故郷のみなさん、端の上のみなさん、お騒がせしている近隣のみなさん」と 呼びかけ、「赤壁」は面白いので、続いて公開される第2部も期待してください、 とあいさつしたそうです。(中央社) ●追記 9:10 で、続くチャン・チェンは、あと誰に挨拶していいかわからない、と言ったとか。(聯合新聞 7.9) 写真がここ 、写真と動画 も(記者会見ですが) りんごにも大きめの写真なるけど、やっぱりムカつくから張らない。 今回、武のセリフが吹き替えであるのは、スケジュールがとれなかったためと。 撮影だけでいっぱいいっぱいだったということですね。 もともと出演の予定がなかった作品だから、姿が見られるだけでもうれしいと 思わなければバチが当たります。 今回聞けない声は、「二十面相で」。 ●プレミア動画 15:00 武の挨拶、入ってますね。 手に孔明の羽扇を持っていたんですね〜。 プレミアの回数重ねる毎にどんどん麗しくなっていってます。 楽しそうだし、みんな、気持ちが通じ合っているような いい感じです。(^^)I'm Vlog にレッドカーペット(短い)ほか、もっと動画が出てきてますね。 ●台湾記者会見写真 16:00 脈絡なく、メモ代わりに。ここ . いい写真が多いです。 ●明報周刊 同じくDerrickのサイトで紹介されていた香港の「明報周刊」の記事。 読んでみました。この写真の載ってる雑誌です。 ウォン・カーウァイの影響で音楽界に別れを告げる 金城武、トニー・レオンの結婚をうらやむ 1994年、ウォン・カーウァイの「恋する惑星」は、 台湾の日本人の父親を持つ混血のいい男、金城武を日本に知らしめた。 98年、金城武は初めての日本の連続ドラマ「神様、もう少しだけ」に出演、 日本市場を攻め落とし、アジア全体で人気者になった後は、 人気が高まれば高まるほど、 香港や台湾の音楽界との距離はますます遠くなるようでもあった。 近年単独インタビューを受けることの非常に少ない金城武だが、 ジョン・ウー監督との初の仕事である「赤壁」のために、 「明周」の独占インタビューにこたえた。 ジョン・ウーと早くも97年に知り合っていたことを打ち明けた他、 長年アルバムを出していない理由を明らかにし、 良き友トニー・レオンとカリーナ・ラウとのまもなくの結婚にもで話は及んだ。 今年34歳、「外国女性が最も美男と思う中国男性」と評される金城武は、思わずこうもらす。 「男が結婚し、落ち着く先を持つ、本当にうらやましい!」 「赤壁」は紆余曲折だった。 初めはトニー・レオンが諸葛亮役を辞退、金城武が代役となった。 しまいにはチョウ・ユンファが周ユ役を辞退、トニー・レオンがそれを引き受けた。 ジョン・ウーは93年にハリウッドに進出したが、 97年にすでに日本で金城武と知り合っていたのである。 「初めて会ったのは、監督が『フェイス・オフ』のプロモーションで東京に来た時のことです。 そのころ、ぼくは日本で撮影中でした。 彼に、一緒に食事をと言われて、すごく緊張しました。 「男たちの挽歌」を見て以来、監督の映画が好きだったし、 ハリウッドで大成功したのも知っていましたから、 食事のお誘いがあったときは、とても緊張しました。 ちょうど、今のあなたのように、ぼくの向かい側にすわってね。 全然偉そうでなく、謙虚で、すごくいい人でした。 ぼくは、どうして誘われたのか知りたかったけど、 彼に対して、まるでファンみたいな気持になってましたね。 彼はただ、ぼくから日本の撮影の様子について聞きたかっただけなんですけど。 それから、ぼくにどんな映画がやりたいかとも聞きました。 コメディが好きだと答えたら、スタッフの人がぼくの太ももをギュッとやるんですよ。 アクションと言わなくちゃと思ってたんですね」 金城武はそう話す。誰の補欠とも思わない 世間は金城武の「赤壁」出演は、トニー・レオンの穴埋めと考えているが、 ジョン・ウーが金城武にオファーしたとき、 実は友人であるトニー・レオンが大きな励ましを与えていたのだ。 「監督がぼくにオファーしてきた後、まず、トニーに電話しました。 すごく心配でもあったんです。彼の辞退は精神的状態のせいなんです。 以前、ぼくらが「傷城」で一緒だった時、ちょっと疲れてるのだと言っていました。 「色・戒(ラスト、コーション)」の準備にかかっていたので、 プレッシャーが大きい、北京語に自信がないと言うのです。 「傷城」撮影のときには、もう疲れている様子でした。 そこへ彼の精神状態がよくないというのを聞いて、 すぐ電話して具合はどうかと聞きました。 いい医者を紹介できるからと言ってから、 ジョン・ウー監督から電話があって、出てほしいと言っていると伝えました。 彼はとても喜んで、ぼくにオファーが行ったことがうれしいと、 というのは、彼も自分が抜けたことが心にかかっていて、 監督が誰か見つけることができるか心配していたからだと。 絶対やってみるべきだ、ジョン・ウーはすごくいい監督だから、 ぜひやるようにと、強く励ましてくれたんです。 トニーの励ましがあったので、補欠だなどとは全く考えませんでした。 すごくうれしいし、幸運だと思いました」 ところが、めぐりめぐってトニー・レオンが復帰することになった。 金城武はこのことで、トニー・レオンに心から感服する。 「彼は助けに戻ってきたので、もちろん彼を尊敬します。 『やっぱりあなたでしたね』と言えるのがすごくうれしかった。 彼とは親しい友人になっていたので、彼がすごく疲れていることを知ってましたが、 撮影のときはリラックスしているのを感じました。 例えば、彼はかつらをつけなくちゃならないし、 ぼくはヒゲをつけなくちゃならなかったのだけど、 汗でヒゲが落ちやすくなっていて、笑うことができない。 なのに、彼がからかって笑わせようとするんです。 ぼくはいつも彼に言ってましたよ、『やめてくださいよ!』って」 (続く) ●康煕来了 23:10 ジョン・ウー監督とリン・ジーリンが、 あの蔡康永と小Sの番組「康煕来了」に出演したらしい。 小Sはジーリンが古代の第一の美女役なのに不満を唱え、 「小喬はこんなのっぽじゃない、昔の女性はそんな高くない。 相手役にプレッシャー与えてしまうじゃないの」と言うと、 ジーリンは「でも、たいてい座っているから」。 また、ウー監督が、リン・ジーリンはこれまで使ってきた女優の中でも、 最も美人の1人、と言ったのに対しては、 「監督はほとんど女優を使ってないじゃないですか」 相変わらず奔放です。で、武の話題。 「赤 壁」の4大主演男優、トニー・レオン、金城武、チャン・チェン、 フー・ジュンはいずれも大勢の女性観客の憧れの的である。蔡康永がリン・ジーリンに、撮影中、金城武に心を動かされることはなかったかと尋ねた。 聞かれたとたん、リン・ジーリンはさっと顔を赤らめ、もごもごと言った。「あります」 初めて金城武を見たときは、どうしてこんなにハンサムな人がいるんだろうと、 内心感心してしまったと、彼女は告白、 諸葛亮役の金城武に茶を出すシーンのときなど、 お茶を面前に差し出しながら彼を見て呆然としてしまい、 その後、もう1人にも出さねばならないのを忘れてしまったという。 かたわらのスタッフが必死で彼女に注意して、やっと正気に戻ったのだそうだ。 蔡康永は笑って、「小喬と諸葛亮の不倫の芝居も入れるべきだったんじゃないのか」と言った。でも、小Sに、もし本当に親密な関係になるのだとしたら、トニー・レオンと金城武と、どっちを選ぶ? と聞かれたジーリンは、「トニー。トニーの方が親しいから」と答えています。 トニーは彼女の子どもの頃のアイドルだったんだそうです。 (Yahoo奇摩 2008.7.9より) ●追記 7.10 8:5010日の聯合報にあったので、色文字と同じ部分を以下に。 「トニー・レオン、金城武、チャン・チェン、それにフー・ジュンに取り巻かれて、 一体心が動くことはなかったか? 蔡康永に突っ込まれ、リン・ジーリンはさっと顔を赤らめて、もごもごと言った、「あります」 そして、初めて金城武を見たときには、どうしてこんなハンサムな人がいるんだろうかと 秘かに感心したと、告白。 諸葛亮に茶を出すシーンでは、入れながら、どうしても見とれてしまい、 頭が空っぽになって、その後向きを変え、 別の人にもいれなければならないのを忘れてしまったという。 かたわらのスタッフが必死で彼女に注意して、やっと正気に戻ったのだそうだ」 BBS ネタバレDiary 1:00
2008年07月08日(火)
「赤壁」台湾記者会見●動画●チャン・チェンの話また(北京)
もう、全然追いかける余裕がないんですけど……台湾記者会見 ジョン・ウー監督が、武はすごくよく勉強して、孔明についての本をたくさん読んだ、 自分も知らない本まであるくらいだった、 と言ったらしいですが、きっとそうだったんでしょう。 古久保さんも、興味のあることはすごくよく勉強する人だと言ってましたよね。 ●動画 23:20もうごらんになったでしょうが、I’m Vlogの動画です。 話している内容は、最後に台湾に帰ってきた感じでうれしい、というような話はありますが、 これまでと特に変わりはありません。 プレミアの様子はいつ出るのかなあ……。 行っているファンの方のレポも楽しみに待っているところ。 ●チェン・チェンの話また (北京)北京での話ですが…… チャン・チェンがインタビューでまた武に言及していわく…… 金 城武は、想像してたのとは結構違う一面を観ました。 自分の考えをすごく持っていて、とても積極的で、 ずっと、監督といろいろ話し合っていました。 そしてすごく緊張してもいたし、少しでもいい演技をしたがってもいました。(共演俳優たちの面白いエピソードを聞かれ、チャン・フォンイーの話の後に) そ れから金城武との初めてのシーンのときですよ、 どこを見ていいかわからなくて、ずっと、 人間がどうしたらこんなにきれいでありうるんだろうとずっと考えていましたよ! 彼がとてもハンサムだということは知っていましたよ。 けど、本物は映画の中よりもっときれいだったんです。 そのときはぼくたちは知りあってなかったし、遠い感じがしたけど、 すぐに気心が知れて、一緒におしゃべりもできるようになったんです。(羊城晩報 2008.7.7) ごめんなさい、チャン・チェン。こんなときばかり、引いて。 でも、あなたもとてもかっこいいです。 BBS ネタバレDiary 17:20
2008年07月06日(日)
金鹿奨●新浪娯楽のインタビュー
ディレクターズ・カット版DVDで「投名状」の話題になったついでに、 第9回中国長春映画祭で、農村を題材にした映画のための 「金鹿奨」の発表があるそうです。 ここに「投名状」の名が挙がっています。ノミネートされている部門は、 最優秀主演男優賞 ジェット・リー (投名状)、ドニー・イェン(導火線)、チェン・クン(雲水謡)、 趙文(夜・明)、ニコラス・チェー(男児本色) 最優秀助演男優賞 劉小峰(盤尼西林)、金城武 (投名状)、チョウ・ユンファ(イエロー・ストーン) 最優秀監督賞 尹力(雲水謡)、ピーター・チャン (投名状)、テディ・チャン(男児本色)、 チャオ・ウェン(太陽照常昇起)、安瀾(夜襲) 作品賞については書いてありません。(城市晩報 2008.7.4) 発表は7月6日夜、閉幕式上にて。 ●新浪娯楽のインタビュー 16:15今回長めの独占インタビューが新浪と捜狐と2本出ましたが、 短いほうから。短いと言っても結構なものですが、後があるので、一度に載せます。 実録:金城武、トニー・レオンに励まされ、諸葛亮役に。 知識を得るために勉強を ――金城武さん、新浪娯楽のインタビューにようこそ。 武 ありがとうございます。――今日は「赤壁」の盛大な北京プレミア記者会見ですね。 まず新浪ネットのみなさんにご挨拶をどうぞ。 武 新浪ネットのみなさん、こんにちは、金城武です。――「赤壁」をみんな実に長いこと待っていたと思います。 今日はプレミアですが、その前にやっぱりあなたの役に対する理解を お聞きしておきたいと思います。 以前、みんなちょっと驚いたんですよね、あなたが諸葛亮をやることに。 ご自分でもそうでしたか? 武 僕も驚きました(笑) 。それにご存じのように、元々ぼくではありませんでしたから。 元々の計画は、ずっと前からあったものですから。 この役をやることになったとき、ぼくはまだ「投名状」の撮影中で、 それがもうすぐ終わるところでした。 そのとき、突然ジョン・ウー監督から電話をもらって、 こういうことだからと話を聞いたんです。 ぼくもとてもびっくりして、何事が起こったかと思いました。 それと、もちろん、ぼくに電話がかかってきたことにもびっくりしてました(笑) 。 でもその後、この話について知って、トニー・レオンに電話しました。 話は聞いたけれど、いいの? 一体どうしてこういうことになったのか、それに少し……どう言ったらいいのかな、 違う原因、他に原因があるのかどうか、たずねたんです。 彼は、当時、続けて何本も映画を撮っていて、本当に疲れたのだと、 こんな大作に体の方が耐えられないんじゃないかと心配なんだ、 アクションとか何とかあるし、本当に休みたいんだと言いました。 そのとき、ぼくを励ましてもくれました。 ぼくがこの映画に出られること、 ジョン・ウー監督がぼくにオファーしたことを、喜んでもくれました。 ぼくを励まし、ジョン・ウー監督は本当にいいから、 ぜひやってみるようにと勧めてくれたんです。 もちろん、彼の立場の状況はわかったし、 それからジョン・ウー監督がぼくにこの機会を与えてくれたのも、 もちろんうれしかったし、 当然孔明という役もうれしかったですね。 この人物については、実はずっと好奇心と神秘的な感じと、 それから憧れがありました。すごく賢い人だと思っていましたから。 子供のころから知っていましたよ、 どんなふうに賢いかはわからないけれど、とにかく聡明なのだと。――諸葛亮という役は最も神格化されている1つで、 人々の第1印象は、とても不思議な人、というものですが、 あなたが役をつくっていくとき、どんなふうに演じましたか? 武 この知らせを、この仕事が決まったという話を聞いたとき、 撮影中だった「投名状」の仲間たちに、知らせたんです。 次にこういう映画に出ることになったよって。 みんなが喜んでくれました。ピーター・チャン監督、それにジェット・リーも。 そしたら、中国のスタッフの全員が、ジェット・リーも含めてみんなが 君は中国のテレビドラマ「三国演義」を絶対見なくちゃいけない、 唐(国強) 先生が演じた孔明を見なくちゃいけないよ、 と言うんです。必ず見なさいって。 で、こんなに大勢の人が言うんだから、見なくちゃいけないな、と思いました。 実は「三国志」全体の話はあまり詳しく知らなかったので、 演技だけど、この作品で「三国演義」がどういう話か、 早いところ勉強しようと思い、全部通して見ました。 もちろん「赤壁」のところも観ましたよ。 唐先生の登場からの話を見終わって、 その後、自分でも諸葛孔明の伝記の本を何冊か読みました。 読んで気づいたのは、どれも作者が違い、書いた人が違うと、 各内容も少し違ってくるということです。 でも、そのとき考えたのは、どれが正しくてどれが間違っているかではなく、 誰はこう思ったということなんだと。 おそらくこうだったはずだと考えているので、それはそれほど重要じゃない。 だから1人1人の心に少しずつ違った1人の英雄の物語の背景があると思った。 もし、わざわざ言うなら、これがぼくのした勉強です。 その後、現場に行ったら、実は監督の求める孔明像も違っていたことが、 監督の求める英雄同士の関係や物語全体もまた違っている、 ということがわかりました。 監督は、自分の撮りたいのは歴史映画ではないと、 何度も強調していましたから。 この赤壁の戦いの物語を借りて、人物を撮りたいんです。 仲間の良さや団結、人を励まし、希望を与え、夢のある映画を考えていたんです。――原作の孔明は、すごく特徴がありますよね。ちょっと不思議で。 「赤壁」では、実際、あなたは孔明をどう解釈しましたか? 武 (笑) どう言うべきかなあ、この映画をやるんだとなったとき、 すぐ衣装合わせが始まったんです。 ヒゲはいるのかいらないのか……実は、どう言ったらいいかな、 「三国演義」の人物の造型はどれも、あまりにもパターン化していて、 しかもそれぞれの人が自分の想像や創作を加えてしまっている。 それでこれは違う、こうじゃなけりゃと思い、 それぞれに一家言があると思うんです。 でも、ヒゲを捨てられず、扇を捨てられず、孔明像から離れられなかったら ……ぼくが言いたいのは、もし全部それを捨ててしまったら、 それらしくなくなってしまうんだろうか。 何通りも試しました。ヒゲでさえ、いくつも試して、こういう形になりました。 扇も何種類も試しましたよ。 こういう物は、多分誰にとっても、これはこの人だと表わす道具になっている。 ぼくにとってはこういうものが、実際ぼくにちょっと自信をくれました。 初めてだったからプレッシャーもすごく大きかったけれど、 こういうものを身につけると、例えばヒゲとか、 ある自信のようなものが自然に生まれてきて、 自分が今何をしているのかわかったんです。――この映画では、トニー・レオンとの演技が一番多いですか? 武 そうとも言えません。というのは、ぼくには劉備との場面もありますから。 トニーはトニーでそちらの物語があり、ぼくにもぼくの側の物語があります。――しかし、原作では「天はなぜ周ユを生みながら、なぜ諸葛亮をも生んだのか」 というような話がありますよね。 こういう関係ははっきりあるのですか? 武 ないんです。何と言うか、さっき、監督が撮るのは「三国」の歴史ではない と言ったと思うんですが、 監督の解釈の視点は、ぼくはとてもいいと思います。 監督は多分、孔明と周ユ、あるいは曹操といった英雄たちは、みな英雄と言っていい、 実は互いに認め合っていたと思っているんじゃないかと思います。 できることなら良い仲でありたい、敵にしたくないと思っていたんじゃないかと。 ただ、今はこの戦乱の時代で、それぞれ主君を持っているから、 主君のためにこういうことをしなくちゃならない。 だから、それぞれの地に分かれて垣根を作ることにならざるを得ない。 ですから、実は孔明が言いたかったことは、 みな、互いに相手を認めている、自分達は呉と連盟を結んだところだから、 周ユと孔明の関係はもっとよいものでありたい。 でも、それでもやはり利益が衝突することもあるかも知れない。 分かりませんよ(笑) 、やはり英雄は英雄で、2人ともすばらしいです。 だからおそらく傍から見た人が、 きっと「周ユを生みながらなぜに」と考えていると思ったのかもしれない。 わかりません、はたから見た人の考えでしょう。――ジョン・ウー監督の映画は全部見ていますか? 武 全部ではありませんが、主な映画はもちろん全部見ました。――彼の映画はたぶん、香港でも非常に特徴的だと思いますが、 男同士の情ということを、あなたはどう評価しますか? 武 どう評価するか? なんとも評価はしません。彼には彼の味わいがあると思う。 彼の、何と言うか、特有の撮影方法と、彼の、 彼は俳優1人1人の特色をとらえることができますが、 技術はやはり他とは違っていますね。 彼自身の特質は、たくさんの作品は全部男と男の、 仲間同士の義侠心のドラマで、いいなと思います。 たぶん一種のジョン・ウー的なものでしょう。 それはこの映画でも感じます。 実際、監督は男の魅力をつかむのがとても上手です。――多分観客は、あなたがこれまで演じてきた作品は、 ジョン・ウーの風格とはちょっと違うと思っていると思いますが、その点はどうですか? 武 その点は、ただ、今回は時代劇で、監督のこれまでの 銃をとってというのとは違いましたから、あまりいろいろ考えませんでした。 ジョン・ウーだから、どうすべきかとは考えたくなかった。 別のものですから。――これの前の「投名状」もこのような大型の時代劇だったと思うんですが、 以前、こういいう映画はすごく大変だと言っていましたよね。 夏に頭巾をかぶらなきゃならなかったり、厚ぼったい服を着なきゃならないとか。 武 とても大変。やっぱり大変(笑) 。 ぼくは辛かったけど、他の人はみんなぼくよりもっと辛かったと思う。 だって、甲冑も着なくちゃならないし、アクションはあるし。 そういう点では、ぼくは楽な方でしたね。全部ドラマ部分でしたから。 とはいえ、酷暑の中で、衣装はすごく厚くて、 ぼくにとってはドラマしかなかった、ドラマ演技がすべてで、 しかもそれを通して孔明を演じ出さなくてはならない。 ですからプレッシャーはやっぱりすごく大きかったです。――多分、中国語圏の観客は、みなあなたの演技を見たがっていると思うんです。 でも、あなたが選ぶ作品はすくないでしょう、。 今、選ぶ基準があるとしたら、どういうものなんでしょうか? 武 縁がすごく大事だと思うんです。 だって、「赤壁」もそうで、選んだものではなく、 突然人がチャンスをくれたものですから。 ちょうど時間があったから、出演することができたし、すごく面白いと思った。 もちろんジョン・ウー監督の魅力もすごく大きかったし、 ストーリーもすごく魅力的で、役にも心をひかれ、 ちょうど時間があってやることができた。縁なんです。 昔から、ぼくは自分から何と何の映画をやろうとか計画したことはない。 全部、大監督がぼくにチャンスをくれたから、 ぼくは、やりますとか、やりませんとか言うことができたわけです。―― トニー・レオンとは以前にも共演しているので、比較的気心が知れているでしょうね。 演技面では、私達もたくさんのトレーラーで、周ユとの間の対面や微笑みや あるいは友人同士の気持ちの通じあいといったものを目にしました。 武 それはありました。ぼくらは「傷城」撮影中は割と仲良く、 すごくよく心が通じ合っていました。 今回の内容は三国で、それぞれの役で英雄を演じましたが、 それ以外では、撮影現場でもリラックスしていました。 リラックスすべきところではリラックスしてました。 この作品のおかげで、たくさん、新しい友人と、 大陸の大勢の有名な俳優さんたちと知り合うことができました。 彼らの演技はとても良くて、現場で一緒に演技をするときは多くのことを学べたし、 はっとすることもありました。 もちろんトニー・レオンとも、今回の映画を通じて、感情面でもどんどん親しくなって、 このチャンスがあったことをうれしく思っています。――金城さん、ありがとうございました。 武 ありがとうございました。 BBS ネタバレDiary 13:00
2008年07月05日(土)
一番ハンサムな諸葛亮(今日早報)●「投名状」ディレクターズ・カット版DVD
やっと休日。 遅ればせながら、面白かった記事を少しずつアップしていけたらと思います。 次の大陸の記事は、金城武の経歴に間違いがあるけれど、まじめな記事だと思います。 LOOK! 史上最もハンサムな諸葛亮 中国人にとって、諸葛亮はほとんど神様である。 どんなことに直面しても、自ら出向いて敵をやっつけなくとも、 ただ羽扇を一振りし、将棋盤を並べれば、 「談笑する間に強敵は灰となり消えてなくなる」、なんとスマートなことよ。 マスコミの記者の目には、金城武はハンサムの代名詞である。 もちろん、神秘的という言葉を付け加えることもできる。 生まれ持っての美貌と透明感のおかげで、名監督たちから主役として引っ張りだこだ。 だが、それなのに外界のことには耳をふさぎ、「オタク」生活を楽しんでいる。 大海原のひとしずくとなり、ひっそりと蒸発してしまおうとするほどだ。 このようなミステリアスな美男子に、中国人なら誰でも知っている 聡明な伝奇的人物を演じさせるというなら、 好奇心でいっぱいにならざるを得ない。 「本当は……みんなが心の中で想像している諸葛亮を 演じられないのではないかと、とても心配だったんです」 7月10日の「赤壁」の全国公開まで1週間に迫っても、 金城武は相変わらず非常に慎重だった。 このような心境は、逆に、諸葛亮が「出師(すいし)の表」で 「命を受けて以来、夙夜(しゅくや)憂歎(ゆうたん)し、付託(ふたく)の効あらず」 と書いたことと、似ているところがある。彼の「初めて」 漫画で「三国志」を知る 「諸葛亮」を演じることは、金城武にとっては不思議なこと、 ジョン・ウーにとっても冒険であった。 日本で生まれ、だが日本語はうまくなく、 金城武は両親と中国に戻るが、北京語の発音は標準的でない。 彼はまたアメリカに行き、英語を話す。 このように文化環境が、人に金城武が諸葛亮を理解できるのか、どうしても不安にさせるのだ。 幸い、彼は眉目秀麗で、バタ臭すぎるという声もあるけれど、しかし外形的には 「身の丈8尺、顔は冠の白玉の如し」という諸葛亮にはぴったりだ。 「史上最も美男の諸葛亮」と言える。 「この役をやることになったときには、確かにあまり三国のことを知りませんでした」 金城武には4度、インタビューしたことがある。 口数は少ないが、いつも大変率直だ。 彼は、初めて三国志に触れたのは子どもの頃読んだマンガで、その後はコンピュータゲーム、 きちんと学んだことはないと言う。 彼の心には、諸葛亮の「己を管仲、楽毅になぞらえる」自尊心などなおさらない。 「赤壁」出演を承諾したのは、ただ1つ、ひかれるところがあったからだと話す。 それはジョン・ウー監督だ。 「出演のオファーを受けた当初は、すごくプレッシャーを感じました。 こんな有名な歴史上の人物を演じなくちゃならないというので、 自分が、人々の想像する諸葛亮を演じ出せるのか心配になったんです。 でも、ジョン・ウーの映画は好きなんです。 「ブロークン・アロー」「フェイス・オフ」「男たちの挽歌」……彼が撮る男性映画は最高です。 それに長年ハリウッドで仕事をしていたから、 中国人俳優が一緒に仕事をするチャンスは本当に少なかった」 金城武のジョン・ウーへの尊敬は、昨日今日のものではなかった。 尊敬するだけでなく、金城武はやはり非常にまじめな俳優だった。 諸葛亮をよく知らないので、彼はすぐにいろいろな版の本を読み、 ドラマ「三国演義」を全回分見たほどだ。 月日が経つうち、彼には自分なりの「研究の成果」も出てきた ――「小説に描かれた諸葛亮は、史実とは違っています。 前は、諸葛亮を神のようにとらえていたけれど、実は彼も人間。 機略に優れ、博識で、だから聡明な人なんです」彼の「感慨」 トニー・レオンの方がもっと諸葛亮らしい 「赤壁」がクランクインする3か月前、金城武は北京で「投名状」の撮影中だった。 北の冬は非常に寒く、いくら暑い服を着ても凍えた。 続けて「赤壁」の撮影に入ると、なんと、事情はもっとひどかった ――あいにく北京の夏にぶつかったのである。 毎日、高温の中、厚ぼったい時代衣装を着ねばならず、蒸し暑さに物も言えず、 おまけに主役が多すぎて、メイクを終えても、出番まで長いこと待たねばならなかった。 一番苦しかったのは、いざ出番のとき、突然、どう演じてよいかわからなくなることだった。 「どうしゃべったら、それらしいだろう? どう歩いたらいいだろう? ……今回、時代衣装を着て、でもアクションはないという初めての経験だったので、 本当に変な感じでした。 ドラマシーンのセリフは、初日の出番のときは、暗記で頭が痛くなりました。 突然、自分が何にもできなくなったみたいでした」 金城武はジョン・ウーに教えを請い始めた。 ただ、質問がだんだんしょっちゅうになっていったので、 外部に「撮影時、文句が多かった」というゴシップ種を提供してしまうことにもなったのである。 「実際、ほとんどの人が、ただ、ぼくが現場で質問好きだったという噂を聞いてるだけで、 でも、ぼくと監督がとてもうまく行っていたことは知らない。 はたで見ている人がぼくらのことをどう取りざたしようと、 ぼくには本当にどうしようもできないんです」 芸能界で長年悪戦苦闘してきたのに、こんな小さなことで金城武を非難できるだろうか。 諸葛亮の伝奇がいろいろ伝えられるのは、彼が超人的な知恵を持っていたということだけではなく、 「生ある限り国に忠勤を励む」精神にもよる。 しかし、ジョン・ウーの「赤壁」では、人並み外れた才能のある諸葛亮は いつも張飛にいじめられ、曹操には「田舎者」と嘲笑される。 また周ユの目に映った彼は、小動物が好きで、 馬の出産も扱えるし、鳩を洗ってやったりもする。 不意に周ユが「鳩が風邪ひくんじゃないのか?」と諸葛亮をからかう。 このような諸葛亮は、明らかに観客の固定観念とはどんどん離れていくものだ。 金城武にどう評価するか、たずねると、数秒考え込んだあげく、やっとこう答えた。 ――「やはり観客に聞いてください。実はぼくは全然諸葛亮に似てないです」 どこの誰が、では似ているのか? 金城武はトニー・レオンを挙げた。 「彼は演技を教えることはできないけど、 自分の演技を通して、こういう演技のやり方があるんだと感じさせる、 あるいは、どうしてそういう演技を思いつかなかったんだろうかと、 自問させることができる。 だから、彼の方がもっと諸葛亮に近いと思います。 もともと、この役は彼にあてられたものでもあったんですから」(江波・文/今日早報 2008.7.4) ●「投名状」ディレクターズ・カット版 私にとってはビッグ・ニュース。 香港王のサイトに予約商品として紹介されてました。7月8日発売予定。 いつのまに作ってたのかしら。 詳細を見ると、これは観たい。 リージョン・フリーのデッキも、いよいよ買わねばならなそうです。 BBS ネタバレDiary 23:20
2008年07月04日(金)
緊張する武●チャン・チェンの話●この2人
「赤壁」北京プロモでのインタビュー、2つとも、長い……。 まず、短い話題から。 諸 葛亮役の金城武はカメラに向かうと非常に緊張する。 「赤壁」撮影中は敏感で、スタッフでない写真やビデオのカメラがあるだけで演技ができず、 またマスコミ記者がたとえ草むらに隠れていようと、かぎつけてしまったという。 昨日、普段はどことなく憂愁を帯びて見える金城武が、いったん写真撮影となると、 たちまちかしこまった表情になり、座っている姿勢まで変わってしまうのに気がついた。 顔中でこう言っているのだ:「緊張しています」(竟報網から 2008.7.3) ●チャン・チェンの話 今日の捜狐娯楽の記事にチャン・チェンが金城武について 語っている部分があって、それがこれです。 チャン・チェンと金城武は初めての共演だが、いささか出会いが遅かったのを残念がる。 チャン・チェンは、 「ぼくたちは年も同じくらい、経歴や背景も似たようなもので、しかも同じ天秤座。 すごく似たところがあります」と言う。 チャン・チェンが「赤壁」に参加して最初の撮影の日は、金城武にとっても初日だった。 2人はまだ互いによく知らず、2人の場面ではやや緊張があった。 チャン・チェンはこう話す。 「彼は非常にかっこよく、セリフを言うとき、まともに彼が見られず、 どこを見ていいかわからなかった」 どうやら金城武版諸葛亮は、まことに史上最もかっこいい諸葛亮の名に恥じないようだ。似た内容の話が「香港電影」と「中国銀幕」に載っています。 2つはほぼ同じ。チャン・チェン(張震)へのインタビューの一部です。 以下は「香港電影」7月号から。 ――金 城武が諸葛亮を演じることには、ちょっと異論が起きたように思いますが。 張震 ぼくは合わないとは思いません。年齢も妥当だし。 でも、ぼくは諸葛亮には読書人の風格だけでなく、 豪放さもいくらかあったと思うし、 言われているほど背が高くはなかったのではないか。 諸葛亮は実はあの扇が特徴で、扇を手にした味わいと、いろいろなことができたことで、 監督もあの扇をうまく使っていて、とても面白いんですよ。 それと、金城武の目がビリビリ来るんです。――あなたもそう感じましたか? 張震 はい。初めて彼と共演しましたが、すごく魅力のある俳優だと思いました。 最初の共演シーンでは、彼の目がビリビリと強いので、 まともに見られなかったくらいです(笑)。すごく不思議な感じでした。 彼は、演技のときと普段とが違っていて、あっというまに別の人間になるんです。 実はトニー・レオンもビビッとくるけれど、前に共演したことがあるから、慣れました。 ●この2人 9:30メディア BBS ネタバレDiary 0:15
2008年07月03日(木)
香港プレミアの動画●新浪インタビュー動画●新予告編
久々に発言をほぼすべて収めた「実録」が出ましたね。 武インタビューも新浪と捜狐、両方で詳しいのが出ています……が、眠くてだめ。 香港の動画も今日になって(?)あります。 ●新浪のインタビュー 11:00 こちらの動画もありました。ここ ●新予告編 18:30 もうこれが最後ですか、ちょっと趣の違う予告編です。 こちら BBS ネタバレDiary 1:00
2008年07月02日(水)
葉錦添のコメント(中国銀幕)●今度は北京●インタビュー動画
香港王でプッシュ中の大陸雑誌「中国銀幕」6月号は、 宣伝文句の通り、「赤壁」の文字通り大特集。 文章も専門的すぎなくて、写真も多いし、大変お得です。 (もちろん、他の中華ショップでも扱い中です) 金城さん関係の文章もいくつかありますが、 その中で美術の葉錦添が諸葛亮の造型について方針を語ったものが、 短いですが面白かったので、アップ。(他の人の造型についてもコメントそれぞれあります) 葉錦添、諸葛亮の造型を解説 金城武が諸葛亮を演じることになった当初、実は心配する人が多かった。 しかし、私にも彼をすっかり諸葛亮にしてしまうことは無理だ。 もし彼が全くの諸葛亮になってしまったら、ちょっと滑稽になってしまうのである。 「赤壁」の諸葛亮は非常に勢いのある、とても特別な人物で、 私はその視点から金城武のイメージを作った。 また、諸葛亮と周ユにはビッと通じ合うものがあることになっている。 それに応じて、諸葛亮には縁に赤い縫いとりをした白い長衣を着せることにした。 実は、この衣装はもともとチョウ・ユンファのために用意したもので、 わざと非常に厚手の布で作ってある。 今、劇中でこの服を諸葛亮がよく着ているが、初めはもういらなくなったと思っていた。 布が堅いから、着るとかさばってちょっと扱いにくいからである。 ところがなぜかわからないが、金城武が身につけるとちょうど良かった。 彼がこの服を着ると、全体がぴったりで、もともと彼のために作ったものに思えてしまうのだ。 チョウ・ユンファのサイズで作っているので、金城武には大分ゆったりしている。 そこで、一種とても落ち着いた感じが生まれた。 仙人のような感じで、しかもふわふわはしていない。琴を弾く時の、あのまっ白い衣装のことではないでしょうか。 初めは周ユの服だったということですね。 ●今度は北京 7:30 既に昨夜、北京で赤壁の慈善パーティーが行われ、 香港のプレミアに出席した方々が登場したそうです。とりあえず写真 。ここ もちょっと。 画質悪いけど、動画 も。 思いがけず、ジェット・リーも姿を現したとか。 明日のプレミアには武は参加できませんが、ピーター・チャンも来るそうです。 ●インタビュー動画 18:45 ああー、こんなの出てますのね。 25分も!? 早く家に帰りたいです。捜狐娯楽播報「孔明を演じられただけで満足」 プレミア�� プレミア続き 写真 ここも もっと 若々しくて可愛い武(^^) BBS ネタバレDiary 1:50
2008年07月01日(火)
香港の記者会見(赤壁)
香港での記者会見では、映画よりもトニー・レオンの結婚話にマスコミの関心が集中した、とあり、 充実した話はあまり紹介されていません。 その場に関係あろうがなかろうが、ニュースネタが見つかりさえすればいいんですかね。 数少ない中から、武との問答の紹介の記事が1つ。 これも、監督との不和なんて、根も葉もないネタについて聞いていて、 空しいです。 金 城武が撮影現場で意見を言うことが多く、ジョン・ウーとうまくいかず、 あまつさえ映画のプロモーションを欠席するという噂について聞かれた金城武は、 否定してこう言った。 「事実ではありません。そういう事実はないです。 ただの噂で、監督とはとてもいい関係にあります」――現場ではいろいろと意見を言ったのですか? 武 受け止め方でしょう。 ぼくの初日はチャン・チェンとのセリフがすごく多いシーンで、 現場に行ってすぐリハーサルでした。 でも、監督はぼくに十分やらせてくれました。――監督と再会して気まずくはありませんでしたか? 武 いや。どうして気まずいんですか? 彼はまた、内面演技はアクションよりも難しいけれど、 他の出演者が重い甲冑を着ているのを見ると、 自分は着なくてよいのを神様に感謝した、と率直に言い、 「こんなに苦労して撮影して、それなのにマイナスの報道をされるのは 残念ですが、どうしようもありません。 映画に出るたびに噂を流されます。 でも自分の本分を尽くすことの方が大切です」とはっきりと言った。 金城武はまもなく日本で映画とCMの撮影を行う。 そのため、北京と台北のプレミアにしか出席できない。 隣に座っていたチャン・チェンも、 金城武とジョン・ウーの中が悪いのは見たことがないと言ったが、こうも語った。 「金城武はアイデアをたくさん持った人だと思います。 監督ともいろいろと話をしてコミュニケーションしていました。 ぼくも監督とコミュニケーションをとるけれど、ただ、やり方が違うだけです」 トニーの結婚のことを知っているかと尋ねると、2人とも口をそろえて、 新聞を見て初めて知った、と笑って言った。 金城武にどんなお祝いをトニーに送るかと聞くと、笑って「赤い爆弾を」と答えた。――もう知らせをもらったのですか? 武 いいえ。(新浪娯楽 2008.7.1) 映画の撮影でしょうか。ドラマってこともあるのかな? 別の部分、メディアが出ています。 そこでの武の発言部分(終わりの部分です)。 もし、他の役をやるなら何がいいか、と聞かれたんじゃないでしょうかね。 「孔 明はとても好きだし、素晴らしいと思うし、神のような感じがしてました。 だから今回演じる機会を得て、それだけで嬉しかったです。 で、もし他の役をやれるというなら、そうですね……曹操ですね(笑)。 同じだと思うんです。 多分、みんな同じように思っていて、悪人と言うこともできるかも知れないけど、 誰の立場から見るかだと思います」(新浪娯楽 2008.7.1) BBS ネタバレDiary 23:40