DiaryINDEX過去の日記未来の日記
2025年12月31日(水) 2025年も終わろうとしています

2025年も遂に終わろうとしています。昨日の忘年会で二日酔いでしたが、しっかりとトレーニングをしました。今年最後のトレーニングは腹筋、背筋、首のトレーニングをしました。夜は両親と家でゆっくりと食事をしました。2025年は新しい仕事を始めたりといろいろ頑張ったと思います。もちろん反省もありますので、それを2026年に繋げて行きたいと思っています。今年1年本当にたくさんの人に支えて頂きました。感謝感謝の1年でした。もうすぐ今年が終わり新しい1年が始まりますが、私にとっては何も終わりませんし何も始まりはしません。また明日から頑張って生きて行くだけです。でもせっかく明日から新しい年が始まるので、やはりそこは気持を新たに目標を立てて頑張りたいと思います。


2025年12月30日(火) トレーニングと飲み会

今日もジムに行きトレーニングをしました。自分があとどのぐらいいきるのか?は分からないけど、1日トレーニングをサボれば自分の残りの人生の1日を、残りの人生の中で出来る貴重な1回のトレーニングを無駄にした事になります。だから休みだろうとトレーニングをします。いつか死ぬ時に悔いが残らないようちゃんと毎日トレーニングしたいと思います。そしてトレーニングをしないと、心おきなく夕食や飲み会を楽しめません。今日は中学校からの仲間との忘年会でした。みんな50歳を過ぎたオジサンだけど気持は10代の頃に戻って飲んでバカ話をしました。本当に楽しかったです。やはり生きてるって素晴らしいです。人生は楽しいです。仲間達には、本当に本当にありがとうって思っています。


2025年12月29日(月) 福島

昨日は親友と2人で飲みました。中学3年生の時に出会ってからの付き合いで決着が付くまでの殴り合いもしました。思い出は語りきれないほどあります。帰りは途中でタクシーを降りて、歩いて帰りました。星空がとても綺麗でした。今日は昼にジムでトレーニングをし午後から実家の片付けをして、夜は両親と私の家族で食事をしました。


2025年12月28日(日) 第57回全日本空手道選手権大会最終日終了

昨日は妻が今年最後の仕事が終わったのでビールを買って来てくれたので琥白と妻と私と3人で乾杯をしました。私は今日の大会があったので350の缶を二本で我慢しました。今日は福島に帰郷する気持ちを持って日本空手道会館に行きました。第57回全日本空手道選手権大会最終日が終了しました。私が支部長になったのは29歳でした。早いものでそれから23年が経ちました。最初の5年間は試合に出場していなかったので審判業務もしていませんでした。なので全日本空手道選手権大会で審判をするようになってから18年と言う事になります。主審をするようになってから丁度10年になりました。今大会では若い支部長も主審をしていました。私から見てもキビキビとして動作もきれいでとても良いジャッジをしていました。選手としての世代交代も経験しましたが、そろそろ審判としても世代交代の時が来るなと感じました。その次は支部長としても世代交代も経験する事になるのだろうと思います。本当に世の中は諸行無常に過ぎて行き、盛者必衰の理に抗う事は出来ないのだなと思います。極真会館に所属して35年が経ちますが、たくさんの人が去って行きました。私が支部長になった頃の支部長って、今何人残っているのだろうと言う感じです。新しい支部長もたくさん誕生して、私もそろそろ支部長としても中堅の位置になって来ました。本当に本当に時が過ぎるのは早いです。残りの空手人生をこの国際空手道連盟極真会館でしっかりと貢献して行きたいと思っています。


2025年12月27日(土) 第57回全日本空手道選手権大会初日

今日は第57回全日本空手道選手権大会初日でした。今日は副審を8試合、主審を8試合でジャッジしました。大会後は松井館長の指導で全国の支部長で稽古を行いました。とても勉強になりました。この熱い気持ちを生徒達の指導に活かしたいと思います。


2025年12月26日(金) 飯を食う時間がない

道場はお休みになりましたが、私は大忙しでした。朝の仕事をし、帰宅して、支部長スーツに着替え、先に福島へ行く次男と東京駅へ行き見送りをして、新橋にあるジムでトレーニングを50分行い、辰巳にある日本空手道会館に行き、明日から行われる第57回全日本空手道選手権大会の審判講習会と全国支部長会議に参加して帰宅したのは8時でした。落ち着いて飯を食う時間がないほど忙し感じでプロテインを飲んだりサンドイッチを食べて行くしのぎました。トレーニングしなければゆっくり昼食を取れたのですが、3度の飯よりトレーニングが大事な私はゆっくり昼食を取ることより忙しくてもトレーニングを取りました。


2025年12月25日(木) 稽古納め

本日の大森道場の稽古収めを終了し、私の運営する国際空手道連盟極真会館東京城南京浜支部の2025年の活動の全てが終了致しました。事故なく1年を終える事が出来た事に今、少しホッとしています。道場生の皆さん、ご父兄の皆様、1年間本当にお世話になりました。心から感謝を申し上げます。雑色道場の稽古納めでは千五十本突き、千五十本蹴りを行いました。大森道場の稽古納めでは、千本突き千本蹴りのあとビッグミットと組手を行いました。千本突き千本蹴りはどこの道場でもやってると思いますが、千五十本突き千五十本蹴りや千本突き千本蹴りのあとにミットやスパーリングをする道場はなかなかないのではと思います。私も久しぶりに千本突き千本蹴りを2日連続でやりました。身体は筋肉痛でバリバリです。斗夢と水蓮は2日連で稽古納めにきていました。なかなか凄いと思います。恵里花が稽古納めに来ました。来年の国際親善に出て全日本空手道選手権大会を目指すと言っていました。嬉しかったです!来年は今の中学3年生も高校生になるので、2026年は東京城南京浜支部の快進撃の年となると思います。私も頑張って指導して行きたいと思います。とても良い稽古納めの日となりました。


2025年12月24日(水) 長男が15歳になる

長男の琥白が15歳になりました。元気に大きくなってくれてありがとう!と思っています。長男がここまで無事に成長出来た事を1番は妻に感謝しています。そして次男と私の両親と妻の両親と長男に関わってくれた学校やギターの先生やお友達や近所のおじさんなどなど皆さんに感謝しております。長男は誕生日プレゼントに1万円欲しいと言ったので、それをあげました。どうやら学校に置いておくギターが欲しいのでお金を貯めているそうです。ささやかながら家族で長男の誕生日パーティーをしました。長男が生まれてから15年本当にあっという間でした。私は長男が成長して行く中で、たくさんの喜びや幸せを頂き、時には心配事を頂きました。長男と一緒に私も成長させて頂いた15年だったと思います。あと5年で長男の子育ては終了します。残りの5年間も子育てを楽しみたいと思います。昨日の夜になりますが長男は24日になる瞬間はお風呂に入っていました。お風呂からあがって来た長男に「誕生日おめでとう!15才だね!」と言うと長男は「ありがとう。」と言いました。誕生日パーティーのあとに尾崎豊の15の夜をYouTubeで流したら、長男は「あっ、それ知ってるから」と言って寝てしまいました。


2025年12月23日(火) 弱さと強さ

人間というものは本当に弱いものです。それは試合に出てみれば分かります。試合までの日々の練習の中で何度も心が折れそうになります。投げ出しそうになります。諦めそうになります。そして言い訳が頭によぎります。試合の前も緊張に押しつぶされそうになります。ドキドキしている自分、手が冷たくなっている自分、何度もトイレに行きたくなる自分がいます。試合中も相手どころか、何度も自分に負けそうになります。その中で本当の自分と向き合って、それを克服できた時に人間は少しだけ強くなる事が出来ます。自分の試合の映像を見ながらそんな事を思い出しました。私は私の弱さを誰よりも知っています。だから今も強くなりたいと稽古しているのです。


2025年12月22日(月) お墓参り

私はけっこうお墓参りに行きます。現役時代は試合の前には必ずお墓参りに行っていたので、1年で6〜7回は行っていたと思います。お墓参りをすると心が落ち着きます。東京に私の母方の先祖のお墓があるので、そこへ行きます。お墓では手を合わせて、家は日蓮宗なので「南無妙法蓮華経」と唱えます。この時間は自分と向き合う時間です。何故、自分は生まれて来たのか?自分が生まれてきた事に意味はあるのか?もしかしたら人が生まれる事に意味なんてないのかもしれない、そうだとしても生まれた以上は自分が生きている事に意味を見出していかなければいけないんじゃないか?自分は何歳まで生きるのだろう?自分の最期はどんななのだろう?答えは出ません。でも確実な事は自分は今生きている、命があれば何でも出来る、今日を今を一生懸命に生きる事は出来る。1日1日を一生懸命に生きよう!そんな事を感じさせられて、家族の健康をお願いし、自分の今がある事をご先祖様に感謝して帰って来ます。お墓参りは自分の心や気や魂を整える儀式のような物だと思っています。


2025年12月21日(日) 休日ですが

朝は代官山で行われた壮年部の稽古会を見学し、今検討されている事を確認して意見を出して来ました。午後からは次男とTOHOシネマズ川崎に「新解釈・幕末伝」を観に行きました。長男はチネチッタに「栄光のバックホーム」を観に行きました。帰りに長男と待ち合わせて3人で家に帰りました。


2025年12月20日(土) 忙しい1日

今日は大忙しでした。朝は大森道場へ行き、神棚の榊の水を替え、今までに感謝し、これからを祈願させて頂き、ジムでトレーニングをしてから、錦糸町へ行き、母方の祖父母のお墓参りをし、2025年東東京型競技空手道選手権大会の会場である墨田区体育館に行きました。東京城南京浜支部支部からは齋藤紗綾佳と今野頼が出場させて頂きました。残念ながら2人とも負けてしまいましたが、今日まで一生懸命に稽古して来た型をしっかりと行っていました。今日の結果から何かを感じまた前に進んで行って欲しいと思います。今日は妻が遅くまで仕事だったので、男3人で焼肉をしました。次男はしっかりお手伝いしてくれて助かります。長男は何時ものごとく何も手伝わずご飯もあまり食べずでした。焼肉の時は長男はビビリなので油が跳ねるのが怖くてあまり手を出しません。本当に何歳になっても可愛い子だなと思います。あと4日で15歳になると言うのになー!と少し思います。私は14〜15歳は人生のピークぐらいに親に迷惑をかけていたので、それに比べればよく出来た子だと思っています。


2025年12月19日(金) 過去に戻れるとしたら?

1日だけ過去の1日に戻れるとしたら、どの日に戻りたいか?そんな文章を目にしました。私は過去に戻って今を変えたいとは思っていませんし、良かった事も悪かった事も受け入れて今の自分がいるので、変えたいと思う過去はありません。でも1日だけその日に戻れるのなら結婚式の日に戻りたいです。やはりあの日が自分に取って1番幸せだったので、あの日に戻って、もう1度あの人生最高の幸せを抱きしめたいと思います。でもあの日に戻って人生をやり直すのは絶対に嫌です。そんな事になったら長男とも次男とも会えなくなってしまうかもしれませんし、良かった事も悪かった事も含め、今までの何かが変わってしまうのは嫌です。今の自分で十分満足しているので、何も変えたくはありません。


2025年12月18日(木) 13年前の今日みたいな感じで

Facebookに13年前の今日みたいな感じで、12月18日にアップした投稿が出てきます。長男の小さい頃の写真や次男の小さい頃の写真などが出て来ます。その写真を家族のLINEで家族に見せています。長男の小さい頃の写真を見て、自分が忘れていた事を思い出したりします。考えてみれば、長男と次男が赤ちゃんの頃は、元気に大きくなってくれればそれでいいと思っていました。それが幼稚園や小学校に入り、他の子を見て、自分の子供をその子と比べてしまったりしてしまうようになりました。でもそんな時も自分が冷静でいられたのは妻のおかげだと思います。妻は自分の子供を他人と比べて叱咤する事はほぼほぼありません。呑気だなと思った事もありますが、自分の子供を愛情を持ってちゃんと見ているのだと思います。もし自分の子供を人と比べてばかりいたら、自分の子供に対してイライラして怒ってばかりいたと思います。だから妻には感謝しています。長男も次男も勉強は出来ませんし、これと言って人より秀でている物はありませんが、元気に溌剌と育ってくれました。私と長男と次男は同じ床屋さんに行っているのですが、床屋さんにも大人ともちゃんとした受け答えと話が出来てよい子だと言われます。次男は妻の手伝いもよくします。ご飯を炊いたり、料理をしたり、風呂を洗ったり、何でもやってくれます。今日も次男がカレーを作りました。お世辞じゃなくて本当にとても美味しかったです。いつか家族で一緒にお酒を飲むのが私の今の夢です。皆でワイワイ、料理して、皆でワイワイ同じ皿に手を伸ばして、ビールを飲んでバカ話に花を咲かせる、私も長男も次男も笑えるエピソードはたくさん持っていますから、話は尽きないはずです。長男はあと6日で15歳です。


2025年12月17日(水) 年末はバタバタ

12月に入ってから時間が過ぎるのがとても早く感じます今週末は型競技東東京大会があり来週の金曜日から日曜日まで全日本空手道選手権大会があります。もうバタバタです。そして28日はその全日本空手道選手権大会の会場から福島へ帰り夜は親友と飲む予定です。最期まで全力で行きたいと思います。


2025年12月16日(火) あまり夢を見ない私が見た、とても奇妙な夢の話

私は普段はあまり夢は見ないのですが、昨日の夜にハッキリと見た夢の事を書きたいと思います。私は電車に乗ろうと駅に向かっています。踏切を越えた先に駅があるので踏切が開くのを待っているのですが、何か騒ぎが起きているので踏切の中を見ると電車にひかれてしまって瀕死の重傷を負った女性が倒れています。どうやらあやまって踏切に入ってしまったようです。もう助からないだろうという重傷なのですが、何故か意識があり話をする事が出来ます。その女性は「皆に迷惑をかけて痛い女になっているのが恥ずかしい」と言っていました。私はその壮絶な状況に固まっていました。私の隣にいた人がその女性に「あなたが今意識があって話ができるのは奇跡だと思います。何か言っておきたい事や伝えて欲しい事はありますか?!」と叫ぶように言います。その女性は「私はウッチャンナンチャンみたいになりたかった!回転倒立をしてみたかった!私に関わった人に愛しているよ!ありがとう!と伝えて!」と言います。私はその女性に「お姉さんは痛い女なんかじゃないよ!カッコイイ女だよ!」と叫びます。その女性は少し笑って息を引き取りました。そしてその電車はもう走りそうにないので違う路線の電車の駅まで歩いて行くと、また踏切があります。その踏切の中で遊んでいる若い男がいます。その時に凄いスピードで電車が走って来ます。私はその若い男に「電車が来たー!危ないー!避けろー!」と叫びます。その若い男は私の方に走って来ます。電車が来る瞬間に私はその若い男を引っ張ります。何とかその若い男は電車にぶつからずに助かります。その若い男は私にお礼を言います。私はその若い男を怒って殴ります。そして先ほど踏切で息を引き取った女性の話をし、その若い男に「君は運が良い、これから何かを成すために神様に救われたのだと思う。だからこれから人の役に立つ事をしろ!」と泣きながら言います。あまり夢を見ない私が見たとても奇妙な夢でした。


2025年12月15日(月) 長男の進路

長男の琥白が音楽高等専修学校に合格しました。今までは決められた義務教育でしたが、遂にこれからは自分の決めた道を歩む事となります。琥白は私と妻の子供なので、たぶん人と同じような生き方は出来ないだろうと、琥白が小さい頃から思っていました。なので人と同じように生きる事が出来ない事も個性と認めて育てて来ました。勉強が出来ない事は私の子供だから仕方ないし、私も妻もなかなか変わった人間なので、琥白が人と変わっている事も、ある意味で言えばとても可愛く思っています。どう生きたって人生は1度しかありません。だから琥白が行きたいと思う道を行ってくれれば、親としてはそれで満足です。自分の道をしっかりと進んで行ってくれれば、それだけで十分だと思っています。


2025年12月14日(日) 最悪の朝

二日酔いの最悪の朝でした。起きたのは9時ぐらいでした。朝ごはんを食べてテレビを見て昼過ぎに家を出て、鷲神社に参拝し、大森道場の榊、米、塩、酒、水を替え手を合わせ、ジムに移動しトレーニングをし、道場でストレッチをしました。体重が一気に2キロ増えていました。でも本当に楽しい忘年会と二次会でした。お酒を飲まなかったら、ご父兄様ともあそこまで話す事は出来なかったと思うので、やはりお酒は良い物だなと思います。


2025年12月13日(土) 無事に終わる

私が運営する極真会館東京城南京浜支部の2025年最後の昇級審査会と極真ルール組手競技支部内交流試合を無事に終了しました。道着生の皆さん、1年間本当にお疲れ様でした。ご父兄の皆様、1年間本当にご協力ありがとうございました。東京城南京浜支部が更に発展し生徒達が活躍出来るよう活動して行こうと思います。コンゴも変わらぬご支援をお願い致します。


2025年12月12日(金) アイアンクロー

以前、このブログで子供の頃にプロレスラーになりたかった事を書きました。プロレスのテレビ中継は、全日本プロレス、新日本プロレスともうひとつ世界のプロレスがありました。この世界のプロレスは名前の通り世界中のプロレスを中継します。アメリカのプロレス団体のNWA、AWA、WWF(現WWE)、メキシコのルチャリブレ、などが放映されていました。私はNWAが好きでした。歴代の王者も凄くて、リック・フレアー、ハーリー・レイス、ドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンク、ケリー・フォン・エリック、ダスティ・ローデス、ルー・テーズ、ジャック・ブリスコ、など日本でもおなじみの数々の凄い選手達が名前を連ねています。日本人ではジャイアント馬場さんがチャンピオンになっています。その後にNWAが衰退してからは何名か日本人もチャンピオンになっていますが、私はそれは頭には入れていません。今日は「アイアンクロー」と言う映画を見ました。NWAチャンピオンにもなったケリー・フォン・エリックの家族のエリック一家の呪われたエリック一家の悲劇が映画となっていました。ケビン・フォン・エリックとケリー・フォン・エリックは新日本プロレスで来日した時に福島市にも来たので試合を観ていましたし、ケリー・フォン・エリックがNWAチャンピオンになったリック・フレアーとの戦いも世界のプロレスで見ました。だからとても辛い気持ちになりました。ケビン・フォン・エリックは六人の兄弟の中で唯一、今でも生きていて幸せに暮らしているそうです。本当に良かったなと思いました。


2025年12月11日(木) 今年見た映画

昨年はプロ野球にハマりました。今年もプロ野球は3回観戦に行きました。2025年にハマった物は何だろうと考えて見ました。映画を良く観た1年でした。何度も観ている映画を抜いて、今年初めて観た映画だけでも、思い返すところで、ひとくず、西成ゴローの四億円、西成ゴローの四億円(死闘編)、ねばきば新世界、孤狼の血、孤狼の血LEVEL2、素晴らしい日々、PERFECTDAYS、チェンソーマン、呪術廻戦、ひゃくえむ、国宝、プレデーター、罪と悪、ファンタスティック4、鬼滅の刃、スーパーマン、悪人、とけっこう映画館に行きましたし、プライムビデオで映画を見ました。1番感動したのは「ひとくず」でした。


2025年12月10日(水) 12月も中盤

ついに12月に入ったなー!なんて思っていたら、もう10日が過ぎて、12月も中盤に入りました。今週末に支部の審査会と支部内試合、来週末は東東京大会、その次の週は全日本空手道選手権大会があります。2025年は最後の最後まで忙しくなりそうです。


2025年12月09日(火) これが出来なかったら

大山倍達総裁が「これが出来なかったら、明日ご飯が食べる事が出来ないと思ってやれば、出来ない事なんかない!」と言っていましたが、言葉では分かっていても、恵まれていた私には感覚としてその本質を理解する事は出来ませんでした。考えて見ると私の父はその感覚で生きて来た人だと思います。ある時に私が父に「何故、若い頃に野球や格闘技など自分の才能のあると思う事に挑戦してみなかったの?」と聞いたら、父は「毎日どうやって食べて行くかで精一杯だったから、金にならない事をやっている暇なんてなかったよ。」と言っていました。父は毎日必死に頑張って仕事していた人なんだと思います。私が自分で甘いなと思うのは、やはり私は両親に何不自由なく育ててもらって自分の好きな事をして生きて行く事が出来たと言う事なのかもしれません。私は空手の稽古やトレーニングであらゆる苦しい稽古をして来ましたが、本当に苦しい事に耐えて来たのは、父なんだと思います。第二次世界大戦後から高度成長期を作って来た人達の凄みをこの歳になって、その感覚を本質として理解出来るように少しだけなりました。


2025年12月08日(月) 長男の高校の面接

12月6日(土)に長男の高校の面接が終わりました。いよいよだなと言う感じです。自分の好きな道を進んで行ってくれればそれで良いと思っています。現中学3年生は、残り3ヶ月で皆、自分の道を進んで行く事となります。ここからは本当にその人その人によって行く道が大きく変わって行きます。人生の中で二度と交わる事のない人がほとんどでしょう。長男がどんな人生を生きて行くのでしょう?悔いが残らず自分が納得出来る人生なら幸いです。長男が帰って来て時に私が「どうだった?」と聞いたら、長男は「ほぼ完璧だった!」と言っていました。でも学ランの襟のホックが外れていたと言っていました。「何故、この学校に入ろうとおもいましたか?」「あなたにとってプロとはどういうものだと思いますか?」そんな質問をされたらしいです。


2025年12月07日(日) 自分も頑張らなくては

舞浜ビューホテルで行われた曲千葉県北支部の30周年パーティーに参列して来ました。本当に素晴らしいパーティーでした。千葉県北支部の30年の功績を映像で見て本当に素晴らしいと思いました。自分も頑張らなくてはいけないなと思いました。


2025年12月06日(土) 妻との思い出の場所

この日記は日々自分が思った事や忘れたくない事や逆にいつか自分の記憶からこぼれ落ちてしまうだろうと言う事や、いつか自分がこの世にいなくなった時に妻や子供達や生徒達がもしかしたら私を偲んでこの日記を見るかもしれないと思い遺言的な意味でも書いています。今日は私が妻と行った場所で思い出に残っている所を書いてみようと思います。初めて会った時に一緒に食事をした六本木のフライデーズ、初めて2人で行ったディズニーランド、2人で行ったハワイアンズ、初めて一緒にお酒を飲んだ福島にある天麩羅屋の平井、平成最後の日に行ったディズニーシー、令和になる瞬間にいた蒲田の串カツ田中、よく2人で飲みに行った港や、クリスマスに行った六本木ヒルズの屋上と展望デッキ、もっともっとあるんだろうけど、この辺りは何時か思い出して欲しいので書いておこうと思いました。


2025年12月05日(金) 子供の頃に

最近、子供の頃に見ていた漫画をあらためて読んでいます。「風魔の小次郎」「リングにかけろ」が僕が漫画を読んだ原点でした。やっぱり戦うのが好きなんだなと思います。「風魔の小次郎」では竜魔、項羽、飛鳥武蔵、伊達総司、霧風とかが好きです。「リングにかけろ」では竜児、剣崎、影道総帥、石松、志那虎、スコルピオン、ヘルガとかが好きです。「聖闘士星矢」ももちろん好きで、一輝、子竜、瞬、星矢、氷河、釈迦、アイオリア、カミュとかが好きです。


2025年12月04日(木) スマホの待受画面

私のスマホの待受画面は妻の写真です。たまに人に見られると恥ずかしい事もあるのですが、そうしています。これには理由があります。その理由を書いておこうと思います。その妻の写真は私と妻が付き合った頃、福島と東京で遠距離恋愛をしている時に妻が送ってくれた写真です。遠距離恋愛は約3ヶ月でした。その3ヶ月のあいだ、その写真を見て、妻が東京に来る準備を頑張っていました。その時の気持を忘れないよう、その写真を待受画面にしています。子供達が生まれてから、子供達を待受画面にしようかと思った事もありますが、やはり妻への感謝の気持を忘れないよう、今でもその写真を待受画面にしています。たまに知り合いと食事する事があり、「何その待受画面?菅野さんの好きなアイドルとか女優か何かなの?」と言われる事があります。「自分の妻です。」と答える時は嬉しい気持になります。


2025年12月03日(水) 映画好き

私が生まれて初めて映画館で観た映画を調べて見ました。初めて観たのはどうやら3歳の時に観た「キングコング」でした。2番目が4歳で観た「スター・ウォーズ」3番目が5歳で観た「死亡遊戯」でした。このあとはもう覚えていません。でもこの3作品だけは、ハッキリと見た記憶があります。映画館の中の記憶もありますし、映画館を出た時の記憶もあります。パンフレットを買った記憶もあります。特にスター・ウォーズは母と2人で観に行ったので、母が驚くたびに私の足を叩いていたのを覚えています。本当に映画は大好きでした。映画が好きなのは母の影響です。次男もとても映画が好きです。思い出したのですが私は映画監督が映画の評論家になりたいと思っていた時期がありました。日曜洋画劇場の淀川長治さんの「怖かったですねー!でも面白かったですねー!それでは次週をお楽しみください。さよなら、さよなら、さよなら。」というのと、水曜ロードショーの水野晴郎さんの「イヤーッ!映画って本当にいいですねー!」っていうのを、何度真似したか分かりません。


2025年12月02日(火) 欲しい物はたくさんある

もっと欲しい物はたくさんあります。お金、家、車、でもそれは子供の頃に自分が本気で欲しいと思った物ではありません。大人になって、もっともっとと欲が出て欲しくなった物です。人が持っているから羨ましくなり欲しくなったと言うだけの物です。自分が子供の頃に本気で欲しいと思った物はもう手にしていますし、子供の頃に本気でなりたいと思った自分にはもうなれています。その事に気付きました。もし今の自分がお金や家や車を手にしていたとしても、今の自分になれていなかったら後悔していたと思います。本当はこうなりたかったんだと思って後悔していたと思います。でもその後悔はありません。だからやはり自分は正しい道を歩んで来たのだと思います。


2025年12月01日(月) 今年もあと1ヶ月

早いもので2025年も最後の月となりました。あと2カ月もすれば私は53歳になります。どんどん生きて来た時間が増え、この世での生きる時間が減って行きます。52歳にもなれば、自分を変える事はなかなか難しいです。変えられるものなら、もっと若い20代の頃に変えていたと思います。生きる時間の方が少なくなった、今の今まで変えられなかったのですから、やはりもう変えられないのでしょう。50歳を過ぎて今さら変わったところで、これからの人生がどうなるものでもないと言うのもあるでしょうし、今までこれで生きてきたのだから、今さら変えてたまるかと言うのもあるかもしれません。でもやはり自分を変える事はとても大切だろうと思います。自分が変われば未来は確実に変わります。私も自分を変える努力は何歳まででもして行きたいと思っています。


kanno

My追加