今日はアメリカから留学していたクリスが帰国するということで、 急遽、教授宅で送別会が行われることとなった。 16:00頃に集合と約束したので、小腹を空かせてお邪魔したところ、
「では、これから百人一首をやります」
一瞬、目が点になった。。。今何とおっしゃいましたか? 我々院生が呆然とする中、てきぱきとカルタ取りの準備は進む。 結局、留学生組、修士組、博士&教員組に分かれ、試合がスタートした。
百人一首を初めて触ったのが小学校低学年の頃(早いなぁ・・・)、 年上の従兄弟が遊んでいたのが羨ましくて、父親にねだって買ってもらった。 その後、高学年に進むと学校側が積極的に百人一首を盛り上げたため、 意味も知らないまま、独りで黙々と百首をマスターした(暗)。 おかげで、中学・高校の間は百人一首で困ったことはない。 しかし、裏を返せばそれ以降は全くタッチしていないということ。 これは困った・・・何せ私の専攻は中世文学。 しかも卒論で和歌を扱ったぐらいだから、知らないではすまされない。 私は必死で中学時代の自分を憑依させようと脳をフル回転させた。
結果は一回目は1位、二回目は2位とまずまずの成績。 どうにか面目果たせたようで心からほぉっと溜息を吐いた。 これで何とか自分の領域を守り通すことができたからである。 院生には決して他人には譲れない領域がある。 それは時代の差であったり、ジャンルの差であったり、作者の違いであったりする。 ともかく、それに関しては他人に負けたくないと思えるものが領域になる。 そして、院生はそれを死守することで、自らの研究を続けていけるのである。 「知らない」「できない」と口にしてしまうことも時には必要なのであるが、 「知らない」「できない」と口することに慣れてしまったら、 何のためにココにいるのか分からない・・・と私は自分に言い聞かせている。
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