>>> 「ある大道芸人の名言」 人生は厳しい、しかし芸術は楽しい!
これは、ホテル・ニューハンプシャー/ジョン・アービングの小説の中に度々登場するフレーズである。 ちなみに<ある大道芸人>というのが実在の人物のか、ストーリー内の架空の人物なのかはわからない。 そういえば、このフレーズはこのウェブ日記でも何度か登場していたような気がする。
<厳しい>と聞くと、さもそれがマイナスイメージを内包しているように思うかもしれないが、こうも考えられる。 人生が厳しいからこそ、人は歩く楽しみを知っている。 そうでなければ宇宙空間に裸のまま放り出されたような気分になるだろう、と。 そして、<歩く楽しみ>を感じることは、<芸術は楽しい!>と感じることと同義である。 そうは考えられないだろうか? ちなみに僕は、普段はそんなことを思わない。
>>> 「森博嗣&冨樫義博の名言」 文系は理系の一部と捉えることができる(森)
私の定義では、『理系』とは『この世のすべてのもの』を指す そして『文系』とは、『理系』の中の特に『人と人との関わりによって生じる事柄』を指す 殺人は『文系』だ 凶器は『理系』 トリックは『理系』で、それを使った者と見破ろうとする者との駆け引きは『文系』なのである(冨樫)
あとの方が長くなってしまったが、冨樫氏が『文系』『理系』をこうもわかりやすくミステリーに関するものに例えているのに感動した。 感動し易い性質なのである。
この両者の名言は、『地球儀のスライス/森博嗣』の解説内から引用した。 ちなみに、『幽々白書』(字合ってる?)、『ハンター×ハンター』で有名な冨樫氏は、その作品の巻末の解説を担当している。 どういう経緯で解説の依頼が来たのか? 前々から森作品のファンであることを誰かに言いふらしていたのか? 謎である。 解説文によると、森氏のデビュー作(「すべてがFになる」)を、たまたま店頭で手にしてからのファンであるらしい。 僕も、全く同じパターンのファンだ。 それにしても、森博嗣モノから名言を拾い過ぎだ。
いいな、と思うのは、大抵自分が文系であると思っている人は、理系の人を敬遠するものだが(単なる思い込みかもしれないけど)、冨樫氏はずばりそんな自分を宣言している。 その潔さがカッコイイと思う。 以下に再び彼の言葉を載せる。
文系人間(と思い込んでいる人)は、理系人間を含めた理系の匂いのするもの全てに対して大なり小なり劣等感を抱いている 本人が言うのだから間違いないのである そう、私は文系人間だ 理系全般に対し、憧れと嫉妬と畏怖とが入り交じった、負い目に似た薄暗いものを感じながら生きてきた 大袈裟に表現してみた
なんだ、大袈裟なんかい!とつっこみたくなるが、その後を読んでいくと、軽いジェラシーのようなものはやはり持っているらしい。
ちなみに僕はどっちなのだろう(自問)。 理系人間だと信じる文系人間、といったところかもしれない。
>>> 「目白カウンセラーの名言」 これじゃ目覚めませんねえ
これは、バルバラ異界/萩尾望都という少女漫画に登場するキャラクターのものである。 実は萩尾作品は、森博嗣の影響で・・・
これのどこが名言なのか?
この物語には、ある事件をきっかけに、夢から覚めない少女(女性かもしれない)が登場する。 ある事件とは、その少女の両親が殺された、というものである。 彼女はそのショックから逃れるように、夢の中へ入っていったのだと、医師に診断されている。 物語の設定は未来で、そこでは夢の映像をスキャンできる装置が登場する。 そのスキャンされた彼女の見ている夢の映像によると、その世界は平和そのものである。 それを見た現実の世界の目白カウンセラーが言ったのが、上の言葉である。 夢の世界が現実よりもずっと平和なら、どうして夢から覚めようか? だから、人は大抵は悪夢を見るのかもしれない。 そして気分のいい夢ばかりを見過ぎると、現実に戻って来れなくなるのかもしれない。 そんなことを僕に想像させる言葉だった。 実に深い言葉でないだろうか?
そういえば、先日観た宝生舞出演の『はりねずみのハンス』という舞台では、主人公の見る夢の世界で繰り広げられるものであった。 物語は冒頭で眠りに就いた主人公、つまりハンスが、終わりで目を覚ます、というものだった。 ハンスの見た夢は、悪夢であった。 そうか、だからハンスは夢から覚めたんだ!と、『バルバラ異界』の上の名言を読んだ時、思った。
―END―
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