「海に還る。」
周りには砂糖みたいな白い壁。大時代な窓。大きな影。そこから涼しい風が舞い込んで。その風が海の匂いがしたのだ。 その窓べりに裸足で腰掛ける少女。膝を抱えて。パジャマみたいな白いワンピース。 「暑いね。」 帽子をパタパタ振ってセンシティブ・インDは少女に話し掛ける。長い長い坂を登ってセンシティブ・インDは彼女の家を訪ねていた。すっかり汗だくになったシャツに風を入れて。 ―振り向けば― センシティブ・インDは知っていた。彼女の目はラブラドールレドリバーみたいにつぶらだ。知ってる。ただひたすらに好奇心というやつにはインDはいつも背筋がゾクゾクさせられてしまうのだ。彼女の目はそういう目、子供の目だ。 しかし彼女は振り返らない。キャラメルの包み紙か何か、でも半透明のつまらないものに違いない。そんなものがフワリと風に乗ってインDの足元に落ちた。それはどんな意味あいに於いてもそれ相当の距離感しか伝えない。だがそれには構わずインDは少女のもとに近寄る。少女はモゾモゾとさらに自分の膝を手繰って。 「さあ、今日はどうすればいい?」 それはたいそう大きな窓だったので、もう一方の端にインDが腰掛けることが出来た。窓から見えるもの。インDは顔を顰める。でもしかめっ面して見えるものと見えないものがある。大きな海、古い灯台。その先端にたなびく赤い旗。―天気はそのうち崩れるだろう―大きな台風が近づいているよ。インDはそう聞いていた。その灯台に続く道は葡萄畑に囲まれていて・・・ それは申し分のない美しい景色だった。そして少女の屋敷の庭。暗い色をした広葉樹の腕が結局は彼らのところまで届かず、しかし何かを囲っているようにも見える。 「人食い?」 インDはそう聞き返す。それはそう聞こえたからだ。 「あの木も、あの木も、あの木も・・・」 しかし少女は答えないで、庭の木を一つづつ指し示す。ふふんと笑みを洩らして。彼女の指は何か小さな鳥の翼みたいだ。 「先生?今日は何もしたくないわ。だから先生が何か弾いて。」 インDは頷く。もはや職業的な手揉みを繰り返して。 「今日は誰も居ないね。」 インDは巨大な玄関(膝まで漬かってしまいそうなフカフカの絨毯の敷いてある)や窓ばかりが開け放してある長い廊下を渡ってくるあいだ誰にも会わなかった。インDはそのことを言ったのだ。 答えを求めてキョロキョロ周りを見渡す。しかし少女は何も答えない。
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