| 2002年05月31日(金) |
日木流奈「脳障害をものともせず」(講談社『本』2002年6月号所収)を読む。 |
日木流奈「脳障害をものともせず」(講談社『本』2002年6月号所収)を読む。 「はじめまして。私は脳障害の十二歳の男の子です。」(62ページ)で始まる自己紹介の文章を何気なく読み始めてびっくりした。結局は『ひとが否定されないルール?妹ソマにのこしたい世界』という著書の宣伝につながるにしても驚愕の文章である。 日垣隆の著書『情報系これがニュースだ』(文春文庫)の第9章「難病を越えて」第10章「盲目の読書人」をすぐに思い出した。 十二歳の詩人が紡ぐのは端正な文章である。
| 2002年05月30日(木) |
芦辺拓『殺人喜劇の13人』(講談社文庫1998・10・15)を42ページまで。 |
芦辺拓『殺人喜劇の13人』(講談社文庫1998・10・15)を42ページまで。 序章「奇人が集った愛の園」を過ぎて第一章「翼手竜の鳴く夜に」の途中まで進んだ。 大学のミニコミ誌サークルに集う面々の紹介がひとあたり終わったところで若き日の森江春策が登場する。 探偵趣味的に細部まで凝った設定・小道具や描写・場面に喜びを感じることができるかどうか。 「時の誘拐」ほどの快感があるかどうか。
| 2002年05月29日(水) |
佐伯泰英『百鬼狩り(夏目影二郎始末旅)』(光文社2002/05/20)を読んでしまう。 |
佐伯泰英『百鬼狩り(夏目影二郎始末旅)』(光文社2002/05/20)を読んでしまう。 江戸を遠く離れた唐津と長崎での影二郎の活躍を描く最新作。冒険時代活劇と呼ぶべき規模壮大な物語になっている。 読んでいて飯嶋和一の『始祖鳥記』を思い出した。 過剰なくらいの回数の決闘・対決が繰り広げられる。さらに今回は海上での迫力ある戦闘場面もあり、前回以上に面白い。
| 2002年05月28日(火) |
坪井隆『眼精疲労が治る本』(ダイソー文庫) |
坪井隆『眼精疲労が治る本』(ダイソー文庫) 100円均一のダイソーから出ている100円の文庫本だが、204ページもあり、一応体裁は立派である。 内容も無難で役に立つ部分もある。 眼がよく見えるのは午前中。睡眠の効果が残っているので酸素量もたっぷりあり、いわゆる疲れ眼状態が出にくい時間帯だそうである。 書類を読んだりの細かい作業は午前中に、思考活動は午後にするのが眼のためには上手な仕事の進め方がよいようである。(172ページ)
| 2002年05月27日(月) |
日垣隆『ウソの科学騙しの技術(サイエンス・サイトーク)』(新潮OH!文庫2000/12/10)を少し。 |
日垣隆『ウソの科学騙しの技術(サイエンス・サイトーク)』(新潮OH!文庫2000/12/10)を少し。 4番目の「信ずる者は足すくわれる?」(対談相手は、信州大学教授の守一雄氏)のみ題名に惹かれて読んでみた。 疑ってかかるのもいいが、気楽に信じてみるのもいいのではないか。
| 2002年05月26日(日) |
日垣隆『情報系 これがニュースだ』(文春文庫2001/03/10)を第21章まで読む。 |
日垣隆『情報系 これがニュースだ』(文春文庫2001/03/10)を第21章まで読む。 目次に第3章「電脳図書館」と第4章「電脳書斎」とあるのを見て買った本である。分かりきったことしか書いていないと予想できてもコンピュータやインターネット関係と本を結びつけた本を読むのは楽しいので買ってしまうのだ。失望することの方が多くても惹かれる。今度こそは何か画期的な事例が紹介されているのではないか、と。 本書の282ページに登場する『データベースを使いこなす』(著者=高田正純、講談社現代新書)は思えば12,3年前の愛読書で、パソコン通信へのあこがれを強めた一冊だった。この本は一種の指南書として内容的にも抜群に面白かった印象が今でも残っている。 この面白さを引きずっているのかもしれない。 しかし、全部で25の章からなるこの本を21章まで読んで興味深くかつ面白かったのはそういう「電脳」ものよりも他の章だった。その章の題名を次にあげてみる。 第9章「難病を越えて」第10章「盲目の読書人」第17章「保健婦が行く」第18章「病原遺伝子を追え」第19章「DNA捜査の落とし穴」第20章「記憶が消えた講談師」そして前に真っ先に読んでいた第23章「たかが部活のために」 初めて買った日垣氏の本は著者の活力と問題意識がまっすぐに発揮された、率直ないい本だった。
| 2002年05月25日(土) |
鶴田謙二『スピリット オブ ワンダー』(講談社1997/09/12)を読んだ。 |
鶴田謙二『スピリット オブ ワンダー』(講談社1997/09/12)を読んだ。 「広くてステキな宇宙じゃないか」「満月の夜月へ行く」「星に願いを」「リトルメランコリア」「少年科学倶楽部」「潮風よ縁があったらまた逢おう」「時間の国のマージィ」「夏子」「少年科学倶楽部火星へ」「チャイナさんの憂鬱」「チャイナさんの願事」「チャイナさんの逆襲」全12編の傑作コミック集である。 もっと若い時に読んでいたら熱烈なファンになっていただろうと思う。 絵柄、悪ふざけ度、SF味、ある意味SFファンにとって理想の漫画の一つでるにちがいない。 『日本史探訪10(信長と秀吉をめぐる人々)』(角川文庫1983/10/10)を部分的に読む。 「家康が恐れた戦国の実力者 前田利家」(構成 松本匡敏 解説 池波正太郎)のみ目を通す。最近テレビドラマの『利家とまつ』を見ているので少し背景を知りたくて読んでみた。利家が180センチの長身だったらしい。
| 2002年05月24日(金) |
佐伯泰英『陽炎ノ辻(居眠り磐音江戸双紙)』(双葉文庫2002/04/20)を68ページまで。 |
佐伯泰英『陽炎ノ辻(居眠り磐音江戸双紙)』(双葉文庫2002/04/20)を68ページまで。 創作意欲は年齢に関わりないものだ。それは隆慶一郎が見事に証明した。一端創作の道に踏み込んでしまったら意欲は頂点を究めなくては済まない。 この3年ほどで20冊を越える時代小説を発表した著者がまた新しいシリーズを出した。 旺盛な創作意欲と筆力は充実した生き方の賜物である。
| 2002年05月23日(木) |
日垣隆『いのちを守る安全学(サイエンス・サイトーク)』(新潮OH!文庫2001/03/10)を読む。 |
日垣隆『いのちを守る安全学(サイエンス・サイトーク)』(新潮OH!文庫2001/03/10)を読む。 TBSラジオの科学トーク番組「サイエンス・サイトーク」を活字に起こした対談集である。番組はプロ野球が始まったので今は休止中である。ホームページでも聞けるらしいので探したがこちらも今はないようだった。 題名は次の通り。 「犯罪被害者になった時」(武蔵野女子大学の小西聖子) 「災害報道は何を伝えたか」(東京大学の廣井脩) 「化学物質との正しいつきあい方」(横浜国立大学の中西準子) 「失敗に学ぶ」(東京大学の畑村洋太郎) どの対談相手よりも日垣氏の方が詳しいような印象を受けるのは氏による「書き下ろしに近い」だからだろうか。 対談集だが日垣色の強い本である。
| 2002年05月22日(水) |
佐藤泰正『速読みのし方で「脳」が鋭くなる』(青春文庫1997/02/20)を読んでみる。 |
佐藤泰正『速読みのし方で「脳」が鋭くなる』(青春文庫1997/02/20)を読んでみる。 バイタリティ、オリジナリティ、パーソナリティ、スペシャリティ。 この四つの資質が今求められると筆者は述べ、VOSP速読法を提唱する。 前に読んだ栗田昌裕氏の本と同様の内容にもかかわらずまた買ってしまった。 読みの速さが理解の速さにつながるというのだが、早呑み込みする場合も結構あるだろうなあとも思った。 しかし、この手の本にはつい手が伸びる。
| 2002年05月21日(火) |
『本の雑誌』2002年6月号来る。 |
『本の雑誌』2002年6月号来る。 今回はいつもより早く届いた。書店取り寄せにもかかわらず遅い時は徹底して遅く、月末の場合の方が多いくらい。 すぐ同じことを愚痴るのが条件反射のごとくである。 20分程度の幸せが生まれる。 巻頭の今月の一冊をしっかり読んだ後は、編集後記まで一気読み。もちろん半ば飛ばし読みである。 記憶に残ったのは、ヴァーナー・ヴィンジの『青き天空の船』と大宮倉庫の一番長い夏のふたつ。 前者はダン・シモンズくらい面白いのか? 後者は絶版書は時とともに消えるていくのをみすごして良いのか? 疑問文があたまをよぎって行った。 今日は日垣隆の本についてはなしの日。
| 2002年05月20日(月) |
日垣隆『少年リンチ殺人「むかつくから、やっただけ」』(講談社1999)『何でも買って野郎日誌』(角川書店2001)を読み終わる。 |
日垣隆『少年リンチ殺人「むかつくから、やっただけ」』(講談社1999/06/30)同じく『何でも買って野郎日誌』(角川書店2001/11/30)を読み終わる。 最近この著者の本・文章ばかり読んでいるので飽きてきたかというと全くそういうことはなくて、『少年リンチ殺人「むかつくから、やっただけ」』を読みあらためて著者の一貫した姿勢を確認できて良かったと思う。 読めば読むほど著者についての情報通になっていく点でも画期的である。 著者の一代記を読んでいるような気がしてくるのだ。 学ぶことが多い。
| 2002年05月19日(日) |
日垣隆『子どもが大事!』(信濃毎日新聞社1998/11/26)がもう少し。 |
日垣隆『子どもが大事!』(信濃毎日新聞社1998/11/26)がもう少し。 著者が自分と家族のことを「実録ルポ」としてまとめた本である。 『「松代大本営」の真実』(講談社現代新書)と並んで著者の原点を明らかにしている本とも言える。 この著者は絵空事は書かない。必ず「自分」がその渦中にあり、自分との結びつき・つながりをおろそかにしない書き方をする。 他人事として書かないと言った方が適切かもしれない。 その著者が家族のことを歴史的に書いた。 家族と一緒に遊ぶための指南書としても読めるが、それ以外のことについてのヒントも読みとれる意味ある作品である。
| 2002年05月18日(土) |
日垣隆『「学校へ行く」とはどういうことなのだろうか』(北大路書房1999/12/10)を読み始める。 |
日垣隆『「学校へ行く」とはどういうことなのだろうか』(北大路書房1999/12/10)を読み始める。 以前岩波書店から出た『<ルポ>高校ってなんだ』と『<検証>大学の冒険』の2冊の合本である。 『信州教育解体新書』同様、教育を問う先鋭な本である。生半可な覚悟で読むと火傷を負いそうなほど具体的かつ明快に書かれている。 すべての文章の核に著者の緻密な取材と物事を真っ正面から見据える問題意識がある。 おもしろいと言うと扱っている話題にそぐわないのかもしれないが、その明快さが実にいい感じなのだ。
| 2002年05月17日(金) |
日垣隆『ご就職(大倒産時代を生きる知恵)』(郷土出版社1998/05/26)をだいたい読む。 |
日垣隆『ご就職(大倒産時代を生きる知恵)』(郷土出版社1998/05/26)をだいたい読む。 就職をするための情報書・指南書であると同時に就職を考えるための哲学書であると言ったら言い過ぎでウソになるだろうか。 「能天気なハウツー本に踊らされず、歴史を見据える視点を培いたい。そのためには、偏差値やら規模やら人気度やらといった現在の指標に惑わされず、まず自分は何をやりたいのかを、しかと見極めることから始めたい。窮すれば通ずるはずだ。」(30ページ)
| 2002年05月16日(木) |
日垣隆『偽善系やつらはヘンだ!』(文藝春秋2000/09/10)をほぼ読む。 |
日垣隆『偽善系やつらはヘンだ!』(文藝春秋2000/09/10)をほぼ読む。 第一章 怒れ!日本人 第二章 教育偽善者の正体 第三章 少年にも死刑を 第四章 裁判がヘンだ! 第五章 さらば二十世紀の迷著たち どれも今までの常識を打ち破る過激な文章である。 読み終わった後、自分が常識・当たり前と考えていたことが人から与えられたものであり、自ら考えたことでないことを思い知った。 こんなに行動力と思考力が備わった作家がいたとは全く知らなかった、と再び思った。 「文は人なり」はこの作家のためにあった。
| 2002年05月15日(水) |
日垣隆『信州教育解体新書』(信濃毎日新聞社1991/12/02)を読み始める。 |
日垣隆『信州教育解体新書』(信濃毎日新聞社1991/12/02)を読み始める。 信州の教育へもの申すふりをしながら述べる意見は普遍性を持っているのでどこの場においても有効な意見である。 いちいち言っていることが正しいと素直に思える。 教師が一番恐れているのは母親よりもわが子を守るために必死な父親であるという意見には賛成する。普段子どもに愛情を注いでいない分、この時とばかりに奮起するのだはないか。 教師はそういう父親とは一生眼を合わせたくないにちがいない。
| 2002年05月14日(火) |
東野圭吾『片思い』を少しずつ読む。 |
東野圭吾『片思い』(文藝春秋)を少しずつ読み進む。 一日数ページだけ読む。それ以上は読まない。 冒頭のラグビー部の懐古談義は退屈で苦もなく中断できた。 次にマネージャーだった女性の出現でムードが変化し、ちょっと無理して本を置く。 やがてその女性が今は・・・であることを告白するにいたって、中断は相当きついことになった。 さらに、その人が実は・・・で、謎が謎を呼ぶムードが高まり、ここで中断するのはちょっと、で強引に本を後ろにバックドロップ。 気がついたら何十ページも読み進んでいた!といつかなりそうなミステリーである。
| 2002年05月13日(月) |
日垣隆『情報系これがニュースだ』(文春文庫)、第七章まで読む。 |
日垣隆『情報系これがニュースだ』(文春文庫)、第七章まで読む。 第1章 動く地図 第2章 被災者報道 第3章 電脳図書館 第4章 電脳書斎 第5章 デジタルな遊戯 第6章 アナクロな教室 第7章 ハイテク五輪 この調子で25章まで続く現代の日本をさまざまな角度・視点から描破した傑作コラム集。調べは内閣調査室よりも行き届いており、完璧に近いと思われる。 関係書籍はほぼ読破し、当事者・関係者の証言もほぼ裏付けを取り、「私」の視点に徹底的にこだわって書かれた一種の報告書として類例を見ない。 日本の現代を知る上で必読の一冊である。 娯楽性のある本としてもレベルは高い。
| 2002年05月12日(日) |
日垣隆・他『サイエンス・サイトーク ウソの科学 騙しの技術』(新潮OH!文庫2000/10/10)を購入。 |
日垣隆・他『サイエンス・サイトーク ウソの科学 騙しの技術』(新潮OH!文庫2000/10/10)を購入。 今日は休日にもかかわらず仕事のためまったく読めず。 本を買ってストレスを発散。 他に新潮社編『歴史小説の世紀 地の巻』(新潮文庫2000/09/01) 佐伯泰英『居眠り磐音江戸双紙 陽炎ノ辻』(双葉文庫2002/04/20) 井上雅彦監修『マスカレード 異形コレクション21』(光文社文庫2002/01/20)など購入。 今日は一冊も読めず。
| 2002年05月11日(土) |
日垣隆『<検証>大学の冒険』(岩波書店1994/01/27)を読書中。 |
日垣隆『<検証>大学の冒険』(岩波書店1994/01/27)を読書中。 今でも十分読むに値する本である。ただし、まだ全部読んでいない。 第三章おもしろい授業とは 第四章おもしろい論文とは 第五章図書館へ行こう 第七章北の街、南の島 などを章の順番に関係なく読んでいる。 一番最初に読んだのは第七章。住んだことのある街の大学の話題なので親近感を抱いてまず読んだ。専門性と特色がうまく融合すれば充実度の高い学校ができるものだ。 第五章ではこんな文章に妙に感心した。 「いったん活字に親しんだ青年が、書物から遠ざかるには三段階あると見られてきた。卒業、結婚、出産、である。だが、いまや「出産」とは子どもではなく自分が生まれた瞬間を意味する、と珍釈を述べなければならなくなった。」(149〜150ページ) 並行して『情報系これがニュースだ』も読んでいる。 二作品ともに非常に誠実で独創的な本である。驚いた。
| 2002年05月10日(金) |
日垣隆「朝日新聞『紙面批評』私が潰した」(文藝春秋2002年4月号所収)を読んだ。 |
日垣隆「朝日新聞『紙面批評』私が潰した」(文藝春秋2002年4月号所収)を読んだ。 月刊雑誌「文藝春秋」4月号の192ページから掲載されている報告書である。題名からは意図的に「潰した」としか読めないが、結果として「潰した」ことになったことは本文を読めばわかる。 批評原稿を頼んでおきながら何度も文章の変更を要請し、筆者も極力その意に添ったにもかかわらず、結局朝日新聞社は日垣氏と絶縁するために突然「紙面批評」欄を撤廃してしまった。 朝日新聞もまた所詮「偽善系」新聞だったことを自己暴露したことを報告する寂しげな文章となった。 毎日新聞に書いているものと全く異なるものを作ろうとした日垣氏の壮大な計画は情けなくも潰されたともいえる。 大きな新聞社も一つの権力と考えれば怒りも湧かないが、哀しい話ではある。
| 2002年05月09日(木) |
和田登「旧満州開拓団の戦後」(岩波ブックレット1993)と栗原淑江「被爆者たちの戦後50年」(岩波ブックレット1995)を読了。 |
和田登「旧満州開拓団の戦後」(岩波ブックレット1993/07/20)と栗原淑江「被爆者たちの戦後50年」(岩波ブックレット1995/07/20)を読了。 いかに歴史や政治についての知識や教養が自分にないかを痛感し、反省し、読んだ二冊である。ともに60ページ程度の薄さで活字も大きく読みやすかったが、内容は痛切だった。もう分かりきっていて勉強する必要などないとなんとなく思い込んでいるだけで実は何も知らない、知ろうともしないただの怠惰な無知な人間。それが自分の一つの側面であることに気づかされた。 分かりきったことと思わされていることがかなりあり、それを打破するにはかなりの意識的な勉強をしなければと思った。 2冊とも過去の歴史を掘り返す仕事を担っているのは、その過去がこの現在にも深く強く結びついているからだ。
| 2002年05月08日(水) |
日垣隆「偽善系�供弊亀舛量J�にご用心!)」(文藝春秋2001/03/10)を読了。 |
日垣隆「偽善系�供弊亀舛量J�にご用心!)」(文藝春秋2001/03/10)を読了。 スピード感のある文章に呼び込まれるように一気に読み終える。これだけの迫力と緻密さを兼ね備えた作家はそうそういないだろう。確信犯的な「辛口」または「毒」は娯楽性豊かでサービス精神旺盛だと感じた。 第一章「心神喪失」を廃止せよ。 第二章 野放しにされてきた再犯 第三章「日本人の死に方」考 第四章 辛口評論家の正体 第五章「田中知事」誕生前夜 第六章 クソ本を読む 第七章 何でも買って野郎日記 あとがき 書くのが好き、語るの好き、調べるのが好き、考えるのが好き等々作家として都合のよい資質を必要以上に備えている、恐るべき作家のようだ。 第六章は、題名が直接的すぎるし、そもそも「クソ本」でない本も混じっているようなのでやめてほしかった。
| 2002年05月07日(火) |
日垣隆「それは違う!」(文春文庫2001/12/10)を読み終える。 |
日垣隆「それは違う!」(文春文庫2001/12/10)を読み終える。 1999年に刊行された『「買ってはいけない」は嘘である』(文藝春秋)の加筆訂正・改題版である。新たに三つの章が付け加えられているのでお徳用かもしれない。 今はもう定着して常識となっていると思っていた環境ホルモンやダイオキシン問題が全然そういう問題でないこと知り、愕然とした。 しかし、本当に筆者の言う通りなのかとしばし思考停止状態になったのも確か。 この筆者の娯楽性の面は非常に愉快だが、厳しい面と付き合っていくには相当の覚悟がいるようだ。 単なる辛口ではすまされない深さと誠実さが良い。
| 2002年05月06日(月) |
戸梶圭太「二種族激突」(「小説現代」2002年2月号所収)は奇想コミック仕様小説。 |
戸梶圭太「二種族激突」(「小説現代」2002年2月号所収)は奇想コミック仕様小説。 話の粗筋を言ってしまうと陳腐だが、考えもつかない種類のダイナミックな成長小説と言えなくもない凄味のある短篇小説である。 あの知る人ぞ知ると言った感じの映画(題名が出て来ない!)を連想した。 単純な強盗誘拐ものと思っていたらいつのまにか吸血鬼の巣窟に紛れ込んで突然ホラーアクションものに変わる、あの映画と発想が似ているかもしれない。
| 2002年05月05日(日) |
日垣隆「敢闘言(さらば偽善者たち)」(文春文庫2002/04/10)を一気に読了。 |
日垣隆「敢闘言(さらば偽善者たち)」(文春文庫2002/04/10)を一気に読了。 まず当たり前のことを当たり前のままにとどめておかない精神の活動を強烈に感じた。賛成できなかったり判断に迷う点もあるが圧倒されてしまった。 読後の余韻は強く、読み残していた「情報系これがニュースだ」を本棚から取り出し部分的に読み直し、近所の本屋に出かけ「偽善系�供弊亀舛量J�にご用心!)」(文藝春秋)と「それは違う!」(文春文庫)の二冊を買ってきた。 と、ここまで来て『「買ってはいけない」は嘘である』だったのかと気がついた。一時その名前を意識したことがあったのだが、これほどのオールラウンドプレイヤーとは認識していなかったのだ。 全くジャンルは違うが、去年の佐伯泰英氏に続いての気になる作家である。
| 2002年05月04日(土) |
日垣隆「敢闘言」を購入。 |
日垣隆「敢闘言(さらば偽善者たち)」(文春文庫2002/04/10)を購入。 久しぶりに寄ったコーチャンフォーにて購入。この大型書店には買いたかった本は品切れ、予定もしていなかった本を買ってしまうというジンクスがあり、今回もケイブンシャ文庫の佐伯泰英の新作を買うつもりで寄ったのに「やはり」なくうろうろしているうちに「敢闘言」を発見した次第。 今年の二月に「情報系これがニュースだ」(文春文庫)と同様少し拾い読みし、目次を眺め、「はじめに」を読み、決定した。 おそらくはっきりした文章に魅力を感じたのだろう。 昔愛読した谷沢永一の「紙つぶて」も歯に衣を着せぬ文章が良かった。 「敢闘言」は実に面白そうなコラム集だ。
| 2002年05月03日(金) |
佐伯泰英「妖怪狩り(夏目影二郎始末旅)」(光文社時代小説文庫2001.11.20)をとうとう読了する。 |
佐伯泰英「妖怪狩り(夏目影二郎始末旅)」(光文社時代小説文庫2001.11.20)をとうとう読了する。 その強烈な仕事ぶりから妖怪と呼ばれ恐懼されている御目付鳥居耀蔵が今回の敵である。毎回見事にその敵を狩って大団円を迎えていたが、今回は次巻に続くような終わり方だった。妖怪の下に連なる者たちはほぼ討ち果たし事件そのものは解決させたものの、超大物たる妖怪を斬るところまでには至らなかったのは、背景の政治的陰謀の奥深さによるものである。 時代劇といっても時代は爆発寸前いや幕末寸前ともいうべき千八百三十九年に設定されているので、シリーズ第五作は「幕府狩り」しかない。 それとも「水野狩り」? 「古着屋総兵衛」「金杉惣三郎」「夏目影二郎」と続けて読んできた。どれも読み出したら止められない面白さである。 その共通性の中で「狩り」シリーズが歴史小説に近づきながら同時に時代冒険小説であり続けるという至難のことをなし遂げつつある。立場のはっきりしている総兵衛や惣三郎と異なり影二郎は二面性を持っており微妙である。幕府の高官たる父親の庇護の下で今のところは動いているにしても、そこから抜け出る自由は影二郎にはある。 このあたりがもしかしたら著者の数あるシリーズの中で見過ごすことのできないものになる可能性の源に、きっとなる。 それにしても大事にとっておいた三冊なのにもう読んでしまった。 自分が何か事故にあったり、事故を起こしたりしたらこんな贅沢な時間は過ごせないのだからまあこれはこれでいいのだが。 突然失明したら大事に取っておく事はすべて無意味になるし。 大病をして・・・ 自動車には毎日乗っているのだから・・・ 考え出すと・・・
| 2002年05月02日(木) |
「小説現代」と「小説新潮」を拾い読み。 |
「小説現代」と「小説新潮」を拾い読み。 病院の近くにある古本屋で最近5カ月分の両誌を購入。興味のままに拾い読みを続けた。今をときめく作家たちの新作が読めるという特典がある。 一冊にまとまってから読むのもいいがこれも格別である。 印象に残ったのは多種多様なエッセイで、十冊を取っ替えひっかえ読み継いでいくのは心地よいものだった。 佐伯泰英氏のように書き下ろし一本の作家は別にしても、こういう雑誌や週刊誌が出版社や作家の生活を支えているのが見えたような気がする。 確かにこういう雑誌はたいして売れてはいない。しかし、売れてはいなくてもいろいろなものを支えているのは間違いないはず。 昔、植草甚一氏が中間小説時評を書いていた頃が思い出される。
| 2002年05月01日(水) |
佐伯泰英「凶刃(密命・一期一殺)」(祥伝社文庫2002.2.20)を読了。 |
佐伯泰英「凶刃(密命・一期一殺)」(祥伝社文庫2002.2.20)を読了。 「密命」シリーズ第6作。藩主を襲う危機に中年剣士の金杉惣三郎がまたまた立ち上がる。寒月霞斬りの剣が縦横無尽に振るわれる。サブタイトルの一期一殺とはその寒月霞斬りを破るために敵方が編み出した剣法の名前である。 この物語でも敵方の剣豪は凄味があり存在感があり、みな次々に主人公の金杉惣三郎に敗北していくのがもったいないくらいである。 古着屋総兵衛シリーズでもそうであるとおり、この物語でも主人公に関わっている人物達が一人一人生き生きと描かれていて、剣戟場面がなくても緊張感を持って読み続ける事ができる。話の面白さだけでない魅力があふれている。だから再読に耐えると思われる。
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