当世高校教師気質
一生勉強 一生青春

2001年12月01日(土) 百人一首

今日はアメリカから留学していたクリスが帰国するということで、
急遽、教授宅で送別会が行われることとなった。
16:00頃に集合と約束したので、小腹を空かせてお邪魔したところ、

「では、これから百人一首をやります」

一瞬、目が点になった。。。今何とおっしゃいましたか?
我々院生が呆然とする中、てきぱきとカルタ取りの準備は進む。
結局、留学生組、修士組、博士&教員組に分かれ、試合がスタートした。

百人一首を初めて触ったのが小学校低学年の頃(早いなぁ・・・)、
年上の従兄弟が遊んでいたのが羨ましくて、父親にねだって買ってもらった。
その後、高学年に進むと学校側が積極的に百人一首を盛り上げたため、
意味も知らないまま、独りで黙々と百首をマスターした(暗)。
おかげで、中学・高校の間は百人一首で困ったことはない。
しかし、裏を返せばそれ以降は全くタッチしていないということ。
これは困った・・・何せ私の専攻は中世文学。
しかも卒論で和歌を扱ったぐらいだから、知らないではすまされない。
私は必死で中学時代の自分を憑依させようと脳をフル回転させた。

結果は一回目は1位、二回目は2位とまずまずの成績。
どうにか面目果たせたようで心からほぉっと溜息を吐いた。
これで何とか自分の領域を守り通すことができたからである。
院生には決して他人には譲れない領域がある。
それは時代の差であったり、ジャンルの差であったり、作者の違いであったりする。
ともかく、それに関しては他人に負けたくないと思えるものが領域になる。
そして、院生はそれを死守することで、自らの研究を続けていけるのである。
「知らない」「できない」と口にしてしまうことも時には必要なのであるが、
「知らない」「できない」と口することに慣れてしまったら、
何のためにココにいるのか分からない・・・と私は自分に言い聞かせている。


 前世  人生  来世


葉明 [MAIL] [当世高校教師気質��]

My追加