イブの流した涙
▼▼▼今回の一言▼▼▼
財布の中身(レシートとかカードの類ではない)がみるみる減っていく

○そのうちに、2003年12月27日(土)「注文をとらない料理店」を完成させる予定

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↑というページができました
感想専門の日記です

▼▼▼森博嗣▼▼▼
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Gシリーズ第3弾
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Vシリーズ第9話
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完結編だそうです
☆「ダウン・ツ・ヘヴン」が中央公論新社より発行!
スカイ・クロラシリーズ第3作
文庫になったらよもうおかな(「ナ・バ・テア」も未読)
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◎オススメは「MATEKI−魔的−」(詩集、PHPより発行)です
というより僕が好きなだけ

宝生出演の舞台観ました!(7/26)
詳しいことは月曜の日記にて
・・・と思ったけど
やっぱり水曜の日記分に書きます
と言ってて、未だに書いていない
そのうち書きます
それにしても、もうすぐ一週間経つのか
・・・もうすぐ三週間か
・・・もうすぐ四週間か
・・・一ヶ月越えたな
・・・それどころか二ヶ月経ったな
・・・もうすぐで三ヶ月だよ
・・・経ったな、三ヶ月
そして四ヶ月が過ぎ・・・
半年が過ぎ・・・
七ヶ月が過ぎ・・・
そして八ヶ月(一年の2/3)が過ぎ・・・
驚いたことに十ヶ月が過ぎ・・・
もうとっくに一年経ち・・・
一年と二ヶ月が経ち・・・
二年と二ヶ月が経ち…

2003年09月04日(木) 私的の名言11

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「八ヶ岳高原ホテルの社長の名言」
あのホテルはお前が必要なんだよ

これは『高原へいらっしゃい』の最終話よりのものである。

八ヶ岳高原ホテルが他社に売却され、今まで働いてきて、思い出のつまったそのホテルから従業員らと共に去ることを決めた、支配人であった主人公。
実は、主人公と料理長だけはそのホテルに残ることが許されたのだが、主人公は、他の従業員も残れないのなら、私は辞めますと言った。
他の従業員も残るという意見は許されなかった。
そうしてそこで働いていた皆は、去った。

しかし、一年後、再び主人公や従業員らは戻ってきた。
他社に経営権が譲られてから、そのホテルは名を変えたが、売り上げが半減し、結局は潰れたのである。
そして社長が買い戻し、再び八ヶ岳高原ホテルは再開されたのである。
そこでこの物語は終わった。

社長は、このホテルにはやはり、主人公が必要であったのだと深く思い、他社に譲ったことは間違いだったと言う。
そして上の名言である。
ソレを聞いた時、やっと、社長は<ホテルに一番大切なのは人であるということ>に気がついたのか・・・と思うと、安心と同時に開放感を覚えた。
常に<ホテルに一番・・・>ということを意識してきた主人公の願いが叶った瞬間でもある。
また、いい映画やドラマでは、決まってエンディングに開放感が味わえるのだと再認識した。

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「キャスター・トロイの名言」
One of yours,Sean?

これは、映画『フェイス/オフ』での、雇われテロリスト演じるニコラス・ケイジのセリフであり、ショーンと言う名の刑事に向かって言われたものである。
そのテロリストは、ショーンの部下である女刑事を人質にとり、見せしめに逃走中のジェット機から突き落とす直前にこれを言ったのだが、部下のことを<One of yours>と表現するなんて、洒落てるな〜と、思った。

ちなみに日本語字幕による訳は、<お前の部下だろ?>である。

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「宝生舞の名言」
私はゴミ箱になりたい
(1998年初版発行『私はゴミ箱になりたい/宝生舞』主婦と生活社刊より)

これは、宝生女史のフォトエッセイ集のタイトルでもあり、その中の一編のエッセイのタイトルでもある。

どうだろう、まるごとそのエッセイをココに載せるのはダメなのだろうか?
エッセイ集に載っているエッセイと、ココに載せられたエッセイは、同じ物と言えるのだろうか?
まず、字体が違うと言える。
そしてエッセイ集では、2ページに渡って載っているが、ココでなら1ページに収められるので、その点でも別物だと言える。
と理屈を捏ねてもしょうがない。
訴えられても困るので、やはり載せないことにする。

そのエッセイの中には、こんな一文がある。

<そして、マイは相談者と同じ気持ちになって
一緒に強くなっていきたいな>

つまり、聞き上手な人になって、聞いたことを自分にも生かせるようにしていきたいのだと思う。
よく考えると、ズルいゴミ箱である。
女史自身も白状している。

<人の悩みとかグチから学んで、
マイは少しの成長につながらせたい。
まるで同じ経験を乗り越えたかのように。
そうやって、少しずるい・・・でも役に立つゴミ箱になりたいな。>

そう考えると、女優という仕事もゴミ箱のようだと思える。
様々な役を演じることは、それだけその人物の人生の断片を経験しているとも言える。
女史は、そんなゴミ箱のような女優を目指しているのかもしれない。
だが、ある雑誌のインタビューでこんなことを言っている。

<応援してくれる人には悪いけど、自分の仕事があまり好きになれない>

また、そのエッセイの冒頭ではこう表現している。

<ゴミ箱になってあげたい。
パパ、ママ、お姉ちゃん、恋人、友達の。>

他にも、違う項目のエッセイではこんなことも。

<・・・『あした』という映画を作るため、2ヶ月間、ひとりでホテル住まいをした。それまで『いつかこの業界を抜け出してやる!!』と思っていた私が、明らかにここで変わった。>

このことをトータルして考えると、女史はたまたま女優という仕事をしているだけで、時が来たらあっさりと辞めるのではないか?と僕は踏んでいる。
ファンなら覚悟しておいた方がいいだろう。

「蚊取り線香の煙」
蚊取り線香の煙の匂いが好きである。
ソレが焚いてある部屋に入った瞬間の心地よさは格別である。

ある時、その煙をしばらく見ていると、まっすぐと同じ形を保ったままソレが昇っていた。
動いているのに止まっているように見えたのである。

人の形も、ほぼ一定の形に保ったままのように見える。(が、常に髪の毛や爪は伸びているのだろうし、子供は身長が伸びている。それに大人でも食べると体重は増える。でもソレは、長いスパンで見た場合の変化であり、この際は問題にしない)

たとえば、画家の前でポーズをとっている女性がいるとする。
彼女はきっと、じっとしていることが求められていて、実際にそうしているだろう。
けれど本当は、さっき言った真っ直ぐと立ち昇る蚊取り線香のように、動いていないように見えて、実は常に変化に富んでいるのかもしれない。
そう思うと、何だか面白い。

「柔らかい」
柔らかさについて考えていたら、ティッシュペーパーは本当に柔らかいのだろうか?という疑問に行き着いた。
確かにクシャクシャと丸められるから、柔らかいのかもしれない。
だがその柔らかさというのは、ソレが机の上に広げられている場合における、横方向に限って感じられるものではないだろうか?
硬くて床と平行で、凹凸のない机の上に広げられたソレを、極端に言えば真上から指で押してみても、ティッシュペーパーに柔らかさを感じることはできない。
だから、トータル的に言えば、ティッシュの柔らかさは、そう柔らかくないのである。

「出し惜しみ」
出し惜しみは、価値の高騰に繋がる。
つまり、飽きられないようにするための工作である。
ただ、たまにしか舞台のオファーがない俳優は、才能を出し惜しみしているなどとは、少なくとも思われない。
が、その俳優が仕事嫌いの資産家で、わざとオファーがたまにしかこないように工作していたら凄い。

―END―


 < シーラカンス  everyday history  光の射す方へ >


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