DiaryINDEX|過去の日記|未来の日記
私が試合をした相手で、その後に他の格闘技で活躍していた選手がいます。野地竜太選手はキックボクシングや総合格闘技のDEEPやPANCRASEの試合に、清水賢吾選手はRISEのヘビー級チャンピオンに、菊野克紀選手は総合格闘技でDREAMやUFCの試合に、外岡真徳選手はキックボクシングや総合格闘技のDREAMの試合に、前田誠選手は修斗の試合に、そして戦績は3勝2敗です。私は極真空手を始める前に魏桜流拳法という流派で始めたので硬式空手、新空手など顔面アリルールの試合に出ていたので、特に顔面パンチに苦手意識はありません。私が空手を始めた時代は顔面アリルールの空手よりも極真空手の方が強かったから、強いと思う方を選んだのです。もちろんルールで勝ち負けやいろいろな物が変わるとは思いますが、私の時代の極真空手の選手は他の格闘技の選手に体力では負けていなかった思います。何故そう思うかと言うと他の格闘技の選手が出稽古に来た事が何度かありましたし、ウエイトトレーニングのジムも一緒でしたが、私はその人達より体力がありました。ウエイトトレーニングもその人達より重い物が上がりました。だから私よりもっともっと強い極真空手出身の選手がK−1で大活躍したのは当たり前の事だと思っています。大切なのは限界を超えるような稽古をする事だと思います。
空手をやっていて、どの時代が1番楽しかったか?と言えば、それは城南支部で稽古をしていた頃が1番楽しかったです。先輩方もたくさんいて、同輩や後輩もたくさんいて、みんなで毎日切磋琢磨して、皆で一緒にご飯を食べに行き、皆で銭湯に行きました。休みの日も道場に集まったりご飯を食べに行ったりしていました。もう毎日事件がおこっているぐらい、いろんな事がありました。でもあのメンバーが1つの支部として動いていたのだから、それ自体が奇跡だったような気もしています。城南支部は、極真空手の名のもとに地上最強になろうと言う豪傑の集まりでした。また皆で集まれたら良いなと思います。
本日は京都府立体育館にて2026年型競技全日本空手道選手権大会と2026年セミコンタクトルール全国交流大会が行われました。私は型競技とセミコンの主審を務めました。昔は50歳で審判員は定年退職でしたので、私達の世代の支部長審判員はなかなか大変です。私の審判員を務めたコートでは型競技38試合、セミコン15試合でした。型競技もセミコンもルールに微調整がありました。それもあり、反省点もあります。ですが自分のプライドにかけて、その場では自分の感覚を研ぎ澄まして全力でジャッジしたと言えます。帰りの新幹線のホームで八巻師範と一緒になり、いろんな話をさせて頂きました。同じ城南の先輩ですが、なかなか長く話せる機会がなかったので、とても嬉しかったです。もうすぐ蒲田に着きます。やっと家族に会えると思うとホッとします。家族と離れていると寂しいです。やっぱり家が1番です。
京都へ出張で行く準備をして朝の仕事に行き、仕事を終えてその足で京都へ向かいました。極真会館は私の仕事であり仲間と会える場所です。私は29歳で支部長になったので、支部長になって24年が経った事になります。もうすっかりベテランの支部長になってしまいました。極真会館の稽古体系や型や型競技を整備する技術講習会にも入っていますし、大会でもほぼ主審を務めるようになり、責任のある立場に立たせて頂いています。今回もたくさんの支部長とお話させて頂きました。会館までの電車の道中に石崎支部長、古城支部長、会議の合間には、塩島支部長、山川支部長、荒田支部長、戸田支部長、竹石支部長、小坂支部長とお話をさせて頂きました。夜は鈴木支部長と石川支部長と食事させて頂きました。本当に楽しかったです。本日は審判講習会と全国支部長会議と型講習会があったのですが、組織が良くなるよう、いろいろな提案をさせて頂きました。明日は型競技全日本大会とセミコンタクトルール全国交流大会があります。良いジャッジが出来るよう頑張ります。
私のこれからの夢を書きたいと思います。やはり空手道と言う物を突き詰めて行く事、自分が行ける限界の所まで頑張って進んで行きたいと思います。その次は極真空手の素晴らしさを1人でも多くの人に伝える事です。極真空手と言う素晴らしい物を使って、たくさんの若者を騙してこっちの世界に引きずり込みたいです。私も極真空手の魅力に騙されて魅了されて、こっちの世界に引きずり込まれた1人です。そして若者だけではなく、私達が若い頃の極真空手の世界に引きずり込まれる事を事情があり出来なかった壮年の方々に極真空手の魅力をもう1度見せてあげたいと思っています。極真空手大好き同好会を作りたいと思います。私は歳を取った人にも極真空手の魅力を伝える自信があります。歳を取った人でも前に進める稽古方法を私は知っています。極真空手で一生を青春にしたいです。
自分で言うのも何ですが私はけっこうオールラウンドな空手家だと思います。オーソドックスでもサウスポーでも組手が出来ますし、サウスポーの人に苦手意識もありませんし、サウスポーの人にオーソドックスでも戦えますし、サウスポーの人にサウスポーでも戦えますし、オーソドックスの人にサウスポーでも戦えます。柔軟性も左右均等ですし、ウエイトトレーニングでもあまり力に左右差はありません。基本稽古でも苦手な技はありませんし、胴回し回転蹴り、カポエイラキック、アクセルキック、などの飛び技を一通り出来ます。自分が引退してから出てきた内回し蹴りやカーフキックもそつなく使う事が出来ます。若い頃は前宙、側宙、バック宙、身伸のバック宙なども出来ました。マラソンも全日本の代表メンバーや三峰の合宿で走っても3位ぐらいにはなれます。ウエイトトレーニングの記録もベンチプレス170キロ、スクワット260キロ、ショルダープレス90キロ上がったので力もある方だと思います。ポイント制の試合でも準優勝しましたし、型競技では全日本35歳以上の部で優勝しました。上段回し蹴り、中段回し蹴り、下段回し蹴り、カカト落とし、中段突き、で技有りや一本も取った事があるので、けっこう技もたくさん使える方だと思います。接近戦や押し合いもそんなに苦手意識はありませんし、延長戦も嫌だと思った事はありません。なのでけっこういろんなタイプの人を指導できると思います。
嫌いなトレーニングランキングを書こうと思います。私も嫌いなトレーニングがあります。1位は背筋です。背筋は、斜めになっている器具で行うバックエクステンションという種目を行います。その器具に身体を固定して10キロのダンベルを首に乗せて40〜30回を3セット行います。これが地味にメチャクチャキツイです。2位は首の後側のトレーニングです。15キロのプレートを頭に乗せて40〜30回を3セット行います。やり過ぎると吐き気がします。3位はくひの前側のトレーニングです。ベンチに寝て頭だけを出しておでこに15キロのプレートを乗せて65〜45回を3セット行います。これもメチャクチャキツイです。これが私の嫌いなトレーニングベスト3です。でも腹筋と背筋と首は身体の中心と頭と上半身と下半身を繋ぐとても大切な部位なので、絶対にサボらないようにしています。
野球部の試合に出る次男と一緒に仕事に出ました。少し先に出た次男のあとをついて行き、信号で止まっている次男を写真を撮り、追い抜く時に「頑張ってね!」と声をかけ、振り返って写真を撮りました。あとで写真を確認すると次男は私に手を振っていた事に気が付きました。とても嬉しかったです。本当に幸せだと思いました。次男はいつも私を幸せにしてくれます。
空手道と言う物を38年やって来て少し分かって来た事があります。私なんかは、まだまだ頂上には届いていませんが富士山で言えば7合目から8合目までは来ているような気もしています。それで思う事は打撃系の武道や格闘技ならば、流派が違っても、習う先生が違っても、どこの国でその格闘技が生まれたとしても、何十年も突き詰めて稽古して行けば頂上は同じになるのではないか?と思っています。そして最後は我流になるのだと思います。我流と言うのは、本当の言葉の意味は「師匠につかず、正式なやり方をとらないで、自分だけの勝手なやり方で行う方法」の事なのですが、その我流ではなく、先生や先人の教えを突き詰めて行けば、いつか先生の教えを超えて、自分に合うやり方を編み出します。その時に自分の流儀が出来ます。でも自分の流儀も、それをさらに突き詰めて行くと、皆が同じような場所に辿り着きます。私も他の流派の人な本を読んだり、他の格闘技の人の考えを聞く事がありますが、「あれっ!その考えけっこう自分が考えている事と近いんじゃないか?」と思う事があります。でもそれはけっこう歳を取った人だったりします。だからフィジカルで強い時期ではなく、自分が枯れて来た頃の技術なんじゃないかな?と思います。これから極真空手はどんどん良くなって行きます。なぜなら今の師範や先生と呼ばれている人は、昔の師範や先生と呼ばれていた人よりしっかりと稽古をしているからです。全員がそうではありませんし、すごい境地に達した尊敬している師範もたくさんいます。ですが極真空手の師範は現役を退くと稽古をしなくなる師範や先生が多かったと思います。なので教える事もフィジカル面で強くなることしか出来なかっのでは?と思います。現役時代はそんなに成績を残せていなくても、試合に出た事が無くても、何十年もしっかりと稽古している方はそれなりの境地に辿り着いています。私もその仲間に入れるように頑張りたいと思います。
昨日、書いた日記の内容に少し加筆したいと思います。心技体は、もともとは心気体だと思います。心と身体を繋ぐものが気と言う事です。本当にそうだと思います。心と言うのは、思う考える感じると言うメンタルの事です。体と言うのは柔軟性や筋力や持久力と言う肉体の持っているフィジカルやコンディションの事です。気と言うのは生きている力と言うか魂というか命と言うか生命力の事です。なので身体のコンディションをいつも整えておく必要があります。コンディションが整っていれば、心というメンタルも整っていきます。そうすると生命力も強くなっていきます。そしてその心気体の上に乗っかる物が技術です。いくら素晴らしい技術を知っていても、それを使える身体と勇気と闘魂がなければ技を使う事が出来ません。なのでいつも心気体を強くする事に努めた上で空手の技を稽古していかなければいけないと思います。
私が自主トレで突きや蹴りの稽古をする時に心がけている事は、脱力すること、呼吸と動作を合わせること、自分の技に意識を入れること、自分の技が決まる瞬間に身体の中に爆発が起きるイメージをすることです。力を抜く時も力を入れる時も呼吸が大切です。身体を脱力させる呼吸と身体の中で爆発を起こす呼吸と心を整える呼吸と心を燃やす呼吸があります。人の意識は呼吸でコントロール出来ようになると思います。最後的には自分が必死に動いている時には呼吸の事を考える事は出来ないので、何をしている時にもその時にあった呼吸を自然に出来るようにしなければ行けないのだと思います。技を出す時も倒そうと思わなくても倒そうとする呼吸と技を出す感じです。最終的には何も考えなくても何を思わなくても何を感じなくても自分の身体がオートマチックのように自然に動くようにしなければならないのだと思います。「武備志」に残る「拳法八句」の言葉を書いておきたいと思います。「人心同天地、血脈似日月、法剛柔呑吐、身随時應変、手逢空則入、碼進退離逢、眼要視四方、耳能聴八達」最初の三句は心の教えで、残りの五句は技と体の教えです。私は心技体ともう一つ気と言う物を大切にしています。心技体は心気体だと言う説もあります。心と身体を繋ぐものが気だと言う事です。私もそう思います。この心気技体のコンディションを常にバランスよく高め整えておく必要があると思います。
空手という物の38年やって見て、空手という技術を知って、空手という物の歴史や成り立ちを調べて見て、私が今感じている事は、空手の技術というものは、戦わないためのもの、自分の身を守る技術、自分を鍛える事で心と身体を律するもの、戦わない事で自分と相手の命を守るもの、最後の瞬間までそのように努めて行き、しかし最終的な場面では自分の命も相手の命も平等に見て、自分の命をためらいなくかけてそれまでの人生で学んだ事の全てを技に乗せて出すものだと思います。だからこそ礼儀正しく自分の心を律して、自分の身体をいつも鍛えて、自分の気を高めておかなければ行けないのだと思います。自分の身に付けた武道で自分の人生を輝かせ、自分と周りの人を幸せにし、人や社会の役に立ち感謝されるように心がけて生きて行く、そして自分の命の最後の場面では、自分の人生に悔いがないと言って、この世からされた時にその人は真の武道家だと言えるのだと思います。私もそこに辿り着きたいと思っています。
私は週に6回トレーニングをしていますが、トレーニングをする時に心がけている事があります。それは必ず前回のトレーニングメニューの重さや回数を上げる事です。例えば胸のトレーニングなら、チェストプレス、ペクトラルフライ、ディップス、ケーブルクロスオーバーをやります。その全ての種目で毎回、重さを上げたり回数を上げる事は出来ません。疲れている日は重さや回数が落ちてしまう日もあります。停滞する時期もあります。でも全ての種目で重さや回数を1回上げる事は可能です。なので必ずトレーニングの前に前々回、前回のトレーニングノートに書いてある記録を確認してからトレーニングするようにしています。そうやって一歩一歩前に進んで行きたいと思っています。
私の目指している強さとは、一体どう言う物なのか?具体的に書きたいと思います。以前は相手がどう攻撃してこようと全て弾き返して、相手の技に隙が出来たら、その瞬間に自分の得意な技を入れて一撃で倒すと言うのが理想でした。今は少し違います。今の私が理想にしている強さは、自分が動く中で相手にも自由に動かさせて、その中で自分が相手の動きをコントロールしていき最終的に相手の隙を生み出して参ったを言わせるような組手です。まだまだその境地には、程遠いのですが、だからこそ目指しがいがあると言うものです。なれるかなれないかは?辿り着けるか辿り着けないか?は問題ではありません。ただひたすらにそこを目指して努力精進して行くだけです。
私が目指しているものは、簡単に言えば「人間と言う生物が到達出来る最強」です。この話を家族にすると妻にも子供達にも、「頭がオカシイじゃないか?」と言う呆れた目で見られます。そしてこの日記を読んで、そう思った方がいらっしゃったとしたら、その方は正常です。私は自分が普通でも正常でも無いという事は、小さい頃から誰よりも理解しています。まあ私は本当に変わっているのだと思います。小さい頃はその事でずいぶん悩んだりしましたが、人と変わっていたから今の自分がいるので、今は自分が変わっている事に誇りを持っています。最強になりたい!それが冗談だったら、もうとっくに空手を辞めていますし、毎日馬鹿みたいにトレーニングしたり稽古したりしていません。本気で最強になる事を諦めていないから、こんなに毎日頑張れるのです。私は弱かった頃の自分が大っきらいです。でも強くなりたいと努力している自分の事は大好きです。だから強くなりたい、それを諦めてしまったら
夏休み最後の日は個人レッスンの指導を3回行い、自分のトレーニングも行いました。個人レッスンはその人の身に付けたい事を教えるのですが、指導していて空手という物の奥深さを感じました。もちろんその奥深さを感じるほどの知識を私が知らなくてはいけないわけですが、私が身に付けている事は全て先人達が稽古するなかで編み出した事です。身体の使い方やバランスの取り方や力の出し方や技の出し方など空手の技は本当に素晴らしいと感じながら指導をしていました。私もまだまだ満足していません。さらに良い指導が出来るように、これからも情熱を持ってさらに学んでいきたいと思います。
トレーニングのあと、次男と待ち合わせをして錦糸町の法恩寺にある母方の先祖のお墓参りに行きました。このお墓には私の母の両親も入っています。そしてこのお墓には、私が1番お墓参りに来ていると思います。子供の頃は東京に来た時は必ずこのお墓にお墓参りをしていました。何故かいつも雨が降っていました。私が東京に来てからはお彼岸とお盆と年末と試合の前には必ずお墓参りをしていました。たぶんというかおそらくというか、もっと言ったら絶対と言っても言いと思いますが、何故このお墓に私が1番お墓参りに来ているかと言うと、それは私がこのお墓に1番深く縁があるからです。宮下家に1番縁があると言う事なのかもしれません。私は菅野家の長男でもちろん菅野の血筋と名前を継いでいるのですが、私のDNAは宮下の方に強くあると思っています。このお墓があるうちはこれからも定期的にお墓参りに来たいと思います。
トレーニングをした後に次男と「マイケル」を大井町トラックスにあるTOHOシネマズ大井町に観に行きました。マイケル・ジャクソンは私達の世代なら誰でも知っていると思います。知っている曲もたくさん出て来て、とても良い作品でした。次男はビート・イットが1番好きだと言っていました。私はバットが1番好きです。
空手の一対一の組手において、とても大切な事があります。空手を始めた頃は、稽古した技を相手に技を入れようと一生懸命に組手をすると思います。組手をこなして行くと強い人とも組手をして手痛い一撃をもらう事も増えて行き、強い人と組手をする時は守ろう守ろうとしてしまうものです。そしてさらに上達した時が良くない時で、自分より弱い人と組手をする時は自分の技で相手を倒そうとムキになって組手をし、自分より強い人と組手をする時は上手に自分を守って凌ごうと組手をしてしまいます。これではフィジカル面の上達でしか強くなれず、技や心や気を作る事が出来ません。誰と組手をしても相手と調和して良い組手が出来るように組手をする事が大切です。試合や自分の身を守る時はもちろん相手の虚を突いたり、悪い所を突いたり、相手に攻撃されないよう自分の身を守らなければいけないのですが、一対一の組手がうまくなりたいのなら、相手とテニスをやるのではなく、羽子板で遊ぶように組手をすると良いと思います。羽子板はテニスのようなスポーツのゲームではなく、自分と相手で勝つ遊びです。お互いに良い所に打ってあげて何回ラリーを続けられたか?を競います。なので自分と相手の両方で息を合わせてラリーを続けて行きます。そのように組手をして行くと相手と調和出来るようなって来ます。ラリーが続かない事を相手が下手だと言うふうに言っていては上達はしません。少し上手くなったり強くなると自分より上手い人や強い人と組手をした方が上達すると言う人がいます。私はそうではないと思っています。鬼一法眼と言う方が良い言葉を残しているので書いておこうと思います。
国際空手道連盟極真会館の最高顧問郷田勇三師範がご逝去されました。郷田師範は私が観戦した全日本大会や世界大会の決勝戦の主審を務められている姿が最初に見た姿だと思います。その後は総本部の鏡開きや三峰の合宿でご一緒させて頂いたりしました。はじめて郷田師範に話しかけられたのは、極真会館を私の師匠が離れて行った時に、松井館長と郷田師範とお会いした時でした。その年の私の道場の審査会にも来て頂き、郷田師範と昼食をご一緒させて頂きました。大山倍達総裁の話などいろいろな話を聞かせて頂きました。三峰の合宿の下山や滝浴びなども一緒にさせて頂きました。いつも優しく接して下さいました。郷田勇三師範ありがとうございました。押忍
次男の真白を連れて、妹の家に来ている両親と姉に会って来ました。妹の次男も来てくれて、久しぶりにみんなで食事をしました。楽しい時間は本当にあっという間に過ぎて行きます。両親もなかなかの高齢になってしまいました。両親に会える1回1回を大切にしたいと思います。次男もおじいちゃんとおばあちゃんに会えて喜んでいました。次男とは波長が合うので電車で2人旅をしていてとても楽しいです。
久しぶりに家族で外食をしました。長男がアルバイトしているお店に行かせて頂きました。長男と一緒に働いている方に接客して頂き、いろいろお話をさせて頂きました。どうやら長男は皆と仲良く一生懸命に働いているようでした。とても嬉しく思いました。私は普段はいつも行く店にしか行かないので初めて行くお店では何を注文してよいか?とても迷うのですが、長男がいろいろお勧めしてくれて頼もしかったです。店員さんが食器を下げやすいように重ねて纏めておいていたり、気付いたらもうすっかり大人になったんだなと感心しました。
空手は何歳になっても続ける事が出来ると思います。まさしく人生という道を歩んで行く中で最後まで何かを学ぶ事が出来る武道です。空手は柔軟体操があり、黙想があり、呼吸法があり、型があり、基本稽古があり、移動稽古があり、組手があり、筋力トレーニングもあり、道場訓があり、稽古の中に全てが含まれているので何となく行ってしまっている物もあると思いますが、歳を取ったら、その一つ一つを抜き出して稽古してみると面白味が出てくると思います。柔軟体操や黙想や呼吸法なども抜き出して突き詰めて稽古してみたら、奥深い物となります。黙想は瞑想や禅とも繋がっています。柔軟体操や呼吸法はヨガに繋がっていると思います。基本稽古は有酸素運動にもなりますし、反射神経や筋力や全身の心体機能を高める事も出来ます。移動稽古は足腰を鍛えるには最高の稽古です。組手は戦う心を作ったり相手の技に反応する事や相手に叩かれたり蹴られたりする事で骨や筋肉だけでなく気力や精神力も強くなります。砂袋やサンドバックを叩いたり蹴ったりするのもよい稽古です。そして1番は同じ物を好きな仲間を作る事が出来ます。空手は一生稽古してこそ武道と言う物になります。
空手の組手というと一対一でお互いに向かい合って構えて組手をします。試合もこんな感じでやりますし、一対一で喧嘩をするなら、そういう構えから始まるのだと思います。なので指導者の方もこの構えで行う組手を実戦的な稽古と行ってしまう方がいますが、これは大きな間違いです。一対一で向かい合って構えて喧嘩するなんて非現実的です。自分の身を守らなければならない場面はもっと突発的におこります。その時に自分の身体をどう動かして自分の身を守るか?という事が大切になります。私は現実にそのような体験を何度もしています。その時に出す技は空手の基本の受けや型の中にある身体の使い方でした。なので型をしっかり稽古する事や基本稽古をしっかり稽古する事や型の分解の受け返しを稽古する事がとても大切だと思います。それが実戦的な稽古になると思います。
空手の技を身に付けるにあたり大切だと思う事を書きたいと思います。柔軟性や筋力やバランスや身体を動かす感覚を左右均等に身に付ける事が大切だと思います。突きや蹴りや受けや運足や回転する動作などを左右均等に出来るようにしなければ行けません。その為には柔軟体操や基本稽古や移動稽古や型や筋力トレーニングやる場合に左右均等を心がけてやると良いと思います。それから呼吸を常に意識しながら身体を動かす事が大切だと思います。力を抜く力を入れる身体を縮める身体を伸ばすなどをして技を出す時に力を抜く呼吸と力を入れる呼吸を意識して行うと良いと思います。相手の技を受ける時も避ける時も捌く時も呼吸が大切です。常に呼吸が乱れないぐらいに心肺機能を作っておく必要があります。空手の稽古は、今書いたような事が全て身に付けられるように出来ていますが、しっかりとそれを意識して行う必要があります。そして筋力や心肺機能などは、稽古とは別に補強として行う必要があると思います。もし自分が身を守らなければ行けないと言う時に足りない物がないようにしておかなければ行けないと思います。そして1番は心が大切です。空手に先手なしと言うように、戦わないで済むように心がけていなければいけません、戦わないで済むようにするために空手の技や強さを身に付けておくのです。でもいざという時に迷いなく技が使えるように、常に戦うという心構えを身に付けておく必要があります。
空手を修得し極めるのに邪魔になる事があります。これは空手だけではなく、何かを習得して極めようとした時には邪魔になる事だと思います。先ずは疑う事です。先人の教えや師の教えや稽古方法に対して疑問を持ってしまう事です。自分が行っている事に絶対の自信を持って行わなければ上達はしません。その時その時に自分にとって必要な事を疑問を持たずに一生懸命に行う事が大切です。次は慣れる事や飽きる事です。稽古に慣れてしまったり飽きてしまい情熱をなくして惰性で稽古してしまっては上達はしません。常に情熱を持って、こうなりたいと理想を思い描いて一生懸命に稽古を行わなければ行けません。最後は慢心する事です。自分は上手い自分は強いという奢りがあれば謙虚さを失ってしまい、自分の弱い所や悪い所を見なくなり、自分に都合の良い言葉にしか耳を貸さなくなってしまえば、それ以上の上達をする事は出来なくなってしまいます。常に謙虚な気持ちで稽古を行わなければ行けないと思います。
自分の身に付けている技術を改めてこの日記に書いてみる事で自分が再認識する機会になるかと思い、それを書いてみようと思います。空手の技術で何が1番大切かと言えば、私は受けだと思います。空手の形は私が知る限り受けから始まりますし、「空手に先手なし」と言うので受けから始まった方が良いのだと思います。その受けを大きく分けるとしたら、先ずは相手の技をその場で防御する技で、いわゆる腕や肘や脛や膝でブロックする受け、その次は相手の技を腕などを回転させたりして柔らかく流す受け、その次は相手の技が来た時に自分の後ろ足に体重をかけて曲げたりして相手との距離を作りながら相手の技を捌く受け、その次は自分の身体を回転させたり、相手の側面にズレながら捌く受け、最後は相手の技に合わせて自分も技を出して転倒させたりする受け、この5種類だと思います。でも1番大切なのは、このような技に対して自分の身体が反射的に動くように自分の身体に染み込ませるぐらい稽古する事だと思います。いくら知っていても、その時に自分の身体が動かなければ、知らないも同然です。私も知識はありますが、それが出来るかと言われれば、まだまだだと言わざるおえません。
次男は私の子供の頃とけっこう似ている所があると思います。映画が好きなところ、ウルトラマンやヒーローが好きなところ、好きな映画は何度も見るところ、好きな食べ物もけっこう似ています。この前の全日本体重別空手道選手権大会では、コートスタッフとしてお手伝いをしてくれました。2人でどこかに遊びに行ってもけっこういろんな事が似ているので気が合って楽だったりします。
私の53年の人生で「今、ここで頑張らなければ!」そう思って頑張った瞬間が何度かあります。中学3年生の時の水泳の県大会で400メートル自由型の決勝でラスト50メートルの所で3位の選手が少し前に見えて「今、ここで頑張らなければ!」と思い死ぬ気で必死に泳ぎタッチの差で私が勝ち、私は県で3位になり、東北大会に出場する事が出来ました。たぶん私はここで頑張らないと一生後悔すると思ったのだと思います。もうその時から水泳は中学生で辞めようと少し思っていたのかもしれません。だから死ぬ気で頑張ったのだと思います。そして今、人生を振り返って、もしあの時に諦めていたら、私は今でもその時のことを後悔していたと思います。結局その試合が私の水泳の競技人生で1番頑張った瞬間となりました。あの時に頑張ってくれた自分に感謝しています。
今日は個人レッスンを3回指導しました。1人は一般部の前薗さんで柔軟体操から回し蹴りのフォームと蹴り込みと基本の突きと型ヤンツーを指導しました。2人目は少年部の歩でセミコンの全国交流大会に出るのでセミコンルールの組手の稽古をしました。ポイントを取る稽古と受けと避ける稽古とカウンターの稽古をしてスパーリングをしました。3人目は外部から個人レッスンを受けに来ているプロのキックボクサーの方で柔軟体操と空手の基本稽古とサウスポーに対しての蹴り技やサウスポー対策を稽古しました。指導していて、自分の空手の知識と指導する引き出しの多さに自分で驚いています。教えたいことばかりであっという間に時間が過ぎてしまいます。私は本当に空手が好きなんだなと心から思います。
塚本徳臣先輩とは、よく一緒に稽古させて頂きました。思い出す所で月・水・金の17:00〜18:30まで自主トレルームでやっていた寮生稽古、五反田ワークアウトでのウエイトトレーニング、夜の稽古後のスパーリングです。お盆休みも一緒に稽古していて蒲田道場のマンションの屋上から一緒に多摩川で行われている花火を見た事がありました。塚本先輩とボクシングのスパーリングをしていた時期があるのですが、手が長いのでパンチがスッと伸びて来てもらってしまいます。あとカウンターが凄く上手かったです。たぶんK−1とかに出ていたら間違いなく日本人を代表する選手になっていたのではないかと思います。食事にもよく一緒に行かせて頂きました。一緒にお酒を飲んで肩を組んで歌ったりもさせて頂きました。10年ぐらい前に寮生稽古をしたメンバーで食事をさせて頂きました。昔一緒に稽古をしていた頃の思い出話であっという間に時間が過ぎてしまいました。あの頃に自分の青春があったのだと思います。
kanno
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