僕はなにか荷物がない限り 基本的にカバンを持ち歩くことがなく 携帯やタバコ、ライター、メモ帳、ペンなどは いつもジーンズのポケットに入っている。 右尻ポケットには財布。 左尻ポケットには手帳&携帯。 タバコは普段、シャツやコートのポケットなどに入れるが 室内では左尻ポケットに入っていたりする。 タバコをなぜ、ズボンの前ポケットに入れないで 尻ポケットに入れるかというと 座った時にタバコが折れてしまうためだ。
しかし、こう考えると 僕の尻ポケットは明らかに過積載だ。 特に左尻ポケットなどは これでもかというほど詰め込んでいる。 横から見るとかなり無様かもしれない。 ポケットだけがモッコリ出ているのだから。 尻モッコリという不名誉な仇名を付けられることがなかったのは ひとえに父親譲りのこの小さい尻のおかげかもしれない。
そんな僕のポケットの多用は 見た目以外にも様々な弊害をもたらす。 例えば今日のように ポケットに入れておいたお気に入りのボールペンを がっつり便器に落として呆然としたりもする。
そのペンは書き心地と線の美しさから いつも愛用しているもので 特に高価なボールペンではないが なかなか入手しにくいのだ。
どうでもいいペンならば 落ち込むこともないが そのペンは。そのペンだけは取り戻したい。 しかし、便器から拾いあげられるのか俺。 拾い上げた後も今までと同じようにそのペンを愛せるのか? 便器を睨み付け考え込む25歳。
そして 便器に手を入れる精神的ダメージよりも ペンの奪取を優先するという結論を出した僕は 意を決して拾い上げようと心に決めた。 たかがペンのためにプライドを捨てた25歳。
手は丹念に洗えばいいさ。 ああそうさ。 ペンもバラバラに分解して ゴシゴシ洗って 研究室で使う工業用アルコールに浸せばいいだろう。 あとは精神的な問題だ。 これからまた信頼関係を築き上げて いつしかこのペンを愛せるようになるさ。
自分に言い聞かせながら 消毒剤をたっぷり使い ペンを分解しながら洗った。 ボールペンというものは 分解したことのある人なら知っていると思うが いくつかの部品から構成されていて ペン先の部品、ボディ、ペン尻、中身とバネ などが主要な部品で そのどれか一つ欠けてもペンの役割を果たさない 言わば無駄のない機能美だ。
なんてことを哲学してながら洗っていたたら 指の間からすり抜けた ペン先を構成する小さな部品が 排水溝へと消えていった。 引き止める間もない 一瞬の別れだった。
「あっ・・・」とだけ、うめく25歳。
苦労が水の泡って、こういうことを言うんだと思った。
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