カウントシープ
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ボク達がヴァイオリンを始めたことに感化されたのか、父親がギターを弾きたいと言い出した。
それで思い出したのだけれど、うんと子供の頃、ボクの家にはギターがあった。それは父親の兄のお下がりで、4人兄弟の末っ子の父には、そうやって、お下がりのものが幾つかった。
お下がりの釣り道具(活躍したことは数回だった) お下がりの机(相当のボロだった) お下がりのコンパス(こんな骨董品を持っているのはクラスでボクだけだった) お下がりのゴルフバック・・・
こんな調子で沢山のガラクタが家にあったけれど、何回かの引越しのたびに処分されていき、そうした中でギターもいつの間にか居なくなっていた。
ある日ギターを買ったかと聞いてみたら、まだだと言った。ギター売り場には若者が沢山いて、自分のような年寄りには近寄りがたいと言う。それもそうだなと、ボク達でギターを選びに行った。クラシックギターで、ひょうたん型のもの、というのが父親の望みだった。
ボクにはギターは弾けないので、店員さんに(彼はギタリストらしい、ジョン・レノンが爆発したような頭をしていた)聞いて、何本か演奏してもらって気に入った音のする楽器を選んだ。一体父が何を弾くのか解らないし、若い頃に弾いていたのかも知らないけれど、音楽を演奏することはきっといいことだと思う。
お盆の間はできれば遠出をしたくない、と思っている。
だが、1週間のうち2日は、いやでも高速道路を使っての出勤になる。それを見越してこの期間は朝早く家を出るのだけれど、それでも先日は大渋滞に見舞われた。原因はトラックの横転で、すでに撤去されていたけれど、ボクはこの日40分の遅刻をした。
ただワリとこの区間は渋滞が発生するほうなので、こんなことでいちいち苛々はしない。少しはするけれど、まあ仕方ないか、と眠い頭を振って、退屈な渋滞を走っていると、ふと目の前の車に視線がとまった。
「ラ イ オ ン 走 行 中」
と、そのトラックの後ろに文字のステッカーが貼ってあったのだ。
ライオン走行ってどんな走りなんだろう? しばらく考えていたけれど、目の前の車は普通に走っているようにみえる。(といっても渋滞の中だけれど)まあそんな走りもあるのかと強引に納得して一度は終わった。けれど渋滞はまだまだ続いていて、前を向いている限り、ライオン走行が目に入ってしまう。
そうこうしているうちに、ふと気がついた。 ライオン走行は、一文字抜けているのであって、ライトオン走行だったのだ。このステッカーは配置が微妙なので、一文字抜けているのが目立たなかったのだが、これでスッキリしたところで、渋滞とサヨナラして高速を降りた。
ボクはもともと夜に眠れない。
それが、職場の仮眠室で過ごす時にはもっともっと眠れない。翌日の仕事のために何とか眠らなくっちゃと思うし、結局は浅いながらも眠っているのだけれど、ベッドもマクラもちっとも心地よくないし、空調は悪いし、おまけに薄い壁一枚向こうに、エレベーターが設置されているせいで、モーター音がうるさいのだ。
ベッドには最大の文句を付けたいのだが、このマットレスは最悪で、硬いスプリングが何処に入っているか背中で感じてしまうくらい。皆で散々文句を言い続けてきたら、ある日突然スポンジ状のものを入れてくれた。 これが巨大なコンニャクみたいな形状のもので、何だか見ていると冗談みたいなマットなのだ。さらには、小さなシングルベッドから5センチ程はみだしていて、ますますなんだこれは?といいたくなるよう、寝心地はもちろん悪い。スプリングの硬いのが背中に当たらない分マシなのかもしれないが、今度は通気性が悪くなり、夜中でも生ぬるい何かが背中の下にあるようだ。
そば殻枕だってせんべいみたいに固いし、いっそのこと、応接室のソファで寝たほうがマシだって思うけれど、そこで寝たら風邪を引いちゃった。
終戦記念日だろうがお盆だろうがごくごく普通に仕事の月曜日。ボクは一週間で最も月曜日が忙しいので、その忙しさも手伝ってますますお盆ムードは零だった。 ボクは、もう軽く10年はお墓参りに行ったことがない。両方の祖父母も、育ててくれた親代わりの叔父さんも、何処に眠っているかも知らないのだ。ごく小さな頃に母方の祖母のお墓参りをしたことはあったが、母親が祖父を避けるようになってからはそれもなくなってしまった。
父方の祖父が死んだとき、せめで祖母には生きているうちに会っておきたいと、会わせてくれるように頼んだけれど、「会ってもどうせ覚えていない」と言われ、とうとう死ぬまで会えなかったし、葬式にも連れて行ってもらえなかった。
死んで一ヶ月くらいたってから、「そういえば死んだよ」と一言言われただけだった。
別に特別祖父や祖母のことが好きだったわけじゃない。好きだと感じるほど近くに居なかったし、両親もお互いの親のことなど殆ど話したりしないから、ボクの心の中にはちっともイメージができないままだったのだ。それでも、毎年クリスマスに送られてくる祖母からのプレゼントには、祖母らしいオシャレな西洋の木で出来たオモチャや絵本が詰められていて、嬉しかったし、達筆すぎて詠みづらかった手紙の中に、ボクの名前があるのは嬉しかった。
多分、大切なことを忘れてきているのだと思う。ボクは、人が死んだときの悲しみが、未だによく解らないままなのだから。相方がこのまま死んじゃったら、きっと悲しいと思うけれど、それすらもまだ解らないと思うときがあるくらい、ボクの心はどこか欠けている。
この夏に買った携帯のストラップは、海のシリーズで纏めていた。ボクはクジラと灯台、相方は白い鳥と船が付いていた。
ある日気がつくとボクのクジラが居なくなっていたので、「クジラ居なくなっちゃったよ」と言ったら相方は「鳥さんも居なくなっちゃった」と言った。クジラと鳥と、どうやら2匹で何処かに行ってしまったようだ。
夏も終わりに近づいてきたし、新しいストラップを探そうと思って物色していたら、見つけたものがこれ。 poolysというキャラクターらしい。何処かで見かけたような気もするけれど、サイトを見つけて調べてみたら、今まで見かけていたものとは少し違うようだ。
このキャラクターのキャッチコピーが、 「仲良しの2人は理想のリラックスできるプールを求めて世界中を旅します。求めているプールは、すぐ傍にあるとも知らないで」 とあった。アヒルとカエルが仲良しというのも、何だか妙な取り合わせだけれど、それぞれのキャラクターはアンバランスで可愛い。ボクがカエルで、相方はアヒルをつけることにした。
すぐ傍に幸せはあるという青い鳥の話を彷彿とさせるが、幸せとはそういうものであり、手に入れてしまってはいけない、完全には手に入れられないことこそが幸せなのかもしれない。 時々眺めることができて、少し触れられるくらいのところに、幸せがあり続けるならば、幸いというものだ。
相方は沖縄の人なので、我が家では普通にゴーヤを食べる。最初はあの独特の苦味に辟易していたボクも、今では美味しく食べられるようになった。辛いものにチャレンジし続けると段々辛さに慣れてくるように、苦味も段々慣れてくるようだ。
此方では売っていないが、沖縄では糸瓜(ナビラーという)も食べる。普段束子になって薬局に売られているのを見ると、相方はもったいないと呟くのだが、食べてみるとなかなか美味しいので、そういいたくなる気持ちももっともだと思う。
健康&沖縄ブームによってか、最近は普通にスーパーでもゴーヤが手に入るようになった。あまりいいゴーヤじゃないと文句をいいつつも、気軽に手に入ることは有りがたい。(いいゴーヤとは、緑の色が濃く、とげとげがしっかりしているものを指すようだ)。 苦味が苦手な人は、薄くスライスすることと、塩水に少しの間つけておくことをお勧めするが、食べ慣れてくると苦味がないと物足りなく感じるみたい。ボクもあまり苦いものは苦手だけれど、段々慣れてきたのか、最近は苦味が足りないと食べた気がしなくなっている。
一番良く出てくるのはゴーヤチャンプルーだけれど、おにぎりに挟んでも美味しい(もちろんポークも一緒に)。食べたこと無いけれど、天ぷらも美味しいらしい。
どうしてもチャレンジする気になれないのが、ゴーヤジュース。ミキサーにかけて、蜂蜜で甘くしたり、林檎とミックスジュースにするそうだけれど、これだけは飲む気になれない。身体によさげな雰囲気は十分伝わってくるのだけれどね。
| 2005年08月12日(金) |
insect world |
毎日朝と晩に、庭に水撒きをする。
そのお陰か、夏の日照りを前に植物はぐったりするわけでもなく、青々と生い茂っていて、早くも剪定しなければいけないものも出てきた。 その小さな緑地帯に、色々な虫が生息している。あまり虫は好きじゃないのだけれど、水を撒いているとあちこちから飛び出してくるのだ。
まず、2メートルも背が高くなった植物(↑画像/名前は知らない)を、蟻が登っていって、花の蜜を回収している。何処かに巣があるに違いないが、まだ見つけられない。
時々土が不自然に盛り上がっているのは、ミミズの出入りした跡だ。最近は見かけないが、梅雨の頃にはミミズのミイラを山ほど見た。
バッタ(おんぶバッタ、もしくはしょうゆバッタ、頭が三角形のスリムなや つ)も、水をかけてると飛び出てくるものの一つだ。彼らも突然の降水に驚いただろうが、こちらも結構ドキドキする。これらはいつも同じ茂みから出てくるところをみると、縄張りがあるようだ。
虻?らしきものもいる。これは庭に立っている木の杭の穴をねぐらにしているようだ。蜂とも違うような気がするが、これはできれば庭から出ていって欲しいので、相方が毎日巣を水攻めしている。
蝶々もやってくる。モンシロチョウクラスの小さなものから、黒に青が入った綺麗なものまで、やはり蝶々は優雅だが、数ヶ月前には不気味な芋虫だったこともチラリと頭を掠める。あちらこちらに芋虫に食われた跡があるから、我が家で生まれ育った蝶々なのかもしれない。
あちこちにひっそりと蜘蛛も巣を作っているけれど、蜘蛛はいい虫だというから(虫じゃないか)、目立つところに作っていなければ撤去はしていない。
突然バタバタ凄い羽音がして、振り向いたらトンボが一匹遊びに来ていた。夏のトンボを見かけるのはとても久しぶりで、ちょっと嬉しかった。
※バッタって英語でgrasshopper、grassは草、hopperはぴょんぴょん飛ぶ虫
大人になると夏休みという区切りがないけれど、子供達にとっては夏休みの半分が過ぎようとしている。それはちょっぴり寂しくて、そして宿題という二文字がのしかかってくる時期であろうか。ボクは毎年夏休みの宿題は先に済ませておくほうだったから、この時期は読書感想文に取り掛かる頃だったように思う。
最近は蝉の声も一段と姦しい。今日も、歩きながら電話をしていたら、相手の声がさっぱり聞こえないくらいによく鳴いていた。相方は、この声を聞くと暑くなるとぼやくけれど、ボクはあまりそう思ったことはない。
相方の故郷ではクマゼミが主流らしいが、どんな鳴き声なんだろう。と、思って辞書を調べたら「しゃあしゃあ」という鳴き声らしい。
その蝉だが、最近は頻繁に屍が落ちていて、散歩のたびにうっかり踏みそうになって怖い。何しろ、人間の足だけでなく犬3頭=足は12本の面倒を見なくてはいけないのだから。 さらに、突然けたたましく鳴きながら、ぶつかってきたりするので油断ならない。ボクはそれ程蝉自体は怖くないし、摘むことだってできるけれど、突然の攻撃にはたじたじしてしまう。
でも、もっと困るのは、顔の前を飛行していく蝉を、犬がパクリ!と食べようとすることだ。ヨーゼフのカタツムリじゃあるまいし、虫を食うのは勘弁して欲しい。野性の犬だったらトカゲとか虫とかでたんぱく質を摂っているのかもしれないけれど、あとで犬の口から蝉の残骸とか出てきたら、トラウマになりそうだ。
※cicadaは英語で蝉のこと 蝉はカメムシ目らしい。
ユノアを組み上げてからというもの、裁縫したいという気持ちがどんどん強くなってきている。もちろん、ユノアに洋服を作りたいのだ。もともと自分でデザインすることは好きだし、細かいことも嫌いじゃないし、時間さえあればもっともっとそういうことをしたいし、絵も描きたい。
家にあるお人形雑誌の、「ドリィバード」と「ドーリィドーリィ」(全部はないの、買っておけばよかった)、ユノアのサイズの型紙を探してみたけれど、作りたい服はSDサイズやMSDサイズ、27�僖鼻璽襪良�が多くて、ユノアの体型に合うものはなし。自分で調節して作るしかないかな、と思うのだけれど、それはボクには大変な作業だ。
ひとつだけ、「ドリィバード4」の表紙の折り返しに載っている紅いドレスはユノアサイズで、とても作ってみたい!多分布は洋風のものを使うと思うけれど。和柄のお洋服も大好きなのだけれど、自分の人形には今のところピンと来ない。そういえばボクも着物なんて一度も着たことないし、着たいとも思わないけれど、着物の女の子は可愛いと思う。可愛いと思うのに、自分の人形に着せようと思わないのはボクが着物着ないからで、やっぱり人形は自分自身でもあるのかな。
裁縫と同じくらいやりたいのが、リキテックスでSDを全身塗装したり、メイクを変更すること。ヘッドを削ったりはまだ怖くてできないけれど、目元とかもっと濃くしてやろうとか考えている。
HDクラッシュによって失ってしまったドールサイトも復活したいし、ヴァイオリンも弾きたいし、絵も描きたいし、あー、ホント時間が足りない。
以前書いていた指の皮膚病は、なかなか治らない。指輪をしていたことが原因だと言われているけれど、結婚指輪を左手じゃなく右手の薬指にしていたのがいけなかったのかな。 たいした理由じゃないけれど、職場では多分同性愛者だって疑われているから、これ以上証拠を提出したくなかったのだ。偽っている罰として受けているのかしら、などと考えてしまうのは、少々自罰的過ぎるかもしれない。
一時期酷いときは、夜中に指の痒みで目が覚めるほどだった。凄く熱を持ってひたすら痒い指は切り落としたくなるぐらいの苦しみで、痒みで寝付けず、痒みで目を覚ます日が繰り返されたのだ。
今も、けして治ったわけじゃないけれど、ひとつだけいい手段を見つけた。綿の手袋をして、指を覆ってしまうのだ。すると刺激が少なくなったためか、随分楽になった。もう、耐えられないほどの痒みもなくなったけれど、手袋をはずしてしまうとまた元に戻ってしまう。この2週間、仕事の時も家の中にいるときも、いつでも手袋をして過ごしていて、唯一お風呂や洗面の時と、眠っているとき、ヴァイオリンを弾いているときだけ、素手に戻れる。
手袋は白いものしか持っていなくて、それは本当は人形を扱うためのものだったのだけれど、今はそれの右手用のものだけを使っている。ボクの小さな手には少し大きくて生活しずらいけれど、それでも今は手袋に沢山助けてもらっている。
今スペースシャトルが宇宙に行っている。ボクは天文の世界はわりと好きだけれど、それほどNASA関係の話題を知っているわけじゃないので、飛ぶ前日にYAHOOのTOPで知ったくらいだ。
その飛行機に日本人が乗っていることも、ボクの知り合いというわけじゃないから特には感情が動くわけじゃない。ボクは愛国心というのかな、そういう気持ちがとても薄いので、オリンピックで日本人が活躍したとしてもあまりピンとこないのだ。 多分、これが野口さんの書いた文章とか、彼の考えとかを聞いたりしたら、もっと違ってくるに違いない。相手という人間の姿を捉え始めたら、其処には多少なりとも心の交流みたいなものが生まれるだろうから。
以前から持っていたヴァイオリンのCDがあって、その人は目の見えないヴァイオリニスト(川畠成道)なのだけれど、ボクはその弾き手に関してはそのことしか知らなかった。最近になって大切な友人が「いつかベートーベンのスプリングソナタを聞かせてね」と言ってくれたけれど、ボクはその曲を知らなかったので、早速ネットで調べたのだ。 キーワードで引っかかったサイトのうち、ヴァイオリンを弾く人の日記に富んだので、しばらく読んでいたらそれがその目の見えないヴァイオリニストのサイトだった、というわけだが、ボクはそのちょっとしたご縁が嬉しかったし、日記をじっくり読んだ後で、その書き手の演奏がすぐ手元にあるのもなんとなく嬉しかった。 日記を通して彼の考えを知ってからは、音楽も違ったものに聞こえた。今まで聞いていたその先に彼の姿が、人間の心までもが見えてくるような気持ちになったのだ。ボクは普段はその音楽の作り手のことまで知ろうとは思わないのだけれど、こんな風に知ることも悪くないと思った。
スプリングソナタは、とてもいい曲だった。いつか弾けるようになったら、ヴァイオリンを担いで出かけようと思う。
昨日は遠方から友達が遊びに来てくれたので、とても楽しかった。ずっと家から離れられないので、こうしてきてもらえることはとてもありがたい。長距離の移動や、長い日照や、そういったものが相方には負担になるからだ。
ちょっとのぼせるとすぐに相方は鼻血を出す。毎日数回出すので、唯が鼻血といえど貧血にならないか、ちょっと心配になったりする。散歩の途中でも、暑いせいか急にぽたーりと垂れてきたりして、相方は結構鼻血で苦労しているようだ。
友達は生粋の東京人で、この土地のことは殆ど知らないし、ボク達が居なければ立ち寄ることもあまりなさそうだ。そして今回彼等はこの土地の名物「モーニング」に興味を持っていた。ボク達は自信ありげ?に「モーニングしようよ」などと言っていたがこれは知ったかぶりで、実はコメダのモーニング以外に言ったことは殆どなく、案内できるほど研究していない。 この日友人達は朝の5時に出立したので、モーニングに行く時間はなかったので次に会うときには必ず!と約束した手前、研究しようととりあえず、地元紹介サイトを巡ってみた。週末近場から行って見ようかなと思いつつ、ボク達は早起きが苦手なので、なかなか実現は難しい…
ボクは子供の頃、テレビをあまり見せてもらえなかったから、同世代の子供と同じ話題を知らないことも多いし、今でも思い出が多少違ったりする。聞いていた音楽も一緒で、ボクはテレビという手段を通さないで音楽に出会っていた。 中学生の当時、友達の家に行くと、友達の「おじさん」という人が聞いているCDが部屋にあって、「おじさんには内緒」と言いながら、一緒にステレオで聞いた。その中で一番気に入ったのは「オフコース」だった。
その頃のボクは、声が音として美しい人が好きだったのだ。リズムや歌詞や破天荒なロッカーよりも、ボクは綺麗な音を求めて小田和正氏の声を聞いた。音楽を聴くことに対して母親はいい顔をしなかったから、音楽は夜家族が寝静まってからイヤホンで聞いた。中学2年生くらいだったけれど、夜中の2時まで起きて、ひっそりと音楽を聴いていて、それがボクにはとても大切な時間だった。
今思えば、その歌の歌詞も理解していないくらい子供だったけれど、大人になった今でも小田和正の当時の曲を聞いていると、鼻の奥がつんとしてきて、あのボクに与えられた子供部屋にいるような錯覚を呼び起こす。
ボクの父親よりも年配の人がいて、その人の庭には、果実のなる木が沢山生えている、その果実の話を聞くのがボクは好きだ。 今植えている木は、ボクが知っているだけでも、レモン・キウイ・リンゴ・スイカ(野菜か)なんかが生えているし、もちろんそのほかにいろんな種類の野菜が育っている。
ボクは家も農家じゃなくて、近くに出入りできるような畑もしらないから、野菜がどんな風に出来ていくのかも、どんな風に手を入れていくのかも知らない。だからその人の話はどれも面白くて興味深いのだ。
「今の敵は金蛮(かなぶん)です」とその人は言う。朝起きて見に行くと、やっとこぶしくらいに育ったリンゴにいっぱい、金蛮が群がっているらしい。木をゆさゆさとゆすると、半分は落ちてきて踏み潰して退治するのだけれど、あとの半分は飛び去っていって、翌朝またやってくるらしい。リンゴひとつ育てるにも沢山の苦労が必要なのだ。
「林檎を一つ一つ包めばいいのですがね」とその人は苦笑いしていた。(その人は黙っているととってもおっかない顔に見えるけれど、実はとても易しい人だと最近知った)
その話によって金蛮が印象つけられたが、そうして意識して歩いてみると、確かに夜の散歩の間に金蛮を沢山見かけた。地面に落ちていたり死んでいたりするものが大半で、残念ながらこのあたりに果実のなる木はないのだけれど、もしあって、それに金蛮が沢山群がっていたら、それはそれで結構インパクトに残りそうで、出来れば見たくないな。
毎日暑い日が続いているので、普段は食べない冷奴を食べようと思った。我が家では豆腐はちゃんぷるーに入れる専門なのだが、そうして冷奴用の小さなパックを物色していたら、ふと目に入った「からしどうふ」。
子供の頃、ボクは他所の家に預けられていたのだけれど、その家にはボクから見て大人が沢山いて、やたらからしとかワサビとかキムチみたいな刺激的な食べ物が好きだった。当時はまだ子供の味覚で、そういった食べ物は受け付けなかったのだけれど、ある日この「からしどうふ」が食卓に登った。
おばさんたちは、それに辛子が入っていることをうっかり失念していた。普段は見ない丸い豆腐は、子供にはどこか魅力的に見えて、ボクはとても喜んで箸をつけた。当然辛子にあたって、あまりの辛さに涙ぐんだというエピソードなのだが、そのせいもあってボクはからしどうふが苦手になって、それから時々スーパーで見かけても、嫌な印象しかもてなかった。
さて、久方ぶりに見かけたからしどうふのエピソードを相方に話しながら、ひとつ買ってみた。相方は大の辛党で、対外のものは辛くないねというし、ボクももうカライモノにはすっかり慣れてしまったので、きっと辛くないだろうな、と思いながら、醤油をかけて食べたそれは、ほんのり辛子味で、中央の黄色い辛子の部分だけ集中して辛かった。
相方は最後まで、「何処が辛かったの?」って首を傾げていたけれど、ボクは何となく過去の敵を征服したような気持ちになってすっきりした。
相方の抗癌剤治療は、今も続いている。 今の抗癌剤は、中身にアルコール成分が入っているらしく、これを打つとまるで酔っ払ったようにふらふらになるらしい。当然アルコールに強い人はそれ程酔わず、弱い人はまるで酔っ払いになるそうだ。
ということで、行きはボクが一緒に病院まで車で行くけれど、帰りは交通機関を利用して帰っている。これ、もし警察の飲酒の検問にひっかかったら、アルコール検査で出たりは・・・しないよね、きっと。微量のアルコールだろうからね。それに、相方は普通より少しお酒に強いほうだ。
抗癌剤の日くらいはボクがご飯を作って上げれたらいいのだけれど、ボクは皮膚を傷めていて、現在手袋をして(右手だけ)生活している身なので、抗癌剤のある水曜日は外食することが多い。それに、ボクが作ったご飯は正直味付けがいまいちだからーと言い訳しながら、今日も外食に出かけた。
今日は、先日食べ損ねたウナギを食べようと、この土地ならではのひつまぶしを食べに出かけた。その店はじいさんが板前さんなのだが、このじいさんが、酔っ払っていいあんべえになりながら仕事をしていた。どこかでこんな人をみたなと思ったら、そうそう、今日も抗癌剤の後に病院をフラフラしていた相方のことだった。
ボクは大変蚊にさされる体質で、1回外に出ると2箇所くらいは刺されてしまうし、公園なんかにいったらいっぺんに5箇所は刺されてしまう。 虫除けガードをすればいいのだけれど、あれをスプレーするときにむせこんでしまうので、あまりできればしたくない。結局まあいいかと思ってぶらぶらしているので、餌食になってしまうのだ。
相方とボクでは圧倒的にボクのほうが刺されてしまう。ボクはAB型、相方はA型。ABの血が美味しいなんて聞いたことないけれど、何か違いがあるのかな。 ところが、今年の夏は相方もよく刺されているようだ。毎年刺されなかったのに、どういう変化なんだろ?思いつくことといったら、今相方の血には抗癌剤が流れていること。蚊のほうは知らないだろうけれど、今の相方の血は吸ってはいけないんじゃないだろうか?
ハイエナが、病気で死に掛けているものを目ざとく見分けて、それを狙って死にたてを食べると読んだことがあるけれど、蚊も弱っているものを見分けるのかしら?どうせなら生きのよさそうな奴から吸ったほうが美味しそうだけれどな。
| 2005年08月01日(月) |
お人形遊び ユノア・クルス11 |
言ってしまえば人形を扱うとき、ボク達は圧倒的優位に立っている。主導権は全てこちらにあり、相手はされるがままだ。 バラバラになって、目玉さえも入っていない状態の人形はモノの状態そのものであり、組み上げても、その関節は頼りなくときにあらぬ方向に回転してしまったり、支えていないと姿勢を維持できない姿は、とても受動的な印象を与える。
それでも、最近のSDやユノアはかなり関節構造がしっかりしていて、とくにユノアは自立はもちろんさまざまなポーズを取れたりして、荒木氏の才能には感嘆するばかりだ。 産毛さえも顕された荒木氏のドールは、人形たる部分をできるだけなくし人に近づき、かつ彼の好みを反映させた少女で、まるで人そのものの姿を前にしては、もうこの“人みたいなもの”に何かしてはいけないような錯覚さえも覚えてしまう。 SDがちょうど赤ちゃんと同じサイズなのは、抱いたときに腕の中に納まるようにということだろうし、その意図はなかなか絶妙だと思う。27センチドール(リカちゃんサイズ)の人形を人だと錯覚することは少ないだろうが、60センチの人間は赤ちゃんとして存在するのだ。
ユノアを40cmにしたのは、SDは大きくて持ち運びに不便だ、という声を反映させたから、というようなことを彼は言っていたように思うけれど、持ち運べる、手中に収まる、だけれどそれなりの人らしさを備えた人形のサイズとなると、この40cmというのは案外ピタリとくるのかもしれない。
書いてて思い出したけれど、昔「南くんの恋人」という漫画があった。内田春菊の作品で、ドラマにもなっていたけれど、ボクはこれを読んだり見たりしたわけじゃない。たまたま「ダ・ヴィンチ」という雑誌に彼女の特集があって、そこで得た情報が少し頭の中にあるだけだ。 南くんの恋人の女の子は、ある日突然リカちゃんと同じくらいのサイズに小さくなってしまって、戻ることができない。今までみたいに触れ合うこともできず、そこには精神的な繋がりしかないのだ。触れることのできぬ関係だからこそ繋がっていく精神、という観念もあるだろうが、触れ合う仲として一緒にいた2人が触れられない関係になってしまう、この立ち位置の変化は、2人には厳しいものだっただろう。たしか、最後は女の子が死んでしまって終わる話だったが、死ぬしかなかったのだと作者が書いていたのが、印象的だった。
脱線したが、人間と人形とは、あくまで接触することはできないのだ。そういうことになっていたのに、荒木氏がイベントで展示したいた人形は肌も柔らかく、陰影もあり、潤い、産毛も生えていて、あの、冷たく硬い人形独特の拒絶感を感じさせない。思わず抱きしめてみたくなるくらいの、人らしさを、彼女達はすでに獲得している。 新しい人形の形として進み続ける彼の人形が何処に向かっていくのか、それにはちょっと興味がある。
ロビン
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