カタカタと糸車の回る音が暗闇の中で響いていた。
それがまず気付いたこと。
悪寒と静寂で、それが流行らない映画館であることが分かってくる。
脳みその皺でそれを理解するが、
実際、ボーダーシャツを着た若い映写技師に肩を揺さぶられるまで
そのことには気付かなかった。
目の前のスクリーンは最早なにも映していない。
正直に言えば、何の映画を見たのかも覚えていない。
多分、白黒でテルミンみたいな女の声が聴ける映画だ。
ここは名画座なのだ。
僕の足は赤ん坊の頭など踏みつけていやしない。
少し痺れている。
でもそれは擦り減ったコンバース。
コンバースは擦り減ったコンクリの床を踏んでいる。
その床が何をとらまえているかは知らぬ。
何故、こんなに流行らないのかも分からない。
灯台が夢見るのと、流行らない映画館のコンクリが疲れてしまうのと
あとマンホールの向こう側。
腕が痺れている。
気紛れに触った隣のシートには
ポップコーンが。
触ると電気が走った。
ボブ・デュランの「フリーホイーリン」には
第三次世界大戦を語るブルースっていうのがあったけど、
きっと場末って、どこもこんなもの。
映写技師は僕の肩を揺さぶるのは止めてしまった。
彼は隣で煙草を吸い始めた。
私も煙草を吸い始める。
何処に行くことも出来なくて、しかもエンコしたのが映画館ならば
時間を訊くのも憚られるというもの。
煙草を一本もらった。
「どこにも売っていないよ。灰が崩れないんだ。」
と、男は言う。
口元から煙が上がる。
「この映画が好きだから僕はこの仕事を始めたんだ。」
と、言う。
煙草は確かに不思議な味がした。
鼈甲飴とシトロンの中間というか。
ずりずりと眠たくなってくるのだ。
「だから一人でも観客がいるなら映画を廻さなきゃいけない。」
「そうだろ?」 僕が頷くと、彼もその倍くらい首を振る。
「それが男の仕事というものさ。」
そうして男は立ち上がると行ってしまった。
遠くでモップを掛ける音がし始める。
見上げると、何故か三日月が見えるようだった。
それは本当の空みたいだった。
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