月例バイト、今日はたい焼き&お好み焼き(焼きそば)の売り子だった。 回を重ねるごとに仕事の割合が増えていっているのは気のせいか? もう年なので立ちっ放しの休憩なしはつらいです、社長(苦笑)
さて、売り子バイトはこれで5回目なのであるが、 たい焼きを売っている姉ちゃんが実は教員志望の大学院生であるという事実が、 大抵の人にとっては意外かつ珍しいことであるらしいことが最近分かった。 客も他の売り場の職員も、「へぇ、また何でここで?」的反応を示すからである。 塾講師や家庭教師などをしているほうが自然であるということであろうか。
確かに、生徒の前に立つという意味では後者のほうが近い職業であるし、 将来のための様々な準備や心構えなどもできるのかもしれない。 (実際、今年の夏は大変いい勉強をさせていただいたと思っている)。 しかし、一見すれば全く関係もなく役に立ちそうもない接客業の中で、 私は塾講師や家庭教師では絶対に学べないであろう多くのことを学んでいる。 例えば来客の中には障害を持った方もいる。 この時、私はいつも−無意識の意識−自然に振舞おうとして逆に身構えてしまう。 一方、社長は普通に声をかける。 「まいど、何にすんねん?」 「これにするんか? 熱いからちゃんと持たなあかんで」 「おおきに。またおっちゃんがこっち来たら買うてってな」 少しの気負いもない、まさに私が思う自然な振舞いが眼前で行われていく。 私の「いらっしゃいませ」と社長の「まいど」。 他人が聞けば違いはなくとも、私の中ではやはりどこかが違うのだ。
学部生時代に親しくしてもらっていた院生が去年養護学校の講師をしていた。 ちょっと話す機会があったのでいろいろと教えてもらっていた時に、 「養護学校に遊びに来る子の行動ってね、おそらく意識し過ぎちゃって、 過保護になったり、逆によそよそしくなったりしちゃうことが多いの。 でも、友達が重い荷物を持っていたら普通は半分持ってあげたりするでしょ? そういう自然な付き合い方ができるようになるのが本当は理想なんじゃないかな」 彼女が呟いた言葉を、今になってありありと思い出すのである。
頭で理解することは簡単であっても、実現することは意外と難しい。 そして、実現できないことを他人に伝えることはもっと難しいのではないか? 幸い、眼前には実現している格好の師がいる。 彼からさらに多くのことを吸収して、価値観・人生に深みを増したうえで、 私は教壇に立ちたいと思うのである。それは決して遠回りではないはずだから。
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