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長男の通う中学校の合唱祭を観に行きました。長男の通う中学校には道場の生徒や元道場の生徒や知っている子もいるので、とても楽しく見させて頂きました。私はいつも何故か光を1番最初に見つけます。光も1番最初に気が付いてくれます。今回の合唱祭で光は指揮者をしていました。とても良かったです。結果は2位でしたが、私は光のクラスが1番上手だと思いました。閉会式の合唱祭の実行委員長の子が挨拶で泣いていました。何かを頑張って成功させて感動して泣けるなんて、素晴らしいなと思いました。青春時代は1度しかありません。青春を謳歌している子供達はとても輝いています。その輝きを大人になっても無くさないで欲しいと思います。
縄跳びで2分×2回、1回も縄跳びに引っかからないで跳ぶ事が出来ました。膝を悪くしてからランニングと縄跳びが出来なくなったのでもう4年前の事になります、その次の年にアキレス腱を断裂し、その次の年には股関節の手術をしたので、ずっと縄跳びは出来ませんでしたが、今年の初めぐらいからコツコツと縄跳びを続けていました。そしてようやく2分×2回跳べるようになりました。もう少し体重を落としてもっと幸せに動けるようにしたいと思います。
次男が幼稚園の卒園式のDVDが見たいと言ったので、家族みんなで見ました。本当に懐かしく感じました。幼稚園の先生やお友達やお父さんやお母さんを見て、いろんな事を思い出したり、元気にしているかな?なんて思ったり、しながら見ていました。皆の夢が発表された時は、みんなまだその夢を追いかけているかなー?なんて思いました。次男の夢は空手のチャンピオンでした。まだ空手は頑張って続けているので、その夢はまだ諦めていないとも言えるでしょう。その勢いで長男の幼稚園の卒園式のDVDも見ました。もう遠い昔の事のような感じがしてしまいました。本当に時が過ぎるのは早いです。家族との時間を大切にしたいと思います。
妻と付き合ってから17年が経ちました。よくこんな僕と17年も一緒にいてくれたなと思っています。出会った頃は僕が31歳で妻は21歳でした。この時の10歳という歳の差はとんでもなく離れている感じでした。ジェネレーションギャップなんて言葉では片付けられないぐらいのギャップがあったと思います。それから4年後に付き合う事になるとはお互い思っていなかっただろうと思います。妻に告白する時だって、おそらくフラれるだろうと思っていました。それから17年が経ちました。僕は本当に幸せです。出来るならば、この幸せをずっと抱きしめて、ずっと生きていたいぐらい幸せです。自分の人生で今が1番幸せです。告白した時に妻を思っていた気持は今でも1グラムも減っていません。減っていないどころか増えていっていると思っています。もっともっと幸せに出来るように頑張るので、もう少し待っていて欲しいと思います。
昨日まで妻の姉の子供が東京に来ていました。長男と同級生の中三の女子です。久しぶりにあって本当に大人になったなと思いました。とてもハキハキして自分と言う個性を持っていて、とても良いなと思いました。この先どんな人生を生きていくのか?とても楽しみです。長男とも小さい頃から一緒にいたのでとても仲が良いです。私には、すごく仲の良かった異性の従兄弟はいなかったので、どんな感じなんだろうと思いながら見ていました。アニメの話とかトランプをしたり、とても楽しかったです。また遊びに来て欲しいと思います。
「チェンソーマン・レゼ篇」2回目を次男と観に行きました。何故か1回目に観たよりも良かったです。デンジはマキマに「俺に心ってあると思います?」と聞きましたが、その答えはレゼが出してくれたのではと思いました。レゼを殺さなかったデンジにも、二道で花束を持ってレゼを待っていたデンジにも心はあったと思います。またアキが天使の悪魔を命を縮めてでも助けたあとに「死にたいなら、どっか遠くで死んでくれ・・・目の前で死なれるのだけは・・・もう御免だ・・・」と言った時のアキと、マキマの命令でレゼを殺しに行く時にアキには知らせずに1人で行った時の天使の悪魔にも心はあったと思います。
お酒をやめてダイエットを始めて2週間が経ちました。MAXで100.8キロだった体重が97.5キロになりました。頑張って年末まで続けようと思います。目標は90キロにしようと思います。
もう少しプロレスの話を書きたいと思います。よく見ていたプロレスの番組は金曜日夜8時、いわゆる金8に放送されていた新日本プロレスのワールドプロレスリングと土曜日17時30分からの全日本プロレス中継と世界のプロレスと言う番組が夜中に放送されていてビデオに録画して見ていました。凄く印象に残っているのはワールドプロレスリングではアントニオ猪木vsハルク・ホーガンのアントニオ猪木舌出し事件の試合、藤波辰爾と長州力の名勝負数え歌、アントニオ猪木率いる正規軍vs長州力率いる維新軍、タイガー・マスクvsダイナマイト・キッド、タイガー・マスクvs小林邦昭、新日本vsUWF、アントニオ猪木vs藤原喜明、前田日明vsドン・中矢・ニールセン、前田日明vs藤波辰爾、アントニオ猪木vsブルーザー・ブロディです。全日本プロレス中継では鶴龍コンビ(ジャンボ鶴田&天龍源一郎)vs超獣コンビ(スタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディ)、ジャンボ鶴田vs長州力、鶴龍コンビvsザ・ロード・ウォリアーズ、リック・フレアーvsリック・マーテル、長州力&谷津嘉章vsブルーザー・ブロディ&キラー・ブルックス、2代目タイガー・マスクvs小林邦昭、ジャンボ鶴田vsブルーザー・ブロディ、スタン・ハンセンvs長州力です。世界のプロレスではリック・フレアーvsケリーフォンエリック、テリー・ゴディvsキラー・カーンのテキサスデスマッチ、リック・フレアーvsブルーザー・ブロディ、ザ・ロード・ウォリアーズvsファビラスワンズ、ザ・グレート・カブキvsクリス・アダムス、スタン・ハンセン&ハーリー・レイスvsザ・ロード・ウォリアーズです。本当にプロレスが大好きでした。でももう今はプロレスは全く見なくなってしまいました。
極真空手の選手以外で私が本気でなりたいと思った事を書きたいと思います。ウルトラマン、仮面ライダー、笑われてしまいますが、その当時は本気でなりたいと思っていました。現実的な事で言えば、プロレスラーになりたかったです。正確に言えば全日本プロレスのプロレスラーになりたかったです。それは何故かと言うとスタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ、ザ・ロード・ウォリアーズ、ハーリー・レイス、ドリー・ファンク・ジュニア、タイガー・ジェット・シン、ミル・マスカラス、リック・フレアー、リック・マーテル、ジミー・スヌーカ、などの外国人選手がたくさんいたのと、ジャンボ鶴田さんが好きだったのと、当時は分かりやすい王道のプロレスが好きだったからです。新日本プロレスの方がストロングスタイルと言われていましたが、私には大きな外国人選手と真っ向から技をぶつけ合い投げ合う、全日本プロレスのスタイルの方が格好良く見えました。後に新日本プロレス、UWFとより格闘技色の強いプロレスも好きになるのですが、私は身長が172センチしかないので、それなら小さい人でも大きい外国人選手と戦えている極真空手の選手を目指しました。もし私が180センチ以上の身長があったら全日本プロレスのプロレスラーになっていたと思います。ジャンボ鶴田選手やスタン・ハンセン選手やブルーザー・ブロディ選手やザ・ロード・ウォリアーズと戦ってみたかったです。小学校中学校の時は休み時間に友達と体育館のマットでプロレスごっこをしていました。私のリングネームはキラー・カーンノでした。キラー・ カーン選手のパクリです。
急に寒くなりました。本当に秋は短いなと思います。福島の紅葉はとてもきれいです。それに気付いたのは34歳の10月28日に福島に帰って紅葉を見た時でした。この時期に福島に帰ったのは、福島を出て32年経ちますが、この時だけでした。その夜に車の中で妻に告白をしたので、それはハッキリと覚えています。話はそれましたが、秋をすっ飛ばして冬が来たのか?と言うぐらい今日は寒かったです。もう秋も終わり冬がすぐそこまで来ている感じがしました。外出する時はダウンジャケットを来ました。寝る時は厚着をして布団を2枚かけて寝ました。
今年も残すところ72日となりました。少し早いですが今年を振り返るとかなり自分は攻めて行動して来ましたし、自分に負けずに頑張って来たと思います。でも残りの72日を頑張らないと、今年の終わりには別の感想になっている可能性もあります。最期までしっかり頑張って行きたいと思います。
私は毎日、頑張って仕事をしているし、頑張って自分の稽古にも励んでいます。まあ仕事は生活のためですし、生きて行くためにお金が必要なので、仕方なくでも頑張るしかありません。でも自分のために頑張っている稽古は、頑張らなくても休んでも誰にも叱られはしないし、首にもならないし、お金にもならないし、自分も困る訳でもありませんし、誰が困る者でもありません。ならなんでこんなに頑張れるのだらう?と思う事があります。それは結局頑張る事が好きなんだと思います。じゃあ仕事以外には自分のために頑張る事が出来ない人は、何故なのか?と言えば、頑張る事が嫌いと言うよりも、頑張る事が見つからないのではないかと思います。だから人生の中で本気で頑張る事を見つける事が出来た私は本当に幸せだと思います。
1ヶ月ぶりの完全休でした。次男と2人で東京体育館で行われた新極真会の第57回全日本空手道選手権大会を観に行きました。チケットを買って東京体育館の一般の入り口から会場に入って2階の観客席で観戦するなんて14年ぶりなので、とても新鮮でした。新極真会は1995年に極真会館と分裂した団体です。元々は一緒に活動していました。指導して頂いた師範、一緒に稽古させて頂いた先輩、同輩もたくさんいます。私は分裂当時は旧城南京支部に所属していました。その時の旧城南支部は、現在の新極真会よりの中立の立場でしたので、私は現在の新極真会の方の第12回全日本ウエイト制大会の重量級でデビューをしました。昔一緒に稽古させて頂いた師範、先輩、同輩の懐かしい顔ぶれを遠くから拝見させて頂き、本当に懐かしい気持ちになりました。別れてしまった団体ですが、新極真会の大会を観て、素晴らしい大会だなと思いました。自分も頑張って極真会館を良く出来るように活動していかなければいけないなと思い、熱い気持ちになりました。新極真会もそこで活動している師範、先輩、同輩も敵ではありません。ある意味で言えば、道は違えど同じ極真空手を世に残そうと頑張っている仲間のような存在だと思っています。でもやはり自分が選んで進んで来たこの道が間違っていたとは思いたくありません。だからやはり新極真会には負けたくないと強く思っています。新極真会の素晴らしい大会を観戦し、その思いはさらに強くなりました。自分も頑張るぞと言う思いを胸に東京体育館をあとにして帰って来ました。さあまた明日から頑張ろうと思います。
健康のために、年末までお酒を止めてダイエットしようと思います。ダイエットと言ってもお酒をやめるだけのダイエットです。なので普段の生活と食事は何も変わりません。現在100.8キロなので、90キロぐらいにしたいと思っています。
もう来年の5月ぐらいの事までが視野に入って来ました。道場の運営や行事の事など、今から考えておかなければ行けません。今の中学3年生が来年の4月には高校生になるので、そこからが本当に楽しみです。
今日は15日なので、いろいろと忙しかったです。朝の仕事のあとジムへ行きウエイトトレーニングを1時間行い、銀行で振り込みの確認や振り込みや通帳の記入や繰越をして、昼食を摂り、帰宅して事務仕事をし、郵便局に行き郵便物を出し、コンビニでFAXをして、また帰宅して少し仮眠を取りました。少し疲れがあるのか1時間ぐらいぐっすり眠って、起きた時に朝なのか?夜なのか?分からないぐらいでした。疲れている時は寝るのが1番だと思いました。寝たおかげで夕方からの指導もしっかりとできました。
昨日までの秋季通い強化合宿の興奮が冷めやらぬなか、今日から通常通りの1日が始まりました。昨日は11時ぐらいに寝たのですが、何故か朝の4時に目を覚ましてしまい、もう眠ることが出来ませんでした。7時5分に家を出て仕事に行き、10時30分までの仕事を終えたあと大森道場へ行き、神棚の榊と米と塩と水と酒を替えて手を合わせ、鷲神社に参拝し、電車で渋谷まで行き代官山道場で行われた技術委員会に参加して、3時20分に大森道場に帰って来て指導という凄まじく忙しい1日でした。それでも好きな事をしているのだからやはり幸せを感じています。
私が運営する道場の秋季通い強化合宿が終了しました。合宿に参加した道場生の皆さん、お疲れ様でした。子供達を合宿に参加させて頂きましたご父兄様には心から感謝を申し上げます。誰も怪我することなく無事故で合宿を終える事が出来て、とてもホッとしています。今回は乗り換えが4回あって1時間30分以上かかる西武園ゆうえんちまで電車で行きました。みんなしっかりと協調性を持って行動してくれたので本当に助かりました。光が小さい子の面倒を見てくれリーダーの役割を果たしてくれ、真白がみんなのムードメーカーになってくれていました。3日目は2人でゼットンコンビになっていました。芽生も頼も水蓮も未光も稽古では見せないような溌剌とした笑顔をたくさん見せてくれました。私も本当に楽しい3日間でした。忘れられない思い出がまた出来ました。
今日は私の運営する道場の通い強化合宿の2日目でした。参加者の6名と西武園ゆうえんちへ行きました。片道1時間30分以上かかるのでなかなか大変だったと思いますが、10時開園と共に入り16時まで6時間遊びした。ウルトラマンザ・ライド、スプリングライドタワー、スイングスイング、バイキング、オクトパスアドベンチャー、富士見展望塔、ゴジラザ・ライド、回転空中ブランコ、レオとライヤのジャングルダンスパーティー、途中皆でお弁当を食べたり、夕陽の丘商店街でブギウギ祭りを見たり、紙芝居を見たりしました。1番並んだのはゴジラザ・ライドで1時間以上並びましたが、待ってる間も皆で楽しくお話をしたりして過ごしました。子供達と西武園ゆうえんちに来れて私もとても楽しい思い出を作らせてもらいました。1番は子供達の楽しんでいる顔を見れてとても幸せでした。また来たいと思っています。
本当なら52歳だったら体の衰えばかりしかない年齢なのだと思いますが、私は毎日の柔軟体操と呼吸法と空手の稽古とウエイトトレーニングで、自分の身体や感覚に成長を感じる所もあります。何歳になろうと頑張って行けば成長出来ると思っています。特に精神や心や気は成長して行く事が出来ると思います。でもやはり精神も心も気も身体と繋がっているので、身体の衰えとともに精神も心も気も衰えて行ってしまいます。なのでやはり自分の土台はどこまで行っても身体です。精神と心と気を鍛えたいならば身体を1番最初に鍛えるべきだと思います。
ウエイトトレーニングの中でこれはやらないようにしていると言うトレーニングがあります。それはスクワット、デッドリフト、ベンチプレス、ダンベルやバーベルでのショルダープレスです。この4種目は身体の大きな筋肉を鍛えるとても良いトレーニングで、若い頃は1番良くやったトレーニングです。ではなぜ今はやらないかと言うと単純に怪我をするからです。私は現役時代はウエイトトレーニングを重い物をガンガン上げていたせいで背骨はヘルニアと脊柱菅狭窄症で肩も膝も悪いので、この4種目はやらないようにしています。今もいろいろ悪い所もありますが、ギックリ腰も4年以上なっていませんし大きな怪我もこの2年はしていません。52歳にして絶好調です。
私は筋肉が発達しやすい体質だと思いますが、それでも自分の身体で筋肉の発達しやすい場所と発達しにくい場所があります。1番発達しやすいのは脹ら脛です。脹ら脛は特に何のトレーニングもした事がありませんが普段の稽古の中で気付いた時には発達していました。2番目は上腕三頭筋です。いわゆる二の腕です。この部分も特にトレーニングをした事はありませんがベンチプレスや腕立て伏せをやる事で発達しました。3番目は大腿四頭筋です。4番目は大胸筋と上腕二頭筋で、なかなか発達しない場所は肩の三角筋と背中の広背筋と僧帽筋です。今は発達しづらい場所を頑張ってトレーニングするようにしています。
妻に自分の気持を言葉で伝える事はなかなか出来ないのですが、自分の気持を素直に書いておこうと思います。私にとって妻は100点満点だとして200点あげても良いぐらい頑張ってくれていると思います。私と妻は10歳年齢が違うので、いろんな部分でジェネレーションギャップを感じる事はありましたが、17年一緒にいてお互いが歩み寄って、お互いの価値観や考え方などで大きく違いは無くなったと思っています。子供のの育て方でも大きな相違はなかったと思います。妻が子供達の事もしっかりやってくれているので私は何かがあった時に睨みをきかせるぐらいの事しかしていません。自分で言うのも何ですが私はなかなかの変り者だと自分でも分かっています。その私に嫌気をささずに17年も一緒にいてくれたのですから本当に感謝しています。
自転車がパンクしました。タイヤがすり減ってパンクしたのでタイヤごと交換となってしまいました。パンクしたのは道場に着いた時だったので、不幸中の幸いでした。仕事に行く時とかだったら大変な事になったと思います。自転車のタイヤを治して、自分の心も引き締めて行きたいと思います。
私は今までの人生で自分の思い通りに行った事はあまりありません。かと言って全く自分の思い通りにならなかったと言う事もありません。自分の思った方向には行くのですが、自分の目標や自分の見立てや自分の予想のやや斜め下になる事が多いです。私はあまり占いやおみくじなどを信じてはいませんが、そういう事を気軽にやった時に良く目にして来た言葉があります。それは大器晩成です。私はこの言葉が大嫌いでした。この言葉を目にするたびに「晩成っていつもだよ?!晩成じゃ遅いんだよ!」って思っていました。空手のチャンピオンになるなら20代じゃなきゃいけないし、自分が何歳まで生きるか?だって分からないし、でもこの大器晩成を信じて頑張ってみようと思っています。今回の全関東大会で菅野陽生、馮瞭、馮旭、前田水蓮の4名が入賞しました。真生と芽生も入賞した事があります。光と斗夢も中学3年生ですが頑張って試合に出ています。頼も稽古をたくさん増やして頑張っています。中学3年生の生徒もみんな頑張って空手を続けています。私は道場を開設した当初は強い生徒を育てようと燃えていました。それから20年、紆余曲折があり、生徒が空手を好きになる指導を心がけるようになりました。でも今頑張っているメンバーでしか、そのチャンスはないと思います。もう1度生徒を信じて頑張ってみようかと思います。私ももう空手家としては起承転結の結の時期にあると思います。嫌いな言葉だった大器晩成を信じて生徒達と頑張ってみようと思います。
茨城県水戸市の茨城県武道館で2025年全関東大会が行われました。東京城南京浜支部からは9名の生徒が出場しました。みんな本当に頑張っていました。ご父兄様も遠隔地まで前日から泊まりだったり、当日の朝早くに家を出て水戸まで行ったり、本当に大変だったと思います。子供を試合に出すためには試合の出場料や交通費や宿泊費など、たくさんお金もかかりますし、いろいろと大変な事があると思います。子供達を試合に出場させて頂いているご父兄様には尊敬と感謝の念をいだいております。今回は4名の生徒が入賞する事が出来ました。勝った人も負けた人も本当に良く頑張りました。怪我があればしっかり治してまた次の目標に向かって皆で前進して行きましょう。
土曜と日曜の楽しみは家族全員で食事をする事です。この時間は今の私にとって1番大切な時間です。長男と次男もいつかはこの家を出て親元を離れて行くと思うので、後悔しないように子供達とたくさん思い出を作っておきたいと思っています。
52歳になりましたが、自分の身体がどんどん変化している事を感じています。それはもちろん良くも悪くもです。でも頑張って柔軟体操や呼吸法や型や基本稽古やウエイトトレーニングを行っているから良くもなるのだと思います。たぶん運動をしていない52歳だったら、どんどん悪く変化するだけだと思います。50歳を過ぎたらもう身体は自然に良くなる事はないと思います。努力しても何とか維持する程度だと思います。私は心と身体と気を高めて行く稽古をしています。人生を楽しんで生きて行くために心も身体も気も健康でいる努力をして行きたいと思います。
「ゴッドファーザーパートIII」が私は好きです。なかでも1番好きなシーンはマイケルコルレオーネを兄のフレドを殺した事を神父に懺悔する所です。ゴッドファーザーシリーズを通して、ずっと知的で冷静で完全無欠に見えていたマイケルが初めて自分の弱さを人に告白した瞬間でした。ゴッドファーザーは最初から通してみると本当にいろんな事を感じさせられます。体の弱いフレドを心配するビトーコロレオーネのシーンとそのフレドが弟のマイケルに殺されるシーン、自分の愛する子供がが自分の愛する子供を殺す事をビトーコロレオーネが知ったら、どう思うのだろう?マイケルは自分の父と母が愛した兄を殺した罪の気持ちで心が押しつぶされたんだろうと思います。人間は元気でイケイケの時は悪い事をしてでも上を目指そうとしますが、年を取り身体も心も弱くなると若い頃にしてしまった罪が自分を苦しめるのだと思います。
2025年、令和七年の最後の3ヶ月が始まりました。最期まで気を引き締めて一生懸命にがんばろうと思います。毎日頑張ってトレーニングに励んでいます。事務仕事もしっかり行っています。来年の企画も着々と進めています。この勢いで2026年まで突っ走って行こうと思います。
kanno
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