| 2001年08月31日(金) |
佐伯泰英「古着屋総兵衛影始末 死闘!」読み終わる。 |
佐伯泰英「古着屋総兵衛影始末 死闘!」読み終わる。 佐伯泰英「古着屋総兵衛影始末 死闘!」(徳間文庫2000.7)読了。最後の第6章はタイトル通りの「死闘」で、敵方集団を誘い出しての帰趨を決する派手な剣戟場面が読みどころ。普通ならそれで終わりだが、この後さらに二つほどハードな殺陣が続く。もちろん、総兵衛はどちらにも勝利する。しかし、全体としては総兵衛の勝ちとはならず、窮地のまま終幕となる。 敵方との確執は次の巻に続く。「鬼平犯科帳」のように読み切りハッピーエンドでない。いまのところ、四冊出ている(未確認)わけだが、漢詩でいう起承転結になぞらえるならば大長編の第一部が終わり、これから大きなうねりを生じながら四冊目に向かっていくのではないか。徳川家護持のためにといういわばアイデンティティの問題と向かい合いながら総兵衛とその一派はとんでもない方向に向かって生きていく事を選ばざるを得なくなるような気がする。 二冊目の「古着屋総兵衛影始末 異心!」を118ページまで読む。「影」からの指令に疑念を持つ総兵衛に向かって敵方の包囲網が徐々に厳しくなっていく。 今日もこれだけ。読みながら「鬼平犯科帳」との類似点を考えていた。
昨夜、教育テレビで眉村卓を見た。話題の「日課一日三枚以上」が取り上げられていた。
| 2001年08月30日(木) |
発見!佐伯泰英「古着屋総兵衛影始末 死闘!」は「鬼平犯科帳」を継ぐ。 |
発見!佐伯泰英「古着屋総兵衛影始末 死闘!」は「鬼平犯科帳」を継ぐ。 「元和二年、死の床にあった大御所家康は秘密裏に・・・」「裏では徳川家を護持する影旗本としての任務を果たすよう命じ、・・・」「渾身の書下し」 時代劇は題名で決まる、とは限らないが、少なくとも題名から入っていく。魅力的かつ刺激的な題名は時代劇にこそ似合う。その点で「古着屋総兵衛影始末 死闘!」は及第点。次に裏の売り出し文が重要である。その点でも上のような設定は合格で、ダマサレタツモリデ読んでみる気になった。 家康は、隆慶一郎の傑作を想起した。作者本人の名前は「本の雑誌」などで記憶にあり、(本当に「本の雑誌」で見たかどうかは自信はないが)今まで読んだことはないが、いわば未知の強豪というイメージがあった。 場所が古本屋だったことも財布を開きやすくした。シリーズ四冊揃っていたが、手堅く一冊だけにしたが。 そして、一気に275ページまで読んでしまった。文句なくはまってしまった。六代目の総兵衛一族に突然仕掛けてきた謎の対抗勢力。両者の死闘が静かに深く激しく厳しく繰り広げられる。主人公の総兵衛の存在感はもちろんのこと、配下たちも個性的で池波正太郎の「鬼平」や「雲霧」を思い出した。 宮城賢秀に新しい「鬼平」ものがあるが、「総兵衛」の方が近いように感じた。 魅力的な時代劇シリーズが誕生していた。別の古本屋にも四冊揃っていたので知らないのは私一人なのかもしれないが、宮本昌孝と同様注目の作家である。 というわけで今日はこの本ばかり。続編を求めてまた以下のような買い物をした。 「古着屋総兵衛影始末2 異心!」(佐伯泰英)「夜はわが友」(ホック)「戦中派天才老人・山田風太郎」(関川夏央)「ロボットの夜」(井上雅彦・監修)「冬の教室」(大塚英志)「ハイウェイ惑星」(石原藤夫)「憑融」(青木和)「天国の悪戯」(喜国雅彦)「ジャーナリズム性悪説」(バルザック)「警視の休暇」(クロンビー)「告解の日 上・下」(フォルサム)
| 2001年08月29日(水) |
早川書房の「ミステリマガジン」と「SFマガジン」はエッセイの宝庫か。 |
早川書房の「ミステリマガジン」と「SFマガジン」はエッセイの宝庫か。 「ミステリマガジン」と「SFマガジン」の10月号が届いた。両誌とも作家特集を組、前者は未発表中短編三作の発掘が売りのロス・マクドナルド特集で、後者は<知性化>シリーズの新作宣伝をかねてのデイヴイッド・ブリン特集である。いつものように書評を中心に拾い読みした。 両誌ともに連載エッセイやコラムが多いが、「ミステリマガジン」の方に軍配が上がる。「SFマガジン」にはSFという枠組があるせいだろうか。「ミステリマガジン」のテーマの幅広さと自由度の高さにはかなわないようだ。 今日段階の個人的エッセイ・コラム大賞は、小熊文彦氏の「彼らもまた忘れられた」 第31回「ワーロック」である。読みの深さ、的確さと手堅い文章。他の誰かが書いたことのない独特の視点の紹介。相当の勉強と工夫が背景にあるにちがいない。一冊の本にまとまったら映画についての稀有な一冊になることはまちがいない。 「ミステリマガジン」は本当に書き手が多い。通常の書評以外の連載評論・エッセイが八本、コラムも同じく八本。どれもが充実した文章、内容である。 「SFマガジン」も負けていない。 両誌合わせて1000号を既に越え、1094号。その歴史の重みが感じられる。もうすぐ、合わせて1111号の月がやってくる。 「ちくま」「本」の9月号も届いたが、ひらひらとめくって今日は終わり。
久しぶりに購入した本は以下の通り。読み終える当てはあまりない。 「双頭の鷲 上・下」(佐藤賢一)「母娘練習曲」(中井じゅん)「過ぎ去りし日々の光 上・下」(クラーク、バクスター)「ハノイ挽歌」(辺見庸)「タクラマカン」(スターリング)「黄金時代」(椎名誠)「兵士を見よ」(杉山隆男)
| 2001年08月28日(火) |
「夜のフロスト」「クリスタニア1」を読み始めた。 |
「夜のフロスト」「クリスタニア1」を読み始めた。 R・D・ウィングフィールドのフロスト・シリーズ第3弾に遂に着手。今回の相棒は部長刑事になったばかりのフランク・ギルモア24歳、妻有り。過去の2人の相方よりもしっかりしているばかりか、フロストと共通点がある。もちろん例の下品なギャグは飛ばさないし、思いつきもしない真面目派だが、仕事中毒気味で直観で犯人を推理する。妻がいてその妻が早い帰りを期待しているのを承知の上で時間を忘れて任務に励むタイプである。時間を気にしながらいやいやフロストに付いて行った過去の相棒達とは一線を画す。 100ページを過ぎたところで中断。しかし、面白さは◎ 水野良の作品は電撃文庫の1冊。8年程前の「冒険ファンタジー」シリーズ第1作。漫画のようなとか、アニメのようなとかと漫画もアニメも嫌いではないにもかかわらず軽く見ていたが、設定はSFに近い。どういう謎解きが待っているのか楽しみである。といっても既によく読まれ評判もよさそうな気もするので、いまさら誰にも薦められないが。 フイリップ・ホセ・ファーマーに通じるような一応破天荒な設定の世界での冒険SF。今のところ、まだ46ペ−ジだが、やや○ まとまった読書時間がとれないので、こんな感じの日記になってしまう。これも実力。
| 2001年08月27日(月) |
「始祖鳥記」「あるく魚とわらう風」をやっと読む。 |
8月24日(金)から8月27日(月)までのまとめ。 「始祖鳥記」「あるく魚とわらう風」をやっと読む。 「始祖鳥記」飯嶋和一(小学館2000.2)遂に47歳の幸吉が夢を実現するために動きだす。幕末までわずか64年の時代である。時代の新しい動きに呼応して傑出した人物が登場する中、自由のすばらしさを象徴するかのように宙に飛び出した。 奇矯な人物の一代記という予想を裏切ってその時代を見事に活写した。一つ気になるのは砂絵の名人卯之吉の消息だが、今のところ、この著者には傑作しかない。稀有な寡作の作家である。あの「雷電本紀」(河出書房新社)の執筆以前からあたためていたという題材を傑作に仕立てた。 「あるく魚とわらう風」椎名誠(集英社文庫2001.2)はこの筆者の超常日記。こんなに日本中を動いて、食べて、飲んで、読んで、語って、書いて、会って、写してなどなど超人的行動の記録である。1995年から1996年まで1年半の実録。似たような行動の反復といえばそれはそうだが、こんなに行動する知的な作家は今の日本にはいない。アウトドア、インドアどちらでもいけるのが特色。 ダン・シモンズの超傑作SF「ハイペリオン」を世間よりもちょっと遅れて読んでウハウハ言っているところに共感。「ハイペリオン」の翻訳が出たのはこの頃だったのだ。 椎名誠といえばエッセイと「岳物語」だが、わたしのベストはSFの「アド・バード」エッセイを少し減らしてSF大作を物して貰いたい。
| 2001年08月23日(木) |
「始祖鳥記」もうすこし。 |
「始祖鳥記」もうすこし。 主人公のはずの幸吉が背景に消えて伊兵衛が全面で活躍。しかし、事の実現目前に死病で26歳の若さで消えてゆく。源太郎とともに舵取りとして重要な位置にいた杢平も視力の衰えのためリタイア。第二部の終幕は離れてゆく船を杢平と幸吉が二人で見送る場面である。299ページまで読む。第三部は11年後。幸吉は42歳になっているようだ。後90ページ足らずの物語になった。予想を覆す展開である。 「月刊アスキー九月号」「ダ・ヴィンチ九月号」「文藝春秋9月号」をそれぞれ軽く読み流す。今のところ、気になるような記事は一つもない。 明日から、二日間旅に出るので今夜のうちに「始祖鳥記」は読み終えたい。明日、あさっての分の日記はゆとりがあれば26日まとめたい。今回は列車に往復六時間は乗っているので逆に本が読めるかもしれない。眠ったらそれまでだが。
| 2001年08月22日(水) |
まだ「始祖鳥記」を読んでいる。 |
まだ「始祖鳥記」を読んでいる。 第二部は、塩問屋である巴屋の伊兵衛の登場から始まる。その伊兵衛と買積船の船頭である福部屋源太郎が出会いから話が大きく展開して、やがて幸吉と結びついてゆく。 今日は野暮用の合間に234ページまで読んだ。今日は台風が猛威をふるっているが、天明五年1785年の幸吉や源太郎たちが乗った船も強烈な颶風に翻弄されている。 人と人との素の出会いから生まれる崇高さを描きながら物語はより大胆な方向へ当たり前のように進んでゆく。残り約150ページ、どんな展開になるのか楽しみである。 「本の雑誌九月号」再読。青山南の連載が注目。「楽しみの読書」が今回のタイトルでアメリカの新聞の書評家ジョナサン・ヤードリーを話題に取り上げている。「読んでいて楽しい」と言うヤードリーが書いたリング・ラードナーとフレドリック・エクスリーの伝記が読みたくなった。翻訳されていない面白い本はまだいっぱいあるのだろうな、と改めて本の世界の広さ、多様さを実感した。
| 2001年08月21日(火) |
「始祖鳥記」(飯嶋和一)を再び. |
「始祖鳥記」(飯嶋和一、小学館2000.2)を再び読み始めた。第1部(138ページ)まで読む。主人公幸吉は30歳になるが、凧で空を飛ぶことに成功していない。成功はしていないが、夜な夜な空を飛び回る不気味な鵺として世間を騒がせる存在、ひいては幕府を揺るがす元凶として逮捕されてしまう。一介の職人幸吉が鳥人幸吉の道をひたすら進んでゆく様子がダイナミックかつ繊細に描かれる。ここまでで既に傑作である。 これまでの作品もすべて必読の傑作である。 「汝ふたたび故郷へ帰れず」「雷電本紀」「神無き月十番目の夜」(すべて河出書房新社)手の内をあまり明かさない冒頭はちょっととっつきにくいが、すぐに主人公やその周りの人物たちの魅力にとらえられてしまう。 現代最高のストーリー・テラーである。 今日はこれだけ読むのが精一杯だった。
| 2001年08月20日(月) |
「本の雑誌九月号」「イン・ポケット八月号」「本の話9月号」ga |
「本の雑誌九月ダイコン川流れ号」「イン・ポケット八月号」「本の話9月号」が続けて届いたので例によって拾い読みする。 今日のところは「本の雑誌」には興味を引くような記事はなかった。この雑誌は何度も開いて読み返すべき本なのであくまでも「きょうのところ」。 「イン・ポケット」は連載32回目の「書斎曼茶羅(本と闘う人々)」のみ。学習院大学教授の下宮忠雄氏の研究室訪問で、この連載は画期的にいつも面白い。 「本の話」は結構読んだ。新連載の山之口洋の「本の水脈」第1回はジョルジュ・ペレックから筒井康隆へ。川端裕人の連載「未来は霧の中」今回はトムとジェニーの時間旅行。二宮清純の本紹介エッセイ「『野球術』は悪企みの宝庫である」などを楽しく読んだ。 時間的に本を読む時間が制限される時期に突入。読書スランプなどと言うまでもなく時間を捻出しなければ暫くまともに本は読めない。
| 2001年08月19日(日) |
8月14日(火)から8月19日(日)までの読書。「SFマガジン9月号」を読む。 |
8月14日(火)から8月19日(日)までの読書。 「SFマガジン9月号」を読む。 テッド・チャンの「あなたの人生の物語」(訳=公手成幸)はネビュラ賞受賞作。突然出現した異星人の言語を学習した女性言語学者は驚くべき認識力が身についたことを知る。これから生まれて成長し山で死ぬ運命にあるわが子への優しくも悲しい語りかけで始まり終わる、言い知れぬ憂愁の雰囲気に満ちた不思議なファースト・コンタクトSFであり、未来の純文学でもある。◎ 林譲治の「バンシーとの邂逅」はシリーズの6作目にあたるが、これだけでも読める。時代は2170年頃。もっと遠い未来の出来事のような気もするが、その時代のある人間がさらに遥か未来から来た宇宙意志のようなものと出会ったおかげで、という話し。これも一種のファースト・コンタクトものでテッド・チャンの作品と共通する部分もある。△ スティーヴン・バクスターの「氷原のナイト・ドーン」(訳=中村融)はローカス賞受賞作。雪と氷の世界に棲む人間たち。これは超未来の地球らしい。<衝突>によって地球は人類にとって住みやすい世界ではなくなった。吹雪が起きると行う<おしくら>の描写が切実で苦しい。○ 友成純一の「90年代SFホラー映画論・人間廃業宣言」は8回目の連載で、今回は「<エイリアン>シリーズの弁証法的展開」を語る。ちょっと前にテレビで「エイリアン4」を見たばかりだったので非常に面白く読んだ。○
椎名誠の「あるく魚とわらう風」(集英社文庫、2001.2)を脈絡なく読み始める。270ページほどまで読んだ。14日(火)ころからずっと読んでいてまだ終わらない。「東奔西走」「慌ただしいドタドタ人生」とある通り出かけて行った場所や出会った人々は数知れず。とても読んだり書いたりする時間はなさそうだが、いつでもビールを飲むようにどこでもいつでも書いているのが驚くばかりである。1995年から1996年までの1年半の詳細な日記。筆者に興味がなければたいして面白くはないだろうが、意外に逆に興味を持つかもしれない。こんなに働く(動く)作家は類例がないのではないか。
渡辺浩弐の「ブラックアウト」(幻冬舎文庫、1999.11)は人気のあった深夜ドラマの原作で連作短編集である。最初の「設計された子供たち(クローニング)」を読んだが、いま一つ乗り切れず。解説の小谷真理が面白そうに語っているが、最初の話を読んだ範囲では△
「始祖鳥記」少し読み進める。
| 2001年08月13日(月) |
8月13日(月)「鳥類学者のファンタジア」(奥泉光)を読み始めたが、 |
8月13日(月) 「鳥類学者のファンタジア」(奥泉光)を読み始めた。女性ジャズピアニストの饒舌な語りですべての物語が始まり終わるような勢いである。自らのこと、仲間のこと、柱の影の聞き手のことなどその語りを楽しんで聞いているとじきに黒いドレスの不思議な女性が現れる。名前は主人公と同じ「霧子」だという。とんでもない物語のほんのとば口にすぎない感じだが、ここまで読んで中断した。 本に対する気持ちが分裂気味で途中で違う本を物色し始めるのだ。一冊の本に集中できればよいのだが。京極夏彦が以前読み始めたら辞書でも何でも最後まで興味を持って読み通す意味のことをテレビ出演したとき(NHK)言っていた。非常にうらやましい。一冊の本に長時間かけると別の本を読めない。すごく貧乏ったらしい気持ちである。結局まともに読書できないというジレンマ地獄に陥ることになる。「鳥類学者のファンタジア」は実に魅力的な始まりで中断したくない気持ちがある。それなのに古本屋で別の本を物色しているのだ。 創元推理文庫に入っている「フロスト警部」シリーズはそんな自分としては珍しく最近集中して完読できた本だ。ずっと気にかかっていて2作目の「フロスト日和」をすぐに新刊で買い、読もうとしてそのままになっていたのを、最近3作目「夜のフロスト」を店頭で見て、改めて読むことを決心。1作目の「クリスマスのフロスト」は既読だが、まったく記憶に残っていないので再読のつもりで読み始め、内容を思い出すところまでと決めていたのに、最後まで実に面白く読み終えてしまった。読んだ記憶がかけらも蘇らず既読の自信が大きく揺らいだ。 次の「フロスト日和」は大部の文庫本で読んでも読んでも終わらないことになぜか多少辟易しつつも納得の充実読書体験になった。シリーズの1作目と2作目を続けざまに読んだのは久しぶりである。読んだ後は、こんなに愉快で面白いのを今までなぜほったらかしにしていたのかと反省した。 すぐに邦訳最新刊「夜のフロスト」に手を出さないのが最近の自分の傾向である。「本の雑誌」や「ミステリマガジン」の書評で面白さ保証済みなのだが、ひるむのである。 やや理屈っぽくなってきたので結論だけいうと古本屋に「夜のフロスト」が出たら読むことにした。東京創元社には悪いが、そうやって読む気持ちが熟す期間を設けたつもりだった。いくら人気があってもまだ出回ることはないだろうとも思った。 ところが世間の動きは早い。それを今日の夜、近所ではなくて家から200キロほど離れた街のたまたま寄った古本屋で見つけてしまった。100円とか200円になるまで買わないという手も考えたが半額で購入した。どうするか。 ちなみにそのとき一緒に買ったほかの文庫本。 司馬遼太郎の「この国のかたち」(文春文庫)を3巻から6巻まで。 オコンネルの「アマンダの影」(創元推理文庫) ドロシー・セイヤーズの短編集「ピーター卿の事件簿�挟蕕里覆っ法�(創元推理文庫)
| 2001年08月12日(日) |
「マイアミプレスの特ダネ」(ルーファス・キング)「餓狼伝�勝廖別緩轢咫砲鬚�ろうじて。 |
「マイアミプレスの特ダネ」(ルーファス・キング)「餓狼伝�勝廖別緩轢咫砲鬚�ろうじて読む。 「マイアミプレスの特ダネ」はコメディ・ミステリー小説とでもいうべきもので、基本的には金持ちの娘誘拐ものだが、その誘拐される娘のキャラクターが大胆不敵桁外れの迷惑かけ放題楽観主義者なので、そのキャラクターの面白さが魅力である。怖いもの知らずの娘とその他の人物との会話が抱腹絶倒、結末の登場人物の一人にとっては非常に迷惑な落ちも利いている小気味のよい作品。 これは「不思議の国の悪意」(創元推理文庫、1999.8)全8編中の2編目。 「餓狼伝�勝廚話闇畔玄靴箸いμ樵阿粒米�家が主人公の格闘小説。毎回内外のさまざまな格闘家同士の対決が描かれる。この巻は妖しげで底の深そうな格闘家姫川勉を軸にガチンコ対決が繰り広げられる。「相手の心を折ることが勝つということなのだ」がメインテーマになっているが今回は超飛ばし読みをして筋のみ追ってしまった。6巻目くらいまでは熟読していたシリーズで今回はそんな読み方をしたが気にかかる物語である。
今日は職場の羽球同好会の大会(ダブルス5チームによるリーグ戦)に参加し、気力、体力などあらゆる力を使い果たした。
明日から3日間このパソコンの前を離れるのでまた後で思い出して日記を書くこと。 をかろうじて読む。 「マイアミプレスの特ダネ」はコメディ・ミステリー小説とでもいうべきもので、基本的には金持ちの娘誘拐ものだが、その誘拐される娘のキャラクターが大胆不敵桁外れの迷惑かけ放題楽観主義者なので、そのキャラクターの面白さが魅力である。怖いもの知らずの娘とその他の人物との会話が抱腹絶倒、結末の登場人物の一人にとっては非常に迷惑な落ちも利いている小気味のよい作品。 これは「不思議の国の悪意」(創元推理文庫、1999.8)全8編中の2編目。 「餓狼伝�勝廚話闇畔玄靴箸いμ樵阿粒米�家が主人公の格闘小説。毎回内外のさまざまな格闘家同士の対決が描かれる。この巻は妖しげで底の深そうな格闘家姫川勉を軸にガチンコ対決が繰り広げられる。「相手の心を折ることが勝つということなのだ」がメインテーマになっているが今回は超飛ばし読みをして筋のみ追ってしまった。6巻目くらいまでは熟読していたシリーズで今回はそんな読み方をしたが気にかかる物語である。
今日は職場の羽球同好会の大会(ダブルス5チームによるリーグ戦)に参加し、気力、体力などあらゆる力を使い果たした。
明日から3日間このパソコンの前を離れるのでまた後で思い出して日記を書くこと。
| 2001年08月11日(土) |
岡井隆「短歌の世界」を読む。「エイリアン4」をテレビで見る。 |
「短歌の世界」岡井隆(岩波新書、1995.11)は核心に迫る短歌の入門書である。短歌を作る上でも読む上でも考えるヒントが多い必読書。内容が整理されていて読みやすい好著である。 近くのブックオフに出かけて読む当てのないまま次のような本を買ってしまった。 吉村昭「旅行鞄のなか」(文春文庫、1992.8) トム・ホランド「真紅の呪縛」(早川文庫、1997.9) 網野善彦「日本社会の歴史(上)」(岩波新書、1997.4) 高木仁三郎「市民科学者として生きる」(岩波新書、1999.9) 松本健一「『日の丸・君が代』の話」(PHP新書、1999.12) 船橋洋一「あえて英語公用語論」(文春新書、2000.8) 夢枕獏「餓狼伝�勝廖柄侏侫離戰襯后�1998.2)
夜は、テレビで「エイリアン4」を見たのでかすみ目で小さな文字は読めない。 今、7年ほど前のパソコン富士通のデスクパワーS(ペンティアム100)付属のモニターを使っているせいか長い時間パソコンに向かっていると目が痛くなってくるので液晶のモニターに替えようと思っているのだが、高い買い物なのでおいそれとは実行できない。液晶が目にやさしいというのが本当かどうかも怪しくも思えるし、でため息をつくばかり。 いずれにしろ目を使うバランスを考慮しないとそのうち本を読むことができなくなりそうで実に怖い
| 2001年08月10日(金) |
「不思議の国の悪意」(ルーファス・キング)「<骨牌使い>の鏡」(五代ゆう)を読む。 |
「不思議の国の悪意」(ルーファス・キング)「<骨牌使い>の鏡」(五代ゆう)を読む。 「不思議の国の悪意」(東京創元社、1999)は短編集。エラリー・クイーン推奨の作品集である。冒頭の表題作をまず読んでみた。ある少女の幼い日に起きた親友の女の子の迷宮入りした誘拐事件。女の子は発見されないまま長の年月が過ぎ、少女は成長しロマンスを手に入れる。その幼なじみとの恋愛に呼応するかのように殺人事件が起きて過去の事件の謎がよみがえる。その事件の謎を解く鍵はずっと手近なところにあった。 このミステリー大繁盛の日本の今となっては目新しさはないが、正確に組み立てられた模型のような神経の行き届いた見事な作品。 「<骨牌使い>の鏡」(富士見書房、2000.12)はファンタジーの長編である。まだ4ページしか読んでいない。3年前に死んだ母親の仕事<骨牌使い>を継いだ17歳の少女アトリが主人公のようである。 今日は野暮用が多いのと体力不足のせいでまたまた本をまともに読むことができないで一日が終わろうとしている。本当に読みたい本がなぜか後回しになってゆく。読まねばならない筆頭の久世光彦や幸田文、多岐川恭などがどんどんあとになる。
| 2001年08月09日(木) |
「ミッシング・イン・アクション」(P・ロビンスン)「石になった人形」(泡坂)「麗子は微笑う」(久世)を読んだ。 |
「ミッシング・イン・アクション」(ピーター・ロビンスン)「石になった人形」(泡坂妻夫)「麗子は微笑う」(久世光彦)
「ミッシング・イン・アクション」の時代は1939年、場所はイギリス。ジョニーという九才の男の子が行方不明になり、変わり者と評判の四十代の男コリンが疑われる。教師でもある特別警察吏バスコムがアクシャムという町でジョニーを探し出して連れ帰ったとき、悲惨な結末が待っていた。バスコムの一人称による人探し探偵物。非常に渋い「文学的」作品。今年のアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短編賞受賞作。(早川書房「ミステリマガジン」2001年9月号所収)
「石になった人形」は1983年「小説現代」8月号掲載の曾我佳城もの。腹話術師の小榎麗那が毒殺され、人形のマイクロコン太が入っているはずのトランクケースの中には石が詰まっていた。発声で腹話術師の一番困るマ行、バ行、パ行についてが推理の要点になっているので、今はそれらを克服したいっこく堂がいるなと思った。(講談社ノベルス「花火と銃声」1988.6所収)
「麗子は微笑う」は「蕭々館日録」(中央公論新社、2001.5)の第一章で、時代は1926年、場所は東京本郷弥生町の小説家児島蕭々の家。その蕭々館と称する家にやってくる<澄江堂>九鬼、帝大美学講師の迷々、出版社の社長兼作家の蒲池、詩人でもある精神科医師の並川たちの言動が五才の娘、麗子を通して語られる。夏目漱石の「我輩は猫である」に通じるような秀逸な会話物語である。この第一章はコメディであると同時にホラー小説である。 1935年東京生まれのこの演出家・作家はもう見逃せない。
ルーファス・キングの文庫本はなかなか古本屋に出なかったが、「不変の神の事件」と「不思議の国の悪意」がやっと出た。スティーブン・マーロウという人の「幻夢 エドガー・ポー最後の5日間」を一緒に購入。いずれも新刊のときに買うか買わないかで相当迷った本である。特に創元推理文庫の新刊は見た目がいつも魅力的なので我慢するのが大変で衝動買いを誘う。 「ミッシング・イン・アクション」の時代は1939年、場所はイギリス。ジョニーという九才の男の子が行方不明になり、変わり者と評判の四十代の男コリンが疑われる。教師でもある特別警察吏バスコムがアクシャムという町でジョニーを探し出して連れ帰ったとき、悲惨な結末が待っていた。バスコムの一人称による人探し探偵物。非常に渋い「文学的」作品。今年のアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短編賞受賞作。(早川書房「ミステリマガジン」2001年9月号所収)
「石になった人形」は1983年「小説現代」8月号掲載の曾我佳城もの。腹話術師の小榎麗那が毒殺され、人形のマイクロコン太が入っているはずのトランクケースの中には石が詰まっていた。発声で腹話術師の一番困るマ行、バ行、パ行についてが推理の要点になっているので、今はそれらを克服したいっこく堂がいるなと思った。(講談社ノベルス「花火と銃声」1988.6所収)
「麗子は微笑う」は「蕭々館日録」(中央公論新社、2001.5)の第一章で、時代は1926年、場所は東京本郷弥生町の小説家児島蕭々の家。その蕭々館と称する家にやってくる<澄江堂>九鬼、帝大美学講師の迷々、出版社の社長兼作家の蒲池、詩人でもある精神科医師の並川たちの言動が五才の娘、麗子を通して語られる。夏目漱石の「我輩は猫である」に通じるような秀逸な会話物語である。この第一章はコメディであると同時にホラー小説である。 1935年東京生まれのこの演出家・作家はもう見逃せない。
ルーファス・キングの文庫本はなかなか古本屋に出なかったが、「不変の神の事件」と「不思議の国の悪意」がやっと出た。スティーブン・マーロウという人の「幻夢 エドガー・ポー最後の5日間」を一緒に購入。いずれも新刊のときに買うか買わないかで相当迷った本である。特に創元推理文庫の新刊は見た目がいつも魅力的なので我慢するのが大変で衝動買いを誘う。
| 2001年08月08日(水) |
「パソコン徹底指南」(林望)「歩くひとりもの」(津野海太郎)を読んだ。 |
「パソコン徹底指南」 林望(文春新書、2001.2)「歩くひとりもの」津野海太郎(ちくま文庫、1998.3)を読む。 「パソコン徹底指南」の筆者はマック派である。このウインドウズ全盛期の現代にマック信奉者の書いたパソコン入門書はいかがというところだが、非常に常識的かつ基本的で全く問題がない。初期のワープロ専用機やNECの98(エプソンの互換機)を使い倒していただけにパソコンについては詳しいようだ。奇抜または独創的な提案や意見はない分実践的である。マックに限らず有益な指南書といってよい。その中の「累積バックアップ法」は別段目新しいアイデアではないが、自分が漠然と考えていたことをわかりやすく説明してくれた感じで納得した。これからは実行してみようと思った。 「創造的作業にはパソコンが最適」にも得心した。 いろいろなことでパソコンを使いこなせないでいる人にとって自信をつけるためのよい参考書である。 「歩くひとりもの」は独身の男性への贈り物である。独り者でいることの「哲学」を表した書である。暴騰の「自分用の応援歌」「ひとりもの、年を越す」「コーヒーを入れる老人」「妹の力」3つ飛んで「わが愚行」が軽妙かつ簡明な文章で読ませる。思いがけず楽しい読書をした。 76ページから77ページにかけてレイ・ブラッドベリの名前が出ているが、これはフレドリック・ブラウンの間違い。この誤記については2、3年前に何かの本で指摘されていた記憶がある。その時は何のことかわかっていなかった。 懐かしかったのは大判の雑誌「ワンダーランド」と植草甚一さんのこと。あの頃SF雑誌「奇想天外」と一緒に定期購読していたのが「ワンダーランド」。その後確か「宝島」と名前が変わってしまった幻の雑誌である。植草甚一さんへの強いあこがれや長谷川四郎が知る人ぞ知る文豪だという思い込みもこの頃の記憶である。 わずか251ページの薄い文庫本でさらに1993年出版の単行本が元になっている古さだが、「神は細部に宿る」で読み直したくなるような気になるエピソードが結構ある。
| 2001年08月07日(火) |
8/4(土)から8/7(火)までまとめて。「フロスト日和」読む。 |
8/4(土) 老化現象のせいで「クリスマスのフロスト」を以前に読んだことをいまだに思い出せないでいる。あれほど面白い本の記憶がないのはどう考えても変だ。極度の激しい老化現象に違いない。 などと思いつつ、旅に出た。 旅のお供は当然「フロスト日和」。分厚いのでやや迷った。この買ってから四年もほったらかしにしていた本が今一番読みたい本に大変身。迷いは瞬時に雲散霧消、雲霧仁左衛門、鬼平犯科帳。 汽車、バス、船、と乗り継ぎながらこの日読めたのは百ページ少々。一番長い時間乗ったバスでは車酔いしそうになって読書中止の憂き目にあった。 8/5(日) 旅館でも60ペ−ジ程度しか読めず。朝六時半朝食で八時半出発なので無理。昨晩はテレビで馬鹿な映画「メジャーリーグ3」をつい見て楽しんでしまったのが失敗。帰宅後、二百ページ程読んだ。七百七ページは長い。目茶苦茶愉快な警察物だが、途中若干本を投げ出したい思いに駆られた。
8/6(月) 「フロスト日和」完読。フロスト警部が何を言い出すのか。どう行動するのか。相棒のウエブスターはフロストの真価に気づくのか。 事件の解決の仕方にも興味はあるが、面白いのはフロスト警部そのものである。 「クリスマス」よりも笑ったりしみじみとする回数が多く完全にはまってしまった。第三作「夜のフロスト」が翻訳出版されたばかりで、すぐにも読みたいところだが、すぐに読んでしまうのはもったいない気がする。 文字通り徹底して型破りな警部(臭い、汚い、口汚い)が主人公だが、一種の奇想小説である。さまざまな事件が次々に錯綜して起きる。普通だったら仮病でも使って逃げ出すところをフロスト警部は3Kジョークをとばし嫌がられながら最終的には解決していく。普通の警察官だったらノイローゼと胃痛を併発するのではないか。 遅ればせながらやっと読んだフロスト物は世評通りの愉快作だった。 8/7(火) 今日はまだ何も読めず。ミステリマガジンをまたぱらぱらめくった程度。
| 2001年08月03日(金) |
ウイングフィールド「クリスマスのフロスト」を読んでしまった。 |
「クリスマスのフロスト」(創元推理文庫)を読み通す。 夜中に民間人の家に不法侵入し撃たれて瀕死の状態の姿で主人公らしき警部フロストはまず登場する。この時彼は撃たれているので何もしゃべることができない。ここからそもそもの始まりである四日前の日曜日に話は戻る。八歳の女の子トレーシーが日曜学校から帰宅せず、そのまま行方不明になるという事件が起こるのだ。思ったことはとにかく口にする、しゃべり動くフロスト警部が登場するのは六十七ページからである。その後のしゃべることといったら並大抵ではない。そのフロストがトレーシー捜索の責任者が急病で入院したあとを継いで総責任者となってからは話は急展開。なにしろ責任者自身がその四日間に起きる事件・出来事すべてに直接関わっていくのだから巻を置くあたわず、である。 前に読んだはずと、どこかで思い出すだろうと読み始めて結局最後まで、特に六十七ページ以降はぐいぐい引きずられて、読み終えてしまった。初めて読んだような感じである。どう考えても一度よんでいるはずなのに。 千九百九十四年九月初版でこれは千九百九十七年十二月十七版である。よく読まれている傑作。シリーズ第二作は「フロスト日和」大いに期待できる。 今日はほかに講談社文庫のミステリー傑作選20「死者たちは眠らない」の一番目の「初代団十郎暗殺事件」(南原幹雄)を読んだ。元禄十七年の殺人事件を百五十年後に八代目の団十郎が推理する話である。今はその時代からさらにだいたい百五十年後である。時代小説がその時点での現代小説に見事になっている。 「始祖鳥記」も少し。気になる砂絵師の卯之助の過去が語られる。 明日と明後日は旅行のため日記を書けそうにもないので月曜日にまとめることにする。
| 2001年08月02日(木) |
雑誌を読む。ブックオフに行く。 |
雑誌を読む。ブックオフに出かける。 早川書房の「ミステリマガジン九月号」が届いたので拾い読み。最近は拾い読み専門家である。 村上貴志の日本人作家インタヴューは西澤保彦。最近は読まなくなったが好きな作家だ。冒頭すぐに紹介される、二人の教授から異なった小説作法を習った話をもっと聞きたかった。 NWA賞最優秀長編賞全解題で読んだ覚えのあるの11作。そのうち2つはデイック・フランシスの競馬シリーズ。昨日ちょっと読んだ「フロスト」で思い出したが、名前が思い出せなかったマリックの「ギデオンと放火魔」を発見してこれこれと思う。 コラムをはしごする。児玉清、北上次郎、田口俊樹。また、連載中の都築道夫の「読ホリデイ」小熊文彦の「彼らもまた忘れられた」などを読み、ブック・レビューに進む。 次に「SFマガジン」九月号を開いた。漫画や映画のページを先にめくってしまう。西島大介の「空飛ぶリス」横山えいじの「おまかせ!レスキュー」などを見る。ミステリマガジンと比べると短時間で編集後記まで到達する。 次に「ちくま」八月号たむらしげるの「モービー・デイック航海記」は面白い。澤口俊之の「ちょっとあぶない脳」も意表をついて楽しい読み物だ。 「波」八月号車谷長吉の連載「意地っ張り文学誌」が最終回。 「図書」八月号は目次を見ただけで今日は終わり。 それにしても読みたい本はあるのにそれを読まないで違う本に行ったり、新たに本を買ったりもったいないことを随分している。 結局近所のブックオフに出かけて、次のような買い物をしてしまう。 有栖川有栖「海のある奈良に死す」(角川文庫) 安野光雅「読書画録」(講談社文庫) プロンジーニ・マルツバーグ編「1ダースの未来」(講談社文庫) 椎名誠「中国の鳥人」(新潮文庫) 辻仁成「パッサジオ」(文春文庫) 佐藤賢一「赤目(ジャックリーの乱」(マガジンハウス) すぐに読み始める本はないが、つい買ってしまう。 今日は本棚の整理もしたのでなおさら読めなかった。
| 2001年08月01日(水) |
山田風太郎の短編ミステリーを繙く。 |
山田風太郎の「鬼さんこちら」「目撃者」「跫音」を読む。 光文社の山田風太郎ミステリー傑作選3「夜よりほかに聴くものなし」全13遍のうち最初の三作である。事あるごとに奥さんではないかと身元不明の死体の検分を求めに現れる稲垣刑事に音をあげる小早川武史。可憐な花売り娘の嘘で絶望に突き落とされるタクシー運転手、関口長五郎。逆上して殺人を犯し、勝手に破滅してゆく渋川十作。 いずれも笑えない皮肉な結末を迎えるが、骨太のブラックコメデイである。名前、仕事、家族などを持ち自分の人生を生きる男たちがあがくほどに地獄に落ちて行く皮肉な話である。今から45年ほど前で、作者が三十代半ばころの作品。まったく古びていないことに驚く。 ほかに「始祖鳥記」少し進む。邪気のない兄弟。「クリスマスのフロスト」も少し。23才の若い刑事が赴任して来るあたりまで読んだ。 最近の個人的ニュース。あの「神異伝」が文庫化され、今度は完結するという。ノベルス版の時は、5冊目で完結すると作者が宣言したにもかかわらず、5冊目は出ず、未完のまま。今回は完結編を出してほしい。どんな話かはもう憶えていないのだが。
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