新春、という言葉があって、新夏、新秋、新冬、というのがないというのは、どういうことか? それはきっと、春が一番一般的に好まれているからだろう。 しかし、春は嫌いな私です。 タバコに興味のない私でも、一服吸いたくなる季節です。
ここのところ、曇りのち雨、雨のち曇りな毎日が続いていますが、<のち>という言葉は、接尾語のようなものなんでしょうか? それはどうでもいいのですが、こんな言葉って必要じゃありませんか?
<のつ>(<のち>の動詞形)
どういった使い方をするのかというと、例えば<雨が後つ(のつ)>というふうです。
<明ける>と同義ですが、曇りから雨の天候に移り変わったことが言いたい場合、<曇りが明け、雨になる。>という表現になり、明けた感じがしないです。 余計酷い空模様になったので、明けるという表現はそぐわないです。 それどころか、曇りが晴れに転じた場合でも、<曇りが明ける>と表現すること自体おかしいです。 そもそも<明ける>は、天候の中では雨が主語の場合にしか使えません。 このことは<止む>という動詞にも同様のことが言えます。
つまり、晴れや曇りという天候の主語に、直接既に終わっていることを告げている意の動詞がないのです。 そこで、<後つ(のつ)>という言葉の動詞をつくれば、主語である<曇り>が終わり、違う天気である<雨>に変わったことがスムーズに表現されると思うのです。
<曇りが後ち(のち)、雨になる。> この場合の<のち>は、動詞のものです。
曇りから雨空に変わる、という表現も出来ますが、直接主語に動詞が付かないところが、主語に失礼な感じがします。 それに、曇りという天候が終わったことだけを言いたい場合は<曇りが後つ>と言うことができます。
後(のち)の動詞は、今、ココで生まれるべくして生まれました。 よければ是非、使ってみて下さい。
―END―
ついしん あくまでも、あってもいのでは?という程度の提案です。
|