武ニュースDiary


* このサイトはリンクフリーです。ご連絡はいりません。(下さっても結構です。^_^)
* 引用は、引用であるとわかる書き方なら、必ずしも引用元(ココ)を表示しなくても構いません。
* 携帯からのアドレスは、http://www.enpitu.ne.jp/m/v?id=23473 です。
* 下の検索窓(目次ページにもあり)からキーワードでDiaryの全記事が検索できます。
* バナーは世己さんから頂きました。
* Se inter ni estus samideanoj, kontaktu al mi. Mi elkore atendas vin, antauxdankon!


目次|前の記事|新しい日記


2009年02月20日(金) 「如果・愛」について

昨日までのピーター監督の記事を読んで大陸ファンはこんなふうに感想を。
いくつか紹介してみます。



読み終わって、すごく感じるところがありました……
武の性格は、あまりオープンにしたがらない。
彼が心に抱えている辛いことは、誰も知らないんだ。

どうやらピーター・チャンの人を見る目は一般的基準とは違っているらしい。
私も、「如果・愛(ウィンター・ソング)」で受賞すべきなのは、ただ1人、金城武だったと思う。
なぜなら、彼は主人公をとても純粋に演じたからで、
ジョウ・シュンはやはりスターになってしまい、役者ではなかった。
ジョウ・シュンはいつも、悪い役を愛すべき人物に感じさせてしまう演技を好む。
はっきり言えば、観客に自分を好きにならせ、また演技がうまいと思わせるということだ。
こういう役者はいい役者ではない。
金城武の方は、「投名状」を見終わって私がまず感じたのは、いい役者だということだった。
彼の頭にあるのは、その役を、人に評価されるように演じて自分を好きにさせることではなく、
この役はこの役として、監督が欲しい役として演じることなのだ。
純度の高い役は、観客にはあまり喜ばれないかもしれない。
しかし、観客が最後に、最も感動するのは、やはり彼が演じたものであると、私は信じる。
心をこめて真心で演じさえすれば、人は必ずわかるものだ。
チャン監督は決して残念がらなくてよい。

私は前から、「如果・愛」と「ラヴソング」は同じタイプの映画ではない、
比べられないと思っているが、それでも「如果・愛」の方が好きだ。
もし、ヒロイン役をもっときれいな女優にするなら、もっと完璧だ。
ピーター・チャンは金城武を本当に理解する監督の1人である。
彼の外見だけでなく、素質に対しても、こんなにその本質を理解できる人はめったにいない。

彼らは2人とも愛すべきことを言う人たちだ。
「投名状」の撮影でチャン監督は大きなプレッシャーを抱えていた。
武が監督に言った、ぼくにこれはやる価値があるよといいませんでしたっけ?
彼ら2人ともに天真爛漫で素朴なキャラクターの人だと思う。


昨日の記事でインタビュアーが、ジョウ・シュンの演じた孫納像を指して、
「でも、そここそが、この映画で一番心温まるところだと思う人は多いですよ。」
というのは、その通りで、打算に満ちた冷たい女に見えて、
その心の真実は……と受け取れる部分が、確かに孫納を「愛らしい」人物にしていました。

しかしそれは、ピーター・チャンが描こうとしたものではなかった、というところに
面白さを感じました。プロモーションでは、まさにそのことをもって
ジョウ・シュンをほめる言葉にしていたのに。
「自分とジョウ・シュンは普通の出来」と、何度か言っていたのは、
そのことだったのでしょうか。

孫納を愛すべき人物としたことで、観客にも温かいものが流れた。
しかし、北京に行ってからの孫納の心理がよくわからない、という観客も少なからずいましたね。
その疑問もまた正しかったということかも。

「如果・愛」は、恋人が別れ、再び出会った時には一方には愛人がいる。
しかし、出会いが2人を再び結びつけつものの、また別れがやってくる――
という単純なストーリーで、それだけに、その心の内、物語の意味は、
描き方、俳優の演じ方で、幾通りにも描き分けられうる。
そういう目で映画「如果・愛」を見直すと、見どころいっぱい、
非常にスリリングなのではないかと思いました。




 BBS   ネタバレDiary  1:20


2009年02月18日(水) アルマーニ看板&リメイク話●ピーター・チャン、涙を流す��

赤壁戦記2007(ブログ)さんが、香港のアルマーニ看板人気を伝える
太陽報の記事を素敵な看板の写真と一緒に紹介されています。
せっかくなので、その全文をご紹介してみます。


万人のアイドル金城武の素敵な美男子ぶりは、
年齢を問わずファンの心を引きつけており、
最近では、ファッションブランド、エンポリオ・アルマーニのイメージキャラクターとなって、
超ハンサムな宣伝写真が撮影され、春夏新製品の看板になっている。
広告代理店は当然、その素敵な姿を様々なポスターにして、店頭に張り出しているが、
中には外壁に掲げられた巨大ポスターが、客を引き寄せている店もある。

噂では、台湾、日本、韓国のツアー客が大量に香港にやってきて、
必ずその店にガイドが引率するとのことだ。
実はツアーの女性ファンたちが、アイドルに「会い」に行きたいと要求するからだ。
そして巨大な金城武との「ツーショット」をカメラに収めた後、
ガイドは多くのチップを手にし、香港経済が潤うことになる。

ファンだったら、ポスターとのツーショットだけで満足できるわけがない。
アイドルを我が家に連れ帰り、朝晩顔を見られるに越したことがないのは当然である。
そこで、広告代理店には電話での問い合わせが多数寄せられ、
金城武のポスターを購入したいと言ってくる。
男性も女性もおり、男性は彼女を喜ばせるために、
また女性の中には香港のセレブたちもいて、高値を付ける。
しかし店の広報係は、どんなに金を積まれても販売はしない、
それは転売や不法な使用によって、企業と金城武のイメージと名に
悪影響があるのを避けるためだと、記者に語っている。
(太陽報 2009.2.17)


私も看板見物にだけでも行きたいぐらいです。
ああ、日本でも実現して欲しいなあ。
別の話題ですが、同じ太陽報にこんな短い記事がありました。
元記事はどこなんでしょ?


「スパイダーマン」で有名な監督サム・ライミが、チャン・イーモウ監督、
金城武、チャン・ツーイー共演の武侠映画「LOVERS」をリメイクする。
だが、ニュースではプロデュースなのか監督するのかは触れられていない。
このニュースが伝えられると、ネットではコメントが相次ぎ、
中には「LOVERS」のリメイクはすべきでない、ライミは製作をやめろと言うファンもいる。
(太陽報 2009.2.18)



●ピーター・チャン、涙を流す��  23:20

最終回です。


「如果・愛」は愛を徹底的描いた。
もう恋愛映画はやらない


音楽時空 では、あなたの初めての大陸での作品「如果・愛」は、儲かりましたか?

ピーター 儲かりましたよ、予想以上にね。
実は「如果・愛」も冒険だったんです。「投名状」よりももっと冒険だった。
製作費は「投名状」よりも少なく、7、8000万に過ぎなかったとはいえ、
あれは芸術映画でしたから。
でも、日本だけでも200万米ドル稼ぎました。
あの2年ぐらいはちょうど日本映画が低調で、韓国映画もヒットせず、
ちょうどいい時期に当たったんです。
だから、映画が売れるか売れないかは、一番関係あるのは映画の質じゃなく、
映画の売り方とそのときの映画の市場環境によるんです

音楽時空 しかし、私たちが目にすることのできる「如果・愛」の
内地での興行収入は、わずか3000万元です。


ピーター でも、「如果・愛」の内地での成績は、
この映画の総成績の100分の10に過ぎないんですよ。
「投名状」の方はところが100分の30から40を占めている。

音楽時空 なぜ、こんな質の高い「如果・愛」が
内地では売れなかったのか、考えたことがありますか?


ピーター 実は映画が売れるか売れないかは、
いい映画かそうでないかとはあまり関係ない。
どのくらい宣伝したか、同時期の競争相手は何だったかを見なくてはなりません。
例えば今、ぼくの映画で一番人の口にのぼる「ラヴソング」と
全くそっくりな映画を今撮ったとして、3000万元より多く稼ぐと思いますか?
絶対ないですね。

「如果・愛」の公開8日後に、もう一度映画館に見に行ったら、
映画館はもうスクリーンをくれなくなっていた。
1スクリーンだけ、多くても2回上映です。
映画館が、そもそも競うチャンスを与えてくれない。
(「如果・愛」公開後2週間後に「無極(プロミス)」が公開されたのだ)

実は真の映画ファンは、ほとんどが家で海賊版を見るんです。
たいていの場合、家で見る海賊盤こそが監督編集版なので、
映画館に行くのは、大がかりなシーンを見たいか、
にぎやかなところに行きたいからなんですよ。
ぼくはこれが中国市場の特色だとずっと思ってきましたが、
実は世界全体の流れがこうなんですね。

音楽時空 そのような状態はあなたにとって更なる打撃ですね。

ピーター では、どうしたらいいのか。この業界に入ったからには映画を撮りますよ。
ぼくは今カンフー映画を撮ったわけではない。
バランスの取れるところを探して努力を続けるだけです。

音楽時空 また恋愛映画を撮る計画はありますか?

ピーター 多くの人が「如果・愛」は失敗作だと考えていますが、
ぼく自身はとても誇りに思っています。
ぼくにとって、この映画は最も個人的なもので、
最も徹底して撮った恋愛映画でもあります。
「ラヴソング」はやっぱり糖衣にくるまれていて、残酷さが十分でなかった。

実は「如果・愛」を撮っていたとき、
孫納に対するジョウ・シュンの理解とぼくの理解が違っていた。
ジョウ・シュンは残酷さが足りなかった――やっていることは残酷だが、
そこから導き出されるものは、あまり残酷じゃない。
本当は、ある年齢になれば気がつくようになるもんなんですよ、
愛はそんなに理想的なものじゃなく、時間には抗しえず、
利益が目の前にぶら下がれば、必ず負けてしまうってことにね。
これこそが「如果・愛」のテーマです。

実は「ラヴソング」の撮影では、ずっとこのテーマを語っていたんですよ。
主人公たちは、ただ縁があっただけ。
マギー・チャンとレオン・ライの愛は十分だったと思いますか?
いいえ、十分だったら、マギー・チャンは何度も彼を捨てて行ったりしません。
だから愛はあてにならないと言うんです。
しかし、愛に悪者はいるのか? 愛に悪者はいない、あるのは偽りのない気持ちですが、
ただその種の真情はそんなに立派なものじゃあない。

ところがジョウ・シュンは、そういう本音を立派過ぎるものに演じてしまった。
本当は、スターになった後の孫納は、あの日の記憶に対し、
あんなに恋々とすべきではないんです。
もし、彼女まであんなふうに後ろ髪をひかれていると、
金城武が演じた林見東と違いがなくなってしまいますから。

音楽時空 でも、そここそが、この映画で一番心温まるところだと思う人は多いですよ。

ピーター そうですね。だから、もし映画をぼくの考え通りに撮ったら、
気に入らない人はもっと増えるでしょう。
だから、やっぱりもう恋愛映画は撮らない、若い人たちに残しときましょう、
彼らは愛にまだ理想を持っていますから。  (完)
(音楽時空 2009.2.9)



 BBS   ネタバレDiary  13:30


2009年02月17日(火) ピーター・チャン、涙を流す��

この記事、あと1回。


「投名状」の最初の予算は8000万元
金城武を主演にしたかった


音楽時空 あなたが、「投名状」の撮影中、プレッシャーが大きくて、
途中で放り出したことがあるという報道がありましたが。


ピーター そういう感じでしたけど、本当に放り出したわけではありませんよ。
ぼくは取り乱すことがめったにない人間なので、撮影現場で怒ることもほとんどない。
人を罵る者のほうが、罵られる者より恥ずかしいと、常々思っていますし、
現場をほったらかしてしまったら、結局貧乏くじ引くのは自分ですよ。
戻ったとき、すごく気まずいでしょう。

音楽時空 「投名状」であなたは気落ちしたそうですが。
今までのところ、まだ儲かっていないので。


ピーター 損してるとは言えません、まだ上映されていないところが
たくさんありますから。
今、基本収支はややマイナスというところですが、
北米がまだどこも上映されていない。交渉中です。

音楽時空 なぜ、今日に至るまで遅遅として上映されないのですか?

ピーター 中国語映画が既存の固定されたイメージから抜け出ようとすれば、
必ずこのようなこのような状況に直面することになるだろうとは、
実は最初から意識はしていました。
ぼくの映画がどんなに出来がよいかなんて言えないけれど、
しかし、これはジェット・リーの演技が最も深みのある映画だとは思っています。
「投名状」は芸術映画ではないが、伝統的な意味でのカンフー映画では、もっとない。
成熟した映画市場では、作品が良ければ良いほど、
商業上の障害も大きくなるでしょう。
もちろん、この「良い」というのはヴィジュアル的な良さではなく、
芸術としての質の良さです。
ですから、このカセを破ろうとするからには、
冒険をせざるをえないというわけです。

音楽時空 あなたのおっしゃる冒険とは、ジェット・リーを長兄役にしたことですか?

ピーター ジェット・リーを、従来のジェット・リーの役とは違う映画に出演させたことです。
外国の観客と国内の観客では視点が違い、
中国のカンフー映画がアメリカのメイン市場に参入しようとするなら、
必ず従来の決まったタイプに合ったものでなければならない。
少数派向けの文芸映画でない限りね。
しかし、少数派向けの文芸映画は、確かにジェット・リーが出るようなものじゃない。
だから、こんなやり方は、絶対冒険になりますよ。

音楽時空 どうして冒険しなくちゃならないんですか。
伝統的なやり方で撮らないんですか?


ピーター もし、伝統的なやり方でやるんなら、多分ぼくにやらせちゃだめでしょう。
ぼくはそういう監督じゃないですから。
実際、今回の「投名状」の撮影は、ぼくにとっても、中国映画にとっても、
冒険でしたが、どちらもこの危険を冒したかった。
もし、この方式が北米で成功したら、中国映画の行く道は広がり、
いつまでも空中を飛び回っていなくてよくなるわけですから。
「投名状」はアジアでは空前の成功を収めたと言っていいし、
ヨーロッパでも売れ行きは良かった。今最もカギとなるのが北米です。
きっとジェット・リーのカンフー映画より高くは売れないだろうことは、
ぼくらはわかっている。だって、カンフー映画じゃないし、
それどころかアクションシーンも少ないんですから。

音楽時空 ジェット・リーを使わないで、費用を安くしようとは思わなかったんですか?

ピーター 本当言うと、俳優はぼく1人で選んだわけじゃない。
もし、ジェット・リーがこんな多額のギャラに値しないなら、
どうして出資者が金を出しますか。
実は、最初は、こんな大作に撮ることになるなんて思ってもいませんでした。
当初の予算は1000万米ドルで、金城武を長兄役に、
その他をニコラス・チェーなど、もっと若い俳優を使うつもりだったんです。
ところが出資者は脚本を見て、若手俳優では重みが足りないと感じた。
この重みというのは集客力ではなくて、ああいう男らしさが不足だということです。
しかし、ぼくが年齢のレベルを引き上げて、40歳過ぎにしたら、
値段もとたんに上がってしまったわけですよ。  (続く)


 BBS   ネタバレDiary   23:00


2009年02月16日(月) ピーター・チャン、涙を流す��

さらに続く。


ずっと大物スターと仕事
ジャッキー・チェン、チョウ・ユンファと縁がないのは残念


音楽時空 昔、UFO時代、あなたはプロデューサーもしていましたね。
プロデューサーの責務とは一体なんですか?


ピーター 当時ぼくがやっていたプロデューサーというのは、
事実上は製作業務でしたね。
UFOは19本の映画を撮りましたが、どれもぼくが出資者を探し、
資金が調達できたら1本撮る、というもので、
ぼくは出資者側を代表しなくてはならなかった。
出演者の人選と脚本選びの責任者でしたが、実はほとんどの場合、
オーナーは金がないので、まず前借りをする。
後のことは撮ってから考えるしかなかった。
5本分の資金を前借りして、目の前の1本を撮るということもありました。
資金が足りなきゃ、ぼくの責任でした。

音楽時空 借金したんですか?

ピーター ええ、ものすごくね。UFOが終息したとき、
ぼくらには約2000万元の赤字が残り、5人で割って、1人数百万元かぶりました。
その頃の数百万は、決して少ない額じゃありませんでしたよ。

音楽時空 どうやって返済したのですか?

ピーター 借金取りに追い回されることはなかったです。
ぼくはUFOで何本も映画を撮り、どれにも監督への支払い分はありましたが、
自分の会社ですからね、生活費分を少しもらう以外は、まず会社に入れましたよ。
会社が解散することになっても、ぼくの監督料はなかった。
会社は借金があったので、やめるとき、監督料は1銭ももらいませんでした。
初めから、自分の金は自分のものじゃないと思っていましたよ。

以前は、働かなくても10年ないし8年は食いつなげるだろうと思っていたんですが、
だめでしたね。仕事をしなくちゃ生きていけないので、
すぐにでも始めなくちゃならなかった(笑)。
それでアメリカに行く決心をして、部屋も売り、
その金も一部を借金の返済に当てました。

音楽時空 会社をなぜ解散したのですか? 利益の衝突ですか?

ピーター そういうことはありません。どんな会社だって、
成長後、解散という憂き目をみる可能性はあるものです。
まだみんなが一人前でないときは、集まって1つのことをするのはやりやすい。
熟練すると、必ずそれぞれ自分の方向や理念というものができてくるし、
そのときは会社に借金ができる時期にも当たっているんです。

この債務を誰が負担するのかは、実に現実的な問題ですよ。
当時はちょうど「97」(香港返還)とぶつかっていて、
ある者は中国大陸に戻って頑張ろうとし、ある者はアメリカでやろうと思い、
また、香港にとどまりたいという者もいました。
もちろん、実際もし「97」があんなに早く来なかったら、
ぼくらの解散もあんなに早くなかったかもしれません。

音楽時空 「97」の影響はそんなに大きかったんでしょうか?

ピーター 大きかったですね。当時、香港人にとって「97」は、1つの境界線でした。
あらゆることが、ぼくらにとっては未知だった。
そのころ大陸に行った人間はほとんどいませんでしたから、
状況がわからなかったんです。
ぼくらにとって、「97」は最終期限であり、それ以前に始めたことは、
「97」前に絶対終わらせなくてはならなかった。
それは企業の発展には大きな影響があるものですよ。

音楽時空 しかし、今になって見れば、「97」が
香港の発展に大きな影響を与えたことは、全然なかったんですよね。


ピーター 今になって見れば、全くありませんでしたし、何事も起こりませんでした。


ハリウッドは電影局よりもやりにくい
北京は香港の監督の希望の地だ


音楽時空 スタジオを北京に移した理由は?

ピーター どこでも同じですよ。
なぜハリウッドに行って映画を作らないのかと言われますけど、
実はハリウッドは電影局よりも、もっとつきあいにくい。
ハリウッドの制度は監督をもっとがんじがらめにしてしまう。

中国ではなぜレイティングをしないのか、と、ずっと言われているけれど、
実際は、商業的環境から、たとえレイティングがあっても、
誰も三級片(アダルト映画)は撮らないでしょう。
多分1、2年前だったら出資しようという者もいたかもしれませんが、
日がたてばたつほどわかってきたんです、三級片を撮ろうという人間なんかいないって。
というのは、それを作ったら、大勢の観客を失ってしまう、
進んで監督にそんな危険を冒させる会社はないですからね。

最初、香港で映画を撮り、それから台湾の資金で撮り、
次にアメリカに行ってハリウッド映画を撮り、
はたまた今度は北京に来て撮ろうがどうしようが、
ある制限と規範の尺度の中でできるだけのことをする、ということに変わりはない。
しかし、調整ができた後は、撮れないものなんかないことに気がつく。
100パーセントの自由が欲しいなら、絵を描くか、本を書けばよい。
映画を撮るには必ず資金が必要であり、すなわちそこには圧力があり、
100パーセントの自由は不可能です。

音楽時空 今、大勢の香港の監督が内地に来て映画を撮っています。
多くの昔ながらの香港映画のファンにとっては、
当時の嘉禾(ゴールデン・ハーベスト)や新芸城(シネマシティ)、UFOのような
質感の映画を見なくなって久しいですが。


ピーター ああいう映画は未来永劫、再び現れることないでしょう。
香港の監督のことをいうと、内地のほうが資金が多いから来るのではなく、
香港で撮るものがないからみんな来るのです。
香港というところはそもそも映画産業が立つようなところではありませんでした。
以前、香港映画が栄えた理由は、
非常に特殊な経済的、政治的、文化的雰囲気があり、
それが香港を極めて自由度の高い前衛的な都市としたからです。

音楽時空 その特殊性はどこにありますか?

ピーター 特殊性は、香港が国ではなく、都市であったことです。
大陸は香港に口出しせず、イギリスはなおさら香港にはかかわり合わなかった。
香港は植民地ですから、イギリス人は香港の文化は大したことないと思っていたし、
香港の方でも、そう思われても平気だった。
そこで香港という空間はいっそう自由なものになったのです。

その頃、ぼくらは日本や韓国、マレーシアより、ずっと前衛的だった。
ぼくらには何の悩む種もありませんでしたから。
さらに、台湾と大陸は当時、それぞれの政治背景があり、
そのため、その頃作られた映画には我々ほどの自由はありませんでした。

音楽時空 では、香港映画の没落は、国家の香港への統制が、
今、強くなってきたからなのですか?


ピーター いいえ、今だって口出しはありませんよ。そうでなくて、
問題は中国改革が始まって以降、香港の各方面における重要度が、
アジア全体の中で低くなり始めたということです。
香港映画の輸出先はもうありません。
今東南アジア各国の華僑の第2世代、第3世代は、既に現地人化していて、
もう香港映画を見る必要がなくなっているのです。

香港の600万人が列になって、全員が1回ずつ映画を見たとしても、
1本の映画の製作費を回収することはできません。
100パーセントの人間が映画を見ても元手を回収できないという事態があって、
ぼくら映画を作る人間は、どう撮ったらいいんだろう?
シンガポールに映画産業はあるでしょうか? フィリピンには?
ああいう小さな1地方が、どうして映画産業を持ちうるでしょう。
これはちょうど海水魚を淡水の湖に放つようなもので、生きていけるわけがない。

昔の中国は割に閉鎖的だったので、上海の映画人は香港にやってきたし、
また、香港は、アクション映画によって、中国に代わり
世界に文化を輸出する中継点となり得ていました。
だからこそ、香港映画はあのように、いっとき急激に花開いたのです。
去ってしまった時代は去ってしまったのであり、懐かしむすべもありません。
もう香港映画を見る人はいない。タイも今は自ら映画を作っていますし、
台湾はアメリカ映画ばかり見ている。香港にはこの600万人しかないのです。

ですから北京は、多くの香港の監督にとって発展できる希望の地だと言うのです。
が、北京が香港の市場を奪ったわけではない。
北京がなければ、ひょっとして香港の映画人は転職して
他の仕事をしていたかもしれないでしょう。  (続く)
(音楽時空 2008.12.9)



 BBS   ネタバレDiary   22:30


2009年02月15日(日) ピーター・チャン、涙を流す��

昨日の続きです。

ピーター・チャンは、映画にロマンスを作り出すことに
極めて長けた人であり、またきめ細かな感情をどのように用いれば
観客を感動させられるかを知っている。
しかし、実生活で涙を流すことはほとんどない。
金馬奨での受賞は、ここ数年間で唯一、
彼が感情をコントロールできなくなった瞬間であった。

「そのときはテレビも見ていなかった。
サンドラ・ウーがメールで『終わった、終わった』と伝えてきたので、
授賞式はもう済んだのだと思ってしまい、
そこで黄岳泰と話の続きに入ったんです。
そうしたら突然彼女から電話があり、受賞した、と言うんです。
目が……泣いたというのとは違うんですが、でも、わかりますよね、
つまり目が涙でいっぱいになってしまい、
どうのもこうにもこぼれてしまったというわけです」

「ぼくに言わせれば、『如果・愛(ウィンターソング)』は、
ぼくが最も徹底的に作った恋愛映画であり、
一番心を傾けた映画です。
ところが、なぜかわからないが、あんなに『ラヴソング』を好きな観客が
『如果・愛』を気に入らない、あるいは理解できないんです。

観客にこうこうですよと説明するなんて、当然できませんよ。
観客が映画を理解できないから、
監督が直接観客に説明しなくちゃいけないなんて、
無能の極みだと、ずっと思っていますからね。
しかし、これからも観客とはコミュニケーションがとれなくちゃならない。
『如果・愛』でわかったのは、
観客は、ぼくが好きなものを好きじゃないということでした。
だから、ほら、長年映画を撮ってきたなかで、最大の挫折が『如果・愛』なんです。
稼ぎは多かったけれど、でも僕の中では大きな失敗だと感じている。
それは嫌う人が多いからです。

金像奨では6部門で受賞したけれど、監督賞と作品賞はなかった。
けれど、今まで撮った中で一番気に入っている作品なんですよ。

金馬奨授賞式のとき、ぼくは『投名状』のことで
ものすごいプレッシャーを感じていました。
映画製作であんなにプレッシャーがあったことはなかったです。
撮影中に絶対あれこれ持ち上がるとわかっていたので、気持が大変だった。

そういう状況下で、サンドラが、受賞したよと伝えてきたんです。
以前『ラヴソング』で受賞しているし、そのときも、
今年の『投名状』の受賞のときも、感動して嬉しかった。
でも、感動のあまり泣くことはなかった。
思ってもいませんでした、授賞式の場にいないのに、
賞をくれることがあるだなんて。

後である記者が電話をしてきたんですが、
ぼくが声が出ないでいるのに気が付いて、
『監督、泣いているんですね』と言われて、慌てて否定しました。
こんなことは、本当に生まれて初めてですよ。
ジョウ・シュンに芝居をつけるとき、よく目がうるんだし、
いい映画を見ても感動します。
でも、涙があふれたのは、本当にあのときだけでしたね」  (続く)
(音楽時空 2008.12.9)



 BBS   ネタバレDiary   22:30


2009年02月14日(土) ピーター・チャン、涙を流す��

前売り券が1枚残っていた「レッドクリフPart1」に行きました。
シネマート六本木。
80数席のスクリーンでに思ったより多い人が、
いい感じに入っていました。カップルが目立ちましたねえ。
どうしようかと思ったけれど、がんばってもう一度スクリーンで
見られてよかったです。

そうなると、あと1回! 「怪人」が見たいなあ……
上映館がかなり少なくなっているし、うーん、20日までに行けるだろうか?

香港の金像奨ノミネート。納得していません。
でも、言うとつらくなりますからねえ。
ファンとしてはお利口にならざるを得ません。が、やっぱり納得はできません。

これは、もう去年の記事なのですが、ピーター・チャンの話が興味深かったので、
長いけれど、やってみます。
特に武のことを言っているわけではないんですが。
ピーターさんの作品があまり好きでない人は読んでも面白くないと思います。
私は、なんか、ああ、そうなのかとわかった気のするところもあって、
大変面白かったです。



ピーター・チャン:
「あのときは、ただ1度だけ、涙をながしたときでもありました」


ピーター・チャン、唯一度、涙を流した経験を語る

大陸の多くの監督たちのように、ピーター・チャンもスタジオを
北京、東三環の万達広場付近に置いた。
今年初め、仕事の中心はすでに大陸に移したと公言していたけれども、
スタジオで仕事が行われている景色は相変わらずない。
午後4時の取材の約束のために3時半にスタジオに着いたとき、
彼はまだ大陸のプロデューサー、黄建新と脚本会議中だった。
4時ちょうど、取材を受けるため、部屋に入ってきた。
1時間の取材が終わると、彼はまた会議室に戻り、会議を続けた。
黄建新はその間、まるまる1時間半、ピーター・チャンを待っていたのである。

「投名状」からこの1年、ピーター・チャンは
香港と北京をひんぱんに行き来していたが、
彼にとって、2008年は思索の1年であった。

「この1年の成果はどうだったかというご質問ですが、
会社の今後3〜5年のきちんとした方針を立てることに
注いだようなものでしたね――1年間本当に何もせず、
じっくり考えるなんてことはめったにありませんよ。
今年の1月から5月までは、
会社の方向を決め、脚本に目を通すことに専念していました」

そして「如果・愛(ウィンター・ソング)」と「投名状(ウォーロード)」の成功と、
さらに香港の映画産業及び映画市場がどんどん先細りになっていったことが、
彼の、北京に大本営を設ける動きを加速したのだった。
「サンドラと娘がちょうど帰ったところです。2人はここに10日間いました。
将来必要になれば、サンドラと娘さえ構わないなら、
北京に引っ越してくることを考えています」

2006年11月25日、北京に初雪が降った。
その夜、ピーター・チャンは、収集した戦争に関する資料映画を
カメラマンの黄岳泰と一緒に見ていた。
次の作品「投名状」の中の戦争の場面の撮影準備のためである。

このとき、「投名状」の製作費は、目標だった1000万米ドルから、
3000万ドルへと膨らますことがもはや既定事実となっていた。
そして彼がジェット・リーのために設定した、従来のイメージを覆す役柄に、
出資者はまだ不安を捨て切れていなかった。
外部の疑惑の目と自分自身の恐れ、これにどんなプレッシャーが加わっても、
彼を徹底的に打ちのめしかねなかった。

このとき、まさに、サンドラ・ウーは、台北のビッグエッグで
第43回金馬奨授賞式に出席中だった。
最優秀監督賞発表までに、「如果・愛」は最優秀映画音楽賞と
最優秀撮影賞の2つしか獲得していなかった。
ピーター・チャンの携帯は、サンドラ・ウーからの短いメールでびっしりだった
――「終わった、終わった、望みなし」。  

ピーター・チャンは台北の会場には行かなかったのである。
1つには仕事があったからだが、もう1つの理由は、
受賞できる自信が全くなかったためである。
だが、今回、その判断は誤っていた。
サンドラ・ウーが電話をかけてきて、監督賞を獲ったと告げたとき、
ピーター・チャンはこらえきれず、はらはらと涙を流した。  (続く)
(音楽時空 2008.12.9)



 BBS   ネタバレDiary   23:00


2009年02月12日(木) ブログ散歩(K-20&RC1)

月刊「シナリオ」誌3月号(発売中)に
「k-20 怪人二十面相・伝」についての批評が載っているというのを読み、
書店で探しました。

    HPへ

↓これですね。

●連載
柏原寛司の映画館へ行こう ―創り手たちの映画評
<ゲスト>秋山豊(監督)
〜アニメ的作品を、見事に実写化〜

脚本家と監督の対談で、最後に取り上げられていますが、冒頭、
「すごく面白かったね」
「面白かったです」
で始まります。ぜひご覧ください。


もう1つ、「黒猫亭日乗」さんのブログで、
「レッドクリフPart1」を論じていらっしゃいますが、
まあ、すごいボリューム!
でも、ものすごく面白い。
映画表現としての「レッドクリフ」論は、楽しいし、刺激的です。m(_ _)m
「赤壁はなぜ赫(あか)い」の項、4回連続。
プリントアウトしてお読みになることをおすすめします。


 BBS   ネタバレDiary  23:20


2009年02月08日(日) 最後の鑑賞?&金城孔明

「k-20 怪人二十面相・伝」、ロングランとはいえ、
昨日から上映回数が大幅に減り、どこで見ようか、映画館探しに苦労しました。
はい、1枚前売り券が残っていたのですよ。

この映画は大勢の観客と一緒にハラハラしたり、笑ったりしたくて、
すべて土日で見てきました。
ところが、どこに行こうかと調べてみると、きれいな映画館で
人が集まりそうだったところは、みなレイトショーになってるし、
日中ずっとやってくれるところは、結構寂しげなところだったり、
映画館の構造自体が、さけたいようなところだったり、で、
頭抱えてしまいました。

ローカルな話題ですみませんが、そうしたら、今まで便が悪いと思って
全くスルーだった、ユナイテッドシネマとしまえん、
これが、時間が1回のみなれど、14時半からといういい時間。
それに映画館の評判がすごくいい。
交通を調べると、なんと、1回乗り換えで1時間で行ける。
しかも駅から極近。
たとえ貸し切りでもいい、ひとつ、このいいと言われるところで
(多分)最後の鑑賞をしようと出かけて行きました。

 映画館の正面には……

112席のスクリーン、意外やほぼ埋まり(100人弱?)、
子ども連れも結構います。
地元のきれいすぎるシネコン、という感じなんですけどね。

上映が終わり、明かりがつくと、隣で見ていた若い女性2人が、早速、
「手に汗にぎったねえ」「最後、意外だった〜」「すっきりした」
「見にきてよかった」と言いあい、
前の座席では、小学生の女の子が「おもしろかった」
連れの父親が「すごかったねえ」と話していました。

売店では映画を見てきた男の子と父親がK-20グッズを物色、
私の前にチケットを買って入場した親子3人連れがパンフレットを買っていました。
もう1人、小学生の男の子が母親に「k-20のDVDないの?」と聞いて、
お母さんは「上映してるのはまだ出ないわよ」。

そういう反応を聞いているのも、本当に楽しい。
ほんとにこれで最後かな? 
大体、映画を見ている間はすべて忘れて別世界にいられるし、
その上、これは何度見ても後味いい映画なので、
ずうっと上映してくれていて、疲れたらときどき観に行っては
元気出す、というような役割をしてもらいたいくらい。


「赤壁2」のとりあえずの感想をネタバレに少し書きましたが、
「1」のとき、既に感じたのは、金城孔明は、諸葛孔明役の、
1つのスタンダードを作ったなということです。
今後、三国志の映画なりドラマなりが作られる時、
誰が諸葛亮を演じるにしても、役作りにあたって、
その路線を踏襲するのか、離れるのか、いずれであれ、
必ず避けて通れない存在になったなあと。

役者として、金城武の賢さは諸葛亮とほとんど同じだと思います。
撮影現場で、彼の役柄に対する理解度にも演技にも目を開かされました。
クランクイン前、彼は「三国志」「三国演義」を読み、
中国のドラマ「三国演義」に目を通し、大変勉強していましたね。
ただ、本人は非常に物静かでまじめな人なのですが、
私が想像する諸葛亮は活発な人なんです。
そこで、彼には特に、肩のこらないセリフやシーンを与え、
彼自身も心楽しくあってほしいと思いました。
(申江服務導報 2009.1.14より)

監督の思いと指導、金城武の個性と俳優としての力、
それが全く新しい孔明像を生みだしました。
あっぱれ、です。


 BBS   ネタバレDiary  23:30


2009年02月05日(木) 「赤壁(下)」見てきました

今日は「レッドクリフPart2」のプレミアだったのですね。
→日刊スポーツ
あちこちで写真が出始めています。
今回はたとえ当たったとしても初めからいけないのがわかっていたので、
なんだか遠い感じがします……




さて、やっと時間ができましたので、簡単にご報告を。
台湾の「赤壁/決選天下」、公開日から半月が経っていたので、
宣伝などはもう期待しないで行きましたが、
なんと! 西門町は、去年と同じくらい赤壁尽くし。

同じ場所に赤壁門が建ち、


近寄って見ると柱は船を模していて、わら人形が……


通りには、登場人物の柱(?)がずらーっと並んでいます。


のぼりも。


映画館で。


地下鉄の入口に。



ついでにオリンパス武も発見!


こんな足もとに……




写真を撮りそこないましたが、「怪人」バスを1度だけ目撃しました。
帰国の日は春節の休暇が明けて仕事始めの日でしたので、
オフィスの前にこんなようなお供えの壇がしつらえられ、
ちょうど映画のクランクインのときのように
従業員が拝み、その後爆竹が鳴らされていました。
あちこちから聞こえる爆竹の音を、初めてホテルの中で聞いたときは
シャッターを開ける音かと思いました。外に出て了解。

ここ↓はお菓子がほとんどだけど、果物のところも。




肝心の映画ですが、映画館は満員で、ときどき笑い声も起こり、楽しく鑑賞。
上映時間は1と同じくらいだと思いますが、1以上に時間を忘れました。
あっというまに終わった気がします。
ということで、まず安心して楽しめるでしょう。
ストーリーはかなりオリジナル部分が多いので、
ジョン・ウー版三国志、物語を楽しむべき映画ですね。

小喬の出番が多く比重が大きすぎるのではないか、という不安(?)も
あるかもしれませんが、多いことは多いけれど、それほど気になりませんでした。
(小喬という役そのものについては考えること少しあるけれど……
それはネタバレで)

ファンとしては当然、孔明の出番や見せ場が気になるわけですが、
何しろ、この映画で一番目立つのは何と言っても火攻めの戦いそのものですから。
矢だったり、投石だったり、次から次へと繰り出されて(敵味方ともに)、
呆然としているうちに話はどんどん進んでいきます。

この戦いに直接参加しない孔明は、
をの間は、2度ほどクローズアップがあるくらいですが、
それ以外のところでは、十分出番も見せ場もあったように感じました。
いやあ、今回も素敵です。(これもネタバレで)

とにかく安心して見に行ってください。
ネタバレで……と何度も叫びましたけれど、画像アップに手間取り、
今日は時間切れ。


 BBS   ネタバレDiary 23:30


前の記事|あさかぜ |MAIL

My追加