| 2003年08月08日(金) |
この軽々しさはただ事ではない! |
「個人時間午前6時」 国によって時間が違うように、人1人によっても時間が違ってよいのでは?という疑問を持っているわけではないが、もしそうなったらどうなのか? 時間というものが国によって違うのは、簡単に言えば太陽が昇る時間、沈む時間が違うからである。
我々は知らず知らずのうちに、午前6時と言えば早朝である、という既成概念を植え付けられている。 早朝というのが太陽が昇った頃のことを言うなら、例えば日本国内で時間が統一されていることには意味がある。 国内では時差があまりないからである。 むしろ、時間が統一されていた方が、便利である。
大抵の人は朝起き、夜寝る。 そういう習慣が定番である。 ただ、そうでない人もいる。 夜の間に起き、正午の頃に寝る人もいるだろう。 そんな人たちのとっては、自分達がそういった面でマイノリティな存在であることから、時間は鬱陶しいと感じるのではないか? つまり、差別である。
きっとそんな人達は、朝起き、夜に寝るのが健全であるような世間のルールに不満を感じているだろう。 だから、彼らが、個人時間を自分に設定してもいいのではないか?と思うのである。(誰もダメとは言ってないが) マイタイム、とでも言えるか。 そんなタイムが、時間に縛られたくない人達の間で流行っても可笑しくないと思う。
そして次第に、午前6時というものが、早朝(太陽が昇る頃)を意味するのでなく、自分が起きる頃の時間を言うようになるかもしれない。 ただ、今度は別の疑問が湧いてくる。 午前6時を何故起きる頃に設定するのか? やはり以前の慣習から逃れらていないようにも思える。
何かから逃れたと思っても、次に違う何かが自分を縛る。 無重力の空間では生きられない人間らしい話である。
「この軽々しさはただ事ではない!」 今日、いくつかCDを借りた。 近所のレンタル屋が期間限定のセールを行っていたので、CDアルバムも安く借りられた。
アルバムはホワイトベリーのファーストとブリグリの同じくファーストを、シングルはIZAMの「恋してクラ☆クラ」とダンディ坂野の「Oh!Nice GET's!!」を借りた。
両者のアルバムは、それぞれシングルの曲が目当てで借りた。 だからMDにはシングル曲しか落とさない。
ところで、IZAMの曲は、とっても気に入った。 もともと某番組のエンディングで聴いて一耳ボレしていた。 なんで売れていないのだろう? きっとプロモが下手なのだろう。 いい曲なのに。 まぁいい曲が売れるとは限らんからな。 ま、いいや。
もちろんホワベリの「夏祭り」もブリグリの「There will be・・・」「冷たい花」もいいが、ダンディの曲は素晴らしい♪ この軽々しさはただ事ではない。 軽いノリの曲は軽視されがちだが、それはそれでセンスが問われるのである。
最近ので言えば、サザンの「涙の・・・」も素晴らしい出来だと思う。 結局は好みの問題なのだが、要は、軽い曲にもいいものはあるのである。
悲しそうなメロディがいいのか? 悲しそうならいいのか? そんなことはない。 人は理屈で作品を評価しがちになる場合がある。 気をつけなければいけないことだと思う。
―END―
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