友人から電話がかかってきて、気付いたら1時間経過。 電話、本当に苦手なのであるが、相手次第ではこれぐらいもいける。 ただし、明日は親から「五月蝿い」と嫌味がくるのか・・・うぅぅん。
本日の一作: ・『道成寺』(三島由紀夫/新潮文庫『近代能楽集』)
今年最後の近代文学ゼミは私が発表担当と相成った。 チャレンジするお題は三島作品から、非常に因縁深い作品を一作。 何せ、私が研究室に所属して初めて人前で演習発表した作品なのである。 つまり、かれこれ・・・4年前のことになる。
作品は本来演劇台本であるので科白とト書きのみ。 かつて、金持ちの夫人と不倫関係にあった安が箪笥の中に隠れていたところを、 それに気付いた夫が銃を箪笥に向けて、安を撃ち殺すという事件があった。 安の恋人であった清子は自分が美しい顔を持っているから捨てられたと思い込み、 「顔だけの自殺」を企んで、硫酸を手に彼の最期の場所であった箪笥の中に入る。 しかし、箪笥の中から出てきた彼女の「顔」は元の美しいままであって、 彼女はそれを「自然との和解」の結果だと説明し、その場を去るのである。
この作品、実は三島自身も失敗作としており、研究自体も皆無に等しい。 今回のゼミでも3人でいろいろな考えを出すも常にどこか矛盾をきたす。 つまり、どう読んでみてもいまいち釈然としないことが多いのである。 が、疑問は疑問として残るものの、もっと深いところまで探ることができた。 4年前よりもレベルアップしていると自分なりに感じることができた。 この収穫はかなり大きい。
本当はゼミでこの作品を扱うことに少しだけ躊躇を覚えていた。 成長していなかったらどうしようかと真剣に恐かった。 でも、やってみてよかった。自分を試してみてよかった。 すっきりとした読み方は依然模索中であるけれど、自分の成長を知れたから。
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