| 2003年05月28日(水) |
個性を求めようとしながら他人と違うことを怖れる僕たち |
○「墜ちていく僕たち/森博嗣」は、五編からなる短編集。 その中の1編の、「舞い上がる俺たち」というのを読んだ。(立ち読み) うーん、ウォシャウスキー…♪(「マトリックス」シリーズの監督。また、<デリシャス>と同義でもある、というのはウソ) 若干昨日読んだものの方が好みだったけど。
○「虚空の逆マトリクス的ムービィ」 月曜の深夜(火曜の始まり)、『自殺サークル』という映画を観た。
(※この先若干ネタバレあり。)
またもや宝生舞目当てで。 内容も、多少気になりはしたけど。 女子高生とかが集団自殺していく話なんだけど・・・ これは大丈夫か?という映画でした。 B級を通り越しているような・・・ 俳優はいい人出ているんだけどね。 石橋凌(ドラマ「お金がない!」の社長の人)や、永瀬正敏など。
で宝生は何役?と思っていたらナース役でした。 一部見事に怪演していました。 オープニング後、登場したと思ったらすぐ死んでしまうのに一番印象に残りました。(『サイコ』のジャネット・リーより早いな。) 僕がファンだから、ということでなく本当に。 さっき挙げた二人は刑事で、いい演技なんだけど、地味な役回りだから。 なかなかこの二人をこう使うなんて贅沢だなと思った。 地味だから惜しい、ということでなく、こういう使われ方もいいな、という意味で。
宝生と同僚のナースとして、さとう珠緒も出演。(初め<玉緒>と打ってしまった。ゴメンナサイ。) しかし、きっと監督は宝生の演技力やその他もろもろを買って、宝生の方を後に残しておいたんだな・・・と観ていない人にはわからないことを想像。 詳しく述べると、映画の最初の方で、病院内での出来事が10分くらい、1つのエピソードとして描かれている。 そこで宝生演じるナースが映ってたり映っていなかったりする。 僕はこの部分をそっくりそのまま抜き出して、短編映画として出品した方がいいんじゃないの?と言いたい。 そのくらい、この10分間は濃密だった。 完成度が高かった。 宝生舞が凄かった。 マリファナでいえば、純度が高く、かなり効いてしまう代物だった。(たとえが悪いか・・・ハリウッド映画の見過ぎだな) この10分があるおかげで、まだDVDデッキを持たぬ僕は将来持った時、このDVDソフトを買ってしまうかもしれない。 それくらい良かった。
『これ食べる?』 『じゃあ私行ってくる・・・』
彼女のこの2言には、ゾクッときました。 いやぁ、良かった・・・ 他がキツい分、余計良く思えたのかも。(笑)
なんていうか・・・全体としては安い仕上がりになってしまっているんだよな。 グロテスクなシーンも多々ある。 1つ、どうしても目を直視させれなかったシーンがあるし。 ヤバイよ、あれ。 そりゃR15だちゅーの。
しかし、戦争映画でもそうだが、題材が題材なだけに、痛みを感じさせるような描写がないと駄目なのかもしれない。 そう考えるとやはりこの映画はR15指定になっても正解なのか。 それにしてももうちょっとグロいのを何とかして欲しかった。 冒頭付近のあの傑作の10分間は何だったのか?という気分になるもんな、観終わったあと。 それに肝心の飛び降りシーンは案外みんな仲良く手なんか繋いで『いっせーのーで!』とか言ってプラットホームから飛び降りてるもんなー。 あと学校の屋上からも数人。 やはりさっきとは違う意味でヤバい映画だ。(グロいのがヤバいのでなく、あっさりと飛び降りる描写が反対にヤバい)
集団自殺って怖いな。 集団だと、あんな軽い気持ちで飛び降りれてしまうものなのか?(わかるわけが無いが) 確かに1人で行うよりも、簡単なのかもしれない。 集団心理は暴走しやすいから・・・。 100歩譲ってああいう飛び降り描写がリアルなのだとしたら、この映画を観て『あ、ヤバい・・・』と感じ、集団心理が悪い方向へ走っていく現代の悪癖に危機感を持つことが、観る側に求められる映画だろう。
最後に・・・沢田敦子(宝生舞)に乾杯。(つーかね、彼女がいなかったら僕にとってこの映画は救いが無いから。ほんと、出演してて良かった、宝生舞が。)
それにしてもこの映画、誰も観ないだろうな。 一生観ることが無いままなんだろうな、ほとんどの人は。
○「トリッピング イン ザ ダークネス」 最高に気分の良かった瞬間・・・それは閉店間際に借りていたビデオを店に返しに行き、その帰り道、自転車をゆったりと走らせる中、家に着いたら100%ホットミルクで割ったインスタントコーヒー(砂糖も入れて)をすすりながら日記を書いている様子を思い浮かべていた瞬間・・・
○「デザイン」 最近、某板ガムのパッケージデザインが変わった。 対消費者戦略なのだろう。 このことがどれほど大衆心理に影響を及ぼしているのだろう? 確かに変えないより変えた方が効果はあると思う。 ずっと買い続けてる人は引き続き買うだろうし・・・いや待てよ、そうとも言いきれないかもしれない。(デザインの変化くらいで買うのを止めるのはごく少数だろうが) 反対にずっと同じものを購入している人が、あまりにデザインが変わらないことによって、気まぐれなその消費者が違うものの方に行ってしまう可能性もある。 飽き性な消費者のことを思えば、デザインの変化はそのガムの愛好者、もしくは習慣で買っている人には効果的であると言える。 あと、それを買ったことが無い人にとってはどうなのだろう? そんな人達の目を引かせることが、デザインにできるだろうか? そこまでは想像し難い。
○「白い車について」 白だと汚れが目立つからって白い車を買わないなんて白い車に失礼! しかし僕はニュービートルの黄色が欲しい。 白いニュービートル以外の車、白以外のニュービートル以外の車、もしくは白いニュービートルよ、ごめんなさい。
○「蚊帳の外の笑い」 ()笑
―END―
ついしん 「浮気通り三丁目」(邦画)という名の映画があったらどうしよう?(実際ないだろう) なかなか手が出づらいだろうな。
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